南海大島攻略作戦 の後始末
南海大島中央部
太陽が沈む頃、南海鼠人兵の集団が森の中を走り抜けていく。彼らは壊滅した部隊や集落の生き残りが合流して結成された組織で、終戦を受け入れずに抵抗を続けていた。しかし・・・
「全滅だ! どこもかしこも全滅している。」
隊長を始め、部隊は絶望に包まれていた。部隊は2日前に拠点を出発し、偵察活動を行っていたのだが、帰ってきたら拠点が全滅していたのだ。他の部隊に合流すべく、把握している各地の拠点を回ったが、その全てが既に襲撃を受けて全滅していた。
今、部隊は地図に描かれた古い鉱山に向かっていた。この鉱山は閉鎖されているが、昔は水銀を採っていたこともあり、もしかしたら使える物資が残されているかもしれなかった。何より、彼らには安心して休める拠点が必要だったのだ。
自分達がいつ襲撃されるか分からない状況の中、部隊長は事あるごとに振り返って後ろを確認していたが、坑道の入り口が見えた時に後ろを確認すると、部隊の人数が減っていた。隊長が確認するまで誰も人数が減ったことに気付かなかったのでパニックが起きる。
「早く坑道に入れ! お前達は入り口を守るんだ。誰も入れるなよ。」
部隊長は入り口に見張りをつけて坑道に入って中を確認した。中は荒れていたが通路の崩落は無く、部隊はスムーズに移動できそうだ。
「アレクセイ! お前はこの通路を守れ。」
「了解! 」
アレクセイは一人で狭い通路の防衛に就く。
部隊は古い地図に記載されている通路を順調に進み続けて爆薬の保管室に入っていった。そして、部屋に入ったところで全員の時間が止まる・・・。
そこにあったものは、骨の山であった。骨、骨、骨、部屋は骨で埋め尽くされていた。大きさや形からして鼠人の骨である事が分かる。部隊長が部下に指示を出そうとした時、後ろから何かが折れる音が聞こえて咄嗟に振り返る。
「 !! 」
部隊長の後ろにいるはずの部下は誰もいなかった。
「こんな時間に動き回るなんて、南海鼠人は本能を忘れたのか? 」
真後ろで囁く声に部隊長は振り返ろうとしたが体が動かない。視線を下げると、胸からは短刀が飛び出ていた。肺から空気が漏れ、声が出せず、意識が遠のく中で妖怪達が周囲に集まってくる。それが彼の見た最後の景色であった。
アレクセイはランタンの光だけが光源の狭い通路を防衛していた。いくら待っても前からも後ろからも誰も来ない状況に、何度も移動を考えたが踏みとどまっている。以前の彼なら心細くて取り乱すところだが、今は任務を遂行することを第1に考えていた。
後ろから物音が聞こえてランタンを持って振り返る。アレクセイは仲間が来たのだと思っていたが、光に照らし出されたのは見たことのない怪物だった。
すぐさま銃弾を撃ち込むものの手ごたえが無い。装填された弾丸を打ち尽くし、素早く装填しながら周囲を確認すると、怪物は姿を消していた。アレクセイは弾を装填し終えると次の襲撃に備える。しばらくはカタカタとアレクセイが震える音しか聞こえなかったが、今度は後ろから物音が聞こえ、アレクセイは振り向きざまに射撃する。先は暗闇で見えないが、気配のするところに弾丸を撃ち込んでいく。そんなことを繰り返すうちに、アレクセイは全弾を撃ち尽くしてしまった。
前後から物音と気配が近寄ってくるのが分かり、アレクセイは鉈を取り出して構える。数秒と経たないうちに気配の元が姿を現した。鋭い爪に醜い顔、アレクセイは人生で初めて見る怪物(魔獣)に囲まれていた。
怪物は信じられない速度でアレクセイに迫り、鋭い爪を振り下ろす。この時、アレクセイの震えは止まっていた。彼は自分の運命を受け入れたのだった。
南海鼠人の抵抗勢力はごく短期間で殲滅される。
「3・2・1 発破! 」
古い鉱山が爆破され、坑道が岩盤に押しつぶされる。それを見守るのは倭国陸軍のとある部隊であった。
「ゲンジさん、全ての任務が終了しました。これで国に帰れますよ。」
「湿気た任務だったが、みんな良くやった。帰ったら一杯おごるでよ。」
シノヤマがゲンジに報告し、ゲンジは部隊の皆を労う。
「国は勝利に沸いているらしいぞ。遊ぶなら今のうちだな、帰ったら当分仕事を休んで散財するとしようかね。」
タダスケは長期の休暇を取るらしい。農業、畜産業でない自営業だからできる芸当である。
この部隊だけではなく南海大島に派遣された倭国軍部隊の多くの兵士が終戦を喜んでいた。
