戦場のひよこ達 その2
南海大島北部には倭国の支配地域と南海鼠人の支配地域の境界線がある。一面が焼け野原となり、動くものがあれば即座に銃弾と砲弾が撃ち込まれる最前線だ。
幾重もの塹壕が掘られ、強固な防備が完成してからは小康状態が続いていたが、数年前から鼠人が配備する大砲の射程が延長されると、倭国側の塹壕へ砲弾が降り注ぐようになり、倭国軍は砲陣地の破壊作戦を実施せざるを得なくなる。3度行われた大規模作戦は最初の2回が失敗し、3回目にして砲陣地の一つを破壊した。しかし、あまりにも被害が多かったため、突破した陣地を維持できずに放棄せざるをえなかった。現在、倭国軍は鼠人の砲撃から身を守るため、地下トンネルを掘り身を隠していた。
最前線から南へ約15㎞、ここには名もなき村がある。最前線へ送られる兵士達によって、いつの間にかできた村であった。
村はずれの射撃場では、一際小柄な鼠人兵士達が大柄な兵士に混じって射撃訓練を行っていた。第1軍団へ入隊して2年目のポールは現在7歳、駆け出しの軍人である。
ポールは射撃前のルーティーンを行っていた。「目標に照準を合わせて、心を落ち着かせ、息を吐きながら引き金を引く」銃から発射された弾丸は標的の真ん中を打ち抜き、周囲から声が上がる。
「300m先のど真ん中を打ち抜くとは流石だ、同期でお前に勝てる奴はもういないよ。ベテランでも当てられる奴はそうはいないぞ。」
ポールの隣でアレクセイが話しかける。アレクセイはポールとは違う集落の出身だが、同い年で入隊も同じ同期であった。入隊時からポールをライバル視して何かと勝負を仕掛けていたが、あらゆる面でポールに負け、現在は諦め気味である。これはアレクセイが弱いのではなく、ポールが強すぎたのだ。ポールは昔、本島へ妖怪退治に出かけ、戻ってきた一族の末裔であり、彼には新世代の兆候が表れていた。
「なぁポール、もうすぐ倭国への一斉攻撃が始まるって話は聞いたか? 」
「それは噂だろ? 僕たちのじいちゃんやひいじいちゃん、ひいひいじいちゃんのころから戦場は動いてないし、きっとこんな状態が長く続いたから、みんな変化を求めてるんだよ。」
ポールは手慣れた手つきで銃の手入れを行う。ポールは機械や魔法具をいじるのが好きで、物心ついた時からいじっていた。部品と部品を組み合わせて道具を完成させたり、魔法回路を繋げて組み合わせて任意の効果を発揮させることに飽きもせず打ち込んでいた。将来は技術者志望であったが、身体能力と射撃能力の高さから兵士として動員されてしまったのは残念でならない。
「おーい! アレクセイ、ポール、新兵に任務が来たぞ。」
同じ同期の友人チャールズが二人を呼びに来る。
「ついに実戦だな。」
アレクセイが先に走っていき、ポールが後についていく。集合地では新兵を前に指揮官が命令を出していた。
「君たちに初任務を与える。君たちは第1軍団司令部へ行き、新兵器を受け取った後、この場まで運ぶこと。期間は30日、司令部には新兵器と運搬用の馬車が用意してある。破損させることなく、全てを輸送するように。以上! 」
司令官に対して部隊長のケーンが敬礼を行い、命令を受ける。
「初任務が輸送任務か、気合入れて損した。」
「アレクセイ、第1軍団司令部から目的地までは300㎞以上の距離があるんだよ。道路があるといってもこれは大変な任務だ。」
「妖怪と戦わないんだったら、どんな任務だって楽なもんさ。」
ポールの所属する部隊、第55部隊200名は翌日早朝に出発するのであった。
倭国、本島
倭国本島には自衛隊駐屯地や基地が置かれ、派遣された隊員たちが広大な訓練場で訓練を行っていた。爆撃、砲撃支援要請や塹壕、トーチカへの攻撃訓練、蜀軍や倭国軍との連携訓練等、自衛隊員は訓練漬けの毎日を過ごしていた。
訓練中の自衛隊員の中に混じって、かなり小柄な隊員達が動き回っていた。倭国軍から派遣された本島鼠人の兵士達である。
倭国軍の鼠人兵は心情や誤射に配慮して南海大島には投入されていなかったが、自衛隊としては大量に発生する難民と捕虜対策として鼠人の協力者が必要と考え、倭国へ鼠人兵の派遣を要請していたのだ。倭国軍が志願者を募ったところ、かなりの兵士が志願し、日本が要求する人材に適した鼠人兵1000名以上が自衛隊へ派遣されていた。
派遣された鼠人兵は自衛隊と行動を共にすることから自衛隊装備が貸与され、使用方法と戦闘訓練、難民と捕虜の取り扱い訓練を作戦開始までの間に行っていた。
本島鼠人のシュウイチは、戦場へ投入されるのを前に興奮していた。シュウイチは現在27歳、18歳で軍に入隊し、9年間の軍務期間で実戦経験は無し、子供も恋人もいない独身である。本島鼠人は南海鼠人と違い寿命が70から80代、中には100歳を超えるものもいる。鼠人でありながら子供はそれほど多く作らず、20代で独身というのも珍しくない。
シュウイチは度重なる南海鼠人のテロを前に、南海大島への異動を希望していたが、認めてもらえなかった。故郷のために働きたいと思っていたシュウイチにとって、今回の自衛隊への志願者募集は願ってもないチャンスだった。
「あと少しで救護所ですよ。」
訓練で負傷した自衛隊員を担いでシュウイチ達は救護所を目指していた。
「あいつらターミネーターか? 」
周囲のレンジャー達は本島鼠人の身体能力に驚きつつ、共に戦う友軍となる事に頼もしさを感じるのであった。




