第55部隊の軌跡
第1軍団第55部隊は山脈を抜け、南海大島西部へ到達していた。部隊はテルの町で救助作業を行っていたが、山脈に拠点を持つ第1軍団第10部隊に活動を引き継ぎ、第10部隊と情報を共有する。第55部隊は、中央部の集落が軒並み破壊されたこと、西部に敵の大侵攻が開始された事、これから向かう第3軍団司令部が壊滅したことを知る。部隊は山脈に設置された第10部隊の拠点に移動し、部隊長と協議した結果、移動目標を西部最大の要塞、ピドール大要塞へ変更した。
「ピドール大要塞は西部で唯一、敵に抵抗できている要塞だ。他の拠点は占領されたか破壊されたと考えていい。」
「そんなバカな。西部みたいな広大な土地を、こんな短期間で制圧なんてできっこない。」
「テルの町を見ただろ。みんなあれでやられたんだ。きっと僕達も殺されるんだ。」
ポール周囲の面々が小話をしているが、既に悲壮感が漂っている。テルでの出来事から部隊の空気は一変した。敵討ちに執念を燃やす者、これからの戦闘を悲観する者、テルの光景を忘れられず、魂の抜け殻のような者、様々な想いが渦巻いていた。そして、アレクセイはこの部隊の中にはいなかった。家族の埋葬場所から動こうとしなかったのである。
部隊は密林を抜け、トンネルを抜け、地下道を進み、できる限り空から見えないように進んでいく。テルに対して行われた攻撃が、自分達に向けられるのを極力回避するためである。この行動は移動工程を大幅に遅れさせるものであったが、部隊の生存に大きく貢献していた。自衛隊は西部の軍事拠点をほぼ破壊し、現在は移動中の敵部隊を攻撃目標としていたのだ。
3日後
「どうだクラウス、何か見えたか? 」
地下道上部に設置されたのぞき穴から外を窺うクラウスにケーンが話しかける。
「70m先に敵兵、数は15、いや16だ。集落の住民を取り囲んでいる。」
地下道には所々に、地上の様子を確かめるためののぞき穴が設けられていた。部隊は外の様子を確かめてから出ようとしたところ、初めて敵を発見することになったのである。
「捕まっている住人は22人。」
クラウスの報告に部隊長のケーンは迷っていた。部隊を無事に要塞へ到着させるには戦闘は避けなければならない。しかし、自分達が動かなければ捕まった住人達を助けられずに見殺しにしてしまう。
「こっちの方が数は多いし、高い位置にいる。負ける要素はない。」
「そうですよ、隊長! 今動かないでどうするんですか! 」
「テルの仇を討ってやりましょう! 」
部下の言葉にケーンは攻撃を決定する。
部隊は気付かれないよう、慎重に地下道から出て木々の間に身を隠す。全員が準備できたら一斉攻撃で敵を全滅させる作戦であった。最後尾のポールが外に出ようとした時、予想外の出来事が起こる。
難民と部隊回収に来たUH-60JA2機とCH-47JAが現れたのである。
「なんだあれは! 」
「機械・・・」
その大きさ、轟音にポールは驚愕した。そして、部隊長のケーンは想定外の出来事を前に、部隊を地下道へ移動させようとする。しかし、実戦の緊張とヘリの登場による混乱で一部の兵士が攻撃を始めてしまうのだった。
それは一瞬の出来事であった。被弾した敵が地面に倒れると同時に、地上と空から凄まじい数の銃弾が部隊のいる斜面を含めた広範囲に撃ち込まれた。混乱の最中、ケーンは部隊に地下道への撤退を指示するが、その声は銃声にかき消されてしまう。斜面には銃弾のほかに擲弾も撃ち込まれ、密林の木々が次々に倒れていく。ケーンが敵を確認すると、先ほど被弾して倒れた敵兵が何事もなかったかのように起き上がり、こちらへ銃撃していた。
銃弾が降り注ぐ中、ケーンは地下道入り口で部下を誘導していく。残りは3人。負傷した1人を2人で担いで地下道入口へ向かっていたが、ケーンの目の前で掃射されてしまった。自衛隊の攻撃は第55部隊が地下道から移動してもしばらく終わらなかった。
