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とある転移国家日本国の決断  作者:
栄光と破滅への道
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不祥事 その2

栃木県某所

 人が寄り付くことのない山奥、私有地の広大な森の奥に、鴉天狗の関東本部は存在している。

 黒霧発生に伴って日本各地で妖魔の活動が活発化したことで、周辺の森には対人レーダーが張り巡らされ、空にはドローンが巡回し、所々に武装した構成員が配置されるなど、本部は要塞化されていた。


「大烏様、どうかご再考を。」

「ナギと蛇を東京に総動員すれば、地元に守り手がいなくなってしまいます。」

「国の要求をここまで呑む必要があるのですか。」


 組織のそうそうたる面々が集まる中、大幹部達が3人の大烏へ実直な意見を述べる。

 事の発端は年明け早々に発せられた動員令で、大烏達は管内のナギと戦闘部隊である蛇を東京に集結させようとしていた。


「次の戦いに我等の存在意義がかかっているのだ。」

「時が来れば東京は戦場となる。今度の相手は妖魔や半妖ではない、相応の戦力でなければ話にならん。 」

「・・・」


 未だに認識を改めていない幹部に対して、最高幹部は組織が置かれている苦しい状況を今一度伝えなければならなかった。

 転移以降、鴉天狗は組織を総動員して妖魔や半妖に対処してきた。太古の昔から妖怪に対処してきた組織にとって、転移後の世界は本領を発揮できる状況だったのだが・・・


 鴉天狗は民間軍事企業「アスラ警備保障」を起ち上げ、公の場でも駆除を加速させていた。所詮、敵は数しか取り柄の無い妖魔と、妖怪に分類されるものの、先祖返りを起こした民間人である。日本創生から蓄積された知識を持ち、妖力を探知できるナギを有する組織は日本全国で駆除を行い、組織の上層部は日本国内の妖怪を倭国人に比べてソフトターゲットと判断していた。一部のナギが警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、幹部達は認識を改めなかったばかりか、強力な敵と遭遇した経験のないナギ達も同じ認識しか持っていなかった。

 関東本部のお膝元で、高度に組織化され、文明の利器を使いこなす半妖の集団を認識し、脅威と捉えた時には2人のナギが生け捕りにされた後だった。結果、栃木と群馬の一部を管轄していたナギを一挙に失った鴉天狗は機能不全を起こし、ナギの救出すら困難な状況となる。

 事態打開のために組織が協力を要請したのは公安だった。

 公安は圧倒的な情報収集力を駆使して半妖の拠点を見つけ出し、栃木県警と警視庁の機動隊によって制圧作戦が実施される。鴉天狗も精鋭を投入して捕まっていたナギの救出に成功したのだが・・・半妖の集団は壊滅させたものの、首謀者とその一派を取り逃がしたうえ、国に大きな借りを作るなど、鴉天狗の歴史上例を見ない大失態を演じてしまった。


 関東支部の失態は全ての組織に広まり、もはや言い逃れも挽回もできない状況と思われたが、失態を挽回できるチャンスが訪れる。名も無き組織から、「倭国が日本へ破壊工作員を大量に送り込む」との確かな情報が伝えられ、日本政府からは裏ルートを通じてアスラ警備保障へ「敵性妖怪の殲滅依頼」が届いたのだ。

 この依頼は名誉挽回のチャンスであり、退魔組織を自負している鴉天狗は断るわけにはいかなかった。


「ここで我らの存在意義を証明しなければ、鴉天狗はいずれ消滅する。」


「しかし! 相手は倭国の妖怪・・・」


「たわけ! 我等以外に誰が妖怪と戦うのだ! 」


 日本に上陸する妖魔の駆除、敵性妖怪の排除は国も行っており、その量は鴉天狗を遥かに超えている。妖怪の専門家集団が、これ以上国に後れをとるわけにはいかないのだ。

「江崎のナギはどうした? 」

「復帰したが、東京に出せる状態に無い。今はワシの所で面倒を見ておる。」

「白沢のナギは復帰に時間がかかる。赤石のナギは後方に置かなければならない。月夜野のナギは国との取引で使用済み・・・5月の戦いは死者を出せんぞ。」


 会議が終わった後も大烏達の話し合いは終わらず、むしろこれからが本番となる。組織はギリギリの状態で運営しているため、存続を賭けた戦いですら損出を出せない状況であった。


「東北支部からの増援はどうした? 」

「断られたよ。桜井家のナギが未だに国の管理下だからな。」

「短期間に2人のナギが使えなくなって、北海道の守りに余裕がなくなったようだ。」


 半妖の犯罪組織に捕まったナギ2人の内、1人は東北から増援として派遣されたナギであり、救出後に鴉天狗の管轄する病院ではなく国立病院に運ばれたため、大きな問題となっていた。


 関東支部は鴉天狗内で最も国と近い組織であり、場合によっては妖怪と組むことすらある。それ故、南海大島攻略戦以降、他の支部から距離を取られつつあった。特に九州支部は強烈な嫌悪感を示しており、妖怪と行動を共にするだけでなく、保護も行っている関東支部を敵視し始めていた。


