動き出す者達
南海大島の戦闘が終結して1ヶ月後、倭国「静京」
ある建物の地下で妖怪達の秘密会議が行われていた。同心会と呼ばれるこの秘密結社は倭国建国の遥か昔から存在し、名だたる大妖怪が構成員となっている。会議は必要がある時だけ開催され、ここで決定された事項は国家運営にすら反映されていた。今回の議題は日本国についてである。
「日本国の情報は事前に配布された資料の通りです。この新しい隣人とどう付き合っていくか、皆様の意見を伺いたい。」
今回の進行役を務める大妖怪が説明を行い、会員達に意見を求める。同心会は外務局が日本と接触した時にも開かれ、不測の事態が発生した場合の対処法などを議論していた。結果として日本国は海外に鉾を向けるような覇権国家ではなく、南海鼠人問題に共同で対処したことから、日本国を友好国として捉え、どう向き合っていくか議論が行われることになる。
「日本国はジアゾ国以来の科学文明国。科学は力を持たぬ者に不相応の力を与える危険な学問故、警戒をしなければならないでしょう。日本国の出現で第2の南海鼠人が何時あらわれてもおかしくは無い状態です。」
「警戒するだけではダメだ。日本国の科学技術は古代文明に匹敵する物もある。我らもその技術を導入すれば先進国と肩を並べることも夢ではない。」
会議参加者は慎重派と融和派に分かれて議論を続けているが、その片隅でコクコは会議の行方をつまらなそうに眺めていた。
「同心会もつまらない組織になったものだ。」
彼女は同心会でも新参者であり、参加している妖怪の中では最弱の分類である。コクコは今でこそ大妖怪と言われているが、一流の大妖怪から生まれたわけではない。それどころか、名もなき有象無象から生まれた雑種である。
倭国だけでなく、この世界では血筋でその人物の能力が決まる。良い血筋に生まれれば身体的にも魔力的も恵まれ、良い教育を受け相応の社会的地位を得られる。そして、良い血筋の家どうしが結ばれることで更に能力的に恵まれた子供が生まれ、親の社会的地位に相応しい教育を受けて能力を伸ばしてゆく。そこには家系や種族の違いで、底辺にいる者達がなかなか這い上がれない社会構造があった。
多くの者がその運命を受け入れる中、コクコはこの社会構造に不満を持ち、駆け出しの頃から自身の格を上げることに我武者羅に挑んできた。来る日も修行に励み、やれることはやり、怪しい霊薬にも手を出した。何度か痛い目を見ながらも実力を着実に付けていったのである。コクコは格が上がるにつれ、自身の能力の限界を感じるようになる。ここでも血筋による優劣の差が出てきていた。いわゆる、凡人のレベル上限に達したのだ。
今までの方法では格を上げられなくなったコクコは、格を上げる過程で手にした知恵を駆使して凡人のレベル上限を突破することに成功する。コクコは裏の仕事も喜んでこなしていき、能力向上の魔法具や身体強化の特殊な食べ物を手に入れ、効果的な修行方法を教わるためには手段を選ばなかった。そうすることで、最初は2本しかなかった尻尾は、今では8本に増えていた。
いつしか大妖怪と呼ばれ、その働きから同心会の会員に相応しいと判断されたコクコは約300年前に打診を受け入会する。
「ジアゾ国が転移してきた時の議題は「北の劣化エルフ共を追い払う方法」とか、面白そうな議題ばかりだったのにな・・・」
コクコは入会当時の高揚感をまったく感じさせない今の同心会に飽きを感じていた。しかし、それは仕方のないことであった。ジアゾ国と接触した大妖怪達は自身の能力よりも遥かに格下のジアゾ人を見て蛮族とたかをくくっていた。しかし、体系化されたまったく新しい魔法学とこの世界にない科学技術を駆使した武器、兵器群を前にその考え方は打ち砕かれる。
血筋と個人の能力、古代文明の有無で国の「格」を判断していた考え方は旧来の物となり、変革を求められた大妖怪達はジアゾ国を模して国を建国し、新たに現れた格上の隣人に対応した。格上の国家との付き合い方を考えるうちに同心会は角が取れ、丸くなっていったのである。
ちなみに、外交重視政策をとった妖怪達と、力を求め武力をとった南海鼠人との差はここで生まれる。
「日本国は未知の部分が多い、ここは同心会から人を派遣したいと考えているが、皆さん宜しいでしょうか? 」
会議は満場一致で可決した。
「派遣する会員は、コクコとする。」
「必ずや、ご期待に応える成果をお持ちします。」
コクコは立ち上がり、任務を受ける。コクコの外務局長という立場はこの任務に打って付けであったが、「魔素のない土地になど行きたくない」と言うのが大妖怪達の本音であった。
南海大島の戦闘が終結して4ヶ月後、日本国某県
内陸に位置するこの県は半魚人達の襲撃で荒らされることは無く、帰還した住人達は以前の生活を取り戻していた。高校2年生の「赤羽利子」も家族と家に戻り、日常生活を再開していた。
