コクコの日本国視察
日本国が転移してきたことで、瘴気内国家は300年に一度の大きな変化が訪れていた。前回の大きな変化はジアゾ国の転移で、その時に倭国は建国される。当時は大妖怪が各地を治めていたため、突如現れた大国を前に対応は後手後手に回ってしまい、その時の教訓として倭国は瘴気内国家の中でも特に外交に力を入れていた。
日本国東京、某ホテル
倭国外務局長コクコは、視察団を引き連れて日本国の首都「東京」にいた。現地で日本国の国力や政治形態を把握するのが目的だが、同心会からは日本国内部を探るように命じられており、国会への資料以外にも同心会用の資料作りも行われている。
日本滞在中に用意されたホテルでは視察によって集められた情報を外務局の職員達がまとめていた。
「港と工業地帯、電力の供給地も特定できました。軍事施設と合わせて、日本国の重要拠点を完全に把握したと言えるでしょう。」
外務局の職員は得意げに成果をコクコに報告する。
「そのような情報は市販の地図に全て載っているでしょう。私としては日本国の工業生産能力が気になります。なるべく正確に調査して下さい。」
日本国は工場の視察は許可していたが、生産力は非公開としていた。国家機密と言うわけではないが、まだ本格始動した工場が少なく、その生産量は最盛期に比べあまりにも低かった。倭国視察団に対応した日本の上層部は、弱った自国を外国にあまり見せたくなかったのである。
「そちらはどうですか? 日本国と地球の歴史はまとまりましたか? 」
「はい。ただ、膨大な量になるので歴史については新しい発見があり次第、逐次追加を行います。」
外務局は独自に日本国の歴史を調べていた。深く日本国を知るためだが、一つ重大な目的もある。約300年前、倭国に大きな変化をもたらした科学文明のジアゾ国が、現在どのような発展を遂げているかを予想するというものだ。日本国も科学文明国なので、当時のジアゾ国と同程度の文明レベルの時代が分かれば、簡単な予想を立てることができる。
「現在を予想したジアゾ国と比較しても瘴気内国家の遅れは顕著ですね。瘴気が晴れる前にできる限り後れを取り戻す必要があります。関係各所への説得に必要な資料を準備しておいてください。」
ホテル最上階
下の階では1週間の視察を終えた視察団が情報のまとめ作業を行っていたが、一通りの指示を出し終わったコクコは宛がわれた部屋に移動して同心会への資料を用意していた。
「最近、職員の質が落ちたかな・・・」
コクコは情報をまとめている外務局の職員に不満を感じていた。倭国では南海鼠人の件で自動車の有用性が認識されており、将来導入するにあたって視察に連れてきた職員には、予め本島に派遣された日本軍の車両を見学させていた。しかし、自動車工場では実際に乗用車を組み立て、完成させるところを視察したのだが「なんだか分からないがすごい」で終わってしまう。瘴気外国家への視察経験豊富なコクコと瘴気内国家しか相手にしていなかった職員との差は大きく、まだ産業革命を経験していない倭国の人間で、工業団地と流れ作業、機械の自動化による大量生産を理解した者はコクコ以外にいなかった。コクコと日本の担当者との会話は、付添いの倭国関係者にとって宇宙人が会話しているようなものだったのだろう。
コクコは同心会へ日本国の文明レベルを古代文明並と報告しようとしていた。視察で使用した交通機関でバスとモノレールに酷似した物が、古代文明の遺跡にあったのだ。パンガイアでは古代遺跡の都市をそのまま利用する国家が多く、都市機能を復旧させて利用している。コクコが見た古代文明のモノレールは吊り下げ式のリニアモーターカーのような物で、日本の物とは方式が異なり、バスも内燃機関ではなく加工魔石をエネルギーに使用した電気自動車ならぬ魔力動力車である。古代文明にせよ日本にせよ、これらの交通機関は同じ目的と用途に使用されているのでコクコは2ヶ国を同等と扱っていた。
日本国の科学技術に関しては視察団に同行した魔法科学院の職員が有用なものから危険なものまでを独自に調査している。その中でコクコが特に興味を引かれた技術がある。それは魔法科学院の職員が危険と判断された技術、原子力技術についてであり、彼女は独自の見解をまとめていた。
日本側は原子力発電技術を視察団に公開していた。黒霧に囲まれ、燃料供給が断たれてからの主な電力供給源は原子力発電所であり、地下避難都市も原子力発電が採用されていたため、その存在を隠し通せるものではないと判断したためだ。
