第55部隊の軌跡 その2の1
スタッレーの町では部隊の出発準備が進んでいた。当初は住民を含め、スタッレーの全てを避難させる予定であったが、ナバホの司令部から住民の避難を中止するよう命令があり、軍のみがナバホへ向かうこととなった。
「二人とも元気でな。チャールズ、ちゃんとポールの面倒を見てやれよ。」
「エドウィン小隊長、どうか御無事で。この戦いが終わったらまた皆で会いましょう。」
「皆も元気で。」
エドウィンはスタッレーに残る二人に挨拶を行い、チャールズとポールも出発する仲間たちに別れの挨拶をする。
スタッレーからの撤退は軍のみであるが、無防備な住民を放置するわけにはいかず、第55部隊から極少数が残り、防衛の任務に就くことになった。敵からの攻撃を受けた場合、1時間と持たずに全滅するような規模の防衛部隊である。しかし、ナバホへ向かう本体も待ち伏せの情報があり、残る者も引く者も悲壮感が漂っていた。
部隊がスタッレーを出発して7時間後
スタッレーの町の見張り台などには第55部隊の兵士が歩哨に立っていた。1日3交代で回せる最低限の人員しかいないので、1人でも欠員が出ればそこから崩れてしまう、とても脆い防衛体制である。
「ポール、大丈夫か? 無理しなくていいぞ。」
ポールが担当する見張り台にチャールズが訪れてくる。
「僕は無理なんてしてないよ。チャールズこそ、まだ交代前なのにどうしてここへ? 」
「強がらなくてもいいぞ。スタッレーに着いて、西部の情報を聞いた時からお前の様子がおかしいことは部隊の皆がわかっていた。」
「・・・」
「西部は、お前の地元だろ。」
「そんなに、態度に出てたのか・・・ごめん、故郷が、敵の支配地域に入っていたから、家族が心配で・・・」
「謝る必要はない、皆同じさ。故郷や家族が心配で、でも軍にいる以上は任務を遂行しなければいけない。それが家族に会える一番の近道だって自分に言い聞かせている。だから、仲間がいるうちは仲間に頼れ。一人でなんでもかんでも抱え込むな。俺が言いたいことはそれだけだ。」
同期といってもチャールズはポールの1歳年上である。たった1年しか歳がかわらないのに、これほど大人びたことを言える人間はなかなかいない。エドウィンもそうだが、チャールズもポールにとっては頼れる兄のような存在であった。
「ありがとう、おかげで胸のもやもやが取れたよ。」
「よしっ、俺は時間まで休むぞ。」
チャールズが戻ろうとした時、それはやってきた。独特な羽音を響かせ、北から飛来してきた物体はMV-22J 3機であった。
「 敵襲! 」
「あれはまだ見たことない、新手だ! 」
「住民を頑丈な建物に避難させろ! 」
スタッレーの町は大混乱に陥る。MV-22J 3機は町を攻撃することなく、北部の平野に降り立ち、すぐに飛び去って行った。
「森で見えなかったけど、あの兵器は攻撃するか兵士を運ぶためのものだ。たぶん相当数の兵士が降りたに違いない。」
「どうする? 様子を見に行った方がいいかな。」
「罠だったら? 町を手薄にはできないよ。」
飛行物体が飛び去り30分経過したが、町が攻撃されることはなかった。新兵達は敵の兵士が下りた可能性があったため、偵察を行うか、籠城するかで揉めていた。
「よし、チャールズ、7人連れて偵察に出てくれ。」
議論が纏まらないのを見て、新人の部隊を指揮する部隊長が年長者のチャールズに偵察を命じる。
「了解! 部隊は・・・」
チャールズは適当に人選し、北の森へ偵察に向かうのだった。
「・・・」
ポールは偵察部隊にいた。
「すまないなポール。歩哨任務から連続で・・・だが、お前の能力はベテラン並だから外せなかったんだ。」
たしか、さっきまで「無理しなくていい」とか言ってなかったか? と思いつつポールは命令に従う。自慢ではないが、ポールは第55部隊で誰にも負けない自信があった。そして、喧嘩や腕比べで負けたことが無い実力もある。偵察という重要任務の人選でチャールズの判断は正しい。
森に入って20分、部隊は開けた場所に出た。よそうでは、あの飛行物体が着陸した場所である。その場には何もいなかったが、ポールは自身の身の危険をずっと感じていた。
