屠殺島攻略戦 その2
倭国、西北西沖、海上自衛隊混成艦隊
この日、演習航海を行っていた艦隊に、突如として出撃命令が下される。
旗艦「アマギ」では、突然の実戦によって下士官の一部に動揺が広がったものの、既に情報を掴んでいたり薄々感づいていた隊員が多く、艦隊には訓練の延長線といった雰囲気が流れていた。
「バ、バケモノ・・・」
大半の隊員が落ち着いて任務に就いている中、艦隊を指揮する楠木日夜野は、攻撃目標を確認したことで恐怖に震えていた。
艦隊の攻撃目標、大妖怪「アカギ」。事前情報は魔王に分類される魔族で、規格外の妖力を保有している程度の情報しかなかったが、各地で行動が開始され、それらを察知したアカギがリミッターを解除したことで、千キロ以上離れた場所でも、その強大な妖力を感じる事ができていた。更に、楠木は無人偵察機からダイレクトにアカギを感じ取れるため、あまりの恐怖に震えが止まらない。
「当初の予定通り、複数の巡航ミサイルと共に核攻撃を行います。」
「・・・核を全部使います。」
説明が終わる前に、楠木は攻撃規模の変更を伝える。
「はい? 」
「4発ある核弾頭全てを撃ち込みます。」
魔王は人知を越えた怪物・・・人が生半可な覚悟で挑んで良い相手ではない。
その言葉に、司令部要員の全てが意識を向ける。
「事前許可が出ているのは予備を含めて2発のみです。」
「総理の許可は私が取ります。」
楠木は最大火力を投入できるようにするため、専用回線の受話器に手を伸ばすのだった。
霧雹連山、アカギの屋敷前
オウマとフタラは、自身の立場を最大限使って同心会側に抵抗されることなく屋敷前まで到達していた。アカギからは何の指示もないようで、集まった同心会派の妖怪達はオウマ達を素通りさせていたが、ここに来て一部が立ち塞がる。
「そこを退け。」
「1妖怪として、通すわけにはいきません。」
侍風の男がオウマの前に立ち塞がり、刀を抜く構えをとった。
立場など関係ない。個人の信念で2人を止めようとする侍に、オウマは議長服のコートを脱ぐ。
「死んでいただきます。」
そう言うと、侍は目にもとまらぬ速さでオウマを切り抜き、フタラの目の前まで迫る。その速さ、正確さは居合い切りを極めた達人そのものであり、常人の目で捉えられるものではない。そして、術や魔法で身体や武器を強化していないため、動体視力を鍛えていない者には何があったかすら分からないだろう。ただ、全てを見ていたフタラは、表情を変えずにその場から動かなかった。
「おみごと・・・」
侍は膝をつき、地面には血が広がる。何時取り出したのか、オウマの両手には手斧が握られていた。
「腕を上げたな。」
オウマは侍の腕が前回まみえた時よりも上達していることを伝える。
魔法戦は自身の強化と相手の弱体化が基本戦法となる。人魔大戦では古代兵器によって魔族の魔法を完封した事で人類の勝利に繋がっていたため、魔法を制する者が世界を制すると言っても過言ではない。
しかし、例外がある。それは、あまりにも実力差がある場合は、魔法戦よりも魔法を一切使用しない戦法の方が有利となりうるもので、人魔大戦の教訓から魔族が編み出した戦法である。
倭国では魔術回路を制限する事で、他の種族から脅威と捉えられないようにする術を大妖怪達は習得しているが、これは対古代兵器用の戦法を発展させたものであり、対古代兵器戦では「回路遮断」といわれる方式をとり、自身の魔術回路を世界から遮断する事でデバフ魔法を無効化する。この方法は、強化魔法どころか全ての魔法が使用できなくなるデメリットがあるものの、古代兵器によるデバフ魔法を受け付けなくなるため、魔族本来の力を出せるメリットの方が大きいのだ。
侍は上級大妖怪だが、オウマとはプレジャーボートと原子力空母並みの魔力差があるため、魔法戦を挑むことは僅かな勝機すら捨てる事に等しかった。
妖術を使用することなく侍並みの技量を持つ者は少なく、行く手を阻んでいた者達は2人に道を開ける。
フタラは自身のスキルで侍が死なない程度に治療し、オウマと屋敷内へ入って行く。広い庭を進んで行くと、西北の方角を睨むアカギの姿があった。