生きるか死ぬか、搾取するか、搾取されるのか。勝者と敗者の差は大きい。しかし、勝者には勝者の、敗者には敗者の苦難の道が用意されているのは、変わらない。
倭国の動乱が終結して1年後、日本国
低家賃の集合住宅の一室で、その男は毎日をただ生きていた。その男には生きる気力も目標もなかった。あの時から彼の時間は止まったままだ。
彼は南海大島で大きな過ちを犯していた。誤射によって避難民の女性を死なせてしまったのだ。
裁判は異例のスピードで終わる。裁判に関わる組織は彼の過ちについて予想をしていたが対策も法整備もせず、負い目があった。彼の行動はカメラによって動画に記録されていたことも大きい。国や自衛隊、裁判所という組織、そして同僚たちは彼の復帰を強く望んでいた。しかし、彼は期待に応えられずに逃げるように組織と仲間の元を去って行った。
ある日、部屋に人材募集の広告が入ってくる。日本がこんな状況になってからは滅多に入ってこないものだが、その広告を見た時、彼にある感情が沸き起こってくる。いてもたってもいられなくなった彼は自衛隊の失業対策プログラムや国の失業支援事業を利用して国家資格をとると、就職活動に入った。筆記の一次試験は合格し、二次試験の面接に入る。面接官は彼の経歴の全てを把握していた。そして彼の痛いところを執拗に攻めてくる。しかし、彼の心はその程度では全く動じなかった。
「貴方の活躍を期待していますよ。」
面接官の最後の話が終わり、菊池は合格する。
半年の研修が終わり、菊地は南海大島西部へ向かう船の中にいた。船には様々な職種の人間が乗っている。土木、建設、電気、通信、警備、探すと限が無い。菊池は海風に当ろうと甲板に出る。汚染の極端に少ない異世界の海風は心地よかった。
船が港に到着し、菊池が下りようとした時に胸に衝撃を受ける。
「ご、ごめんなさい! 」
どうも前をよく見ないで歩いていた女性が自分にぶつかってきたようで、女性は荷物を散乱させていた。
「怪我はないですか? 」
菊池は散乱した女性の荷物を拾い上げて渡し、女性は「大丈夫です」と答えて去って行く。
「大学生、にしては若いな。そういえば国が高校生のボランティアを募っていたかな? 」
日本国は国内の復興と蜀と南海大島の資源開発で人手が足りない状態であった。国は南海鼠人の復興支援まで手をまわせず、その分野は全国のボランティア任せとなっていたのだが、国内事情は相変わらず悪く、ボランティアは一向に集まらなかった。苦肉の策として全国の高校に打診して教育や就職活動の一環と銘打って人手をかき集めていたのだ。
「あっ、落とし物だよ。あの子のかな? 」
菊池は「赤羽 利子」と書かれたお守りを拾い、先ほどの出来事を想い出して苦笑する。彼女のボストンバックがモゴモゴ動いていたのだ。当たり前だが、南海大島へのペット持ち込みは厳禁である。菊池は彼女が強制送還されないことを祈りつつ、お守りを渡すため、空いた時間で探すこととした。
菊池の就職先は南海鼠人の孤児に対して行われる鼠人支援事業である。この事業は身寄りのいない孤児に衣食住と教育を提供していた。菊池の配属先は学校と寮が併設された施設となっており、孤児との初顔合わせで運命の出会いを果たす事になる。菊池の担当に、あの時の子供達がいたのだ。菊池は感情を押し殺して全ての孤児と平等に接していった。
最初の半年は互いに警戒し、上手く交流できなかったが、菊池は構わずにいつも通り接し続けた。月日が流れ、いつの間にか多くの子供が菊池達に心を許すようになっていく。自分は上手く仕事をこなせている。そう思っていた矢先に菊地は鼠人のスキルに驚かされることになる。あの時の子供の兄二人、「ユース」と「キド」に呼び止められ、追及を受けたのだ。
「あの時、お前達の母を殺したのは私だ。それが分かったところで、どうする気だ? 」
こうなることは予想していた。今まで子供たちの生活を良く見て観察し、人格を把握していた菊池は二人に対して威圧するように話す。
「ど、どうすることもしないさ! ただ確認しただけだ。」
「お前は仇だ! だけど、シノンはお前になついている。真実を知ったら、シノンはきっと耐えられない。」
「「妹を傷つけることは許さないからな! 」」
ようするに、「妹を泣かせたら許さない」それが二人の言いたいことだった。菊池は細心の注意を払いながら兄妹に接していく・・・