「今は国の非常時だ。君たちの選べる進路は多くない。進学先、就職先は良く考えておくように。」
教師は以前にも言ったことを繰り返し生徒に話す。日本国が黒霧に囲まれ始め、完全に包囲されると分かってから国内産業は壊滅的な打撃を受けた。日本国の産業は国内需要に限られ、経済活動に必要な資源は国内資源の開発頼みとなっていた。また、国内の外国人労働者や在日外国人は国に帰り、日本国に帰化した者も、その多くが生まれた国に戻っていき、黒霧に囲まれてから国内は失業者で溢れかえった。
当時の状況とは打って変わり、今は国内の復興や蜀と南海大島の開発、自衛隊員の大増員に人手が足りない状態となっている。就職先で人気なのは農業、漁業、畜産業、林業に土木、建設業であり、警察、消防、自衛隊と食い扶持の良いものが続く、中には探求心から新世界の環境や生物、外国の歴史研究の分野に進む者も少なくない。
「自分の進路って言っても、私・・・」
利子は自身の進路を迷っていた。なりたい職業や行きたい進学先が無いのではない。どこへ進めばいいのか分からなかったのである。そして、彼女は自身を採用してくれる所など、あるのか不安であった。彼女は何もないところで転び、他人との会話もかみ合わない時があり、自分自身何かが抜けていると感じていた。
彼女は「まぬけ」だった。
ある日の学校の帰り道、利子は今までにない空腹感に苛まれる。
「う~、お腹すいたよ~。ハンバーガーとポテトのセットが食べたい。カレーライスが食べたい。ラーメン、たべたいなぁ。」
在りし日の想い出の味が蘇るが、それらの食べ物は現在の日本で一般人が食べるには敷居が高く、諦めざるを得なかった。家に帰れば配給品の米と漬物、サプリが待っており、残酷な現実を見せつけられる前に利子は考えを改める。
「ホントに、贅沢って敵だね。」
利子が家に帰ると思いもよらない光景が広がっていた。いつも帰りが遅い両親が家にいて、巨大な甲殻と格闘していたのだ。
「どうしたのこれ? 」
「自衛隊が北海道で獲って来たのが、この地区で配給されたんだ。何日かは肉に困らないぞ! 」
配給情報を手に入れ、仕事を早く切り上げてきた父が殻と格闘しながら利子に答える。
この配給品はクイーンと呼ばれる怪物の一部である。部位の違いでロブスターとカニの肉に似た2つの食感が味わえ、黒霧発生前の世界のロブスターとカニで換算すると30万円は下らない量が一家に配給されていた。最近の日本国は自衛隊が獲った海産物が国内に流通するという意味不明な状況になっているようだ。
その夜、数年ぶりに満腹感を味わった利子は布団で熟睡するはずだった。しかし、近年にない悪夢を見ることになる。
「ァ・・・・マ」「・・ジ・・・マ」
何かの気配を感じて利子は目を開ける。部屋は暗いが、暗闇に馴れた目で周囲を見渡すと、自分の布団の上に何かが蠢いていた。それは形容し難いおぞましい物体であり、その物体は布団を這い上がって利子の目の前に来る。そして・・・
利子が目覚めると朝になっていた。寝間着は汗でぐっしょり濡れており、あの時の恐怖が蘇る。
「とんでもない夢見ちゃった・・・」
いつもとは異なる雰囲気が漂っていたため、利子は1階に降りるが両親はすでに出勤して家にはいない。動悸が残る中、早く家から出て行こうと利子は学校へ行く仕度を済ませる。靴を履いて玄関を出ようとした時、その声は足元から聞こえてきた。
「アルジサマ・・・ゴキゲンウルワシュウ・・・」
夢に出てきた物体が足に絡み付いていた・・・
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 」
利子はその物体を蹴り上げる。これが彼女の使い魔「触手」との出会いであった。
日本国から約38万㎞上空
日本国が転移してきた星には地球と同じく月が存在している。月には古代文明の遺跡が多数残されており、辛うじて動いている施設もあった。
古代文明の宇宙軍総司令部も辛うじて稼働している施設であり、定期的に母星の観測が続けられていた。
「システム稼働率31%・・・衛星とのリンク開始・・・衛星稼働率19%・・・観測開始」
「新たな陸地を確認・・・魔素反応なし・・・魔導レーダー反応なし・・・魔振通信反応なし」
「遠視装置作動・・・文明を確認・・・魔素反応なし・・・脅威レベル測定不能」
「測定方法変更・・・電気的信号を検知・・・電波を検知・・・脅威レベル再計測・・・脅威レベル4・・・優先排除文明と認定」
古代文明の遺跡は38万㎞彼方から日本国を観測し、膨大な情報を記録して行く。
司令室では女性の姿をしたホログラムのようなものが形作られて喋り出す。
「司令官様、母星に脅威レベル4の文明を新たに確認。攻撃準備を進めています。どうかご命令を・・・」
ホログラムの女性が指示をあおいだ先には、宇宙服のようなものを身に纏った人間が何も喋らず椅子に座っていた・・・
新章に入る前に新しい登場人物と組織を紹介していきます。




