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とある転移国家日本国の決断  作者:
硝煙と破壊の彼方 序
186/191

ナギの井戸端会議

白石小百合と月夜野楓は同一人物です

結一と江崎依瑠はノクターン版の主要人物です

日本国栃木県某所

 人里離れた山の奥、関係者以外立ち入り禁止となっている広大な私有地を1台の乗用車が進んでいた。無人ゲートを通り、武装した警備員が配備されている検問所を抜け、山を越えた先に大きな屋敷が見えてくる。この建物は地図に載っておらず、公開されている衛星写真も細工されているため、一般人が見つけるのは不可能だ。


 屋敷の前には屈強な警備員と黒服の男達が並んでおり、彼等の前に止まった車から1人の女性が降りてくる。


「3年ぶりか・・・」


 車から降りた白石小百合こと月夜野つきよの かえでは、鴉天狗関東本部へ入って行く。


「お待ちしておりました月夜野楓様。ご案内いたします。」

はじめは何時も律儀ね、楓でいいわよ。」


 息が詰まりそうな空気の中、楓は馴染みの顔が対応してくれたことで態度を軟化させた。


 ゆい はじめ。楓の1歳年下の幼馴染であり、組織内の役職は「ライト」と呼ばれる軽武装兵である。組織内では「ライト」が警備や護衛を行い、「ヘビィ」と呼ばれる重武装兵が妖怪との戦闘を担っている。

 はじめは家柄が近い楓の許婚になる予定だったが、「相性」が悪いとして関係を解消されてしまい、江崎家のナギの許婚となっていた。


「最近、依瑠えると連絡が付かないと思っていたら急な呼び出しなんて、何かあったの? 」

「体調を崩されて療養していたのです。今はすっかり回復され・・・」

「はぁ、またクスリね。」


 楓ははじめの話を聞いて呆れてしまう。


 江崎依瑠えざきえる。楓と同い年の幼馴染であり、鴉天狗最古の歴史を持つ家のナギである。江崎家の歴史は一族が預言者と共に約束の地を目指して旅をしていた時代まで遡り、信じられない事に紀元前1300年から続いている。そのため、預言者の血が濃く出ている江崎のナギには強力な固有能力が備わっており、現在のナギである依瑠は未来を見る事ができるという。

 最古の血筋と強力な能力を持つ彼女は、関東本部でも一部の者しか姿を見ることができない箱入りで、その能力から鴉天狗内で預言者の生まれ変わりとまで呼ばれて神聖化されていた。しかし、その実態は独占欲の強い重度の麻薬中毒者であり、楓からはじめを奪った張本人でもある。


はじめ、貴方は依瑠の許婚でしょう。」


 結家は月夜野家同様、鴉天狗内では底辺に位置する家系である。対してはじめが婿入りする江崎家は鴉天狗最古の家系であり、色々な方向から圧力があるのは楓も分かっているが・・・


「家柄とか気にせず躾なさいよ。」


 自分でも無茶を言っている事は分かるが、そこを何とかするのが「男」と楓は思っているので大きな声を出してしまう。


「すみません。自分の力が足りないばかりに・・・」

「そういう所、変わらないわね。で、全員揃ったの? 」


 何時まで経っても仰々しい態度に、楓は話題を変えた。今日、楓が本部に来たのは依瑠の提案で、各自の近況を話し合うことになったからで、幼馴染が全員集まるのは4年ぶりとなる。


「はい、いつもの場所に全員お待ちです。」

「そう・・・」


 何時もの場所とは本部の敷地内に設けられた江崎家のスペースで、現在は依瑠の住居となっている。子供の頃、皆が集まった時によく遊んだ場所なので「いつもの場所」と言われると自然に笑みが浮かんでくる。


「あ、れ・・・この感覚は、倭国の・・・」


 楓ははじめと雑談しつつ、小さな庭と畑が併設された平屋の建物に到着したが、昔と変わらない佇まいに懐かしさを覚えるも、そこには場違いな雰囲気が漂っていた。


「自分は近くにいますので、何かあれば呼んでください。」

「ありがとう。」


 楓が部屋に入ると、中では3人の女性がくつろいでいた。


「久しぶり。」


「あっ・・・」

「ごきげんよう。」

「楓だ、久しぶり。」


 楓が部屋に入った時、一早く反応したのが白沢紅葉しらさわもみじ。母親の育児放棄で白沢家に引き取られて以来、彼女とは姉妹のように育てられた。組織内でも古参である白沢家のナギは妖怪の探知能力が他のナギと比べ物にならないほど高く、危険回避能力と妖怪の弱点を見つける事に特化している。しかし、紅葉はその高い探知能力が災いして、何時も何かに怯えていた。そして、今は楓自身に染み付いた妖怪の気配を一早く察知したのだ。


