南海大島攻略作戦 その4
南海大島、ナガリ大要塞総司令部
総司令部には戦闘が始まってから膨大な情報が集められ、処理が間に合わなくなっていた。今までにこれほどの情報処理を経験したことが無かったため、鼠人国家全体の運営に影響が出てしまう。それでも日が経つにつれ、現状を把握できるようになってきていた。
「中央部の集落は最初の攻撃で壊滅しました。中央では人員と物資の補給に大きな支障が出ています。また、西部で敵に抵抗できている拠点はピドール大要塞のみです。先日ケア要塞が陥落し、西部の防衛線は崩壊しました。」
「ピドール大要塞へ部隊を向かわせているのですが、多くの部隊が到着前に壊滅。現在、要塞は半壊しているとのことです。」
「北部戦線ですが、第3防次衛線が突破されそうです。倭国軍を止められません。」
総司令部にも関わらず人員は多くない。ナブラの命で司令部要員を前線への伝令や指揮に充てていたからである。現在は最低数の人員で指揮していた。
「北部は第5次防衛線の準備が完成している。まだしばらくは持ち堪えられる。第2軍団司令部へ連絡しろ。最低限の兵を残して、戦闘可能な者を全て中央によこすのだ。西部はこのままで良い、敵がピドールに気をとられている間に民をナバホへ避難させる。」
ナブラは不眠不休で指示を出していた。周りで見ている者達は鼠人王が限界を迎えていることを実感している。何度も休憩を勧めたが鼠人王は拒否し、指示を出し続けていた。
ナブラは現在のこの状況を招いたことに大きな責任を感じていた・・・
自分の息子達は将来、南海鼠人を導く存在になる。王となれば、急な事態に的確な判断を下せなければならない。その経験を積ませるために軍を任せたのだ。あの時、息子達に軍を任せなければ・・・もっと自分が作戦立案に関われば・・・
ナブラは過去を悔いるが、今となっては後の祭りであった。
「これは・・・鼠人王! ナバホ要塞から通信が来ました。」
「なに! もう司令部を復旧させたのか? 」
「それが、送信主はトライデント軍団長です。」
想定外の人物が出てきたため、ナブラは一瞬「これは夢ではなか?」と思ってしまう。ナブラは彼がなぜ生存しているのかわからなかった。
「鼠人王、ナバホ要塞は確保しました。民の受け入れ準備は整っており、既に多くの民が避難してきています。」
トライデントの力強い言葉が聞こえてくる。
「鼠人王、シヴァでございます。トライデント様は命令を無視し、敵の攻撃前にナバホ洞窟へ入りました。処遇はどういたしますか? 」
シヴァも通信してくる。ナブラにとって、ここ数日間でこれほど良い報告は無い。今までの疲れが一気に吹き飛んだような気がした。
「その件は不問に処す。シヴァよ、引き続きトライデントに尽くせ。」
「ご命令のままに・・・」
「鼠人王、ナバホの司令部機能を復旧させました。ここから西部の指揮が執れます。」
トライデントはナブラに現状を報告し、遠回しな提案をする。これはナブラにとって大きな助けとなるものであった。
「トライデントよ、お前に西部の指揮を任せる。当初の作戦を実行せよ。」
「必ずや作戦を成功させます。」
この決定により、ナブラは中央部の指揮に専念することができ、大幅な負担軽減となるのであった。
南海大島西部、ケア要塞
南海鼠人の西部防衛線の要であったケア要塞は、現在連合軍に占領されていた。ケア攻防戦は本島鼠人兵が本格的に投入された初の大規模戦闘であり、本島鼠人兵の有用性が証明され、日本国も倭国も本島鼠人兵を積極的に戦線に投入していこうとしていた。
「どうした、シューイチ。浮かない顔して。」
「タケか、ちょっとな、要塞の奥のこと思い出してた。」
「ああ、あれか、俺もちょっと堪えたぜ。」
