日本国の野望 その7
久しぶりにストレス有です
グロ耐性ない人は読まないでください
内閣情報集約センター
24時間体制で稼働し続けている施設には様々な人間が出入りするようになっていた。施設の性質から人、物、情報の出入りは厳重に管理されているため、上杉のような名も無き組織の幹部会合には打って付けの場所となっている。
「外では反戦運動の機運が高まっています。」
「気にする必要はないでしょう。」
「5月を無事に越せれば消えますよ。」
拡大するデモと日増しに勢力を伸ばす「無色の派閥」は、名も無き組織の幹部でも見過ごすことのできない規模まで拡大していた。彼等は抗議活動の一環として労働の拒否を始めており、この状態が続けば兵士の確保や国内生産に大きな悪影響が出るのは時間の問題となっている。
「景気が少し回復したらこれですよ。」
日本に迫る危機が何一つ解決していない状態で、根拠も実現性もない平和を訴える無色の派閥勢力は、名も無き組織の明確な敵対勢力だった。
「彼等には、是非とも現実を理解してほしいものです。現実を理解したうえで強硬手段をとるならば・・・排除するまで。」
国が1つしかない状態で国家間の戦争が起きないのと同様に、他国が無い状態では国家間の平和は結べない。戦争も平和も相手国あってのもので、自国の独り善がりで平和は実現しない。そして、平和ならば何でも良いというわけではない事を、日本人の大半は嫌というほど実感している。平和を優先するあまり国内景気を悪化させ、毎年数万単位の自殺者と過労死、餓死者を出す状態は「最悪の平和」である。戦争アレルギーを持つ者は戦争よりも死を選ぶだろうが、国家存続と国民の安全を確保しなければならない者達にとっては、到底受け入れられない思想だった。
自国の平和を実現するためには国防を最優先に考えなければならず、日本国も戦後から現在に至るまで最優先として来た。
黒霧発生前の日本は多国間で広大な経済圏を構築する事で戦争のリスクを回避し、親密な関係を維持する事で同盟国の武力を自国の国防に紐づけていた。しかし、転移によって今まで日本が縋り付いてきた「平和」の屋台骨が全て崩れ去ってしまった。
黒霧に囲まれると分かってから新しい国防の模索が始まったのは、幸いだったのかもしれない。
日本の現状を見れば、どうやって平和を実現できるか見えてくる。
経済圏を構築するには黒霧が晴れて大陸と貿易する事が必須となり、現実味は無い。日本の友好国がパンガイアによる侵攻を思いとどまらせるほどの武力を持っているわけでもない。
日本は・・・この世界で米国と同じ存在になる他、生き残る道はない。
「まぁ何はともあれ、国民のやる気を引き出さなければなりません。」
この国は多くの問題を抱えている。
いや、問題を抱えていない国など存在しない。
様々な問題の原因を調査し、対処を行ってきた名も無き組織にとって、問題解決の基本となる「国民のやる気」を引き出すのは、中々骨の折れる作業である。
霞ヶ関某所
国民のやる気に直結する食料全般を扱う部署では、国家の意思決定者へ向けた資料の作成が行われており、作業が一段落した職員が雑談を行っていた。
「ふぅ。」
「どうしました? ため息なんかついて。」
「南海大島へ送った国民携行食糧Ⅰ型がやっと捌けたのですよ。」
国民携行食糧Ⅰ型は黒霧に囲まれる前に国家の存亡を賭けて開発された栄養食品であり、見た目は市販のエネルギーバーそっくりだが、あらゆる栄養を詰め込んだ結果、持った瞬間に違いが分かるほどの重量がある。国は国民の生命を支える重要な食料と位置付けて国民携行食糧と命名して未曾有の災害を乗り切ろうとしたのだが・・・
国民携行食糧Ⅰ型には欠陥があった。
性能と量産性を第一に考えて作られた事で、恐ろしく不味かったのだ。そして、長期保存を可能とするために特殊な添加物を使い、水分を極限まで減らすことで開封しなければ消費期限を無限としたものの、薬品のような独特な風味を持ち、食べる際は必ず水分を用意する事が必須となってしまう。国民携行食糧Ⅰ型は口に入れた途端に口内全ての水分を奪い取ってしまい、窒息などの危険があった。