「お茶を用意するわ。」


 長身の女性が立ち上がる。

 彼女がこの家の主、江崎依瑠えざきえる。楓が以前会った時の身長は180後半だったが、今は190を軽く超えているように見える。


「へぇ~、随分妖怪臭くなったじゃない。」

「これから私みたいなナギが増えるわ。」


 楓と同じショートヘアの女性が座りながら話しかけて来た。

 赤石桔梗あかいしききょう。白沢家同様、古参の家系である赤石家のナギだ。赤石家は武家だったこともあり、彼女は楓よりも体格が良く、妖怪探知以外の特殊能力も身体強化系のもので、戦闘能力はプロの格闘家に匹敵する。


 楓以外の3人は転移前から別格の特殊能力を保有していたため、魔法や術関連では日本を代表する能力者といえるだろう。

「おかげで、外出できるようになりました。」

「元気になって何よりよ。病み上がりのところ悪いけど、私を診てもらえるかしら? 」


 少し落ち着いたところで、楓は紅葉に診断を依頼した。帰国した際に健康診断を受けて異常が無いと診断されていたが、霊的な異常を見つけるにはナギの診断が必要となる。


「・・・何かの術の影響下にあると思う。」

「えっ」


 南海大島に派遣されていた頃から違和感はあったものの、実害が無いことで無視していた楓は、紅葉に言われて狼狽えてしまう。


「その土地に入る事で影響を与えるタイプかな? 日本にいれば、その内効果が切れると思う。それに、悪意が感じられないから心配はいらないよ。」

「そ、そう・・・」


「何? 月夜野のナギにも怖いものがあるの? 」

「当たり前でしょ。」


 安心したのもつかの間、桔梗がからかってくる。月夜野家のナギは母娘で倭国に派遣され、大妖怪と交流している事で、ナギの間では「狂ったナギ」の印象が定着していた。実際には多くの情報と対処法を編み出した先進的な存在なのだが、転移前からの悪印象が尾を引いているのがでかい。


「ところで、桔梗は本当に大学へ行ったの? 」

「当たり前でしょ。」


 簡単に答える桔梗だが、鴉天狗の名家のナギが大学へ進学する事は異常である。ナギは早めに子供を作って知識と技術を次世代に継承させなければならないため、義務教育が終われば出産と育児に専念する。フリーダムな月夜野家と違い、名家である赤石家のナギが行ける場所ではない。


「よく家の許可がでたわね。」

「許可なんて出ていないよ。」

「は? 学費は? 」

「バイトしてる。」


 楓は桔梗が中学卒業後も「必要がある」と家を説得して高校に進学していたことを知っていたが、自分で学費を稼いでまで大学へ進学していたとは思っていなかった。


「ちょっと、今時大学に行けるだけのバイトなんて、警備だって必要でしょう? 」

「そこはナギの伝統的な方法でしてるから。」

「・・・あー。」


 ナギの伝統的なバイトと聞いて、楓は頭で納得したが、心は納得できない。隣では紅葉が苦笑いを浮かべている。

 桔梗のバイト先は埼玉県の風俗街だった。大昔、鴉天狗が組織として未熟で一族が必死に生活していたころ、一部のナギが生活苦から抜け出すために「神事」として行ったのが始まりとされており、日本における風俗産業の元祖となっている。日本の裏社会でも鴉天狗の影響はあり、何らかの理由でまとまった資金が必要なナギには裏社会が安全な職場を提供していた。

 ただ、そんな特殊な理由を持ったナギは滅多にいないし、そもそも名家のナギがする事ではない。


「自分を売るようなことをするなんて、やり過ぎじゃないかしら。」

一時ひととき特別な関係になるだけで教義には反していないわ。それに・・・なんでもない。」

「 ? 」


 今まで何人の男性と夜を共にした? 楓には言われたくない。

 桔梗だけでなく、紅葉と依瑠も同じ気持ちだったが、誰も言葉には出さなかった。


「凄い時代になったものね。」


 名家のナギが自由に生きる姿に、楓は素直な感想が口から出てしまう。本来、ナギとして生まれた時点で運命が決められてしまうものだが、幼馴染達は自分なりの生き方を謳歌していた。


