南海大島攻略作戦 準備 その3
P-3Cが6機、編隊を組んで洋上を飛行していた。この部隊は2回目となる降伏勧告のビラを撒いた後、洋上へ出て帰路の途中であった。
P-3Cによる降伏勧告は、いくつかの意味を持っている。日本が攻撃に参加すること、南海鼠人全てに降伏を勧めていること、戦闘時の降伏方法など、最低限のルールを相手に伝えるものになっていた。しかし、最大の目的は爆撃ルートの確認である。ベテランパイロットでも初めてのルートを飛行するのは不安を感じるものであり、戦局を左右する極めて重要な爆撃任務を成功させるため、実際に飛行し、各拠点へ爆弾の代わりにビラを撒くことで、手順を確認していた。
ビラを投下した隊員は不安を隠せない。島中央部の「住居を伴った拠点」には軍事訓練の施設があり、工房が設置されていた。それは、この拠点が一つでもあれば兵士と武器を供給できることを意味している。敵の戦力は25万人程度、しかし、予備戦力を入れれば何倍にも膨れ上がる。当初、爆撃に抵抗を感じていた隊員だったが、現物を見て考えが180度かわっていた。「爆撃無しに島中央部へ侵攻することなど不可能。」戦闘により、三ヶ国の地上部隊が受ける被害が大きくなるか、少なくなるか、自分達の攻撃にかかっている。実戦への重圧を感じつつ、P-3Cは帰投した。
防衛省上層部は攻撃に参加する全ての自衛隊員には、島中央部の集落を「住居を伴った拠点」とし、集落ではないと説明していた。集落は島の西部にあるものだけで、初戦の上陸戦とヘリボーンで大部分を制圧、住人を動員される前に保護すると作戦説明している。島中央部の集落は爆撃によって破壊し、自衛隊の支援を受けた倭国軍が制圧、戦闘終了まで不都合な情報が漏れないように事前協議がなされていた。
南海大島ナガリ山総司令部
ナブラは総司令部で第2軍団と通信を行っていた。
「第2軍団はすぐに艦隊を派遣し、北部の倭国軍を攻撃せよ。」
ナブラは第2軍団に出撃命令を出す。
「父上、海軍はまだ未完成であります。このまま派遣しても十分な戦果が出せない可能性があるだけではなく、本島攻略作戦へ大きな悪影響を及ぼします。ご再考を。」
突然の出撃命令にブリガンテは現状を説明する。まだ、地上部隊輸送用の大型帆船が数を揃えられていなかったのだ。艦隊を出撃させた結果、大型輸送船が損傷を受ければ本島攻略作戦自体を見直さなければならなくなる。ブリガンテは勝てる大戦を前に、自身の軍を消費することに消極的になっていた。
「ブリガンテよ、連合軍による総攻撃が迫っているのだ。敵は北部、倭国支配地域を足掛かりに上陸してくる可能性が高い。その前に北部の倭国軍を殲滅し、出鼻を挫いてやるのだ。艦隊による砲撃が開始されれば第1軍団が北上して倭国軍を挟み撃ちにする。残された時間は少ない、準備でき次第出撃せよ。」
鼠人王の言う作戦は理に適っている。橋頭堡を失えば敵は大混乱となるだろう。上陸される前に侵攻する敵艦を沈めれば、その分の地上部隊を撃破したも同然。そして、自分は瘴気内最強の艦隊を保有している。
「承知いたしました。準備でき次第出撃します。」
艦隊は未完成であるが、ブリガンテは出撃の準備に取り掛かる。
南海大島、第1軍団司令部
第1軍団第55部隊は司令部に到着していた。新兵器を受け取り、北部へ輸送するために来たのだが、部隊が受け取るはずの荷物はなかった。
「新兵器はすでに前線に送ったということですか? 」
部隊長のケーンは上官から説明を受け、新たな任務を言い渡されていた。そして、各小隊長を呼び新任務の説明を行う。
「これより、第55部隊は第3軍団司令部へ行き、現地部隊と合流して西部防衛の任務に就く。休憩が済んだら、今日中に出発だ。各隊は準備せよ。」
部隊長の命令は小隊長によって全員へ伝えられる。
「今度は西部へ移動か、最前線から遠い田舎だし、俺たちの実戦は当分先だな。西部と言えばポールの地元に配属されるかもな。」
「まさか。配属先はたくさんあるから、そんな奇跡は起きないよ。でも、西部に戻れるなんて思っていなかったよ。懐かしいな。」
アレクセイとポールは休憩時間に横になりながら西部の話をしていた。長閑な集落と畑が広がる西部は、戦争で殺伐としている中央部とはまるで空気が違っていた。その中で育ったポールは西部への配属が決まり、内心嬉しくて早く戻りたい気持ちでいっぱいであった。
「西部に行くにはここから南下して、横断道路に出てから山越えするわけだけど、山の手前にある町は俺の地元なんだ。山越え前に必ず休憩する場所だから自由時間はそこそこあるはずだ。その時は実家に招待するよ。」
アレクセイも久しぶりに実家に立ち寄るので上機嫌である。まだ7歳の彼らにとって、帰郷はこれまでの移動の疲れが気にならないほど、嬉しいできごとであった。
倭国静京
軍務局とは別の場所に設置されている軍総司令部では、南海鼠人へ対処するため各国が派遣した軍の責任者が集まっていた。
「本島飛行場への物資備蓄が完了し、航空機の配備も完了。また、南海大島周辺に護衛艦を展開しました。本国から出航した上陸部隊は間もなく到着します。北部の陸上戦力も増強が完了し作戦開始を待つだけです。」
日本の担当者が現状の報告を行う。
「わが軍の後詰は作戦当日の昼過ぎには上陸地点へ到着予定だ。」
蜀の担当者も報告する。
「よしっ! これより南海大島攻略作戦を開始する。」
倭国軍務局長ゴウキにより、作戦の開始が宣言された。
ゴウキは鬼と言われる妖怪である。武人であり、敵には敬意を払い対峙してきた。南海鼠人に対してもそれは変わらなかったが、今は憐れみを感じていた。
自衛隊の攻撃はF-2による第1軍団司令部への爆撃、P-3Cによる各拠点への燃料気化爆弾の投下、射程30㎞の大砲が鼠人の最前線と後方拠点に砲弾を撃ち込み、島の全周囲からは軍艦による砲撃も行われる。
自衛隊は二国の軍関係者に兵器の情報を一部公開していた。日本の砲撃も爆撃も桁違いの威力があり、ゴウキは衝撃を受ける。訓練では誤射が発生した時の対応なども行われ、二ヶ国の軍は真剣に対応していた。
「日本の攻撃で南海大島に張られている魔族避けの結界が大幅に弱体化する。その機を逃さず我々も行動を開始する。」
準備は全て整った・・・




