屠殺島攻略戦
屠殺島へ敵部隊が上陸してから2時間後、刻一刻と悪化する状況の中、地下指揮所はレンブの指揮によって混乱を脱していた。
「先ほどの爆発により所長室が破壊されました。所長の安否は不明。」
「所長の安否確認は最小限の人員で行え。敵空挺兵への警戒を厳に。」
「防衛線が破られました。我々には戦車を止める術がありません! 」
「術はある。水黽と土竜を当たらせろ。」
「防衛隊主力が包囲されつつあります。」
「狼狽えるな! 隙は必ずできる。武神を出して逆に敵の突出部を包囲しろ。」
孤立無援の状態で勝機は無い。レンブは脱出の準備が整い次第、職員を退避させる予定だ。しかし・・・
「地下港の扉はまだ直らんのか。」
「外と内側で修理していますが、原因は不明です。」
「港側には大王ホタテの準備を指示しました。」
日本軍の攻撃は地下にまで及び、唯一の脱出経路が絶たれていた。大王ホタテの準備が整えばすぐにでも後退の指示が出せるものの、港への扉が開かなければ始まらない。地下港は海底洞窟を利用した施設のため、隔壁を強固にしていたデメリットが最悪の形で出ていた。
「土竜だ。レンブはいるか? 」
「俺だ、中央で時間稼ぎを頼む。」
回復した無線機から土竜の声が聞こえると、レンブは直ぐに命令を伝える。
「あたいらで日本軍を止める。そっちは頼んだぜ。」
「無理はするな。危険と判断したら下がれ。」
「ここまでされて、逃げるかよ! 」
レンブは最低限の時間稼ぎを要求したものの、水黽は最後まで戦うつもりのようだ。
長生きしている妖怪は「どう生き残るか」を徹底して追及する事で生き延びてきた。この島での抵抗は死を意味し、死を回避するには降伏以外無い。しかし、この地は食人妖怪にとってアイデンティティ最後の砦なのだ。長く生き、食人によって自らを自覚している者達程、苛烈な抵抗を行うのだった。
更に数時間後
ハイドラロケット弾が森に降り注ぎ、妖怪の陣地が爆炎に包まれる。
爆発で木々が倒れていくのを確認した第66歩兵連隊指揮官は、突撃の命令を出す。
「「「うおぉぉぉぉぉ! 」」」
新兵部隊は81㎜迫撃砲と重機関銃による掩護射撃を受けながら敵陣へ突撃して行く。彼等は自衛隊に準じた装備を保有しているものの、機動性を優先して防弾チョッキなどを装備していない。倒れた木と破片、ぬかるんだ地面。もはや道などは無く、非常に移動し辛いルートを素早く進まなければならない為である。そんな不安定な足場を、ユース達は軽い身のこなしでどんどん進んで行く。
バスッバスッ
「くそっ」
ユースは付近に大口径弾が着弾したことで窪みに潜り込み、小銃だけ出して敵陣地方向へフルオート射撃した。1マガジンを撃ち切って交換していると、突撃中の仲間が次々に被弾していくのが見える。
「こっちこっち。」
「ユース生きてたか! 」
「敵は11時方向から撃ってきてる。場所を特定するから援護して。」
ユースの見知った面々が窪みに到着すると、碧眼の同期フルブライトが敵の有力情報を持っていた。
「敵は11時方向! 」
ユースが見える範囲にいる仲間に情報を伝えると、彼等は返事やジェスチャーで応える。その間もフルブライトは移動の準備を行い、準備完了の合図を出した。
「援護射撃! 」
ユースの声と共に敵陣地目がけて無数の小銃弾が発射されると、フルブライトは体を晒すのを最小限にしながら、右に転がり左に転がり、時には匍匐前進を行いながら敵へ距離を詰めていく。そして、一瞬だけ木々の隙間から敵陣を覗いたら直ぐに窪みに転がる。その瞬間、さっきまで自分がいた位置に銃弾が撃ち込まれ、遮蔽物として利用していた倒れた木々を貫通してくる。しかし、そんな事をものともせずフルブライトは敵の位置を報告した。
「地上部隊から支援要請。座標を送る・・・」
「了解。」
残弾に余裕のあるAH-2のパイロットは20㎜の射程ギリギリまで近づいてから、巧妙に隠された陣地への射撃を開始する。
