ドリームキャッチャー
驚いた。
鴉天狗と呼ばれる集団は紀元前から妖怪退治を行っている日本屈指の退魔集団だ。身内に妖怪がいるなんて思わなかった。そして・・・
「江崎・・・九頭竜に会えるとは、光栄です。」
「ノーコメント。」
神話に登場する一族の末裔に会えるとも思っていなかった。
「何故、私を呼んだのですか? 」
「貴方には手伝ってほしい事があります。」
彼女は日本の裏で何が起こっているのか話し出す。
転移以降、鴉天狗は上陸した怪物や害をなす妖魔を駆除してきた。しかし、駆除対象の妖怪はヒト化していた者が転移の影響で元に戻っただけで、問題を起こす者はほとんどおらず、害をなす妖怪は巧妙に社会に溶け込んでいたため、見つけ出すのは至難の業だった。
ここで関東の鴉天狗が行ったのが国家との連携である。これにより、駆除対象を正確に把握する事ができ、大きな成果を上げたのだが・・・
「九州で行方不明者が多発しているのは、あなた方の仕業でしたか。」
「九州の考え方は全妖怪の駆除。そこに例外は無いわ。」
彼女は「私達も含めてね。」と付け加える。
鴉天狗は日本全国に支部を持つが一枚岩ではない。積極的に動いているのが関東と九州支部だが、両者は水と油の関係にあるとの事だ。
「彼等は、この世界の全住人を抹殺対象と考えているの。記者さんには、無害の妖怪を関東へ避難させる手伝いをして欲しいのよ。」
それなりの報酬は払うそうだが、さてどうしたものか。
首相官邸
官邸は総理が執務を行う場所となっているものの、最近は最大野党党首との秘密会談を行う場としての頻度が増えていた。
「無効票を極力無くす努力は必要ですが・・・」
「いまさら何を言う。お前が動きやすいようにしたのに不満か? 」
総理は何とか通過させた国民投票法を良く思っていなかった。憲法改正の是非を問う国民投票は今までの投票、集計方法を変更して投票用紙以外にも国民一人一人が待つ国民番号ページからの投票も可能にしているが、総理が気にかけているのは無効票を除いた点にあった。これは様々な問題を秘めているが、前々から問題提起されていたにもかかわらず放置されていた事であり、切羽詰まった事態となっている現状では「時間切れ」となった問題である。
「お前は国民に対して声高に反対票を入れるように訴える事ができるし、国民が憲法改正に反対なら、確実に反対票を入れるはずだ。」
この国民投票に「わからない」や「気に入らないので投票しません」といった選択はできず、全国民はイエスかノーの2択を必ず選択しなければならない。本当に嫌なら過半数が反対すればいいだけ、と前総理は開き直る。
国家存亡の危機に陥った状況で国民の意志を問うなど、今まで経験がない。国政における大体の決定権は国のトップにあるといっても、今回ばかりは国民に決めてもらう他なかった。
「失礼します。」
総理と前総理が話している所に、上杉が2人の部下を連れて入ってきた。時間どおりとは言え、厄介な問題ばかり持ってくる上杉を、前総理は怪訝な表情で迎える。
「開戦直後の行動計画がまとまりましたので、資料をお持ちしました。」
「よこせ。・・・何だこれは! 何も変わってはいないではないか! 」
前総理は開戦直後の方針。つまりは日本の軍事行動計画が殆ど変わっていない事に、上杉達を怒鳴りつけた。
「かなりの変更を盛り込みました。Z作戦開始は超兵器の破壊後となり、その分、核戦力を防衛戦に投入します。」
「正気の沙汰ではない! 」
「我々は至って正気です! 」
前総理の怒気にも怯まず、上杉は珍しく声を荒げる。
上杉達名も無き組織は、日本の総力を結集して戦争を生き残るシミュレーションをしてきた。様々な専門家の他、現状で把握しているあらゆるデータを日本最高性能のスーパーコンピューターで計算し、判断した結果が資料に記載されている。
その中で問題となっているのが、敵対国家の国力と超兵器の存在であった。
超兵器艦はまだ対処のしようがある。しかし、無傷の神機が1機でも日本本土に侵入すれば、それで戦争の決着がつく。
「ヴィクターが神機を2機とも破壊してくれる事を祈っていますが、1機以上破壊できた神竜はいません。我々は最低でも1機、必ず戦う事になります。」