この施設には教育者として、保育者として、色々な人間が働いている。菊池が来た当初、職員はその分野の人間ばかりだと思っていたが、明らかに体躯の良い者達がいた。その人間達はきびきびと動き、右耳が少し悪いのが特徴であった。菊池はどこか懐かしさを感じたが、彼らの過去を聞くことはしないし、彼らも菊池の過去を聞くことは無い。「過去を詮索しない」それがこの施設の暗黙のルールであった。
「よーし、上手いぞ! その調子だ。」
菊池は窓から外を見ると「体育」の授業が行われていた。校庭の廃タイヤが置かれた場所を子供達が走り抜ける姿は、どう見ても軍事訓練の一環に思える。
授業の教師はシュウイチであり、彼もまた、終戦後に悶々とした毎日を過ごしていた。しかし、「私の居場所はそこにある」とチヨが軍を去り、鼠人支援事業所に就職したことを切っ掛けに、シュウイチは自分の進む道を確信する。チヨは保育部、シュウイチは教育部に配属され、仕事の重要性とやりがいに、今までにない充実した毎日を過ごしていた。ちなみにタケも二人の後を追い、事業部で雑務を担当している。
南海大島西部、自衛隊基地
ある一室では基地司令が部下の報告を聞いていた。
「鼠人支援事業所への斡旋は一定の成果があったようだね。」
「はい、まさか菊池があそこまで社会復帰できるとは思いませんでした。」
「これで全ての問題が上手くいくわけではないが、あの菊池君がね・・・」
過去を知る者や当事者は「彼ら」の立ち直りを静かに見守っていた。
更に月日が流れたある日、菊池のいる施設が騒がしくなっていた。倭国の重要人物が急遽視察に来ることになったのだ。VIP専用の空飛ぶシリーズで施設に訪れるため、急遽離発着場が造られ、施設までの道に絨毯が敷かれる。そして、教育施設に似つかわしくない物々しい警備態勢が敷かれた。
情報は子供達にも伝えられ、出迎えの準備が施設総出で進められていく。
「これから倭国の重要人物が来るらしい。」
「倭国は父さんの仇だ、誰が来ようと、隙があれば俺の命に代えて討ち取ってやる。」
ユースとキドは仇が取れるかもしれない状況に、刃物を隠し持つ。
施設の職員と子供達が整列する中、到着予定時刻に空飛ぶ超高級絨毯が飛来し、着陸すると同時に中から警護の者達が出てくる。赤の甲冑と青の甲冑を身に纏った護衛は道に沿って整列し、絨毯の上に造られた建物の中から遂に重要人物が姿を現した。その人物は上半身が人間の女性で、下半身が白蛇の妖怪である、倭国の最高権力者フタラであった。
どんな人物が来るか伝えられていなかったシュウイチ達だが、飛来した乗り物を見た瞬間に事の重大性を理解したため、倭国人教師はすぐさま跪く。倭国人にとってフタラは神に仕える高貴な存在であり、現人神として崇められていた。
フタラは日本人の施設長と会話し、終わると菊池達の元へ向かう・・・
「!!!」
「・・・」
ユースとキドは声が出せない。フタラと目が合った瞬間に全身が硬直したのだ。他の南海鼠人の子供達も同様だった。フタラが自分達の方に向かってくると、体を動かせる者は日本人教師達の後ろに隠れる。菊池の右足にはシノンが抱き着いて震えていた。フタラはズルズルと移動し、菊池達の前で止まる。
「先の戦争では多くの孤児をつくってしまいました。貴方方はその孤児へ手を差し伸べ共に歩もうとしている。当事者である倭国を代表してお礼申し上げます。」
フタラは優しく喋りかけるが、菊池は子供達を恐怖に陥れたフタラが気に食わなかった。大妖怪は何百年も生きていると聞く。だったら自身が現れることで南海鼠人の子供達が恐れることだってわかっていたはずだ。菊池はフタラと勝手に会話してはいけないという倭国の鉄則を破ってしまう。
「貴方がこの施設へ来た本当の理由を教えていただきたい! 」
「「「 !!! 」」」
菊池の行動に日本側も倭国側も凍り付く。本島でこのようなことをした場合、命は無い。
「ふふふっ、貴方は私の考えが見えているようですね。」
そう言うとフタラはにこやかに笑い、菊池の周囲にしか聞こえない声で来た目的を話す。
「こんなに美味しそうな南海鼠人の子を、愛でずに国へは帰れないもの。」
倭国の最高権力者を前に菊池は一歩も引かず、最大限の警戒をとる。そして、周囲の職員も同様に警戒する。
「フタラ様、本音が出ています。お気を付けを! 」
半人半蛇のフタラの従者が慌てて止めにかかる。フタラは菊池の前から離れると施設長に挨拶し、従者と共に絨毯へ戻っていき、絨毯は飛び去って行った。翌日、倭国から日本国に菊池に対して不利益になるようなことが無いように外交ルートを通じて連絡があり、倭国全土に向けてもフタラ直々に通達を出し、この一件は終息する。
