南海大島攻略作戦
南海大島、第1軍団司令部
連夜に行われていたRF-15の夜間偵察や、昼間に行われたP-3Cによる二度のビラ撒きを受けてガントレッドは対策を考えていた。
「昼間に我が物顔で飛び回りおって。エクセル技長、あれを落とせる兵器はまだ完成しないのか? 」
ガントレッドは兵器開発場へ足を運ぶ。結局、対策と言ってもエクセル頼みである。
「大砲の射角を増やし、空の目標へ狙いをつけるための照準器を開発中です。また、砲弾は任意の高度で炸裂する新型砲弾を研究中ですが、完成には半年以上かかるでしょう。」
エクセルはいくつもの兵器開発を中止して空の目標への攻撃手段、対空砲の開発に取り掛かっていた。敵が我が物顔で上空を飛び回れば、対応をとらざるを得ないのである。エクセルの助手では話にならないと判断したガントレッドは開発室に入っていく。
「もっと早くできんのか? 新兵器は本島攻略で必要になるかもしれないのだ。」
「これでも期間を前倒ししておる。半年後に完成予定だが当てにせんことだ、解決しなければならん問題がまだ多く残っているのでな。」
開発を急かされるエクセルは、これ以上の期間短縮は限界だと回答する。ガントレッドは寝ずに開発を行っているエクセルの姿を見ていたこともあり、これ以上の期間短縮は無理だと判断して司令部へ戻っていった。
「通信士、艦隊からの連絡はないか? 」
ガントレッドは司令部へ戻ると通信士に確認させる。第2軍団の艦隊は既に出撃しており、艦隊の砲撃を合図に第1軍団が北上し、倭国軍を挟み撃ちにして殲滅する予定であった。
「まだ連絡はありません。 」
「そうか、引き続き艦隊からの連絡を待て。」
ガントレッドは司令部の外へ出て北部を見る。あと2時間足らずで艦隊が攻撃を始める時刻であった。「準備ができていない艦隊を出撃させるとは、親父も心配性だな。」ガントレッドの頭には弟であるブリガンテの顔がよぎるが、聞き覚えのある音が聞こえてきたため次の行動に移る。
「ゴー」という、ウサギが蛇に締め付けられた時に発する声ような、形容し難い音は毎夜現れた飛行物体の音であった。
「今回は朝早くに来たな。どれ、姿を見るとしよう。」
ガントレッドは今まで暗闇で見えなかった航空機を見ようと音の方向を見る。基地にいる者達も空を見上げ探し始めていた。
「あっ、あそこだ! 」
一人の兵士が空を指さす。指した先には遥か高空を飛行する謎の物体がいた。
「なんて、高度だ・・・」
多くの者が呆気にとられていた。その飛行物体はどのような方法をもってしても落とせないであろう高度を飛行していたのだ。
「他にも来るぞ! 」
耳の良い者が叫びだす。この時、北方から爆装したF-2支援戦闘機が70機迫っていた。
「前線から緊急連絡! 北方より敵の飛行物体多数侵入! 」
前線からの緊急連絡は爆撃の直前に第1軍団司令部へ伝えられた。
F-2支援戦闘機は対艦任務に特化した機体であるが、開発当時の流行である多目的機としての性質も持ち合わせていた。爆装では500ポンド爆弾を12個装備でき、一機で2.7tもの爆弾を投下できる。F-2は航空自衛隊の中で地上施設の破壊に適した機体であった。
第1軍団司令部の多くの人員が空を見上げている中、爆撃機編隊70機は840もの爆弾を投下していく・・・
大規模な爆発と轟音が過ぎ去った後、その地には静寂だけが残されていた。
第1軍団司令部は山の地形が変わる程の爆撃を受け、築かれた要塞は完膚なきまでに破壊される。この攻撃によってガントレッドを含むその場に居たものは全滅し、兵器工場や研究施設も完全に破壊され、エクセル技長以下、研究開発に関わる全員が死亡した。
南海大島東部海域
第2軍団が保有する小型戦闘艦10隻と大型輸送帆船5隻、大型戦闘艦1隻の艦隊が北上していた。目標は島北部を支配している倭国軍である。
旗艦「タクト」内でブリガンテは自身の勝利を確信していた。倭国のフリゲートとは大砲の射程、威力、艦の機動性などで勝っており、蜀の軍船は倭国のフリゲートにすら劣るので、戦果稼ぎとしか見ていない。最近は日本という国が現れたようだが、南海鼠人でその船を見た者はいないため、外洋を航行できる船を持っているのかすら怪しい蛮国と認識していた。
「攻撃開始地点まで約2時間で到着します。」
部下の報告を受けブリガンテは違和感を覚える。倭国の船が迎撃どころか警戒にも出てきていないのだ。
「まだ敵に遭遇していない、警戒せよ。」
ブリガンテは不安を感じ、艦隊に警戒するように伝えるが、その不安は的中する。
「3時の方向に艦影! 」
上空を空飛ぶシリーズで警戒している見張り員が、東部の海上に艦影を1隻確認して報告する。
この日のために必勝の艦隊戦を研究してきた艦隊はすぐに戦闘準備に取り掛かった。快速の大型帆船が敵の位置を確認し、小型戦闘艦へ情報を伝え、小型戦闘艦は敵を包囲殲滅する。この戦法で倒せない船は瘴気内には存在しない!
