魔王アカギの最後
倭国西方海域、海上自衛隊第1艦隊
無人艦を含め38隻の大艦隊は、日本国の歴史に残る任務についていた。
旗艦「あまぎ」
「コード届きました。」
楠木日夜野へ本国から送られてきたコードが手渡され、彼女は艦隊指揮官のみ開ける事の出来る金庫から別のコード表を取り出す。
旗艦の内部では、ある兵器に施された最後の封印が解かれようとしていた。
「攻撃始め。」
全ての準備が整ったCIC内で巡航ミサイルの発射ボタンが押される。
「・・・10、9、8・・・3、2、1・・・」
発射ボタンが押され、カウントダウンが0になった瞬間、「あまぎ」から8発の巡航ミサイルが発射された。これが日本国が初めて行う核兵器の実戦使用となる。
「北部海域と南部海域に巡航ミサイルを探知。」
「北部6発、南部6発、予定どおりです。」
巡航ミサイルは南北に展開している攻撃型潜水艦と第1艦隊を含めて38発発射されており、それぞれが目標へ向かって飛翔していく。
飽和攻撃の迎撃は現代でも困難で、碌な対空兵器を持たない倭国の妖怪には不可能だ。核弾頭のカムフラージュも完璧であり、どんな大妖怪だろうと見分けは付かないだろう。しかし・・・
楠木日夜野は、言い知れない恐怖に冷や汗を流していた。
倭国、霧氷連山、アカギの屋敷
魔王3人による戦闘は一つの区切りに差し掛かっていた。
「こんな妖術、見たことないわ。オウマは大丈夫? 」
フタラは霊体自体にダメージを与える未知の術に驚愕し、前衛で戦うオウマに様子を尋ねる。
「問題ない。」
オウマは応えるものの、アカギの攻撃を全て回避できるはずもなく、回復が間に合っていないようだ。
「その程度か? 人を喰らわなくなった貴様らに私は負けん! 」
遠距離攻撃型のアカギにとって、接近を許すことは死を意味する。2人の行動を予測し、攻撃と牽制を行い、一定のパターンを作ったところでフタラの霊体を直に攻撃する大妖術を使用してダメージを与える事に成功していた。
アカギは2人の魔王と戦うにあたって、最初から出し惜しみせずに戦ったことで、優位に推移している。だから・・・
「ねぇアカギ。どうしたの? 」
警戒心を下げたフタラの言葉に、アカギの表情が険しくなる。
「体調が悪いなら・・・」
「 うるさい! 」
アカギは対霊体用のレーザーを放つものの、フタラの障壁によって完全に防がれてしまう。アカギが全力で戦っていたのに対し、フタラとオウマは全力を出していなかった。
「そう言う事…」 フタラは戦闘開始後すぐに異常を感じ、アカギが弱体化している理由を探していたが、屋敷の奥で蠢く存在を見つけてようやくわかった。
「アカギ、子供を産んでたの? 」
「っ・・・」
アカギは鬼の形相でフタラを睨み付ける。
「子供を巻き込む必要はないでしょ! 今なら・・」
「 黙れ! 」
アカギとは長い付き合いだ、彼女が思っている事は分かる。自分の子供を他人に任せたくないのだ。特に、人間の影響を受けるのは耐えがたいのだろう。ただ、ムカデの子育てはかなり短い。その中で、今のアカギは母性本能が一番強く出ていた。
「オウマ、よろしく。」
これ以上時間をかけられないフタラは、オウマに合図して最終手段に移る。
フタラとオウマは魔王すらも昏倒させることができる強力な薬を隠し持っていた。2人の魔王は、この日が来ることを想定して密かに薬と特殊な注射器を開発していたのだ。
弱ったアカギに、2人の魔王が全力攻撃を仕掛ける。今までとは打って変わり、積極的な攻撃に出たフタラに、アカギは防戦一方となりオウマの攻撃を捌くことができず強烈な一撃を受けてしまう。
「ぐっ、く・・・」
手斧の斬撃は防いだものの、その衝撃はすさまじくアカギは地面に叩きつけられてしまった。そこへ、フタラはアカギが体制を整える前に体に巻き付いて動きを封じ込め、首筋に注射器を押し当てた。
フタラは前回の戦いでアカギを締め上げて落としていた事もあり、勝利を確信する。これで大人しくなったアカギを安全圏まで運び出せば、誰も死なずに済むのだ。
ドサッ・・・・
当初の予定どおり、勝敗は一瞬で決まった・・・
薬を注入され、一瞬で意識を失った彼女が力なく地面に崩れ落ちる。
「日本軍の攻撃が始まった。後40分で全てが焼き尽くされるぞ。」
オウマは携帯端末に送られてきた情報を伝えた。
「そうか・・・留守を頼んだぞ。」
「心得た。」
オウマは空の注射器を捨て、意識を失っているフタラを担いでからアカギに正対する。
「魔王の勤め、大義である。」
アカギと最後の言葉を交わしたオウマは、一瞬だけ屋敷の奥へ視線を動かしてから去って行った。そして、入れ替わるように同心会の者達がアカギの屋敷へ集まってくる。
「目障りだ。私の視界から早く消えろ。」
普段、近づく事を許していない場所まで同心会の構成員が来たことで、アカギは明確な殺意を向けた。
「最後までお供します。」
「殺すぞ。」
「どうぞご自由に・・・」
力のある大妖怪達はアカギの警告を無視して次々に集まり、アカギに背を向けて防御方陣を形成する。ここにいる者は皆、失ってはならないモノを守るために集まっていた。
