閑話7
スーノルド国首都、オドレメジャー
ジアゾ大陸への侵攻準備が最終段階に入った現在、国防省は詰めの作業を続けていたが、今日はジアゾ以外で緊急の会議が開かれていた。
薄暗い部屋の中、魔導プロジェクターが画像を1枚1枚映し出す。
「これは瘴気内で夜目が撮影した画像です。」
「偵察は単独で行ったため、鳥機の護衛はありません。」
報告者はF-15GJの映った画像を表示しつつ説明を行う。
「瘴気内に古代遺跡は存在しない。」
「では、これは一体、何だね? 」
「最早疑う余地も無くなったのでは? 」
報告を聞きつつ、幹部達は偵察機を追尾している機体を問うが、女神の預言を信じて最初から想定していた幹部は今更感を漂わせる。
「夜目を追尾していた機体は日本国の迎撃機と確定しています。」
「機体のこことここの部分に赤丸が確認できますが、日本国の国旗を意味しています。」
「聞きたいのは、そこではない。」
「瘴気内国家が古代兵器を追跡できる機体を何故持っているのだ? 」
一部の幹部は預言を鵜呑みにすることなく、判明している情報のみを使って作戦計画を立てていた。当初の計画では敵戦力に死者の国自体入っておらず、王女の指示によって預言研究所からの情報を考慮した敵戦力に修正されたものの、科学文明の想定などできるわけもなく、ジアゾ合衆国をモデルとして試算されていため、鳥機を捕捉し続けられる機体は無いと想定していた。
「魔力波レーダーに反応が無かったことから、これらの機体は科学兵器であり、性能は鳥機と遜色ないものと考えられます。」
「魔法を使用せず、空力学のみで飛行する機械です。魔法学無しでも、ここまでの機体を製造できることが証明されました。」
この報告は、魔法学を使わなければ高度な装置を造れないと考えていた者に現実を見せることとなる。
「戦術研究所の分析では、飛行性能は鳥機と同等と評価されていますが、次の画像をご覧ください。」
次の報告者は威嚇射撃の場面を映す。
「解析から、実体弾によるものと断定されています。画像解析から20㎜程度の弾丸が使用されており、発射レートは毎秒70発。科学兵器ですが、ジアゾ製航空機関銃に該当する装備は確認できていません。」
「敵の武装は、まだあるのだろう? 」
機銃の性能を聞き、幹部は他に判明している武装を尋ねる。これだけ発射レートの高い兵器は高速での戦闘を想定し、格闘戦にて僅かな攻撃チャンスを逃さないための装備と判断できた。そして、この装備だけで音速を超える空戦を行うとは考えにくかった。
「はい、翼の下に槍のような物体が確認できますが、これが追尾光子弾相当の装備と思われます。画像の各機体には4本装備されていますが、実戦では倍以上搭載可能でしょう。」
「これも実体弾か・・・」
「ふむ、追尾兵器の装弾数は少ないみたいだね。」
「恐らく、鳥機の1/2から1/3程度と思われます。」
報告を受けて幹部達が協議を始める。
「将軍の中には死者の国をジアゾと同等に考えている者がいる。早めに考えを改めていただこう。」
「精鋭はジアゾより死者の国へ投入した方が良いですな。」
「間違っても、死者の国へ新兵は出さない方が良いでしょう。」
一機の夜目による瘴気内偵察は、名も無き組織の思惑通り、パンガイア大陸連合軍の戦力配置に変更を生じさせることに成功する。
日本国某所
日本の防衛産業を牽引してきた企業の新工場は、生産ラインを増やしながら確実に生産能力を増強させていた。
「えぇ、そちらもまわしていただけると有り難いです。お願いします。」
原料調達の部署からの有り難い連絡に、阿部は胸をなでおろす。彼は日本でF-15GJ生産ラインの拡張を行っていたのだが、ラインを拡張しても原材料が入ってこなければどうすることも出来ないため、その間は社員教育や品質保持方法の見直しを行っていた。しかし、蜀と倭国、南海大島で高純度の金属、希土類インゴットが大量に発見されたことで、計画を大幅に前倒してフル稼働で量産を開始していた。
インゴットが見つかった場所は、各国各地に設置されている神竜教団の教会や関係施設であり、ヴィクターランドから派遣された司祭が中心となって長い年月をかけて精錬し、保管していた物である。教団は古代文明を操るプロ集団でもあり、瘴気が晴れた時を見越して瘴気内各国で古代兵器製造に必要不可欠な資源を用意していた。
教団が各国に保有していた資源はかなりの量に上り、日・ヴィの協定で日本側へ無制限に提供され、兵器産業以外でも大いに活用されている。
「ゼロ戦の生産数とまではいかなくても、F-16に肩を並べるのも夢じゃない。」
阿部は大きな目標を持っていた。
後に緊急生産も行われた事で、彼の夢は一部が叶うこととなる。
倭国国際空港
自衛隊員ながら入国審査官モドキを務める渡辺は今日も仕事に励んでいた。
「ここにサインを書いてください・・・ありがとうございます。照合できました。」
最近、筆跡鑑定の装置が導入されたことで審査項目が増えたものの、出入国者全員に行うと時間がかかってしまうため、渡辺の一存で対象者を選んで行っていた。選ばれた者は余計な手間が増えるので不満を言ってくるが、導入した装置を使わなければ上から指導が入るので、やらざるを得ないのである。
「・・・意外と可愛い字を書くな。」
何時も機嫌の悪い女性職員達の意外な面を見れた気がする。
この装置が導入された時、防衛省と外務省の幹部が達筆な字を披露していたことを思い出す。これは倭国の文化に合わせたもので、倭国では印鑑の文化もあるものの重要書類は直筆が基本であり、各々が個人を証明、主張するために独特な文字を書く。このような文化の影響もあって、倭国へ派遣される職員はきれいな文字が書けなければならない流れとなり、渡辺もボールペン字講座で腕を磨いていた。
「流石外務省だ。俺よりも良い字を書きやがる。」心の中でちょっとした対抗心が芽生えるが、どうでもいい事だ。この集団を捌けばボーナスステージ確定なのだから。
渡辺のお気に入り、稲飯聖那は何時も集団を避けてゲートに来ていた。
「新しい機器の動作確認で、皆さんにサインを書いていただいています。」
勿論嘘だ。渡辺は聖那との時間を出来るだけ長引かせるために彼女へ筆跡検査を行わせようとしていた。ついつい彼女へは個別検査や聞き取りを行ってしまうが、何度も行っていると相手にバレる危険があるので、今回は筆跡鑑定しかできないのが残念である。
「書けました。」
「ありがとうございます。」
!?