視察団にはその危険性を細かく説明し、事故現場を公開することによって「危険で採用する価値のない技術」との認識を植え込もうと考えたのである。その目論見は的中し「科学技術の失敗例」として早い段階で蜀と倭国は原子力技術に興味を失ったが、コクコは違う視点で見ていた。原子力技術がただのエネルギー供給用技術ではないことを感じていたのだ。
コクコは東京都内の図書館や大型書店に外務局職員を派遣して原子力関連の書籍を探したのだが、不自然なことに見つけることはできなかった。日本側は視察団への公開施設を定めており、不都合なものは予め撤去していた。
後日、同心会へは「想像を絶する破壊力を持つ兵器の存在が示唆される」との報告書が提出される。
次にコクコは地図を確認する。日本国は鉄道と道路網、各沿岸都市に港が整備され、以前の国力を物語っており、当初地図を見たコクコも圧倒された。これだけの交通網を敷き、維持できるということは相応の国力が必要となる。日本国は交通網以外に電気、水道網も全土に構築していたのだから驚きだ。瘴気外には古代遺跡以外に高度な交通網を構築できる国家はなく、このような国家との交易が続けば自国が大きく発展することは確実である。
経済に関して同心会へは「日本国による瘴気内既存国家の経済発展と依存問題」という報告書がつくられた。
軍事に関して考察すると、日本国は南北の島にかなりの戦力を配備している。北海道と呼ばれる島には陸軍の大部隊が駐屯しており、日本国が北からの侵攻に備えていたことが伺えた。現在は海のヌシが大挙して押し寄せて最前線となっているが、難なく撃退している。また、北海道の北東には諸島が存在するのだが「他国の軍に制圧されている場所であり、危険なため接近禁止」と言われていた。近づくにしても海軍によって包囲されているので接触は無理だが「南海大島よりも遥かに小さい諸島を取り戻せない、などということがあるのだろうか?」との疑問が残る。
この件は今後の調査対象となった。
コクコは一通りの作業を終えてベットで横になる。日本国に来てから疲れが取れない。一般の妖怪はそれほど気にならないが、コクコのような大妖怪には魔素のない空間は過ごし辛かった。
「後2年もすれば日本国にも魔素が充満するだろうが、それまでこの苦痛を味わうのか・・・」
コクコは何気なく東京の地図を見ていた。そこには寺院や仏閣がいくつもあり・・・
「妖術も魔法も存在しない文明なのに、神や仏を信じるとは不思議な国だな。ん? 」
コクコはあることに気付く。
「寺院がここと、そこと、地名が目黒、赤坂・・・!? 」
今まで日本国を科学文明国としてしか見てこなかったが、東京を魔法文明の都市として見た場合、基本的な魔法学に則った都市の構造をしていた。
「この国に魔法学は存在しないはず、いったい誰が・・・」
コクコが考えているとスマートフォンが鳴る。日本に来た視察団には連絡用としてスマートフォンが配られていた。スマートフォンといっても通話機能しかなく、GPS装置を改良した位置特定機能がついているだけである。
倭国と蜀は無線機に近い魔振通信機を導入していたため、視察団はスマートフォンを簡単な説明を受けただけで扱えるようになっていた。
「コクコ局長、お久しぶりです。」
「貴方は・・・ここでは会わない約束だったのではないですか? 」
電話をかけてきたのは福島であった。南海大島の件で総理に疑惑をもたれており、コクコが日本視察にきても会わないと事前に協議していた人物だ。
「この会話が漏れることはないので安心してください。実は倭国の北方で、ある出来事が起きましてね。コクコ局長に相談したいのです。」
「我が国の北方? 瘴気に異変でも? 」
「瘴気は健在です。しかし、瘴気を抜けてきた航空機を我が国の早期警戒機が発見しました。方向からして、恐らくジアゾ国の物でしょう。現在、戦闘機と哨戒機がその空域に向かっています。」
「その航空機の向かっている先は分かりますか? 」
「まっすぐ倭国に向かっているそうです。その航空機の情報を解析した結果、安定して飛行しているようですし、距離も倭国と変わらないので目的地を南西へ変更してもらおうと考えているのですが、コクコ局長の考えを伺いたい。」
「可能であれば南西へ進路を変更していただきたい。私も準備を始めます。」
両国で暗躍する2人によってフェイルノートの進路は変更されることになる。




