戦場のひよこ達 その6
蜀、東部国際空港
東城における空の玄関口となっている国際空港は、瘴気内と大陸間交易で使われてきた歴史ある空港であり、飛行艦が発着するために広大な離発着場と係留施設を有している。現在は広大な離発着場を滑走路に転用して日本からの旅客機を受け入れる空の窓口となっているが、民間空港にもかかわらず、軍用機にしか見えない機体が駐機されていた。
「AC-130じゃないか。」
「スゲェ、何時の間に作ったんだ? 」
「あのマークって、警備会社のだよな。」
蜀へ派遣されているビジネスマン達は、新鋭機の話題で盛り上がる。
「あれも、貴社の製品ですか? 」
「私は輸送機を担当していますが、攻撃型は部署が異なります。」
「まさかあんな物まで待っているなんて・・・」
ビジネスで来ている日本人は軍事関連メーカーの人間が大半を占めているため、新しい装備を見ると互いに情報収集と共有が自然に行われる。彼等の顧客はほぼ日本政府だが、輸出許可が出た後を見据えて蜀や倭国、民間企業へも売り込みをかけていた。
商売をする以上、利益が見込める顧客の囲い込みは重要であり、各社でしのぎを削っているのである。ただ、その中でアスラ警備保障は異質な存在だった。
「アスラの装備は多くが自前だろ? なんだって今頃・・・」
「流石に航空機までは作れなかったんじゃないか? 」
一体どこから攻撃機を購入する資金が出てくるのか? 何故これ程の武装を政府から許可されているのか? この場にいる人間に知る者はいない。
「おっ、人が降りて来た。」
「あれって、幹部だよな。始めて見た。」
XAC-130からは2人の女性幹部を護衛するように、周囲を4人の警備員が取り囲みながら歩いてくる。その光景に、彼等を民間人と見る者はいない。
「ところで、何故幹部と分かったのですか? 」
「うちが制服を納入しているんですよ。女性幹部用の制服は資料で見たことはありましたが、実物は始めて見ます。」
アスラ警備保障の女性幹部用の制服はかなり奇抜なデザインである。見る人間が見れば、宇宙世紀を舞台にしたロボットアニメに出てくる公国軍の制服を思い出すだろう。
「私は何度か会った事がありますよ。」
「マジっすか! 」
「今度紹介していただけますか? 」
アスラ警備保障は女性の少ない職場であり、女性幹部と接点のある者はほとんどいなかったため、多くの者が接点を求めていた。
南海大島、中央部
軍が解体されて以降、南海大島の治安維持は占領軍が行ってきたが、蜀と倭国は早々に軍を引き上げてしまい、日本にとって大きな負担となっていた。日本の国土とほぼ同じ面積を1国でカバーできるはずもなく、南海鼠人の再武装を許可して郷土防衛隊が組織されることとなる。
島の中央部には昔から使用されていた軍事都市があり、郷土防衛隊は生き残りの軍人を教官として新兵の訓練を行っていた。
「この、馬鹿者が! 」
教官室に呼ばれた新兵達に容赦のない鉄拳が撃ち込まれてゆく・・・
「風紀の乱れから軍が崩れるんだ! 次やったら隊から叩き出すぞ! 」
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新兵達は教官室から兵舎へと戻ってゆく。
教官の鉄拳を受けた者は6名で、その中にユースとキドの兄弟も含まれていた。
「いてぇ。」
「これは、とうぶん響きます。何が悪かったのでしょうか。」
顔を腫らした兄弟は大失敗の原因を今まで考えていた。
「近づきすぎたんだ。」
「逃げ道も悪かった。」
「相手が対策していたのに気づかなかったのは、情報収集のミス。」
「顔が腫れて前が見えねぇ・・・」
6人がそれぞれミスを指摘し合った結果、今回のミスは総合的に杜撰な作戦によるものと分かる。
「見つかるのは想定内だったけど、振り返ってみると全部の考えが浅かったと言う他ない。こうなるのは、当然だね。」
キドの言葉に誰もが痛い所を突かれる。6人は大成果を目の前にして、準備を怠ってしまったのだ。
6人の新兵が一体どんな不祥事を起こしたのか? それは「風呂の覗き」である。
それぞれが、情報収集、ポジションの確認、侵入経路と逃走経路の確保、バックアップ、指示、と役割分担して行ったのだが、そこは警戒心の強い南海鼠人で、1回目で気付き、2回目にして罠を設置して6人を一網打尽にしたのだった。
「いい度胸ね。」
「覚悟はできているんでしょう? 」
取り押さえられた6人は、女性兵士達の気が済むまでボコボコにされた挙句、教官の鉄拳を受ける羽目になる。
「やっぱ鼠人は強敵だった。」
「警戒心強いもんな。俺達は捕まったけど・・・」
「妖怪の方が簡単だったなんて意外だよなぁ。」