何だこの文字は? 彼女の字を見て渡辺は一瞬固まる。
達筆ってレベルじゃない。はね、とめ、はらい、この力強さは総理や各大臣級の文字だ。と言うか、女性の書く字じゃ無い・・・いや、それは偏見か。
とにかく、渡辺は聖那の意外な一面を新たに発見する。
あ~、ずっと見ていられるなぁ。聖那さんは独身だけど、恋人くらいはいるよな。いなければ俺が貰うけど・・・ん? 渡辺が離れてゆく聖那を見ていると、彼女の到着を待っていたかのように1人の男性が近づいてきて2人で話始めた。
誰だテメェは・・・
渡辺は入国審査をしつつ男の顔を確認すると、意外な人物だった。
妖狐「ツヨシ」。外務局の幹部であり、日本が倭国に接触した時から友好的態度をとっている大妖怪だ。
この仕事をしていれば人の顔を覚えるので、偉いさんの顔は結構覚えている。
聖那さんに変な虫が付いたと思ったら狐だった。あくまで仕事としてお付き合いしているのは分かるが、事故が起きないとは限らない。厳重な注意が必要だ。
入国ゲートから少し離れた所で、聖那はツヨシに書類を手渡していた。
「この様な場所での受け渡しは人目につきます。」
「人に見られても問題ない書類です。私達を怪しむ人はいません。それにしても、変装がお上手ですね。日本人の営業マンにしか見えませんよ。」
彼女はそう言うが、入国ゲートから強い視線を感じるツヨシは、上手く変装できていないのでは? と不安に感じていた。変装は妖狐の十八番だが、妖術の効果が無い日本人相手には小手先の変装技術がモノを言い、数百年のブランクがあるツヨシには少し厳しいものがあった。
「彼との会談場所は用意出来ましたか? 」
「大堺に用意しました。治安の悪い場所なので護衛も用意しています。」
「それでは相手方が出てこない可能性があります。私1人で行きますので、場所を教えてください。」
大堺は外部の女性が1人歩きできるような場所ではないので護衛を用意していたのだが、「危険こそ我が人生」の彼女にしてみれば余計なお世話だったようだ。
翌日
稲飯聖那は倭国風の服に着替えて大堺に到着していた。
この都市は一部が同心会支配地域に入っているため行政区が確定しておらず、その混乱に乗じて倭国ヤクザが幅を利かせている混沌とした場所である。
「結構賑やかなのね。」
混沌とした場所だが、それ故に人が集まる場所でもあり、繁華街は大いに賑わっていた。聖那は屋台でトカゲの串焼きを注文してみる。
「まぁまぁかな? 」
何処の国でもジャンクフードは美味しいと相場は決まっている。聖那は小腹を満たし、観光を楽しみつつ目的地へ歩いていく。
目的地は倉庫地帯にある倉庫で、進むにつれて蔵や倉庫が目立つようになる。
「鵜の15倉庫は・・・この先ね。」
彼女が暗い裏路地を抜けようとした時、出口を塞ぐように1人の男性が道に立ちはだかった。
「何か、ご用ですか? 」
「ちょっと聞きたいことがあってね。」
「 !? 」
「一緒に来てもらおうか。」
聖那は道を塞いでいる人物に尋ねたが、後ろから歩いてきた人物も仲間だったらしく、そのまま体を掴まれて隣の建物に連れ込まれてしまう。
「おかしら~、今度こそ上物ですよ。」
「んぁ、どれ? ・・・バカ、こいつは日本人じゃねーか。」
「ええ! だって、妖気感じますよ。」
「雰囲気で分からねぇのかボケ! こんな女が倭国にいるかっ! 毒なんぞ持ってくるな! 」
ここは彼等のアジトだろうか? 薄暗い倉庫内には男性が5人いて、おかしらと呼ばれた三つ目の人物が私をじっくり見てから、連れ込んだ人を叱っていた。それはそうと、日本人は毒という情報が末端まで浸透しているようで何よりだ。
「あの、私、仕事に遅れるといけないので、行って良いですか? 」
「仕事熱心には感心するな。そんなお嬢さんにもっといい仕事を紹介してやるよ。」
「そこに娼館があるだろ? 一日中気持ちいい思いしながら稼げるぜ。勿論、俺達に紹介料を払ってもらわないとならないけどな。」
「お嬢さん稼げそうだから、稼ぎの5割に負けといてやるよ。」
大人しく帰してくれればいいものを・・・
ザルな入国審査と変装下手な妖狐の話でした
次話は外交会談になります
渡辺の入国審査ですが、正規の審査ではありません
外務省の職員が空港直通の日本の施設のみで働くことを想定したもののため、外務省の職員は倭国へ入国していない事となっています。日本国内を移動しているのと同じですね。
聖那の場合は、渡辺のゲートを通過後に、倭国の入国審査を受けて入国しています。