国民携行食糧Ⅰ型は圧倒的な性能を持つ栄養食品として完成し、配給制が始まるまで大量生産されたが、いざ配給が始まると圧倒的な食べ辛さと不味さからクレームが殺到し、警告文にある「水分を用意してから食べる」を無視して食べた事で、窒息や嚙み砕いた粉が気管に入るなどして肺炎になる事例が相次いだ。その結果、国民は差し迫った飢餓が起きない限り、国民携行食糧Ⅰ型を食べなくなってしまう。
国民携行食糧Ⅰ型を国民の主要栄養源と考えていた国は、何とか食べてもらおうとしたものの、その試みは全て失敗に終わり、代替品の用意に苦労することとなる。
性能だけを追求し、消費者の事を考えずに作った製品の末路だった。
国民携行食糧Ⅰ型を摂らない事で国民は痩せていったが、国が国民の危機感を煽ったような飢餓は発生しなかった。
日本の食料自給率はカロリーベースで算出しており、「30%台の自給率しかない!」と、国民の危機感を煽るのに使用されたのだが、実際には際限のない食糧増産計画と食生活の見直し、配給制の導入で飢餓を回避できる食料自給力があった。
また、黒霧で漁業が阻害されていたため、足りない分を国民携行食糧Ⅰ型で補う予定だった国にとって、魔物の襲撃は大きな被害が出たものの、食べられる半魚人達の襲撃は渡りに船であり、本格的な漁業再開までのつなぎとなる。
「ところで、どうやって消費したんですか? 」
国民携行食糧Ⅰ型は各地の自治体へ「国民食」として配給されたものの、自治体は倉庫を圧迫する「国民食」を拒否し、国は仕方なく国家備蓄として大規模倉庫に保管していた。大規模暴動の際は暴徒たちにすら無視されたことで焼失を免れ、苦肉の策として海外へ派遣された自衛隊の栄養源として大量に送ったのだが、隊員の士気低下を招いてそのまま送り返されていた。
「南海大島の鼠人達に払下げました。」
「あぁ~。」
払下げ先に納得した職員は、仕事に戻るのだった。
蜀、東部の辺境
雄大な自然に囲まれた舗装道路を、十数台の車が列をなして移動していく。
前後を自衛隊車両が護衛している車列は、辺境国へ供与される車を運んでいた。蜀は中央の白城を中心とした大小の国家から成る帝国であり、日本国は資源開発のために辺境国へも多大な開発援助を行っている。
今回の支援は水源地の開発名目で重機や車両を引き渡すものであり、ちょっとした歓迎と引き渡し式で終わる簡単な仕事である。
「今回も無事に引き渡せました。ありがとうございます。」
平間は、ここまで護衛してくれた自衛隊員へ感謝を伝える。
「無事に帰るまでが任務です。気を抜かないでください。」
護衛部隊の責任者である隊長は、警戒を解くことなく平間に注意を行い、隊員達もピリピリした雰囲気を漂わせている。平間達のいる場所が反政府武装組織の勢力圏内なので仕方のない事だが・・・
「すみません。上から急な仕事が入りまして、帰りは蜀軍に送ってもらう事になりました。」
「急ですね。蜀軍の到着は何時になりますか? 」
隊長は急な予定変更に対応する。蜀においても反政府組織は目的のためなら手段を選ばないため、護衛の手を緩めるわけにはいかなかった。
「ちょうど、来たみたいですね。」
平間が話すと同時に遠方からバタバタとヘリの音が聞こえてくる。
最初小さな点だったシルエットは次第に大きくなり、漆黒の塗装を施されたUH-60が着陸する。
平間は蜀軍の兵士に案内されて機体に乗り込むと、ブラックホークはすぐに飛び立っていった。
「乱暴だが、この短期間でよく乗りこなせたな。」
「砂漠での整備は大変なのに・・・」
平間を見送った自衛隊員達は、短期間で高度な兵器を運用できるようになった蜀軍に感心していたが、隊長と一部の隊員は彼等の違和感に気付いていた。
「奴等、軍人じゃないな。」
「はい、彼等の動きは軍人とは異なります。」
隊長は最年長の隊員に意見を求め、最年長の隊員は彼等の仕草から軍人ではない事を見破っていた。
「国は、俺達に何かを隠している。帰ったら上に探りを入れてみる。」
「自分は他を当たってみます。」
軍とは異なる組織に自衛隊の装備が配備されている事で、現地に派遣されている自衛隊員の一部は独自調査に乗り出すのだった。
平間を乗せたヘリは、飛び立った場所から険しい山を8つ越えた先にある小さな集落へ着陸していた。平間は集落中央の広場へ案内され、この地を支配するトップと会談が行われることとなる。
