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とある転移国家日本国の決断  作者:
硝煙と破壊の彼方 序
190/191

非常時を生きる者、認めない者

日本国、東京都千代田区永田町

 桜田門を出て警視庁を西に向かって進むと、その特徴的な建物は見えてくる。築100年を超えてなお現役、独特なデザイン、一部の建材は入手不可能となっているなど、国の重要文化財、国宝といっても過言ではない建物・・・国会議事堂である。

 国会議事堂は近代から日本国の決断と、その結果を間近で見て来た。そして、異世界に来てからも、その役目は変わらない。



衆議院第一委員室

 フリーの記者である瀬間は、報道席でカメラを回しながらメモをとっていた。通常、瀬間はこの様な場所での活動はあまりしないが、今回は在日米軍とロシア軍のトップが国会議員の前で意思を表明するとあって、政府関係者から参加資格が送られてきたことで参加している。米・ロ軍のトップが国会で意思を表明するなど、マスコミにとってはビックニュースだが、参加資格は極少数しか配られておらず、本来多くのマスコミがいるはずの報道席には瀬間の他、僅かな報道機関と記者しかいない。


「十分な支援があれば、我々は共に戦う準備はできている。」


 ロシア軍のトップであるバシリー大佐は、国会議員の前で有事の際に日本へ全面的に協力する旨の発言を行った。

 転移によってロシア軍は本土と完全に切り離されたため、クリル列島は文字どおり孤島と化しており、極僅かに残った住民以外にロシア人は存在していない。こうなってしまっては士気の維持などできるわけもなく、先月は哨戒中の部隊がヘリごと日本へ亡命する事件が発生している。日本の支援があっても組織を維持できなくなりつつあるロシア軍にとって、選択肢は最初から1つしかなかった。ただ、バカ正直に「日本国による保護が必要だ」とは言えない立場のバシリーは、軍内で慎重に協議した上で言葉を選んで国会にて発言していた。


「書く内容が無い・・・」


 米軍のウルフウッドもそうだが、前々から方向性を決めて動いていた両者が国会で正式に組織の方針を伝えただけで、真新しい発表は無さそうだ。確かに大きなニュースにはなると思うが、誰でも分かり切ったことを取り上げるほど俺は暇ではない。

 第一委員室には与野党のトップをはじめとして中々なメンツが揃っているが、型式、儀式的な発言ばかり・・・政府から特等席を用意されたから予定を変更して来たものの、瀬間は他の取材を優先した方が良かったと後悔し始めていた。


「パンガイア側の要求は到底受け入れる事はできない。しかし、我々は軍人であり、外交交渉能力を有していない事から、和平交渉は日本側へ一任する。必ず、平和国家としての責務を果たしていただきたい。」


 バシリーは力強く発言するが、日本をアメリカの後ろ盾が無ければ、有事の際に何もできない国家と認識している。

 日本は自然災害による有事は経験豊富だが、侵略戦争を交渉で抑止できないだろう。日本人は「平和平和」と、繰り返すことしか言えないポンコツばかりだ。

 戦争ではなく、真に世界平和を考える指導者であれば、核兵器の威力を見せつける示威行為を行い、外交交渉では何時でも何処へでも攻撃を行えると脅すことで戦争を行うリスクを正確に相手へ示し、双方の落としどころを探るだろう。そうすることで、戦争の回避に失敗しても紛争レベルで解決する場合もあるのだ。しかし、日本の外交交渉はどうだ?

 福島が行っている交渉の内容が伝えられていたバシリーは、戦う以外に道が無いと確信していた。



 米・露軍のトップが日本と部下の板挟みい合って押しつぶされそうになっている時、瀬間は睡魔に襲われていた。

 この場で見当違いな発言をする政治家はいないだろう。

 転移前、黒霧すら発生していなかった頃とはわけが違う。黒霧の混乱と暴動発生、転移後の混乱・・・日本は極短期間で政権交代と総選挙を繰り返してきた。その結果、現在の国会議員は覚悟の決まった人物が偽りのない主義主張を行い、選挙民に選ばれている。旧体制のような、有力議員が派閥を組むことで実質的に一部の国会議員が国を動かすのではなく、無所属で臨機応変に意見を言える者、派閥に属しながらも自らの意志を反映させることのできる者に置き換わっていた。選挙で選ばれた以上、国民、特に地元の期待を裏切ることはできないし、国会議員という地位を以て故郷を守らなければならないのだ。

