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とある転移国家日本国の決断  作者:
栄光と破滅への道
170/191

鴉天狗への取材

長くなりそうなので話を分割して投稿します

日本国、東京都、東京拘置所

 転移前の暴動によって国全体の収容能力がパンクした結果、収容できなくなった者は臨海部の埋め立て地に設置された施設に収容され、いつ始まるとも知れない裁判を待っていた。

「まぁ、ほとんどは反省文やらなんやらで直ぐに出てきたが・・・」

 収容所がパンクしてしまった事で軽犯罪者や限りなく黒に近いグレーの収容者は、「反省し、再犯の可能性が低い」と判断されれば解放され、裁判まで行く者は中々いない。その中で、設備の整っている東京拘置所に収容される奴は特別だ。

 フリー記者の瀬間は、ある人物に会うために東京拘置所まで来ていた。その人物は反政府の急先鋒であり、転移前の暴動を煽った中心人物の一人である。


「お久しぶりです。」

「瀬間か、久しぶりだな。」


 瀬間は彼に面識がある、というより同じ記者仲間だった。

 霧が発生する前は海外での活動も行っていたが、時が経つにつれて2人には大きな違いが見られるようになる。瀬間が物事の裏まで追及したのに対して、彼は顧客が求める事を追求するあまり、公平性よりも社会の理不尽を顧客と共に弾劾してしまったのだ。

 意志の強い彼は自身の非を一切認めることなく、「暴動の結果は最初から仕組まれていた」と主張し続けている。


「ついに憲法改正まで行ってしまったか。」

「現政権は改憲反対だし、改憲は無いだろう。」

「お前の見立ては? 」

「五分五分だ。どっちにも転ぶ。 」

「・・・頼んだぞ。」

「俺は、そこを取材して食っているんだぜ? 」


 久しぶりに会う彼は、当時の意欲が全く衰えていなかった。芯の強いヤツと思っていが、ここまで強いと暴徒に担ぎ上げられたのも頷ける。ただ、彼を拘置所から救い出そうと動く者はもういない。


「海外の動きはどうだ? 中国辺りが動いているはずなんだが。」

「あぁ、それだったら・・・」


 彼は日本が転移した事を信じていない。

 テレビ、新聞、支持者、弁護士、あらゆる情報元から伝えられたにもかかわらず、「あり得ない」「馬鹿にしているのか」「稚拙な国の陰謀」と全く信じる事は無かった。今では彼を救い出そうとする者は国選弁護人のみである。

 「国の陰謀は当たっているかもな。」

 転移して7年経過しているが、未だに裁判が続けられている。国は、彼のような者を「取り残された者」にしようとしているのだろう。


 俺は、彼の元気な姿を見られたので拘置所を後にする。

 拘置所周辺では、「不当な拘留」と早期解放を訴えるデモが行われている関係で、外部の者が施設に入る場合はランダムに指定された警察署から護送車で出入りする方法がとられていた。


「裏で無色が動員しているにしても多いな。」


 平日にも関わらず、拘置所までの道を封鎖しようとしているデモ隊は中々の数で、機動隊による排除が間に合っていない。

 経済破綻、世界大戦に入ろうとしている国際情勢、現政権への不満から、「戦争の絶対回避」「全国民の安全」を声高高に掲げる「無色の派閥」へ無党派層が一気に流れ込んでいた。支持者らは生活水準の向上を訴えているが、戦争へ巻き込まれることを最も嫌っている。最大与野党は既に戦争ありきで国会を進めているため、「軍備よりも対話」を訴える無色の派閥に支持が集まっているのだろう。


「奴等の中身を知ってて支持しているのなら、末期だな。」


 無色の派閥が掲げる戦争回避や経済回復は、国内の現状と国際情勢を少しでも知っていれば絵空事だと分かる。そもそも、構成議員は与野党内で居場所の無くなった者や政権批判しか能のない者が大半で、過激派の息がかかった者もいる。

 何時も夢みたいな目標を掲げて支持者を集め、政権に不満を持つ国民の支持を得るために過激な言動で政権側を批判して対立構造を生み出す・・・奴等が政権を取ったところで何もできない原因はこれだ。


 瀬間は関係者への取材から、こんな時代だからこそ必要な組織が機能していない事を嘆く。その組織とは労働組合であり、組合が支持母体の議員達である。組合が大きな力を持っていた時代、当時の組合と国会議員達は何をしたか・・・それは労働者が不利にならないように、巨大与党に対抗する党を起ち上げて不利になる法律ができるのを阻止していた。