ケア要塞攻略戦で、シュウイチ達は要塞の最奥へ最初に到達していた。そこで見た光景は衝撃的なものであった。シュウイチ達は最初、最奥に物資保管庫があると思っていたが、その場には暗闇の中、すし詰め状態の避難民達がいたのだ。避難民は恐怖で怯えきっていた。赤子の鳴き声が聞こえ、その方向を見ると母親が我が子の口を必死に強く塞いでいた。鳴き声で居場所がばれないように息を止めようとしていたのである。シュウイチは直ぐに止めにかかり、赤子は事なきを得たが、後続の部隊が到着するまでシュウイチ達は恐怖と敵意の視線に晒される中、避難民を監視することになる。
「チヨはどうしてるんだ? 」
「チヨちゃんは難民の面倒を見てるよ。女は強いねぇ。俺には無理だわ。」
初の実戦を終え、シュウイチは当初の想いと勢いを失っていた・・・
南海大島西部、連合軍上陸地点付近、自衛隊拠点
自衛隊が上陸し、短期間で造り上げた拠点は、自衛隊の活動に無くてはならない存在である。陸上兵器だけでなく、各種ヘリの修理と整備、補給の一大拠点であり、病院機能も置かれていた。
「早く搬送しろ! 死んじまうぞ! 」
任務を終えた輸送ヘリから血まみれの担架が隊員によって運ばれてくる。
2時間前
自衛隊は無人偵察機とドローンによって避難中の難民集団をいくつも発見する。今まで把握されていなかった洞窟や地下道に隠れていた住民が、食糧が尽きて決死の逃避行に出たのであった。すぐに動かせる部隊に避難民確保の命令が出され、地上部隊がヘリで投入される。
避難民は広範囲に数多く散らばっていたため、少数の部隊で一個の集団を確保し、輸送ヘリが順番に回収していく方法がとられる。この作戦に参加していた菊池は、鼠人兵と数度の戦闘を経験しており、南海大島へ派遣される前は日本本土で半魚人と戦っていたベテランである。
この地域の南海鼠人兵は壊滅しており、作戦は順調に進み、菊池の所属する部隊も避難民を確保して輸送ヘリを待っていた。しかし、数日間地下道に潜んでいた南海鼠人の部隊が、この時、丁度地上に出てきて菊池達を襲撃したのであった。最初の攻撃で菊池は胴体に銃弾を受けるが、防弾アーマーのおかげで大した怪我はなかった。しかし、精神的な衝撃で倒れこんでしまう。部隊の仲間は混乱しながらも直ぐに敵が潜む密林の斜面へ向けて銃撃を開始し、菊池は敵の射線から外れるべく横に転がりながら移動して89式小銃をフルオートにして斜面を射撃した。
その時事故が起きる・・・
いきなり始まった戦闘で混乱していたのは避難民も同じであった。菊池の射線上に突如人影が横切る。菊池は引き金から指を離したが、89式小銃からフルオートで放たれた銃弾の一発が、鼠人女性の頭部を打ち抜いてしまう。
戦闘が終わり輸送ヘリが着陸。避難民と自衛隊員がヘリに乗り込む傍らで、菊池は鼠人女性の応急手当てを行っていた。女性は息をしていたが、目、耳、鼻、口からの出血が止まらず、止血をしようにも手の施し様がない状態であった。傍らでは女性の子供と思われる2人の子供が泣いていて、更に女性は赤子も抱えていた。部隊の仲間がヘリから担架を運んできて、女性を乗せてヘリに運び込む。菊池もそのヘリに乗り込もうとしたが、隊長から制止されて他のヘリに乗せられてしまう。隊長は一部始終を見ており、部下の精神状況を考慮して別々のヘリに乗せたのだった。
鼠人女性は自衛隊基地の病院へ運ばれて直ぐに死亡が確認された・・・
この一件で菊池は日本本土に戻され、裁判が行われることになる。南海鼠人を人として扱わないなどということは無く、殺人容疑で起訴されることとなった。
この裁判は自衛隊の問題点と日本の防衛意識の無さが改めて浮き彫りとなるものであった。この問題は今まで問題定義されていたのだが、改正されることなく放置されており、ここにきて政府は早急な対応に迫られ、関係法令が改正されることとなる。それは、あまりにも遅すぎる対応だった。
判決は非常時における緊急避難的な対応で発生した事故として菊池は執行猶予刑となり、彼は自衛隊を去っていった。