今までに感じたことのなかった感覚に、ポールは冷や汗でびっしょり濡れていた。何かがおかしい・・・
「何もいないな。スタッレーへ戻るぞ。」
チャールズは現地に何もない事を確認し帰ろうとする。
「待って! 何かいる!」
全身汗だくのポールが、何かの気配を訴える。チャールズはポールの姿を見て何かが起こっていることに気付き、素早く命令を出す。
「 全方位を警戒! 」
チャールズが指示を出した時には既に遅かった。突如、地面や草木が彼らを襲ったのだ。
「うわっ化け物! 」
「はなせ! 」
チャールズを含め、7人が組み伏せられる。ポールは周囲に何か潜んでいると感じ、最初から警戒していたため攻撃を避けることができた。そして、持ち前の集中力で気分を落ち着かせ、草の化け物を射撃する。
胴体を狙ったため銃弾は確実に命中するはずだった。しかし、 パシッ! と言う音をたてて弾丸が弾かれた。
「そんな、障壁! 」
ポールは銃弾が弾かれたことに驚き、次の瞬間、世界は反転する。草の化け物に倒され、気が付くと地面に押し付けられていた。
「何もたついてるんだ? シューイチ。」
「こいつ、俺たちのこと気づいてたぞ。」
予定外の反撃を受けたシュウイチは、押さえつけた南海鼠人を確認する。周囲からはギリースーツを装備した自衛隊員と本島鼠人の部隊が次々に現れてくる。
「タケ、この南海鼠人、俺達に近いようだ。」
「はぁ? 何言ってんだ? 」
ポールは地面から頭をあげて周囲を見る。草木の化け物は敵であり、部隊は敵に全員捕まっていた。そして、自分達を組み伏せた敵は鼠人であった。
「お、お前たちは何者だ。」
肺を圧迫されている中、ポールは精一杯声をあげる。
「俺達は倭国陸軍所属の本島鼠人だ。俺の名はシュウイチ。」
ポールは最初、何を言っているのかわからなかった。倭国軍の鼠人部隊など聞いたことがない。
「抵抗しなければ危害を加えない。お前たちには頼みたいことがある。」
30分後
「つまり、我々にスタッレーの部隊に降伏勧告してほしいと。そんなことできるわけ・・・」
ケア要塞攻略戦で、南海鼠人は一定以上の損害と避難民の防衛が不可能と判断された場合に降伏した前例があり、連合軍は新しい試みとして捕縛した偵察部隊に交渉役をしてもらおうと考えていた。チャールズには重い判断が求められる。「負ければ死ぬ」。物心つた時からそう教わり、ずっと戦い方を教わっていたが、降伏方法などは教わったことがなかった。多くの南海鼠人にとって降伏は死なのである。
「僕が、説得に行きます。」
重苦しい空気の中、ポールが口を開く。
「ポールだめだ。最悪、その場で銃殺されるんだぞ。」
「でも、あの人数じゃ町を守れない。戦闘になれば住民が大勢死ぬ・・・」
議論の時間はあまりなく。結局、二人でスタッレーへ行くことになった。
1時間後、スタッレー
防衛部隊が拠点としている建物で、チャールズとポールの二人は部隊長に報告する。部隊長はずっと窓から外を見て2人の話を聞いていた。
「そうか・・・敵の規模は? 」
「あの場には最低でも30人以上。他にも町の周囲に展開している部隊がいる可能性があります。」
「もう一度確認する。敵はヒトと鼠人なんだな。」
「はい、ヒトは日本軍で、信じられませんが、鼠人は倭国軍とのことです。」
「回答期限は? 」
「自分達が町に入ってから3時間後までに返答無き場合、攻撃を始めるそうです。」
部隊長はしばらく考えた後、判断を下す。
「降伏する・・・確か、白い旗や布を振るのが、彼らの言う降伏方法だったな。住民に言って準備させよう。」
部隊長の判断に二人は驚く。敵への投降行為や敵前逃亡は重罪であった。
「部隊長、良いのですか? 司令部に知れたら銃殺刑ですよ。」
「知ったことか。敵に鼠人がいることは、噂だが私も聞いたことがある。君たちの報告で確信が持てたよ。上層部はこのことを知っていて、あえて隠していた。戦争の口実のためにな。本来、互いに話し合いの場を設ければ、戦争は遥か昔に終わっていた! これ以上の戦闘は無意味だ。」
南海鼠人も一枚岩ではない。この部隊長は以前に本島鼠人の噂を聞き、疑問を持っていた。本島に鼠人が暮らしているのならば、自分達はなぜ妖怪と戦っているのか? 理由がわからなかった。