神機への対処法は至ってシンプルな方法が考えられていた。先ず、通常兵器による総攻撃を行い魔力を消費させ、最終防衛線に到達したところで最大火力をぶつけるというものだ。
「自国に核攻撃を行うのか! こんな事をしたら、本州に住めなくなるぞ! 」
「本州で済むなら、安い損失です。」
総理は2人の会話を聞きつつ、大まかな作戦を把握する。先ず、初戦は防戦に徹して相手の戦力を削り、機を見て反撃に出るのだろう。最終防衛戦で核が使用されれば、本州に住む国民を地下シェルターの連絡路を使って避難させ、大陸侵攻の兵力として使用する。人口の8割が住む場所を無くした結果、海外に活路を見出すということか・・・
「何故、相手国に核攻撃を考えているのですか? 国力差を埋める方法にしては、考えが浅すぎます。」
今まで喋らなかった総理が発言したことで前総理は発言権を譲り、上杉は前回無かった資料を見せる。
「我々が対峙する文明のタイプが確定しました。」
資料には古代文明がタイプⅡを装ったタイプⅢ文明であることが記載されているが、いきなり出された資料の見方が分からない前総理は、上杉達に説明を求めている。
「これは、カルダシェフスケールですか。」
「はい。地球文明が0.7であるのに対し・・・」
上杉は文明の消費エネルギー量でタイプ分けを行うカルダシェフスケールを用いて、この世界のタイプ分けを行い、敵の戦力を見積もっていた。特に古代文明が残した超兵器の性能を把握するのに使用したものの、その結果は超兵器艦がタイプⅠ、神機がタイプⅡ文明の持つ兵器と推定でき、文明そのものへの攻撃計画が現実となりつつあった。
「古代文明は現文明の発展に伴い、より高度な遺跡が見つかるようにカムフラージュを行っています。」
「つまり・・・戦争が長引けば、ノルドはタイプⅢ文明の兵器を見つける可能性があると? 」
「総力戦を行えばタイプⅡ文明の兵器を1機破壊出来ますが、タイプⅢ文明の兵器は・・・」
「待て! まだ存在するかも分からない脅威のために、何億もの人間を殺す気か! 」
話が進みすぎて理解の範疇を越えた前総理は、実直に自分の意見を述べた。しかし、この意見に関しても上杉はシュレーディンガーの猫とフェルミのパラドックスを用いて説明を行う。
「この世界で超兵器と呼ばれているものは、製造した文明からすれば通常兵器でしかありません。」
「月の遺跡から入手した情報に空間破砕弾と呼ばれる大量破壊兵器がありましたが、明らかにタイプⅢ文明の兵器です。」
「相手がタイプⅢ文明の兵器を入手した時点で敗北が確定します。」
上杉と名も無き組織の職員は確定した資料とパラドックスの最適な解決方法を伝える。フェルミのパラドックスの内、宇宙人がいるパターンの最も平和的な方法は自らの文明を徹底的に隠す事だが、そんな事は不可能なので、他の文明を発見した場合の最善策は、こちらが発見される前にその文明を消滅させることとなる。
「ふざけるな! SFを政治に持ち込むな! 」
「では! あなた達に戦争を回避して、国家を存続させられるだけの外交力があるのですか! 国民に覚悟を決めさせる政治力があるのですか! 」
何時から首相官邸は国会になったのだろうか? 盛り上がる2者の会話を聞きながら、総理は現実的に行動可能な思考を巡らす。
「政治に関しては我々に任せてください。また、核使用の判断は私が行います。」
前総理と上杉達は言い争いを止めて総理の方を向く。
「あなた方に他国を攻撃する権限はありません。それに、次の国会で何をする気ですか? 」
「・・・我々は手広く活動しています、何の事でしょうか? 」
総理はこの場で名も無き組織が密かに計画している工作を上杉に問うが、言葉を濁すだけである。
「国会の工作はあなた方の仕事ではないでしょう。そんな事をする余裕があるのなら、核を使用しない防衛計画を練り直しなさい。」
「はい、我々は国家のために動いています。自国を傷つける事は、なるべくしたくはありません。」
2人の総理と名も無き組織との間には、奇妙な共存関係が結ばれていた。
両者を結ぶ紐は細いが強度はあり、時折総理の行動すらも変えてしまう。そして、総理の望まぬ方法で国民の支持を取り付ける事となる。