「敵の詳細を送れ。倭国のフリゲートか? 」
ブリガンテは自身の艦で戦いたかった倭国のフリゲートが迎撃に出てきたのだと思っていた。しかし・・・
「艦影不明、見たことのない灰色の大型艦です。」
見張り員からは意外な回答が来る。「灰色の船など聞いたことがないが、倭国でも蜀でもない船となると、日本国の可能性が高い。」そう判断したブリガンテは攻撃命令を出す。
「訓練通りにやれば必ず勝てる。南海鼠人の力を見せてやれ! 」
ブリガンテは勝利に絶対の自信を持っていた。しかし、敵までの距離が10㎞を切ったところで敵が行動を起こす。
「敵艦発砲! 」
マストの見張り員が敵艦の攻撃を伝える。
「馬鹿な! 敵はこの距離で撃てるのか? 」
「慌てるな、この距離で命中弾は出ない。」
最新鋭の大砲とほぼ同じ射程で砲撃してきたため、周りの将官が慌てるがブリガンテは落ち着いていた。
そう、最大射程で初弾命中などありえなかった。戦いは互いにもっと接近してからが本番である。だが、現実は非情だった。
護衛艦「すずなみ」から発射された127㎜砲弾は旗艦「タクト」の中心部に直撃。砲弾は内部で炸裂し、爆風は船内を駆け巡って弾薬庫を誘爆させて、船体は木端微塵に吹き飛んだ。この爆発でブリガンテを含む船員のほとんどが死亡し、旗艦を失った艦隊は大混乱に陥る。
「すずなみ」は大型艦から沈めていき、残りの小型戦闘艦も射程外から一撃で葬っていく・・・
「敵艦隊排除確認、洋上に漂流者がいます。」
「引き続き無人機で索敵を実施。」
「了解、漂流者はどうします。」
「行動に変更はない。」
護衛艦「すずなみ」内では、部下の報告に副長が予定通りの行動を指示していた。南海鼠人が絶対の自信をもって投入した艦隊は、戦闘開始から20分とかからずに消滅する。
南海大島、西部海岸
長閑な砂浜が広がる早朝の浜では、漁師達が沖へ船を出そうとしていた。
「今日は凪いだ海で魚が良く獲れそうだ。」
「海は何が起こるか分からないから、気を付けて行ってらっしゃい。」
妻は夫を見送り、自身の仕事に戻る。付近の海に面した集落では既に住人が仕事を始めていた。
集落の隣には高さ10mの監視塔が建っている。この塔は海から侵入する倭国軍や怪物を監視するために造られたもので、常時十数名の軍人が配置されていた。倭国軍の襲撃はここ数年発生せず、怪物も滅多に来ないので、兵士達は警備をしながらも住人の手伝いをするのが日常となっている。
最初に異変を感じたのは船を沖合に出した漁師達であった。何かが水平線の彼方から飛んできたのである。
「何だあれは! 」
「ばっ、化け物! 」
漁師が驚愕していると、その物体は監視塔手前で停止し、煙を吐くと同時に監視塔が吹き飛ぶ。それは海上自衛隊のSH-60Kであった。
「ひぃっ! 」
一番近くにいた漁師は、爆発の衝撃と爆風を受けて船の上で尻もちをついてしまう。漁師は全身であれが危険な存在であると感じており、恐怖のあまり浜に引き返そうとした。だが、更なる恐怖が漁師を襲う。水平線に船と空飛ぶ化け物が大量に現れたのだ。
必死で浜に向かう漁師であったが、水平線に見えた船は想像を絶する速さで迫り、二隻の船が浜に乗り上げる。
「座礁、したのか? 」
座礁したかに見えた船は、LCACと呼ばれる揚陸艇であった。LCACからは10式戦車と89式装甲戦闘車が上陸し内陸部へ突進していく。揚陸艇と戦車の轟音に、砂浜で作業をしていた漁師達が集落へ向け逃げて行くのが見える。
陸へ妻と子供を残してきた漁師は全力で浜へ向かうのだった。
海に面した集落にはSH-60Jが広場へ着陸し、斑模様の人間達を排出していく。その場へ武器を持った軍人が駆け付けたが、瞬く間に射殺され集落は制圧されてしまった。
南海大島西部の内陸にはいくつもの集落が存在する。軍の拠点である砦を囲むように集落が形成されていることが多く、これは少ない軍で効率的に警備や防衛を行うのに適した形となっていた。
