狼煙
クジョー族
その謎に満ちた種族は大昔に滅ぼされたとされ、現在は極少数がスーノルド国保護領「腐国」に暮らしているという。
最初に確認された生息域はアーノルド国の遥か西海上、絶海の孤島である。
何時頃転移して来たかは不明。
古代文明とは異なった高度文明を有しており、高度医療と100%の異常に高い識字率を誇る。
当時のクジョー族は自らを人間と称し、戦乱の続く大陸で独自の宗教を普及しようとしていた。
非戦の教えとも言われるクジョー教は、戦争の放棄とあらゆる武力の不保持を説くもので、当時のパンガイアでは異端とされていた。クジョー族は当時の大陸人に合わせ、国際機関を起ち上げて戦力を一括管理する機構を提唱するなどしたが、彼等の思想が受け入れられることはなかった。
アーノルド帝国による大虐殺により滅ぼされることとなるが、その事件が100年戦争のきっかけとなる。
「うわぁ。」
白石小百合は赤羽利子に行われている人体実験を見て、素直な感想が声として出てしまう。最初に見学したのは、切り離した利子の触手を凶悪犯の部屋と精神疾患患者の部屋に放ち、長期間観察する実験であり、内容を見ただけでも吐き気がする。
「凶悪犯は減刑目当てで参加、患者は病院から脱走した体にしたのね・・・」
正に吐き気を催す邪悪である。しかし、両者ともに最初は触手に怯えたり攻撃したりしていたものの、「無害」と理解したのか、今ではペット代わりにして普通に生活していることから、鴉天狗に利子を認めてもらう良い資料になるのは確かだ。
次に小百合が確認したのは利子の耐久性である。南海大島と倭国での経験から銃の効果が無い事は分かっていたが、資料を見るに、ここの研究員は研究したさのあまり、利子を殺害しようとしていたようだ。確かに、死んだら留学なんてできないけど、発想がクズすぎる。
「えーっと、被検体は外に出たがっているため、解放した空調ダクトの先を地雷原とし・・・」
こんなあからさまな罠に掛かるのは利子くらいなものだろう。嵌められたと一切思わないのは鈍感とかいうレベルじゃない。
利子がダクトを抜けて地雷原に降り立った途端、ダクトには防御壁が降りて戻れず、利子の特殊性から救助は呼べず、彼女は研究員に促されて自力で地雷原をぬけたそうだ。何の装備も無い状態で地雷原を安全に抜けるのはかなり時間がかかる。今いる安全な場所に穴を掘り、穴の壁をゆっくり掘り進めて行き、地雷に当たったらルートを変える。地雷を自力で処理するのは最終手段だ・・・ただ、そんな知識を彼女が持っているはずもなく、利子は触手で地面を恐る恐るたたきながら進んだようだ。当然、地雷が作動して触手が吹き飛ぶが、その都度違う触手を出して進んで行き、最後は対戦車地雷を作動させたとのこと・・・? 今の利子は400キロ以上の体重があるけど、柔らかい砂に埋まった対戦車地雷の上に移動したところで地雷が作動するだろうか?
報告書に記載されていないものの、状況を考えると、研究員達は「やってくれた」ようだ。よくも涼しい顔で研究を続けていられるものね・・・
「うわぁ。」
ぼろ雑巾のようになった利子が泣きながら研究所へ戻る動画を見て、小百合はこの日何度目かの単語を発してしまう。「もう、2度と黙って外には出ません。」反省する彼女の姿に、流石の小百合も心が痛くなるが、「てっちり」でフォローできてしまうのが利子という生き物である。
「ねぇセンセ、クジョー族に弱点は無いのですか? 」
小百合は実験資料を見ながら竜人族の研究員にたずねる。
「クジョーは古代兵器によって滅ぼされたとあります。彼等は高い魔法耐性を持ちますが、複合魔法には防御手段を持っていなかったようです。」
「ありがとうございます。」
小百合は肝心な情報が簡単に得られたことで、目的を達成する。留学中に1度だけ触手が話してくれたことがあり、裏どりができたかたちだ。それに、追尾光子弾やクリード系兵器に使用される複合魔法は鴉天狗でも研究開発が進められて、10㎜弾への応用が既に完成している。
「利子、勉強の進捗はどう? 」
「だ、大丈夫。問題ないよ。小百合さんは? 」
見た感じ、たぶんダメそうだ。