「さて、ここからが本番だ。」
平間が命じられた仕事のメインは有力者との会談であり、辺境支援はついでに行う片手間の仕事でしかなかった。
広場には巨大なテーブルが置かれており、その中央には異様な雰囲気を漂わせている狐人の男性が座っていた。事前情報では顔が分からなかったが、会談相手は彼で間違いないだろう。
「この様な場所までご足労いただき感謝いたします。辺境故、この様なもてなししかできませんが、どうか緊張なさらないでください。」
テーブルに案内された平間が椅子に座ると、私服の男達が料理を運んできた。食前酒、ちょっとした肉料理が置かれ、その後にメイン料理の大皿が置かれる。メインは日本で言うところのレバニラであり、香草と香辛料、レバーの良い匂いが漂ってくるものの、平間の食欲は全くわかない。
「あなた方のご活躍は噂で伺っています。私共が送った品が役に立ったのなら良いのですが・・・」
「ご謙遜を。送っていただいた装備は大変重宝しています。」
彼が合図を出すと、建物から黒装束と独特な仮面を被った者達が現れ、平間に見えるように整列する。整列した異様な集団は、よく見ると頭に暗視装置を付け、各々が改造を施した89式小銃やカールグスタフで武装しており、黒装束の下にはボディーアーマーを着込んでいる事が分かる。
「おかげさまで、この地で活動していた反逆者を短期間で滅ぼせました。」
トウテツリーダーは、自衛隊装備を裏で供給してくれた名も無き組織に感謝の意を伝える。彼等は短期間で現代兵器の運用方法を身に着け、自分達の使いやすいように改造した上で、国内の不穏分子を次々に排除していた。
「有効に活用して頂いていることが確認できました。本国の準備が出来次第、次の支援パッケージが発送されるでしょう。では、失礼いたします。」
「ありがとうございます・・・。使者のお帰りだ、丁重にお送りしろ。」
会談はトウテツへの更なる支援を約束して終了となり、平間は逃げるようにヘリへ乗り込んでいった。
帰りのヘリの中で、平間はどんな報告書を書くか悩んでいた。トウテツの成果は申し分なく、蜀の安定化と日本が開発を行う上での安全確保に絶大な貢献をしている事は間違いない。しかし・・・
あの集落は反政府勢力の拠点であり、住人は猫人とその半妖で構成されていた。トウテツは会談の予定に合わせて集落を襲撃し、成果を平間に見せるデモを行ったのだ。会談が広場の中央で行われたのは建物内では出来ないと判断しての事だろう。
平間は目と鼻が良いため、集落のあちこちにある血痕を見逃さなかったし、全ての建物から漂ってくる生臭さを嫌というほど感じていた。そんな状態で食事などできるはずはない。そもそも、この集落は畜産をしておらず、周辺も小動物しかいないハズだ。じゃぁ、あの肉料理はどうやって作った?
トウテツの補給は基本現地調達と事前情報を得ていた平間は、自身に出された料理を思い返して吐き気を催すのだった。
「客人の口には合わなかったのですかね? 」
「意外でした、喜んでいただけると思っていたのですが・・・」
日本の使者が料理を一口も食べずに帰ったことで、料理を作った者はリーダーへ問うが、リーダーも客人に合わせた料理を用意していたため、相手を変に警戒させてしまったと思い込んでいた。
「余った料理、食っていいですか? 」
「魔力無しの日本人か、本当に死ぬのか試してみたいぜ。」
「やめておけ、手を出したら俺がお前を殺す。」
使者が帰った事で、メンバーは思い思いの行動をとり始める。
「あの使者を殺める気ですか? 止めておきなさい。」
「お頭に命じられなければ殺りはしませんよ。」
「あの者は羊の皮を被った狼です。素手だったら私でも敵いません。」
「 えっ? 」「 はぁ? 」
トウテツリーダーの言葉を受けて、周りのメンバーに動揺が広がる。
カクヨムの方で少し触れたトウテツが、なろうでも登場です
今回は猫人レバニラですが、南海大島では鼠人シチューを作っていました
トウテツは自衛隊に対抗意識があり、殺人数で優ろうと躍起になっています
日本側で初登場の平間ですが、平間一族にはちょっとした秘密があります
一族から「一族の恥さらし」と呼ばれている人物が、ノクターン版の裏主人公です