「人間の手下が何の用だ。」
「アカギ・・・単刀直入に言うわ、降伏しなさい。」
アカギの性格からして、回りくどい言い方は逆効果にしかならない。そして、彼女が絶対に降伏を受け入れない事を知っているフタラは、自身のリミッターを外して最後通牒を突きつける。
「言葉は無粋、妖怪なら己の力を示せ! 」
強大な妖力によってアカギの周囲に風が集まってくる。
オウマはフタラの前に立ち、フタラはオウマにできる限りの強化魔法をかけて臨戦態勢をとった。
屠殺島中央部
自衛隊が今回の作戦に投入している地上部隊には、数々の新兵器が配備されていた。転移後2度の改良を受けた10式戦車、重装甲型89式FV、AH-64E相当の性能を目標に開発されたAH-3、AH-1Zのコピー機AH-2、その他の新兵器は陸自の新装備に見えるが、今回の作戦に陸上自衛隊は一切参加していない。
護衛艦「ながと」を含めた上陸作戦部隊は、陸海空に続く自衛隊4番目の組織「戦略機動隊」所属である。戦略機動隊は早い話が海兵隊を防衛省が独自に命名しているに過ぎない。この組織は転移後、全国の自衛隊員が増強されて余裕が出たことで、実戦参加者と既存の隊員を中心に引き抜いて構成されており、最初は北海道に集結した自衛隊を効率よく動かすために創設された機動部隊を独立させた組織である。
自衛隊の猛攻撃によって防衛線が崩壊した地区の施設へ南海鼠人の正規軍が突入していく。各施設では逃げ遅れた職員が籠城して抵抗するものの、最早決着はついたも同然であり、各個殲滅されていた。
南海鼠人の部隊は明確な任務分担がされており、自衛隊が防衛線を突破した後に土地と施設の制圧を正規軍部隊が行い、左右両翼の安全確保を志願兵や動員兵が担っている。ユース達新兵部隊は中央ルートの右翼を担当しており、比較的敵が少なく抵抗も大人しいルートとなっていた。屠殺島は軍事拠点ではないため、一度防衛線を突破してしまえば敵は総崩れとなり、今は掃討戦と追撃戦を行っているところである。
「俺達を行かせてください! 今追撃すれば多くの妖怪を打ち取れます。」
「ダメだ。」
ユースは小隊長として第66歩兵連隊の上層部に追撃を上申したが断られてしまう。
「命令通り、現地を確保して守りを固めておけ。」
連隊は各小隊に威力偵察を命じていたが、ユースの部隊だけ突出しており、更に前進したいユースと、威力偵察の範囲を超えて部隊を先に進ませたくない指揮官で意見の相違があった。敵地での活動に特化した部隊ならともかく、第66歩兵連隊は訓練生を新兵として使っているに過ぎないのだ。単独では敵の反撃や待ち伏せで容易に壊滅するだろう。
「連隊長、本部から通信です。」
「分かった。」
「やぁ、そっちは順調そうだね。中央から援軍を送るから、補給とか気にしないで部隊を進めてくれる? 」
「わかりました。援軍の規模は・・・」
連隊長は言いたいことがあるものの、総司令官の命令では仕方がない。第66連隊指揮官は援軍の内容を確認してから前進命令を出すのだった。
中央ルート攻略部隊は最終防衛線に到達し、激戦を繰り広げていた。
既に空から確認できる砲は全て破壊されたが、巧妙に隠された掩体壕は無事であり、同心会側は設定されたキルゾーンに侵入した敵に砲撃を浴びせていた。
10式戦車の正面装甲に3発の砲弾が着弾する。
「命中弾! 」
「やったか? 」
「・・・ダメだ逃げろ! 」
砲兵を護衛する兵士は着弾を確認するが、それでもかまわず進みながら照準を自分達に合わせてくる10式戦車を見て、壕からの退避を叫ぶ。
「まだ動きますが、一旦下がります。」
砲撃性能の低下は無く足回りも異常なく動くものの、被弾した戦車の車長は損害状況が不明なため、掩体壕を完全に破壊してから下がる判断をする。
「妖怪といっても、こんなものか・・・」
車長は素直な感想が出てしまう。
相手の武器レベルは情報どおりで、砲の性能は南海鼠人が上回っている。南海大島攻略戦では山岳要塞攻略時に10式戦車が2両撃破されたが、今回は被害無しで終りそうだ。
「そんな砲撃で破壊される戦車はチハくらいだ。」
被弾した10式戦車は後続に任せて野戦陣地まで後退した。