倭国侵攻準備
日本国、神奈川県横須賀市、米海軍横須賀基地
米軍は黒霧発生に伴って大幅な縮小が行われ、日本全国で基地が縮小されていた。
日本が黒霧に飲み込まれると判明した当初は、戦闘艦を含む高価な艦艇を全て本国へ引き上げる予定だったが、黒霧への接触事故や予期せぬ故障によって、どうしても動かすことのできない艦は置いていく他なく、黒霧に包囲されてからは旧式イージス艦2隻、原子力潜水艦1隻が米海軍の全戦力である。
残された軍人達は国防総省の命令で在日米軍として日本に駐留することとなり、航空機でも脱出できなくなっていた彼等には、日米間で本国への帰還プロジェクトが起ち上げられた。その方法は運搬船「コウノトリ」の後継機を改造した有人宇宙船で宇宙ステーションへ送り、宇宙から帰還させる方法であり、帰国を希望する者達の心の支えとなった。
日本に閉じ込められた米国人の中には自暴自棄に陥る者も出たが、本国から伝えられた「数年後の帰還」に希望を抱いて待つことで、最悪の事態は回避される。しかし、絶妙なバランスによって持ちこたえていた米軍は、転移の混乱が収まって自分達の置かれた状況を認識してからは、崩壊の一途をたどっていた・・・
世界は変わってしまった。
港に自軍の艦は数えるほどしかなく、代わりに海を埋め尽くすように日本の艦が係留されるようになり、極東防衛の要だった頃の面影は最早ない。
基地の一角にある建物で、在日米軍のトップ「ウルフウッド」はシャーロットの艦長と面談を行っていた。
「前にも言いましたが、私は日本人として生きる気はありません。」
シャーロット艦長のウルフウッドは、自身の父でもある在日米軍司令官に意思を伝える。
司令官は軍人軍属が大半を占める米国人をまとめ上げ、進むべき道を示しつつも、個々の意志を尊重していた。日本国内にいる米国人は軍人か専門の知識を持っている者がほとんどであり、多くが日本国と企業にヘッドハンティングされる過程で日本へ帰化している。日米同盟によって身分は保証されているものの、配給社会となっている日本では日本国籍を有した特殊技能者への待遇が格段に良く、家族を養うためにも帰化する者が相次いでいたのだ。
母国には永遠に帰れず、現在の社会情勢から「国の再建」も不可能であり、米国人の消滅は時間の問題となっている。司令官は息子へ何度か帰化の話を振ってみたのだが、彼は頑なに拒み続け「他国の軍に入るつもりは一切ない」と、意志は固い。
「我々は自己と同盟国の防衛を理由に動いているが、私が代理として動かしているに過ぎない・・・後は頼んだぞ。」
「気に入りません。日本人の茶番に付き合う必要はないでしょう。」
司令官は転移直後の混乱も柔軟に対応して軍の結束と士気を保ってきた。軍人としても父としても尊敬に値する人間である。そんな彼に、日本の影が頻繁に接触していたことを早く気付くべきだった。
シャーロットの黒霧接触個所を修理するはずが、司令官の判断で追加装備の工事まで行われ、修理完了と同時に霧の外への輸送任務を言い渡されれば、不審に思わない者はいない。
特殊作戦・・・あの日、シャーロットとシールズへ極秘の輸送任務が言い渡された。任務は倭国から紅魔石と呼ばれる禍々しい石を、黒霧を抜けてパンガイア大陸まで輸送し、現地協力者に引き渡す事である。転移して来た全ての人命にかかわる重要な任務であり、失敗は許されないとの事だったが、司令の真意までは分からなかった。
霧を抜けられる技術を日本が保有していたことは意外だった。黒霧探知機は日倭共同開発で、小龍と呼ばれる怪物の感覚器官を取り出し、機械に繋げてモニターに表示する異質な兵器である。
倫理観のかけらも感じられない装備を極秘で開発していたことが分かり、ウルフウッドは日本側への警戒感を強めたが、周辺国との関係と潜在的な敵国への対処と考えれば納得がいく。
日本は本気で国防を考え始めたと言う事だ。
シャーロットには、黒霧探知機の整備要員として日本人と倭国人の技師が乗り込んできたが、魔石の受け渡しはシールズが行う事になっていた。これは、受け渡しで襲撃を受けた際に対応ができる部隊がシールズしかいなかった事にある。受け渡しは無事に行われたものの、シールズの隊員達は受渡場所に現れた暗殺教団と終始一触即発だったという。
この任務に一体どんな意味があるのだろうか? ウルフウッドがその意味を知る頃には、全てがなし崩し的に動き始める時だった。
蜀、西部地区
広大で手付かずの土地が広がる西部地域では、大規模農場が各所でつくられ、新しい街が幾つも生まれていた。その中で、農地にも住居にも適さない土地は軍の演習場として活用され、連日訓練が行われていた。
西部射爆撃場では、日本から大量に供与されたFH70を装備する砲兵隊が昼夜を問わず砲撃訓練を行い、蜀軍に紛れて陸上自衛隊の新規部隊も高頻度で訓練を行っている。蜀人の多くは教養が行き届いていないことで、日本人に比べて教育速度に遅れが出ているが、様々な訓練を行うことで着実に練度は上がってきている。
自衛隊における特科の増強は転移直後から突貫で行われ、現在は更に加速している。その理由は言うまでもなく、余りにも貧弱な長距離、中距離の砲撃力向上が目的である。