多くの者が、いつ終わるとも知れない戦争の意義に疑問を持ち始めていたのである。
防衛部隊は降伏し、スタッレーの占領は血が流れることなく行われた唯一のケースとなった。
スタッレーの町は連合軍部隊が占拠し、防衛部隊の武装解除を行っていた。ポールは保管してある武器等を町の入り口付近に運んでいたが、ふと視線を感じて森の方を見る。すると人影が森の中へ消えていくのが見えた。
見覚えのある人影にポールは森へ向かおうとする。
「おいっ! どこへ行くんだ。」
森に行こうとするポールをシュウイチが止めにかかる。
「部隊の仲間が森にいたんです。彼を連れてきます。」
「勝手な行動は・・・」
「今行かないと見失ってしまうんです! 」
「じゃあ俺もついていく、案内頼むぞ。」
ポールの強い要望にシュウイチは折れて同行することにした。
「シューイチ、単独行動は危険だ。俺もいく! 」
「大人数で行って相手を刺激するのも良くない。タケは森の外で待機していてくれ、銃声が聞こえた時は頼む。」
そう言うと二人は森へ消えていった。
「あーもう、どうしろってんだ! あっ、チヨちゃんちょっといいか? 」
タケは付近にいた仲間に声をかけて万が一に備えるのであった。
森に入って約5分、その人物はポール達の目の前にいた。
「アレクセイ・・・部隊を追ってきたの? 僕たちは・・・」
「動くな! 」
アレクセイは銃を向ける。
「お前たちは裏切り者だ! 敵への降伏は死をもって償ってもらう。」
「アレクセイ聞いてくれ、戦争はもうすぐ終わる。敵に降伏しても妖怪に食べられることはないし、罪に問われることもないんだ。これ以上の戦いは・・・」
「だまれっ! 」
二人の言葉の応酬にシュウイチは話に参加できないでいた。シュウイチは自分の認識の甘さを痛感する。最初はスタッレー同様、穏便に解決できると思っていたのだ。ポールの見た人影を追って二人で森に入ったが、人影を見つけたものの、いきなり銃を向けられて今に至る。シュウイチは相手を刺激しないように銃を向けず、妖術も使用しないでポールに説得を任せていた。
「妖怪も、妖怪に味方する奴も全て始末するべき敵だ。その中にはポール、お前も含まれている。ここにきてようやく分かった、お前はそこにいる鼠人モドキと同じだ! 」
「アレクセイ、何を、言ってるんだい。僕には、何のことかわからない・・・」
「前々から変だと思っていた。お前の能力は鼠人を越えている。そして、その目だ。青い目をした鼠人なんて今まで見たことが無かった。だが、攻めてきた鼠人モドキは皆、同じ青い目をしている。それが意味することはひとつだ。」
「ぼ、僕は南海鼠人だ! 西部で生まれ育って、家族だっているんだ。 あっ・・・」
ポールは自分の出生を否定された気になって必死で反論してしまった。気付いた時には遅く、アレクセイが最も気にしていることを言葉に出してしまう。
シュウイチは交渉の成り行きを見守っていたが、雲行きがかなり怪しい。説得成功の可能性は低く、相手は今にも銃を撃ちそうな雰囲気だった。「奴が銃で狙っているのは・・・」シュウイチは銃口の向き、引き金にかけられた指、相手の雰囲気を注意深く観察して備える。そして、相手に悟られないように銃の持ち方を変える。
「気にすることは無い、お前は俺が殺す。」
「アレクセイ、待ってくれ! 僕は! 」
ポールが喋り終わる前に銃声が響く・・・・・
ポールの右肩を狙って発射された弾丸は、89式小銃の銃床によって防がれる。アレクセイが引き金を引く瞬間にシュウイチが小銃を前に出してポールを守ったのだ。ポールは気絶し、その場に倒れこむ。
「おいっ、鼠人モドキ。そいつは俺の友人だ。死なせたら、ただじゃ置かないからな。」
そう言うと、アレクセイは森に消えていった。
5分ほど経ち、銃声を聞きつけた部隊の仲間がシュウイチの元に駆けつけて来る。シュウイチは敵への捜索を部隊に任せ、ポールを担いでスタッレーに戻って行く。
あの場で何もできなかったシュウイチは、自分の無力さを実感していた。
アレクセイは森の中をひたすら走っていた。
「俺、みんなの仇をとれなかった。友達を殺すことなんて、できないよ! 」
アレクセイは泣きながら中央部へ走っていった・・・




