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とある転移国家日本国の決断  作者:
硝煙と破壊の彼方 序
188/191

カウントダウン

 今日も国会では新たな法律がつくられ、あるいは修正するためのプロセスが進んでいた。転移以前から非常事態となっていることで、新しい法律が通り易くなっている状況を批判する声が上がっているが、それは国難に対して与野党共闘の体制が整っているからであり、異なる主義主張を持ちながらも落としどころを見つけて日本を新たな環境に対応させようとしている結果である。

 与野党共闘の流れは憲法改正にまで及び、今は国民投票の時期を慎重に見極めている所まで来ていた。与党は改憲に反対であり、現行憲法で世界と対峙しようとしている一方、最大野党は改憲することによって憲法を新世界に対応させようとしており、どちらを選ぶかは国民次第となっていた。ただ、結局のところ、これから始まる戦争にどの憲法で対応するかの違いでしかない。


 戦争回避への試みは続けられているが、日本を取り巻く環境は悪く、もし戦争を阻止できれば、1939年のポーランドが世界大戦を阻止したに等しいとまで言われていた。


 国会では論戦が続けられているものの、主な内容は政権与党と最大野党によるもので、まるでプロレスのような論戦は国民の関心が低く、だからこそ、突拍子もない事を言う者に注目が集まりやすくなる。


「戦争するくらいなら、ごめんなさいと言って従えばいいんですよ。」


 ある無色の派閥議員は、テレビのコメンテーター時代からの持論を国会でも展開し、和平交渉失敗時には降伏するよう主張したことで、与野党議員から激烈な野次が浴びせられた。外交が戦争に発展した場合、国会議員が即座に無条件降伏を選択するのは、最早国家の体をなしていない。しかし、日本国憲法原理主義者の過激な発言も、戦力不足で動員の可能性が確実と言われる現状では国民の支持を得つつあった。

 自衛隊が国民の命を守ってくれる・・・戦争が迫って各国の戦力が知れ渡った現在、「最強の自衛隊」などと妄想を抱いている国民は少ない。やる気と愛国心のある国民、隊員確保のための施策に惹かれた国民は早期に志願し、多くの国民は他の国民の動きを様子見して動かず、殺し合いに強制参加させられることに恐怖を抱いた国民は無色の派閥支持に回っているのが現状である。


「総理! 戦争はしないと国民に約束したではないですか! あれは虚偽答弁だったのですね。」

「我が国は絶対に戦争をしません。しかし、自己防衛は最低限行います。」


 総理は無色の派閥議員からの質問にこたえる。

 地球にいた頃は同盟国の強大な軍事力の傘の下で、平和を主張し謳歌していたが今は違う。貧弱な同盟国と今にも消えそうな黒霧以外に凶暴な軍事力に対抗する外交の術はないのだ。


「総理、次にお聞きする事は職業格差についてです。多くの職種で配給のグレードが下がる一方、自衛隊員の待遇を大幅に優遇した理由をお聞きしたい。」

「万が一、戦争となった場合に備え、最低限の防衛力を得るためであり・・・」


 総務大臣が答弁したことで、無職の派閥からは「総理が答弁しろ!」などのヤジが飛ぶ。

 平和や人権が無料で与えられるものと認識している者、平和のためならばどの様な犠牲も厭わない思想の者が集まる無色の派閥は、主義主張だけならば基本的人権を尊重し、平和主義を貫く組織であるため、ある種の国民から支持される要因となっている。

 どんなに困難な問題でも解決方法は幾つもある。しかし、何時も政治家の意見が割れて衝突する箇所は「どの方法で解決するか」であり、民主主義国家である以上、国民の多数決で問題解決の方法が決まる。つまり、国民の支持を集めた政党、指導者の意見が通るため、無職の派閥のような解決策すら考えることを放棄するマイノリティーな存在が、主義主張を通すことは不可能に近い。だからなのか、総理と前総理は政治家の観点から無色の派閥を脅威とは思っていなかった。


「国民を戦争に動員することは憲法違反です。外のデモを見てください! 平和を願う国民の声が聞こえないのですか。」


 また別の無色の派閥議員は、最早日常となっている抗議デモを引き合いに出し、戦争の絶対阻止と生活水準の向上を確約させようと試みるが、既に戦争は不可避であり「多国間の衝突をどの様に受け流すか?」が最優先事項となっている現在では意味が無く、意見がかみ合わない。


「・・・デモ隊の中には認知症の高齢者や発達障害のある者が多く見受けられる。あなた方こそ全国の福祉施設に動員をかけているではないか! 恥を知れ! 」


 かみ合わない議論と野次に、前総理は自身の質問時に無色議員を怒鳴りつけた。

 総理と前総理率いる与党連合と最大野党は、支持基盤である大中小企業を政治的に支援する事で支持を固め、地元は支援した企業が働き口を作り、自衛隊が怪物から住民を守る事で支持を確固たるものとしている。更に、名も無き組織が破滅思想や終末論を掲げる危険な宗教組織や団体を壊滅させる方法として、政府方針に従わない、或いは反発する指導者を内々に協力的な者へすり替えていた事で、各宗教団体からの支持も得ていた。しかし、名も無き組織とて万能ではなく、全国の教育施設と福祉施設は無色の派閥が幅を利かせている状況にあり、無色の派閥は全国の熱心な支持者を使い、施設の入所者や学生、その家族をデモに動員していた。