半魚人達の大規模襲撃は準備する間の無い出来事だったため、地上部隊が十分な支援を受けられない戦闘が続発し、支援部隊も弾薬の備蓄が底をついたことで、支援箇所を絞らなければならなかった。特科の砲撃、空自の空爆、海自の砲撃支援など、使える支援攻撃は全て使っていたものの、数年に渡る戦闘を想定していない備蓄量から、空自は戦闘機による機銃掃射、海自は爆雷や魚雷による上陸前の攻撃を行うなど、怪物たちの巣を破壊するまで苦しい時期が続いていた。
現在は大幅に増強された弾薬製造ラインがフル稼働しており、戦闘地域と蜀へ砲弾を供給し続けつつ備蓄が行えるまでになり、兵器生産ラインからは各種兵器が24時間吐き出されている。防衛出動が出されたことで、年間兵器調達数は生産能力の上限まで引き上げられているが、ここまで兵器が量産されている背景には、実戦のハードコンディションによって経年劣化した兵器が一気に破損した事が理由にあった。
「自衛隊は物持ちが良い」と言われるものの、経年劣化した兵器をだましだまし使っていたのが実情であり、突如発生した実戦でそれが露呈していた。砲身命数に到達する前に折れる砲身や、小銃の不具合、戦車や装甲車両の足回り、ヘリや戦闘機の消耗部品etc。在庫や予備は直ぐに底をつき、日本全体の防衛力は一気に低下してしまった。
低下した防衛力を回復し、且つ、増強するためには兵器の大増産が必要不可欠だったのだ。
転移から6年、経済に組み込んだ戦時増産体制は既存の兵器の他、様々な兵器の導入に繋がっていた。M119榴弾砲もその中の一つで、空挺特科の強化として防衛出動が出されて直ぐに開発が始まった装備である。元はイギリス製の榴弾砲を米軍が改良した装備のコピーだが、陸自が更に改良を加えている。空挺特科が装備する砲は120㎜迫撃砲だったため、かなりの強化となるものの、コピーに時間がかかっているM777が完成次第、順次置き換えられる予定となっていた。
空挺特科は発想自体先進的であり、他の部隊と上手くかみ合うと絶大な効力を発揮するが、実際に運用するとなると非常に難しい。そのため、空挺特科だけでなく組織全体での訓練が重要となる。
広大な演習場で、CH-47JAの編隊が山間を縫うように飛行し、険しい地形の僅かなスペースに榴弾砲と隊員を下ろしてゆく。隊員は素早く陣地を構築し、すぐさま目標に向けて砲撃を行う・・・GPSが内蔵された砲弾は、ほとんど誤差なく標的の74式戦車に命中した。
「命中、撃破」
ドローンを動作する観測員がリアルタイムで効果を報告する。今までは観測用のヘリか偵察機が行っていたが、現在はすっかり無人機やドローンの仕事となっている。
空挺特科が短時間で敷いた砲陣地は、指定された目標を次々に砲撃していたが、突如として撤収の命令が入り、隊員は大急ぎで空輸の準備が進められる。砲撃後の移動は砲兵の基本であり、敵地の奥に陣地を敷く空挺特科には、特に必要とされる技術である。
空挺特科の目標は多くが残っているが、今日の訓練はこれで終わりではない。これらの目標を攻撃する新兵器が控えていた。
射爆撃場の上空には、1機のC-130輸送機が旋回していた。C-130は転移前の黒霧に囲まれる前に米国債で一通りの技術移転を済ませていた機体の1つであり、転移後に周辺国が確認されてから量産が行われ、蜀への供与機体にも選ばれている輸送機である。
地上から遥か上空を飛行する機体を見るにはただの輸送機と変わらない見た目をしているが、この輸送機が運ぶ物は、敵地上部隊への砲弾の雨である。
XAC-130
C-130に重武装を施し、米軍の機体とほぼ同じ運用を想定して開発が行われている試作ガンシップである。しかし、武装やその他の装備は全く同じではなく、20㎜ガトリングは旧式護衛艦から、40㎜機関砲の替わりに35機関砲を、主砲は74式戦車の砲を流用している。
試作機は4機製造され、それぞれが改良を行いながら戦力化される予定となっているものの、早々に問題が見つかっており、開発は前途多難である。
試作機は空自に納入されてから1機が民間へ供与されているが、今回射撃試験を行う機体は民間軍事企業に引き渡された機体であった。
「射撃開始! 」
「射撃開始・・・」
2人の女性ガンナーは、複数ある目標の内、特定の目標を選んで攻撃を行う。
「目標殲滅完了。」
「了解、RTB。」
まだ目標は残っているにもかかわらず、ガンナーは一方的に任務完了を宣言し、パイロットは基地へ進路を変える。その手際を見ていた名も無き組織の職員は、カムフラージュされた目標を全て見抜いて破壊したことに驚きを隠せない。
「素晴らしい。ダミー以外の目標をここまでピンポイントで破壊するとは・・・」
「当り前です。私達はナギですよ。」
「この程度の魔力波を見逃すナギはいません。」
効果を確認するために搭乗している名も無き組織の職員へ、ガンナーを務めるアスラ警備保障の女性幹部が答える。
日本初となる民間軍事企業、「アスラ警備保障」には裏の顔があった。
関東の鴉天狗と、その上位組織「八咫烏」が創設したアスラ警備保障は、来る倭国攻撃に備えて訓練を重ねていた・・・
鴉天狗の元ネタですが、隠す必要もないですね
公安にマークされていますが、手を出すに出せない組織です
ノクターン版では公安の職員が犯罪組織を使って鴉天狗を追い詰めていく話を書いています