「ならば、貴様らの命、使わせてもらう。」
アカギは方陣の中心にて、自身のスキル「千里眼」を発動させる。通常、千里眼は数百メートル先を見る事ができ、達人や天才でも数キロから十数キロ先を見る事ができる「名前負けのスキル」である。しかし、魔王であるアカギの千里眼は本物で、千里(約4000㎞)先まで見る事ができるのだった。
海上自衛隊第1艦隊、旗艦「あまぎ」
CIC内のモニターには、一つ一つの巡航ミサイルが光点となって表示され、着実に目標へ向かっている。弾着の時間は正確に出されており、全てが訓練どおりで何一つ抜かりは無く、皆が攻撃に自信を持っている中、日夜野だけは言い知れない不安感に襲われていた。
モニターに表示されるミサイルの動きが、やけに遅く感じる。
まだか、まだかと推移を見守っていた時、日夜野の不安は最悪の形で現実となる。
ゾクッ・・・
今まで感じたとこの無い悪寒。それは凍てつくような「何か」の視線であり、日夜野はナギの能力をフル動員して視線の出所をサーチした。
倭国から十分離れていてこの悪寒だ、一体この視線は何処から・・・艦隊のレーダーとソナー探知範囲に対象はいない。偵察機の探知範囲にもいない・・・
全てのレーダー機器から送られてくる情報を調べても視線の出所を見つけられない日夜野は、ある結論に辿り着く。「近くから見られているはずなのに、レーダー探知範囲内で見つからない。」だとしたら、探知する必要の無いほど近い場所・・・日夜野はCIC内をくまなく調べ上げ、北の片隅にアカギの目を発見した。
アカギの千里眼は人知を越えた域に達しており、霧氷連山の地下から遥か彼方の護衛艦内部を見ていた。このスキルは妖術戦にも取り入れられ、彼女は肉眼では見えない程離れた目標にもピンポイントでレーザーを当てる事が出来るのである。
自衛隊はアカギの能力を十分理解した上で作戦を立てており、レーザーの射程内には無人機しか入れていなかった。
「何をする気だ。」
既に発射されている巡航ミサイルは数も場所も特定しているが、「その程度でやられはしない」事は分かっているため、アカギはCIC内を見回して攻撃の意図を探る。
「 ん? 」
多くの人間が行動している中、アカギは一人だけ恐怖に震える人物を見つけ、視線を近づけた。
「・・・みろ。・・・、・・・。躱せるものなら、躱してみろ・・・」
私の視線に気づいているだと!?
その人物に近づいたことでアカギは自身の視線がバレていたことに気付き、更に日夜野が見ていたモニターに本命となる攻撃を見つけることとなる。
モニターには世界地図とジグザクに書かれた幾つもの線があり、その内の1つが倭国の上に重なって点滅していた。
「フェンリル照射始め! 」
「上から来るぞ! 障壁を張れ! 」
アカギは一瞬で攻撃を理解し、集まった妖怪達に指示を出しつつ、自身も最強の障壁を展開する。
妖怪達が障壁を張った瞬間、地表に設置されたビーコン上に寸分違わず光の柱が出現した。
その光景を目撃した者は「神の降臨」とも「不吉な前兆」とも捉えていたが、古代文明に関する深い知識を持つ古株の魔族は、こぞって次のように話したという。
「 また、空が落ちて来た。 」
霧氷連山内、アカギの屋敷
空から降り注いだ光は数秒にもかかわらず、30mもある地面を容易く貫通して地下まで注ぎ込み、最強クラスの大妖怪達が展開した障壁すらも無慈悲に貫いた。
「はぁ、はぁ、ふぅ・・・」
静寂の中、立っていたのはアカギだけだった。
屋敷は倒壊し、名高い大妖怪達は息絶え、アカギはボロボロになりながらも、洞窟の奥にいる我が子らを魔獣の牙から守り切ったのだ。だが・・・
「何も、見えない、触角が機能していない。」
アカギは視力と同時に千里眼のスキルも失っていた。
日本軍の攻撃が到達するまで時間は僅かしかない。アカギはムカデの姿に戻ると洞窟を自身の体で塞ぎ、そして、命を使い果たす強烈な障壁を展開する。
目標に到達した囮の巡航ミサイルが次々地表に着弾していく中、4発の核ミサイルがフェンリルの開けた穴に突入し、内部でその威力を開放した。
海上自衛隊第1艦隊、旗艦「あまぎ」
CIC内では、レーダーの画面と無人機から送られてくる画像を見ながら攻撃の効果が報告されていく。
「目標に着弾。」
「効果が確認されるまで警戒を行います。」
「必要ないわ。目標の殲滅を確認したと報告しておいて。艦長、後はよろしく。私は部屋に戻るわ。」
日夜野は憔悴しきった表情で指示を出し、ふらふらと自室へ戻って行く。艦隊司令の指示に誰もが困惑している中、事情を知る艦長は「当初の予定どおり」の行動に移るのだった。
ここに、倭国への攻撃作戦は全ての目標を達成して終了した。
プレイヤーキャラの1人が死にました
日本国の決断は、小説を書くというよりも「シヴィライゼーション」「某戦国武将の野望」「某提督の決断」「某大戦略」「戦闘国家」「某戦士の決断」などをごちゃ混ぜにしたゲームをプレイする感覚で書いています。
プレイヤー(読者)次第で色々な結末があるわけですね。ちなみに、本編の難易度はCIVの国王か王くらいです。