 表面だけ見ると良く見えるのだろうが、彼等は国際情勢と日本が置かれた立場から目を背けて、あるいは分かっていたにもかかわらず、夢のような目標を掲げて権力に対抗するためだけの組織を続けてしまった。

 結果は、労働組合の歴史と現状を見ればわかる。守るべき労働者を守らず、産業を潰し、労働組合の存在意義を大きく失わせた。


「今の正社員で労働組合に入る意義と意味を理解している者はどれだけいる? 」


 これは今だからこそ「もっと良い方法ができた」と言えるのではなく、当時でも不可能な事ではなかった。批判だけするのではなく、ただ権利を主張するのではなく、「広い視野を持って少し考える事」「権力側にも協力する事」をすれば、どれだけ労働者の待遇改善と地位向上ができたのか?

 それで組織が変わればまだよかったが、未だに末端まで同じことを続けている・・・

 いくら取材結果を報道しても変わらない社会に対する失望と、自分の不甲斐なさに愚痴が多くなってしまう。


 瀬間は2人目の取材場所に到着する。今日はこれが最後の取材だが、人気のない事務所に入った途端に警備員によるボディーチェックが行われ、身分の入念な確認が行われた後、ようやく事務所の奥へ案内されて目当ての人物と会えた。


「はじめまして。」

「あの時は助けていただき、ありがとうございました。」


 瀬名の取材相手は、アスラ警備保障の女性幹部だった。


「瀬間です。」

「仁科真月です。」


 あの時、瀬間とゆっくり話す事すらできなかった彼女は、この場で自己紹介する。

 アスラ警備保障の幹部へ取材を行えた事例は、瀬間が知る限りない。彼女を取材できた切っ掛けは2週間前、過激派に襲撃されていた彼女を助けたことである。アスラ警備保障は銃火器の保有を許され、重要建造物や人物の護衛、怪物の駆除を行っていたが、持っている銃を過激派に狙われる事件が相次いでいた。

 あの日、独自の情報元から過激派の襲撃を察知した瀬間は、襲撃地点で張り込みを行っていた。そして、走行中のアスラ警備保障の車両が前後をトラックで塞がれた挙句、右側から猛スピードで走ってきたダンプに衝突され、横転した現場を押さえる事に成功する。

 警備会社の車両は装甲車両だったが、土を満載した無人ダンプの衝突には耐えられるものではなく、車両からは負傷した警備員が脱出してうめき声をあげていた。過激派が車両を取り囲んで武器を奪おうとしたところ、彼女が車から出てきて激しく抵抗して過激派を寄せ付けなかった。

 ここで瀬間は違和感を覚える。あれだけの衝撃を受けて、なぜ彼女は動けるのか? 銃を使うことなく取り押さえようとしているのはなぜか? そして・・・


 瀬間はせっかくの特ダネを捨てて警備員の手助けを行う。この日はテレビ局の知り合いが報道ヘリでリポートを行っている事を知っていたため、連絡を入れて襲撃現場の真上に来てもらったのだ。過激派は付近の警察の警戒をしていたものの、報道ヘリまでは考えていなかったようで、カメラで映されている事を知った過激派は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


「早速ですが、国民情報を教えていただけますか? 」

「はい、どうぞ。」


 2人は互いの携帯端末で名刺交換を行う。


仁科(にしな)真月(まづき)さん。確かに本名ですね・・・これは驚きました。」

「何か? 」


 名刺には最低限の情報が記載されているだけだが、簡単に渡すということは俺が国民データバンクの閲覧権限を持っている事は把握していないようだ。


「紅白の国民カードは始めて見ます。」

「・・・えっ?! 」


 穏やかだった彼女の表情が一気に変わる。


「言っていませんでしたが、私、国民データバンクの閲覧権限を持っているんですよ。」


 全国民のデータが記録されている国民データバンクは、不正アクセス、不正閲覧を行った時点で殺人に匹敵する犯罪である。はっきり言って、フリーの記者が持っていていい権限ではないが、瀬間は大物国会議員など、国の権力者が信頼を置いている数少ない記者であり、「公平な報道」のために権限を与えられていた。

 勿論、暗黙の了解として、この権限を持っていることは他人に話して良いものではない。しかし・・・


「通常、話してはならない事ですが、鴉天狗の方に取材するのですから当然です。」

「そんな、そこまで・・・まさか襲撃も! 」

「えぇ、事前に察知していました。あの特ダネを同業者に譲ったのは、貴女を見たからですよ。」


 身長150センチほどの小柄な女性が、襲い掛かって来た男達を次々にねじ伏せる光景を見れば、取材を申し込みたくもなる。報道ヘリを呼んで手助けしたことで今回の単独取材ができたのだ。