第55部隊は、今回の戦闘で27名の戦死者を出してしまう・・・
南海大島中央部の町テル
家族の埋葬された集団墓地でアレクセイは決意を固めていた。
「仇は、必ず取る。敵は、皆殺しだ! 」
彼は装備を整え銃を持つと、第55部隊の後を追う・・・
部隊はピドール大要塞へ向け進んでいく。砦や監視塔は破壊され、集落はもぬけの殻だった。部隊は途中の拠点で補給を行いながら進んでいくことを前提としていたため、食糧が底をつきかけていた。連合軍は住民を移動させた後、集落から撤退する際に武器庫と食糧庫に火をつけて破壊していたのだ。部隊は誰もいない集落で民家に残された僅かな食糧と、放置された畑の作物で飢えを凌ぎつつ、目的地へ向かう。
2日後
第55部隊は西部と中央を隔てる山脈付近の町「スタッレー」に到着する。この町は西部で一番中央よりにある町だったため、ヘリボーンは行われず、まだ無傷で残っていた。
補給が行われ、部隊は束の間の休息を得ることができたが、部隊には絶望的な戦況が伝えられる。ピドール大要塞が陥落したのだ。更に、山岳要塞群も陥落して北部と西部の敵が合流、連合軍は総攻撃の準備を進めていた。
「ナバホ洞窟ですか・・・」
ケーンはスタッレーに駐留する部隊と、ピドール大要塞から撤退してきた部隊と協議していた。第3軍団に所属する部隊長の一人がナバホ洞窟へ住民を避難させていることを話すと、他の部隊長達から「ナバホ洞窟へ向かった方がいいのでは?」と相次いで発言が出る。第3軍団に所属する部隊長はナバホ洞窟は戦闘する場所ではなく、住民を避難させる場所であり、敵に対して抵抗ができなくなったと判断された場合には降伏する予定であることを伝える。
「降伏など、民を妖怪共の餌にする気か! 最後の一人まで戦って死ぬのが南海鼠人であろう。」
第1軍団に所属する部隊長が持論を展開する。
「これは鼠人王の命である。貴様、全軍団を統括しておられる方の命令に背くつもりか! 」
第3軍団に所属する武人気質の部隊長が反論する。
議論は白熱し、結局、スタッレーの住民を護衛しながらナバホ洞窟を目指すことになった。
「ちょっといいかな? 」
隊長達が会議場となった町長の家から出ると、第3軍団第43部隊長のラドムがケーンを引きとめる。第43部隊は第3軍団の中でも平均年齢が高く、歴戦の戦士で構成されていた。
「ラドム様、どのようなご用件でしょうか? 」
格上の相手にケーンは緊張する。
「そんなに畏まらなくて良いよ。君の部隊について聞きたいことがあるんだ。君の部隊はここに来る途中で日本軍と戦ったんだって? 」
「はい、自分の判断ミスで27名の部下を死なせてしまいました。」
ケーンは一番聞かれたくないことを聞かれ、当時の状況を思い出す。
「6割。この数字が何かわかるかい? 日本軍と戦った部隊の損耗率だ。倭国軍の妖怪と戦う以上の損耗を出す相手と戦って、君の部隊の損耗率は1割程度。君は優秀な指揮官だ、自分を責めないでほしい。」
ケーンはラドムにどう返事をしていいか分からない。
「君に頼みたいことがある。私の部隊には君達のような新兵で、壊滅した部隊の兵士が多く合流している。その新兵達を第55部隊で受け入れてほしい。」
「そんなっ、新兵も貴方の指揮ならベテラン同様の働きができるはずです。自分なんかが・・・」
「平時ならそれでいい。しかし、今は戦地で新兵を鍛えている時間はないのだ。避難が始まれば敵に必ず察知される。その時は我々ベテランが敵に対処して時間を稼ぐ、その間に君の部隊はスタッレーの住民を避難させてくれ。君なら新兵を任せられるのだ。」
「了解しました・・・」
同世代の新たな兵士の受け入れと、スタッレーの住民の命を託され、ケーンは更なる重圧にさらされる。
第1軍団第55部隊は第3軍団第43部隊から人員を供給され、500人規模の部隊となる。
カクヨムに投稿した話は少し内容が異なります




