外交交渉
私は、この力を最初から持っていたわけではない。私が使える妖術の大半は見よう見まねで覚え、日々練習を行うことで身につけた。
力を付けた私は世直しを考えた時もあったが、自分の考えが誤りであることに気付くのは、それほど時間はかからなかった。
世の中は正義によって動いてゆく。正義を遂行するためには、必ず悪が必要となる。
何が正しくて何が間違っているのかは問題ではない。互いの正義がぶつかり、勝利した方が正義であり、負けた方が悪なのだから・・・
「うぅぅ・・・」
「痛ぇ」
相手は大妖怪ですらない、ただのチンピラだ。ちょっとした妖術と体術があれば簡単に制圧できる。
稲飯聖那は床に転がる悪漢達を尻目に、リーダー格の男まで歩いていく。
「人攫いなんか辞めて、真っ当に働いたらどうです? 」
「騙しやがって、その胸は、詰め物だったのか・・・」
ガシッ
聖那はリーダーの頭を踏みつけて倉庫を後にした。
確かにちょっと激しく動いたことでズレてしまったけど・・・男というものは何故こんなにも馬鹿なのだろうか?
トラブルはあったものの、聖那は待ち合わせ場所の倉庫に到着する。既に先方は到着していて、直ぐに会談は始まった。
聖那は名も無き組織が送り込んだネゴシエーターであり、組織と同心会を繋ぐハブの役割も担っている。彼女は外務省内でも最近になって頭角を現した人物であり、名も無き組織に登用されるまでは彼女の存在を知る者は誰もいなかった。
2週間後、サマサ
大陸連合国と3回目の会談が行われようとしていた。
「また奴か、相手を変えられんのか。」
白狼族の外交官は、魔法封じの首輪を強制するグェンを心底嫌がっているが、彼の思うツボにはまっている。そんな事だから、蜀は高官を投入しても成果が全く得られていない。
コクコは参加者の顔色を伺いつつ、会場の雰囲気から情報を吸い上げていた。
「今回は個別会談が予定されていますので、その時に異なったアクションがあると思います。」
日本側のトップ、福島は今回の個別会談のために、かなり根回しを行っていたようだ。相手が何処まで求めているのか、何処に食い込めるか、この会談ではっきりさせるのだろう。
「どうやら準備が出来たようです。行きましょう。」
私は倭国側のトップとして今回から参加となる。
この会談の肝は後半の個別会談だろう。大陸側はあらゆる方法で各国を揺さぶってくるはずだ。前回の会談までに相手の目的は概ね把握できたが、裏側までは確信を持てていない。そこを聞き出すために十分なカードを用意して挑んでいた。今回の会談は外交だけでなく、あらゆる重要な予定が確定するのだ。
コクコは心地よい緊張感に包まれながら、真剣勝負の場へと向かうのだった。
会談は概ね予想通りの展開となる。グェンは日本へ送った偵察機の件で説明を求め、魔石価格を決めかねている蜀には魔石運搬船の拿捕という形で揺さぶりをかける。
「船はそちらの国際法に則って沖合で待機していたのだぞ! 拿捕だけでなく、積荷の没収とは何の権限があって行ったのだ! 」
「私の権限で行った。瘴気の外に来たのなら、私が法だ。貴様らの子供遊びとは違うのだよ。」
「ふざけるな! 大陸は、この300年で蛮族にまで退化したのか! 」
「程度の低い文明相手に、会談の場を設けてやった事自体光栄に思え! 」
「落ち着いてください。ここは罵り合う場ではありません。」
「魔族は黙っていろ! 」
場を荒らすのが相手のやり方だとすれば、今の状況は相手のペースということになるため、コクコは一旦リセットをかけた。リセットは2回目で、1回目は質問をのらりくらりとはぐらかす福島にグェンが激高した時に行ったが、その時からコクコはグェンに睨まれていたようだ。
「小休止を挟み、互いに情報を整理した方が良いと・・・」