都内某所の大衆食堂

 配給券で昼食を予約していた会社員2人組は、席に着くと料理が来るまでの間、雑談をしながら時間を潰していた。話しの内容は仕事についてで、昇給が見込めない現在の職場に居続けるか、転職するかが何時も話す内容だった。


「この調子じゃ飼い殺しだ。」


 テレビの国会答弁を見ながら1人が呟く。


「年もギリギリだし、自衛隊に転職する最後のチャンスだな。」

「おめぇ、戦争行く気か? 」

「そっちの方がマシだよ。」


 相方の問いに、もう1人の会社員は政府が打ち出した自衛隊員への優遇策について復習するかのように喋り始めた。

・任期中は無条件で配給グレードアップ

・4年間勤めれば無期限で配給グレードアップ

・5年勤務で子供の医療費と高校までの学費を免除、家族の交通費を部分免除

・7年勤務で家族の医療費と交通費を全て免除、全ての学費を免除、扶養者を含め配給グレードが高ランクとなる


「どの道、戦争に勝たないとマトモな仕事なんてないよ。」

「始まっちまうモンは仕方がねぇ。俺も覚悟を決めるか・・・」


 大前提として、多くの国民は殺し合いを行う戦争に行きたいわけではなく、今までの生活を変えてまでキツイ自衛隊に入りたいわけではない。しかし、目の前にある最大の問題を解決しなければマトモな生活がおくれない状況に、国民の心はほぼ決まりつつあった。


「政府はー、戦争をー、やめろー! 」

「戦争反対、戦争反対」


「こんな所にもデモ隊が来るのか。」

「やかましいなぁ、飯が不味くなる。」


 大衆食堂の向かい側で唐突に小規模なデモ行進が始まり、2人の会社員は料理を口にかき込む。


「自衛隊の人殺しを許すな! 」


 横断幕と小気味良いリズムの太鼓に合わせてデモ隊はデモの許可区域を行進していく。興味のない者にとっては騒音でしかないが、ある種の者達にとっては対抗するべき存在だった。

 突如として黒塗りの軽乗用車が3台現れ、デモ隊の主張をかき消すように大音量で軍歌を流し始める。


「ただいまー、我々の後ろでデモ行進を行っているのが、自衛隊に感謝しない極左暴力集団の人間達であります。」

「・・・今まで、自衛隊員の方々に、命を守ってもらいながら、彼等を罵倒する非国民であります。」


「うるせぇ! 」

「ごちそうさまでした。」


 食堂で食事を終えた会社員たちは、これ以上騒がしくなる前に店を後にした。

 戦争の危険が高まり憲法改正投票が迫る中、デモ活動が至る所で行われている。ただ、ほとんどの場合はデモ許可区域内であり、互いに警察の許可をとったデモ活動で、警察が間に入ることでデモ隊が禁止区域に入らないよう、デモ隊同士が衝突しないように制御できる平和的なデモである。この様なデモ活動ならば治安維持に警察は苦労しないのだが、禁止区域内で起きている暴動染みたデモは、押さえ込みが効かないまでに発展していた。



デモ禁止区域


「現行犯! 確保! 」


 バリケードされた商店に侵入しようとした暴徒をアスラ警備保障の警備員が取り押さえる。


「お店を壊したって、貴方達には不利益にしかならないって分からないの? 」

「上級国民の犬が! 俺達は搾取された物を取り返しているだけだ。」


 暴徒達の理解し難い主張に、仁科真月は暴徒を警察に引き渡すよう部下に指示した。

 真月は高校2年までは鴉天狗に一切関係のない一般人だったが、在学時に江崎のナギに目をつけられたことで、今では鴉天狗の準構成員として、大学に通いながら警備会社で働いている。彼女は女性用の幹部服の上に防弾チョッキや膝宛などを装備しているが、身長が低く眼鏡をかけているためか、暴徒達には脅威と見られず、場合によっては襲われることもしばしばあった。

 勿論、真月が半妖と知らずに襲った暴徒達は尽く返り討ちにあって警察に引き渡されたが、真月は「見た目で損をしている」ため、暴徒を威圧できる姿で警備につけないか本部に何度も掛け合っているものの、鴉天狗の許可が出ない限り変身は禁止されていた。


「会社は何で、こんな場所の警備なんか引き受けたかなぁ。」


 今日は会社の指示で急遽暴動の警戒に来ていたが、てっきりデモ許可区域に配備されると思っていたため、移動中にデモ禁止区域での活動と説明を受けて長期戦の覚悟を決めていた。

 こんな時に先輩は栃木の本部で幼馴染とお茶会を開いているらしい・・・私、何か悪い事でもしたっけ?


「そこ! シャッターを壊すな! 」


 先輩の理不尽は高校の時から変わらないため、真月は仕事を黙々とこなすのだった。

次回は忠犬「真月」の話と

国会質問に在日米軍とロシア軍のトップが答弁する話になります

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