ある砦では最高指揮官が各集落へ、ナバホ要塞への避難を命令していた。第3軍団長から突然の命令であったが、信頼する上官の命令のため、彼は直ぐに部下を集めて集落を回るように指示する。しかし、この命令を出すのは既に手遅れであった。
部下達が出発する頃、バタバタと大きな音が聞こえてくる。窓枠が共振し、指揮官は窓を開け外を確認しようとした時、その目に映ったのは砦に向かって飛来する幾つものミサイルだった。砦は監視塔や司令部施設、兵舎や弾薬庫を破壊され、最高指揮官を含む多くの死者を出して機能を失ってしまう。そして、自衛隊は上空援護の元、UH-60JAとSH-60Kヘリから地上部隊を投入し、砦を瞬く間に制圧した。
連合軍の攻撃開始から数時間後、南海大島西部の集落は大混乱に陥っていた。日本の物と思われる飛行物体が降伏勧告のビラをばら撒いた時から住人は不安になっていたが、今は上空を飛び回るヘリの群れに切迫した危機を感じていた。
「サラ、あと少しで帰れるわ、頑張って。」
カタリナは妹のサラを連れて家路を急いでいた。数日前に隣街へ作物を運んだ帰りだったが、そこに連合軍の攻撃が始まり、巻き込まれてしまったのだ。
カタリナは5歳の妹を励ましながら急いで自宅がある集落へ向かっていた。途中、カタリナ達は監視塔の近くを通りかかったが、攻撃へリによってあっけなく破壊される塔を目撃してしまう。恐怖に怯えて近くの村に助けを求めに行ったが、その村には塔を破壊したのとは別の怪物が下りていて、住人は皆捕まっていた。
南海鼠人は幼少期より敵に捕まると食べられると教わっている。それは嘘ではなく、昔は実際に妖怪に食べられていたので、その教えは現在も続いており、カタリナ達もそう教わっていた。捕らえられた住民達を直視できずにカタリナは走り出す。これから何が起こるのか想像して恐ろしくなったのもあるが、これ以上妹に恐ろしい思いをさせたくなかった。
カタリナ達の出身集落、ポロ村では兵士が住人を避難誘導していた。
「家財道具は持たず、ナバホ要塞へ避難してください。」
「家には動けないおばあちゃんがいるんです。置いてはいけません。」
女性が兵士にすがる。
「残念ですが、動けないお年寄りや、病人、けが人は置いていかなければなりません。どうか、ご理解を。」
兵士は女性になんとか理解してもらおうと説明する。要塞までの距離はかなりあり、移動困難な者が避難民へ混ざると全体の移動速度が落ちるため、全体が晒されるリスクを少しでも下げようとする苦肉の判断であった。
集落を見渡せる山の頂上に到着したカタリナは、集落の皆が避難中であることを確認して安堵する。「これなら集落の皆と避難できる。避難の列に追いついたらまずは家族を探そう。きっと心配しているはず。」カタリナはサラの手を引いて山を下り始めた。
列に追いついた時には二人とも疲れ果てていた。今までの緊張がほぐれて疲れがどっと出たのである。少しの休憩の後、サラを気にかけながらカタリナは家族を探そうと立ち上がったその時、山影から怪物が現れる。
自衛隊は無人偵察機によって周辺集落の住人が集合して避難しているのを発見し、UH-60JA2機とCH-47JA1機を派遣したのだった。
空に現れた敵に対して兵士達は果敢に銃撃を行い、たちまち周辺の避難民はパニックに陥る。自衛隊は銃撃を行う兵士に対して、その数十倍の銃撃を叩き込み次々に倒していく。ヘリの一機は避難民最前列へ降り、もう一機は最後尾へ着陸して避難民を挟みこみ、CH-47JAはホバリングしながら広場に隊員を投入していく。
避難民の中には死亡した兵士から銃をとり、隊員を銃撃する者もいたが即座に射殺されてしまう。隊員は手早く避難民を確保し、武装解除させていった。
カタリナは恐怖に震える妹を抱きしめながら軍へ入隊した双子の兄に助けを求める。
「何してるのよ、早く助けに来てポール。」
隊員達は避難民のボディチェックを素早く行っていく、遂にカタリナ達の番になりカタリナは怯えながらも敵を見るのだが、そこであることに気付いてしまう。
「 !! 」
今まで恐怖で気付かなかったが、斑模様の服を着た敵はポールと同じ瞳の色をした鼠人であった。