 特殊な妖怪探知能力を有し、全国の妖怪を駆逐したことで処刑人とまで呼ばれた白沢家。

 武家として厳格な家庭である赤石家。

 最古の血筋を持つ江崎家。

 偉大なご先祖が今に生き返って現状を見たら、もう一度死にたくなるだろう。


 楓は人ごとのように考えていたが、3人の幼馴染は楓を見て育ったからこそ、自分なりの人生を歩もうとしたことを楓は知らない。

 雑談が増えてきたところで、楓は依瑠に誘われて庭に来ていた。庭には色とりどりの珍しい花が咲いているが、ポピーと書かれた札の場所に咲いている花は、どう見ても違法なケシに見える。

 依瑠が麻薬中毒になったのは彼女固有の能力にあった。依瑠の未来を見る能力は強力だが、好きな時に発動できるものではなく、発動したとしても数週間のクーリングタイムが必要で、この能力を任意の時間に発動させ、クーリングタイムも短縮させることができる薬が麻薬だったのだ。

 常連客は国の権力者であり、彼女が「治療」として麻薬の使用を国から許可されている時点で闇が深い。


「江崎のナギでしょ。しっかりしなさいよ。」

「酷い言いようね。」

「で、話したいことって何? 」


 楓ははじめの負担となっている依瑠を注意するが、軽くあしらわれてしまう。


「留学先で、調査してほしい人物がいるのよ。」


 依瑠は自身の携帯端末から楓の端末にデータを送る。


「うわ、またすごい人間ね。で、何者なの? 」


 依瑠がどんな方法で外の画像を入手したかは不明だが、送られてきた画像には薄ピンクの髪が特徴的な女性が写っていた。


「女神教の聖女よ。大学では楓の同期になる学生だから問題なく調べられるわ。」

「・・・」


 楓は詳細を聞こうとしたが、依瑠から発せられる殺気にも似た気配に、彼女と距離を取る。この気配は楓が良く感じていたものであり、ここに到着してから感じ続けていた違和感の正体だった。


「あっ、ごめんなさい。最近力の制御が・・・」

「依瑠、答えなさい。いつからなの。」


 依瑠は楓が戦闘モードに入ったことで、全て察してしまう。これ以上隠せるものではなかった。


「10歳の時よ。」


 10歳の時といえば、はじめが依瑠の許婚になった時だ。これで多くの点が線で繋がった。依瑠には多くの縁談があったにもかかわらず結家を選んだのは相性ではなく、彼女が妖怪であることを隠すためだったのだ。

 妖怪化したナギは文献に載っていたが、まさか幼馴染が妖怪化したナギだとは思ってもいなかった。


「知っているのは一部の人間だけのようね。大人しくしていれば私も・・・」

「手遅れなのよ。私は・・・人を食べてしまった。」


 まるで懺悔のように語る依瑠の言葉を聞いて、楓は顔を歪ませる。関東の鴉天狗は無害な妖怪に対してはかなり寛大な態度をとっているが、人を食した妖怪は問答無用で始末していた。依瑠の言葉が事実なら、彼女は鴉天狗の討伐対象だ。


「らしくないわね。何、弱気になっているの? 」


 依瑠が討伐されていないという事は、大烏と江崎家は黙認しているという事になる。こんな手の施しようがない問題は、本人と上層部で解決法を探してもらうのが一番だ。楓にできる事は、何時もどおりに接すること以外何もなかった。


「弱気? 私は半妖として生きていく事にしたのよ。楓への依頼は世界を参考にするため。」

「それと異教徒の聖女に何の関係があるの? 」

「その聖女も半妖よ。恐らく、吸血鬼ね。」


 ようやく依頼内容が呑み込めた楓は、戦闘モードを解いて辺りに張り巡らせた糸の回収を行う。


「それで、紅葉と桔梗には何時言うの? 」

「時期を見て話すわ。あの2人は貴女ほどタフじゃないから。」

「結果は同じだし、今言った方が良いと思うけど。」

「今日はもっと大きなことを伝えないといけないから・・・」

「これ以上何かあるの? 」

「えぇ、関東支部は日本国政府の傘下に入るわ。」


 歴史の大変革に伴って、鴉天狗の歴史も大きく変わろうとしていた。

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