「終わったわ。それよりも気をつけなさい。日本を出る前に教授の効果測定があるから、それに落ちたら研究所で人体実験ルートよ。」
「 へ? 」
小百合の冗談を真に受けた利子は勉強を再開し、小百合は邪魔をしないように研究所を後にした。
南海大島から東北東の海上にて、海上自衛隊の大艦隊が倭国を目指して大海原を進んでいく。その中で最大の護衛艦内では、上陸部隊の準備が着々と進んでいた。
護衛艦「ながと」
最新鋭の強襲揚陸艦である「ながと」は全長260m、全幅33m、総排水量は5万トンを超える大型艦であり、前級の「おおすみ」級より全長が約90m増えている。LCACを2隻搭載することは「おおすみ」級と同じだが、「ながと」は航空機運用能力を備えており、F-35Bならば最大20機搭載可能となっている。
ながと級の調達は8隻予定で進められているものの、上陸作戦能力の効果的な獲得のため、数隻はLCACを3隻搭載する展開能力特化型となる予定である。なお、本級を設計、建造するにあたり、「本格的な上陸作戦能力の獲得」という、本来の目的では国会を通過しないとの判断により、「国民を海外へ避難」させる名目で、当初は11隻の予算請求を行っている。
護衛艦「ながと」艦内
「作戦は単純だ。」
目標は屠殺島の完全制圧。上陸に先行して海上自衛隊による巡航ミサイル攻撃が行われ、間髪入れずに航空自衛隊が爆撃、上陸部隊は護衛艦と戦闘ヘリの支援を受けながら上陸し、各々の部隊が指定されたルート上の目標を制圧しながら最終目標で合流するものである。
上陸部隊長から作戦内容を伝えられたユースは、仲間と共にすし詰め状態のLCACへ乗り込んだ。
装備は陸上自衛隊に準じているが、南海鼠人用に簡略化されていて、装備重量の軽減が行われている。新兵の武装はお古の89式小銃、弾倉は6個のみで、手りゅう弾の替わりに小銃擲弾が2発、手榴弾は陸上拠点確保後に配布されることとなっている。支援火気のミニミニ機関銃は一番背の高い者が装備し、カールグスタフは3人で運用するなどしているが、新兵の武装は基本、小銃のみである。
正直、こんなに早く実戦に出られるとは思ってもいなかった。ユースが辺りを見回すと、新兵未満の彼等の中には自信が無く「部隊の足を引っ張る」ことを心配している者がそこそこいるが、「実戦の恐怖」でパニックを起こす者は誰一人としていない。
「仇をとってやる・・・」
南海鼠人の孤児達にとって、孤児となった原因である倭国は憎しみの対象だった。しかし、戦後に本島鼠人や出稼ぎの妖怪達と交流を進めていくうちに、倭国を憎しみの対象とはだんだん見えなくなっていた。そんな中、倭国に巣くう食人妖怪の討伐と同族(家畜)の救出作戦を命じられれば、孤児院出身の新兵で実戦を拒否する者はいない。
ユース達は肉親を殺された憎しみを、食人妖怪に向けたのである。
各揚陸艦のウェルドックから次々にLCACが放たれ、艦の隙間を通り抜けていく。そして、タイミングを合わせて各種ヘリが飛び立っていった。
一方その頃、護衛艦「ひゅうが」を旗艦とした8隻の別働隊は、西方から養殖島に迫りつつあった。養殖島は倭国の南東海域、南海大島からは東の彼方にあり、屠殺島よりも離れた位置にある。万年瘴気に隣接する島であり、海流の関係で外部から流れ着くことはできず、動力船でなければ外洋に出ることも出来ない孤島となっている。
「・・・以上が島の状況だ。島の同族は妖怪を神として崇めているため、我々と敵対する可能性がある。発砲は許可あるまで厳禁とする。」
ミーティングを終えたキドは、部隊の仲間と共に甲板のCH-47JAへ向かう。その道中、UH-60Jに護衛を伴って乗り込んでいる倭国の将軍が視界に入った。
「あの人が交渉人か・・・鬼族、と言う事は現地を管理している妖怪も鬼族だな。」
鬼族は力のある者、自らが認めた者以外の指図は受けない傾向が強い。その知識を持つキドは、ミーティングの情報と合わせて現地での不測の事態を想定するのだった。
作中の日本国は居住地に気化爆弾を投下したりしているので、今更、地雷を再生産しているところに突っ込む読者さんはいないと思います
ちなみに、護衛艦「ながと」は未完成で投入されています