 勿論、この大変革は国会だけではなく、地方でも同じような事が起きている。いくら住民に寄り添い、法を順守する人物であっても、非常時に対して無力な知事や地方議員は粗方排除されたか、本性を現して権力をふるう暴君が生まれていた。後者の人物は瀬間が何度か取材をしたことがある。

 知り合いのとある県知事は黒霧発生前から無難に知事を務めている好印象な人物だったが、黒霧発生に伴う治安の悪化に何かのスイッチが入ったらしく、県警に対して「犯罪者に通常の方法で対処できない場合は積極的に射殺しろ」と要請し、各自治体には実力を伴った自警団設置を促していた。その結果は大きな物で、多くの自治体が暴動の発生源となったが、この県では驚くほど犯罪発生件数が押さえ込まれたのである。また、転移後は県を挙げて怪物への対処を行い、自衛隊が家屋の被害を抑えながら駆除していた時期に、焦土作戦ともとれる駆除を行う事で、自衛隊抜きで被害を最小限に抑えていた。

 そんな知事は発言でも有名になっており、瀬間は多くの国民が印象に残ったであろう発言を記事にしている。


「県民の皆さん、状況はご承知の通りです。私は全身全霊を以て皆様をお守りいたします。そのためには皆様のご協力が必要不可欠です。この際、人権は考えないようにしていただきたい! 」


 知事はその後の選挙でも圧倒的な票を獲得して再選しており、非常事態が続く限りスイッチは切られることはないだろう。この知事は今の時代に生まれるべくして生まれたと言っても過言ではない。

 非常事態が10年以上続けば政治家の種類も変わるし国民も考えを改めるのだ。ただ、全員が同じ対応ができるわけではないようだ。


「反対です。ロシア軍は大陸との交渉を単独で行うべきです。そして、北方領土への支援を即刻停止しなければなりません。」


「馬鹿を言うな! あそこは未だに怪物との最前線で、民間人もいるんだぞ。」


 無色の派閥議員の発言に、最大野党の党首が声を荒げる。

 無色の派閥としては戦争の絶対回避が最上の目標であり、パンガイアから出された条件は全て呑む事こそが日本のためであり、国民が望むこととして行動していた。そのため、武装解除の命令を素直に受け入れない米・露軍は、関わるべきではない武装勢力でしかない。


「我々は転移直後から自身の生存だけでなく、日本の方々を守るために戦ってきました。」


 日本側の言い争いがヒートアップする前に、ウルフウッドは挙手をして発言権を得ると、転移後から今までの米軍の活動を報告し始める。転移直後の怪物襲来により、民間人を基地内に受け入れて怪物から守った事、その後は自衛隊の支援を行いつつ、民間人への訓練を実施する事で、少ない人数ながらも日本の防衛力を底上げしたこと・・・在日米軍の行動は多くの国民に好意的に捉えられている一方、故郷と家族に永遠に会えなくなってしまった事に同情を集めていた。しかし、無職の派閥議員にとってそんな事は何の意味もなさない。


「日本は戦争をしません。あなた方は日本人ではない、いわば異物です。軍隊が日本にいては困るのですよ。」


 他の無色議員からは「早く帰化しろ」「戦争がしたければアフガンにでも行ってろ」などのヤジが飛ぶ。


「黙れ、無礼者が! 」


 あまりにも好き勝手に言う無色議員に前総理は怒鳴り声をあげ、他の与野党議員も無色議員へ罵声を浴びせかけたが、発言の許可が無いため制止されてしまう。


「1つ伺いたい。無色の派閥が次の選挙で政権を握った場合、在日米軍とロシア軍関係者の処遇はどうお考えですか? 」


 機会が来たと判断したウルフウッドは鍵となる質問をぶつけた。


「直ぐに武装解除して頂きます。拒否権はありません。日本に帰化していない者は民間人であっても、武装勢力の関係者としてパンガイア側に引き渡します。」

 無色議員の発言が終わると、ウルフウッドは無言で立ち上がりバシリーの元へ歩いてゆく。


「将軍、宜しいのですか? 」

「あぁ、大佐、行動を開始する。」


 無色の議員達は大きな勘違いをしていた。いや、それは他の人間でも同じことが言える。

 軍隊はシビリアンコントロールによって抑制されている。そして、自衛隊が大規模に防衛力を拡大した今では在日米軍もロシア軍も微々たる戦力でしかない。そんな中で日本に歯向かうような自殺行為はしないだろう。しかし、それは平時の世界で秩序が保たれている場合の話だった。


 限界まで追い詰められた者達に無色の派閥は止めを刺そうとしてしまった。

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― 新着の感想 ―
無色の派閥、本当に救いようがないな…
まってましたこの作品が見たくて ずっと待ってました
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