「貴女の強さ、ヒトと妖怪のハーフなら納得がいきます。」


 転移以降、国は新たな環境に即した法整備を行っている。巷では憲法改正が騒がれているが、それよりも重要な法律が次々に作られ、又は改正されてきた。その中には国民番号カードの変更もあり、種族欄が追加され、ヒトが白、妖怪が紅といった具合にカードの色分けがなされている。

 彼女は紅白なので、ヒトと妖怪のハーフと分かる。そして、種族欄は・・・


「人狼ですか・・・私の持つ情報では、北関東で大規模な駆除が行われたとあります。仁科さんも参加されたのですか? 」


 人狼はワーウルフともウェアウルフとも呼ばれる。普段は人間と変わらない生活を行っているが、人目につかない場所で狼の化け物に変身して人間を襲う妖怪だ。

 狼と言う事で蜀の白狼族と関係があると考えてしまうが、白狼族は獣人であり、この世界では人間に分類されている。一方、人狼は妖怪である。見分け方は簡単で、白狼族が人間に近い見た目をしているのに対して、変身した人狼は獰猛な怪物と見えるらしい。更に言えば、人狼はヒトも獣人も捕食対象にしている違いがある。

 人狼は転移後も変わらない生活を送っていたことで、警察も実態把握が中々できずに大きな被害が出ていたようだが、情報統制で詳細までは分かっていない。

 この取材で少しでも分かればありがたいのだが・・・


「・・・その質問にはお答えできません。」


 まぁ、そうなるな。

 取材対象者が身構えてしまっているので、瀬間は話題を変えて可能な限り情報を聞き出してゆく。


「大学に通いながら警備員の仕事をするなんて、かなりハードですね。」

「はい。ですが、私にしかできない仕事があって、私が頑張ればみんなの負担が減る事になりますので、やり甲斐があります。」

「危険なお仕事と思います。何故、この仕事を選んだのですか? 」

「それは・・・私は正しいと思った事をしているだけです。」


 瀬間は話を聞く内に、彼女が正義感の強い人物である事を知る。仕事を仕事として割り切っている感が無く、自身がやらなければならない事として認識している。大人しそうな印象の彼女だったが、芯はしっかりしたものを持ち、確固たる自分の正義を持っているのだろう。


「ご家族の事を教えていただいても宜しいですか? 勿論、許可が得られなければご家族に取材は行ないませんし、記事にすることもありません。話し辛い事でしたら、話さなくてもかまいませんよ。」


 今度はちょっとプライベートに踏み込んだ質問をする。瀬間の持っている権限では家族構成まで見れないため、確認しておかなければならない。


「家族は父と兄がいます・・・」


 父親が男手1人で兄妹を育てて、兄は記者になるべく上京、ふむふむ、なるほど・・・ん~?


「あの、お兄さんの名前は・・・」


 瀬間はどこかで聞いたことのある話に、部下の名前を出してしまう。


「はい、そうですが、瀬間さんは兄と知り合いなのですか? 」


 やられた。俺は、よほどのことが無ければ身内を記事にしない。やはり、俺の身辺を調べ上げた上で取材を許可したのだろう。


「そういうことです。」


 態度に出てしまったのか、奥からもう1人の女性幹部が現れる。


「貴方はこれ以上余計な詮索をせず、当たり障りのない記事を書いて会社を宣伝してくださればいいの。」

「はじめまして。私はフリーの記者をしています瀬間と申します。」


 本命の登場に、瀬間は名刺交換を行う。互いにタブレットを近づけるが、瀬間は自分よりも身長のある彼女に圧倒される。


峰岸(みねぎし)恵梨香(えりか)さんですね・・・もう一つ身分をお持ちのようですが、教えていただけますか? 」


 瀬間は直ぐにデータベースで調べて、彼女に国民情報が2つあることに気付く。1人で2つの国民情報を持つ存在、それは瀬間が追っていた鴉天狗構成員の特徴と一致する。


江崎(えざき)依瑠(える)よ。」


 彼女が自身の名を話した時、一瞬だが周囲の警備が反応する。彼女の行動は当初の予定にはなかったようだ。

 瀬間が国民データベースの江崎依瑠を確認すると・・・


私達(鴉天狗)にも事情があるのよ。」


 峰岸恵梨香が白色の国民カードに対して、江崎依瑠は紅白の国民カードだった。

ノクターンの主人公をここで出しておきます

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