コクコが発言した瞬間、グェンは水の入っているコップを彼女に投げつける。
全く想定していなかったのか、または、敢てそうしたのかは分からないが、コップはかわされることなくコクコの額に直撃した。
硬質クリスタルのコップは重量、強度共にあり、鈍い音を立ててコクコに命中した後、床に落ちても割れる事は無かった。
「おぉ! 」
「何と・・・」
瘴気内の参加者だけでなく、グェンの周囲からも驚愕の声が漏れる。
「魔族が・・・許可するまで口を出すなと言っただろう。」
額から血を流すコクコは、会釈だけを行う。
高圧的な態度、実現不可能な要求、有り得ない仕打ち、この会談が実質的な最後通牒に繋がることを瘴気内国の参加者は実感する。
個別会談で、グエンは蜀と日本へ離反を促すように働きかけた。
蜀は魔石価格の最低値を示し、価格に満足したグエンは国体の維持を認める代わりに連合国へ加わるように持ち掛ける。
日本へは、移住先の安全を確保することを条件として、開戦直後に全面降伏の密約を迫った。既に本国は死者の国を完全に無力化する方針を決めており、グェンでは開戦の時期すら変更できない立場にある。これが、日本国にとって一番被害の少ない選択肢となるだろう。
「では、技術提供は何処に行えばよろしいでしょうか? 」
「それは追って説明する。」
「こちらも準備がいるのです。どの組織に優先すればよろしいのでしょうか? 」
そう言うことか・・・高度な科学技術の習得は国際協調となるだろう。しかし、他国に先駆けて利用できれば、あらゆる分野で先手を取れるため、アーノルドとスーノルドで荒れるのは目に見える。これは、上の判断が必要だ。
「よかろう。移住地の安全確保と食料供給は5年間行う。それまでに新しい国を作るのだ。」
「そこをお約束して頂けたのは大きな成果です。」
グェンと福島の会談は蜀の倍以上の時間をかけて行われた。
グェンの思惑は功を制し、蜀と日本に大陸側へ大きな譲歩を引き出すことに成功する。そして、倭国とは2国間協議を行わなかった。
「同じ土俵にも立たせてくれませんか・・・」
コクコは2国間協議を提案したものの、グェンによって会談自体が終わってしまい、倭国は何一つ成果を得られなかった。
帰路、外務局の職員が速報を本国へ送る中、コクコは今回の成果を反映させるべく行動に移っていた。今回の会談で分かった事は、倭国も神竜、神竜教団と同じ攻撃目標となっているのが確定したことだ。恐らく、初回の会談で示された要求以外、譲歩は一切ないとみて良い。
アカギ討伐は待ったなしの状況にある。大妖怪の引き渡しはアカギがいる限り同心会やシンパの者どもに徹底抗戦されるだろう。開戦後に他の魔王がアカギを討伐して意思を表明したのでは遅すぎる。戦争で日本が敗れた場合、間違いなく大妖怪は駆逐されるだろう。
最悪の状況にも対応できるように手を打っておかなければならないが、幸いなことに、後は行動を起こすだけだ。
アカギ討伐、日本国の強制参戦、大陸側の攻撃誘発、準備は全て整っている。
「今回は叶いませんでしたが、グェン殿とはじっくり話をしたいものです。」
倭国代表の大妖怪として行っても、グェンが交渉に出てくることは無い。だったら、相手が出て来ざるを得ない状況を作ってやればいいだけ・・・
「フフフ・・・」
「・・・」
資料を見ながら微笑むコクコを、外務局の職員達は不気味に思いながらも作業を進めていく。
局長は公の場で暴力があった事を伝えるため、あえて額の怪我を治さずに本国へ戻るつもりである。職員達は、これが一体どれほどの効果があるか分からなかったが、マスコミにコクコの姿が写った事で、日本国内で大陸側に対する不信が一層広がる結果となるのだった。
第1章から行っていたコクコの準備と裏工作がもう直ぐ炸裂します
コクコと名も無き組織は世界の平和を防ぐために日夜努力してきました