妖怪達の籠る陣地に次々と起こる小規模爆発は20㎜弾の着弾であり、強固な構造物を砂城のように崩して、貫通した弾が内部でも炸裂していく。
「支援完了」
残弾を撃ち尽くしたAH-2は効果確認をすることなく帰投する。支援を行った場所は南海鼠人が担当する場所なので、確認は彼等に任せているのだ。そうする事で、自衛隊の地上部隊支援を優先していた。
大人しくなった陣地に対して、ユース達は最大火力を投射しながら一気に肉薄する。小銃擲弾を撃ち込み、相手に攻撃の隙を与えることなくトーチカに取り付いた彼等は、出入り口と支援攻撃で開いた穴から一斉に銃撃を加え、内部に突入していく。
最初に突入したユースは、瓦礫と化した陣地内部を小柄な体を活かして進んで行き、人の形をした物には容赦なく銃撃を行いながら、反対側から突入してきた部隊と合流する。
「クリア! 」
「制圧完了だ。」
ユースが外に出てくると、陣地には後詰めが到着していて防御を固め始めていた。物資を補給して水を飲んでいるとフルブライトが近づいてくる。
「山の方も第2小隊が確保したよ。中央がバッチリ見えるって。」
「すぐ行く。」
ユースは装備を持ってフルブライトの後について小高い山へ向かった。その山は中央部を見下ろせる事ができるため、進行ルートの選定に打って付けの場所である。そして、日本軍の戦闘を見渡せる位置でもあった。
「・・・」
「すげぇ。」
新兵達の前に広がる光景は、圧巻の一言だった。
無線でのやり取りが主体の南海鼠人部隊に比べて、情報共有能力が数世代上の自衛隊では、あらゆる兵器が情報を共有し、歩兵部隊すら双眼鏡タイプのGPS座標送信装置によって敵の位置を正確かつ迅速に送る事で、敵に逃げるいとまを与えずに攻撃が可能となっている。
航空支援によって次々に破壊される防御施設。陣地に籠る妖怪へ正確な砲撃が加えられ、頑強に抵抗している防御線は戦車によって簡単に破られてしまう。
妖怪がいとも簡単に葬られる光景は、南海鼠人には現実のものと思えなかった。
「えげつねぇ・・・」
妖怪の陣地を1つ攻略したことは、ユース達にとって大きな自信となっていた。作戦開始前は日本軍が苦戦していたら援護する気満々でいたものの、これでは援護などといっている場合ではない。
「俺達も先を急ぐぞ。」
「あぁ・・・」
日本軍がこの速度で進めば、南海鼠人の部隊は足手まといにしかならないと感じたユース達は、予定を切り上げて進撃する事となる。
屠殺島の中央部は平たんな地形が多く、上陸地点からもなだらかな地形が続いているため、機甲部隊の進撃ルートとなっていた。このルート上には様々な施設が点在し、防備も相応のものとなっているが、現代機甲部隊に対してはあまりにも無力だった。
10式戦車4両、89式FV3両の部隊を広大な施設へ誘い込んだ同心会部隊は、待ち伏せによる一斉攻撃を始めたものの、奇襲攻撃にもかかわらず一向に損害を与えられない。
「焔玉」
銃撃の効果は無く、結界下でも妖術が使える者は術で攻撃するが、核戦争を想定して作られた兵器を破壊するのは極めて困難だった。術が放たれた場所に戦車砲が向き、砲撃が開始されると術による反撃も行われなくなる。
「ダメだ! 」
「あんなもの、どうやって止めるんだ。」
銃撃も術も効果の無い相手に、施設の防衛部隊は総崩れを起こしてしまう。
施設を脱出していく部隊を発見した空中ドローンは座標を特科部隊に送信し、撤退中の部隊に砲弾が降り注ぐ。その様子を2人の大妖怪が見ていた。
「情けないねぇ。」
「戦い方がなっていないようだな。奴等を盆地まで誘き出せ。」
「はっ」
合流した水黽と土竜は対戦車戦の準備をして待ち構えていた。これは対古代兵器用の戦法を応用したもので、同心会内でも戦車には特に有効と判断された戦法である。
「一反あれば十分だ。やれるか? 」
「あたいを馬鹿にするのもいい加減にしな。一町歩はいけるよ。」
仲間は総崩れ、支援は来ない。島が落ちるのも時間の問題となっている中で、大妖怪による最後の抵抗が行われようとしていた。