フタラを乗せた空飛ぶ絨毯は本島へ向かって飛行する。
フタラ専用の部屋で、従者は南海大島の孤児院での出来事を問い詰めていた。
「フタラ様! なぜ公の場であのようなことを・・・が、外交問題になったら大事です。」
従者が心配していることは現在進行形で進んでいた。狭い通信室では付添いの神官や国会議員が青ざめた表情で本国へ報告している。
「当初の目的に色を付けただけでしょう。あの日本人が不利益を受けないように、私は本国に報告しました。何も問題はありません。」
フタラは皆が制止する中、本来絶対に入ることはない通信室へ行き、本来触ることすらあり得ない通信装置を操作して本国と通信した。フタラは一言二言本国と通信し、それで終わりだと思っているようだが、従者には大混乱に陥っている本国の姿が容易に予想できた。フタラの通信を受信した者は気の毒としか言いようがない。
あの日本人の行動には倭国で当てはまる罪はないが、万死に値する行為である。だが、フタラのあの発言は、倭国史上稀に見る爆弾発言であった。現に付添いの偉いさん達は血眼になって本国へ報告し、火消しに躍起になっている。
フタラ達の目的は霊脈の監視と維持である。この世界では霊脈が乱れると魔物の発生や作物の不作、自然災害が発生する。フタラは霊脈と呼ばれる自然界に存在する魔力の流れを見て、操作することが可能な唯一の人物であった。
南海大島は倭国領だったが、霊脈は南海鼠人の件で永らく放置されていた。戦争が終結し、安全になったためフタラは新人神官の研修も兼ねて南海大島へ向かったのだった。
南海大島の中央部は霊脈が酷く荒れていた。フタラは霊脈を細かく観察し、最低限の操作で流れを治していき、並行して死者の供養も行う。日本軍による爆撃で全滅した集落は倭国軍によって完全に痕跡を消されていたが、フタラには意味をなさなかった。フタラは死者の埋葬地や処理した全ての場所を短時間で特定し、新人神官達に供養を指示していく。フタラ達は南海大島を西に向かって「治療」していった。
西部の大規模戦場跡を供養し、南海大島での仕事は終わった。しかし、フタラには心配な個所があった。終戦後、日本国が造った大規模孤児院である。互いに憎しみ合った者同士がこのような再会を果たした場合、憎しみが増幅され取り返しのつかない結果になる場合が考えられた。時に人々の思考によって霊脈が乱れることがあり、戦乱だけでなく自然災害すらも誘発した事例があったのだ。しかし、現地に着いてみると、南海鼠人と日本人はぎこちないが上手くやっていた。
フタラは現地で恐怖に怯える南海鼠人の子供を前に邪悪な心をくすぐられ、あのようなことを言ってしまったのだ。ただ、それはフタラの荒治療の一環であった。南海鼠人の子供に絶対的な恐怖を与え、それに動じない日本人という構図を作ることによって、両者の関係改善を図ったのだ。
「それではフタラ様が悪者ではないですか。」
「霊脈の維持ができればそれでいいのよ。それにしても、鼠人の子のあの表情! たまらないわ。」
フタラは恐怖に怯える子供の表情を思い出しテンションが上がる。その後、南海大島の鼠人支援事業所には数年に一度の不定期でゲリラ的なフタラの来訪があり、その都度南海鼠人の子供達は恐怖のどん底に落とされることになる。
フタラの来訪以降、孤児達の日本人への接し方は大きく変わっていた。菊池に対してユースとキドの兄弟は友好的な会話が増えていき、妹のシノンを任されることも多くなった。
充実した毎日に菊池は自分の過去を振り返る。自分が犯した罪は決して償えるものではないし、消せるものでもない。しかし、あの誤射から止まっていた自分の時間はいつの間にか動いていた。いつから動いていたのかなど、今の菊池にはどうでもよかった。
「願わくば、この子達の未来が平和でありますように」菊池は祈り、仕事に励むのであった。
人間はミスを犯す動物である。そのミスが大きくなればなるほど、ミスを犯した人間を苦しませる。そして、立ち直るまでの時間を止めてしまう。時間が止まった人間を治すことは容易ではない。他人は治療を手助けするだけで、根本的な治療はできず、結局は本人が治すしかない。
菊池が人材募集広告を見て行動を起こした時から、彼の時間は動き出したのだった。菊池のようなケースは少ないが、例え上手くいかなくとも自分のできる範疇で生きる目的を持てたのならば、それが社会復帰の瞬間である。