6人は孤児院にいた時からの常習犯だった。彼等は「偵察」と称して野外の風呂へ出動し、ターゲットは見境なく、人間も妖怪もお構いなしに命がけの覗きを行っていた。
偵察を行う上で、多くの者が上位種族のターゲットが高難度と思うだろう。孤児達も同じ考えだったが、実際はその逆で妖怪よりも南海鼠人の方が難しかった。
「妖怪の方が簡単だったなんてな。」
「思い返してみると、合点がいきます。」
「何が? 」
キドは今までの経験と書物の知識から考察を行う。
倭国では入浴に関して混浴の文化があり、見られることにそれ程抵抗が無かったのだろう。
「ん? それじゃ日本人はどうなんだ? 」
「そこはまだ確証は持てませんが、利子さんに関しては分かります。」
「あの鈍間な日本人か? 」
「利子は逆に警戒心無さ過ぎだったな・・・」
キドは親しくなった日本人の一人、赤羽利子について独自の考察を話す。
倭国の妖怪は一定の範囲まで近づけば何かを感知するのに対して、利子は近づき放題、見放題であり、数いるターゲットの中で最も簡単な相手だった。
「ズバリ、大妖怪の余裕ですね。」
通常、生物は無防備となる状況は極力避ける方向にある。しかし、入浴といった衛生習慣は病気予防の観点から避けては通れず、歴史上捕食されてきた南海鼠人は入浴時に警戒心が強くなっていたのである。一方、利子は南海大島で生態系の頂点に君臨していることから、警戒などする必要が無い。それを証明するように、彼女はドラム缶風呂の温度が上がり過ぎた時は、何も身に着けずに風呂から出て、満点の星空を見上げて喜んでいたほどだ。勿論、面と向かって行えば流石の利子も怒るだろうが・・・
「ちょっと待て、それじゃ小百合って日本人は何なんだよ。」
「小百合さんの事は分かりません。」
「偵察」の難易度が一番簡単な利子に対して、白石小百合は最難関ターゲットだった。倭国の妖怪は森に潜んでいても20m付近まで近づけば何かを感知するが、小百合はどんなに距離をとってもキド達を探知していた。
唯一成功例の無いターゲットに対して、キド達は先輩方が日本の倉庫から「調達」してきた超望遠レンズを搭載した望遠鏡を使用して、風呂から300m離れた位置で偵察を行ったものの、望遠鏡を覗いた先には、バスタオルで体を隠した小百合が睨み付けていた。
「嘘だろ? 」あまりにも現実離れした状況に、妖怪以上の恐怖すら感じたものだ。
次の日、菊池に呼び出されて「偵察」を注意されたが、望遠鏡の事を知らない菊池は、300m彼方からの覗きを、怒るに怒れなかったエピソードがある。
「捕食される側が警戒心強いなら、あの日本人は俺達より弱いのか? 」
「そんなわけあるかよ。」
キド達にとって、何時も視線が鋭い小百合は苦手だったが、ナギの歴史を知らない彼等は小百合の異様に強い警戒心の理由は分からなかった。
日本国某所
既に専用の執務室となっている留置所で、トライデントは再編された「軍」の人事に頭を悩ませており、特に倭国への侵攻で指揮をとる者を誰にするかで答えが出ず、ラドムとネット会談を行っていた。
「総司令官はバランスのブラッドレーか速攻のコリンズか・・・パットンも候補だな。」
「侵攻部隊の指揮でしたら、ルシファー様がとられます。」
「ルシファー? 聞いたことが無いのだが、一体何者だ? 」
ラドムの呆気ない返答に、トライデントはその人物について尋ねる。
「・・・てっきり、ご存知かと思っていました。現在はルシファーを名乗っておりますが、ミカエル様です。」
!!
その名を聞いてトライデントの心拍は一気に跳ね上がる。
「生きていたのか。」
「はい。ミカエル様が指揮を執っていただければ、失敗はあり得ません。」
死神「ミカエル」。圧倒的な戦場把握能力で倭国軍相手に無敗を誇った生ける伝説・・・次期鼠人王候補に挙がる前に、鼠人王によって山岳要塞へ異動させられていた。連合軍の侵攻時は3日で落とされると予想されていた山岳要塞を3週間も持たせ、撤退後も遊撃戦を行うことで輸送ヘリを3機も落とす大戦果をあげている。
ナバホにいた時に戦死報告を受けたが、死神が死ぬわけなかったか・・・
奴が指揮をとるなら、作戦は成功間違いない。しかし、「あれ」は王の素質を持つ唯一の南海鼠人で、大人しく言う事を聞くような駒ではない。内々に処分するか? いや、成功の確率は低くメリットはないだろう。
「それは良かった。軍を頼むと伝えておいてくれ。」
「はっ! そのように・・・」
通信を終えたトライデントは、直ぐにある人物へ電話をかける。
「はい、私です。」
「忙しいところ悪いな。お前の悪事に役立つ、いい駒が見つかった。」
トライデントは、コクコへミカエルを紹介するのだった。
戦時に両親を失い、泣いていた兄弟達は復讐を誓うも、エロガキに成長しました
ミカエルは最強の南海鼠人です




