布石
首相官邸
今日も2人の総理は論戦を続けていた。5月の国会後に解散総選挙、憲法改正のための国民投票へと道筋はついているため、互いの思想と理念をぶつけ合い、国民投票がどう転んでも「マシな結果」となるように微調整をしているところである。
「何故、現憲法にこだわる? 」
日本国憲法は、この世界を想定していない。そもそも、自衛隊を保有している時点で憲法第9条違反である。現在の日本は憲法の入り口から違反状態であり、その後の条文でも違反が見受けられる。前総理率いる最大野党は憲法改正によって現実との整合性を図り、違憲状態を少しでも改善しようとしていた。
多くの国民が憲法の優先順位を理解していればいいのだが、憲法が戦争の放棄よりも国民の生命や資産を守ることを優先しているのを知る国民は少ない。そして、ややこしい事に憲法の条文に優先順位が書かれているわけでもない。
長年、日本国は憲法を曖昧にしたまま国民の生命、資産を守るため、第9条違反をしてきたのだ。
「事が起きてから大急ぎで変えてしまう・・・本当にそれで良いと思っているのですか。」
現総理は国の骨格や土台となっている憲法を、有事が起きてから一気に変える事の是非を問う。
いくら整合性を図るといっても、今の状況で国民投票にかけて本当に民意を反映しているといえるのか? これで改憲してしまったら、日本国は平時に平和を謳い、有事に手の平を返しているようにしか見えない。平時にこそ改憲の是非を国民に問うべきである。
「そうだ。戦争前に必要な事を明文化しなければならない。」
前総理は、戦後にどう思われようと明文化にこだわる。明文化していれば、後から見直すことができるのだ。何故成功したのか、或は失敗したのか・・・文字として書かれていれば「時代がそうした」などの曖昧な原因ではなく、根本的な原因を追及でき、後世に教訓として活かすことができる。
「政府見解はあなた方と同じものを出しますよ。」
「書かなければ意味がないんだよ! 」
2人は法治国家を重んじつつも、国家の存続のために異なる方向で超法規的措置をとっていた。法治国家を謳う国のトップがこのようなことをすれば、後々責任を問われるだろう。しかし、2人は気にせず国政を行うと決めており、日本を行き過ぎた法治国家にする気もない。
憲法は人間が作った不完全な「法」である。完全な法は自然界や物理法則といった、世界を形作っている法のみだ。そもそも、高度な法治国家ほど立ち行かなくなるのは古代欧州や中国が経験済みであり、日本も「必要だから」と多くの法を成立させた結果、生き辛く感じるようになったのは古代人と同じ轍を踏んでいる。不完全で間違いもある人間の法を上手く運用するため、日本の法は数々の特例や曖昧さを設けて柔軟に対応できるようにしており、「白黒はっきりさせない」事で政治や裁判所の判断を柔軟に行ってきたのだ。
ただ、それも限界を迎えようとしていた。
「国民に方向性を示すには法と規律が必要だ。」
政治家は本音を言えば表舞台から消えるため、本音を中々喋れず有権者に考えが伝わりづらくなっている。ただ、一般人でも調べれば考えの7割は分かるようになっているのだが、そこまで政治に興味を持っている国民が少ないのが問題だった。
有事をどのように乗り越えていくのか、その方向性をはっきりさせなければならない期限がきていた。
「次の国会で無色の実態をさらけ出してやる。奴等は戦争反対以外、たいして答えられんだろう。」
最初から国民の生命を切って少数を救おうとしている者達が実権を持てば、ろくなことが起きない。「戦争をしなければ負ける事はない」という主張は、国家間どころか個々の人間関係でも短絡的な考えであり、勝負を放棄しているに過ぎない。どんな不利な提案でも相手の言い分をすべて受け入れることは、戦争以前に負けているのだ。そして、自ら進んで民族自決を放棄している。
「ちょうど米軍とロシア軍の立場表明もあります。彼等には日本一国で平和を実現できない事も理解して頂かないと・・・」
2人の総理は最後の布石を確認し、国民投票を迎えようとしていた。しかし、対局は次の試合へ進んでいる事を2人はまだ知らない。
西暦208✕年
都内某所では、授業の一環として郊外から来た中学生がピザ屋へ職業体験に来ていた。学生3人に対して、屈強な鼠人の店員が生地の作り方から焼き方まで手取り足取り教えてゆく。
学生3人の内、鼠人であるカイトは、他の鼠人生徒が高収入の職業を選んだのに対して、自分が選んだ職業体験先が当たりだと確信する。市販の出来上がっているピザも美味いけど、店で手作りされた物を出来立てで食べるのが最強だ。飲食店以外の体験先では、こんな美味しい食べ物は食べられないだろう。
「皆さんは何故この職業を選んだんですか? 」
「再就職支援ってやつだ。」
「まぁ、何だかんだで店まで建てちまったけどな。」
ピザを食べ終わってから質問の時間となる。カイトとしてはピザを食べ終わって満足していたが、学校で発表する資料はちゃんと集めないとならない。
「そうだったんですか。今までは何をしていたんですか? 」
「兵士として大陸に派遣されていたんだ。」
「Mチームは聞いたことがあるだろう? 俺達はそこの所属だったんだぜ。」
Mチーム。その単語を聞いてカイトは驚愕する。ただのピザ屋だと思って職業体験先に選んだら、ビッグネームの人達が働いていたなんて思いもしなかった。軍志望のクラスメイトに話したら羨ましがられるのは確実だ。
「あっ、それでお店の看板が銃だったんですね。」
看板は店名の上にデフォルメされた2組の銃がクロスしているデザインとなっている。最初見た時は意味不明だったけど、今は納得だ。
「お前の爺さん世代が戦ったおかげで今の平和がある。」
「軍人になりたいとか言うなよ。」
「大丈夫ですよ、僕はそんなに優秀な人間ではないですから。」
カイトは応えづらかった。祖父の代は激動の時代であり、多くの死者が土台となって今の平和がある。ただ、祖父は、ポール爺ちゃんは戦争に参加していなかった。
「閑話」で書いた鼠人姉弟の話を書いてみました。今回は遺品整理で南海大島へ行く前の話です。
ピザ屋は現実世界にあるものを参考にしています。作中のデフォルメされた銃は89式小銃ですが、参考にした店はデフォルメされたAKです。このネタを分かる人はF自界隈にいないと思って書きましたが、いないですよね?