「できる限りの手は打てた。彼の組織は上級大妖怪を援軍として派遣する故、万が一の失敗もない。」

「反発は必至だな・・・当日まで伏せておくか。」

「それが良いでしょう。我等は所詮、人間だ。妖怪には妖怪を以て対処するのが太古からのやり方・・・」


 全国の鴉天狗は強固なネットワークと仲間意識を持っている。しかし、転移後の関東支部と九州支部の豹変は、後に取り返しにつかない大事件を引き起こす切っ掛けとなる。



北海道、北海道大学

 この世界の生物を研究するため、転移以降休むことなく設備を拡大させてきた大学だが、その地下に最近完成したばかりの設備が稼働を始めていた。

 主任研究員である久瀬は、収容されている「実験体」に今日の予定を伝える。


「私の見学ですか? 」

「白石さんが帰郷したので、その代わりが来るそうです。」

「ナギっていう人ですか? 」

「その質問はしないでくれる? 私は彼女達の事を詳しく知らないのよ。」


 実験体は質問してくるが、ここを任されているとはいえ、研究員でしかない久瀬には答えようがない。


「そうですよね、すみません。」


 そう言うと実験体は本を読み始めたが、ここに収容されて生きて出られると思っているのだろうか・・・

 ここは大学で最も厳重に守られた区画だ。ここに入るには関係者以外立入禁止のゲートをくぐり、部門毎に異なるキーでエレベーターに乗り、この階に降りたら2箇所目のセキュリティゲートくぐらなければならない。

 この階は1から3のレベルで区画されている。レベル1は私のいる研究室兼監視室で、セキュリティゲートの先にある。そこから先はレベル2の区画であり、実験体の体組織を調べたり、様々な環境で実験を行う専用スペースとなっている。そして、レベル2区画の中で更に厳重に区画されたレベル3の「実験体収容室」がある。

 施設が稼働して初の収容物となる「実験体A」。種族「妖怪」、国籍「日本人」、ここに来るまでの名前は赤羽利子。留学の準備期間を利用した健康診断名目で施設に入れられたようだが・・・国からの指示に「好きなように調査、研究、実験し、結果を報告せよ」とある。倫理感や人道といった言葉が存在しない施設に入った時点で、この先に待ち受ける運命は1つしかない。そして、実験体が「友達」と呼ぶ白石小百合からも、「可及的速やかに殺し方を調べて欲しい」と依頼されている。国と鴉天狗と言われる組織からは「怒らせるな」「飢餓状態にするな」と厳重に注意されてはいるが、それ以外は私達のやりたいように研究が出来るわけだ・・・


午後

 鴉天狗から派遣された女性が到着したが、早速地上のセキュリティゲートで一悶着あった。ナギと呼ばれる女性は護衛を伴っていたため、ゲートの警備が護衛の通行許可を出さなかったのだ。非武装、護衛は1人の条件で何とか折り合いがついたが、予定を大幅にオーバーしている。


「主任研究員の久瀬です。この施設は・・・」


 次の実験まで時間がないため、私は移動しながら挨拶と施設の説明を行う。妖怪の専門家と言っても、実験体と寝食を共にしていた友人ですら「弱点が分からない」と言っていたため、初見の彼女から得られるものはないだろう。


「確かに大きな妖力を感じますが、聞いていたよりもずっと小さい・・・」

「私共も妖術、魔法関係の研究は途上段階にあり、詳しい事は分かりませんが、実験体は倭国で妖力を押さえる術を学んだとの事です。何でも、倭国ではそれがマナーだとか。」


 この情報は既に知っているはずだが、彼女の拍子抜けした態度に、私はあえて説明を付け加える。

 レベル2のエリアに入ると彼女達の雰囲気が変わり、一気に警戒状態となる。


「凄いな。どこまで分かったんだ? 」


 実験体が提供した皮膚や触手が実験機器の中で蠢いているのを見て、護衛の男性が質問してくる。


「まだ全く。科学は万能ではないのです。」

「嫌な予感がします。」

「レベル3には入りませんので、心配はいりませんよ。」


 彼女は急に不安を訴え出したが、やはり特殊な能力が備わっているのだろう。その予感は的中する。

 実験体が収容されている収容室を見渡せる場所までもう直ぐ到着するという時に、警報音と共に区画がロックされてしまう。

 急な出来事に彼女は戸惑うが、護衛が体を引き寄せて周囲を警戒する。


「ちょっと、モニター! 何やっているの! 」

「申し訳ありません! 誤って緊急ボタンを押してしまいました。直ぐに解除します。えーっと・・・」


 緊急ボタンは実験体が実験体収容室から逃げ出した際に押されるもので、ボタンが押されたらレベル2の区画は外からしか開ける事はできなくなる。


「申し訳ありません。職員が誤って緊急ボタンを押してしまったようです。何分、施設が完成したばかりで、操作に馴れていないのです。直ぐに警報はおさまりますので、安心してください。」


 実験体が逃げ出すような本物の事故ではないため、私は「客人」に謝罪して落ち着かせようとするが、監視室の職員はパニックになっていたらしく、警報の解除ではなく、レベル3のドアロックを解除する重大なミスを犯してしまう。


ズルッ、ズルッ


「すみません。何か警報みたいなのが鳴ってて、ドアが勝手に開いたんですけど・・・」


 最悪な事に、実験体が私達の前に姿を現す。

 害の無い実験体とは言え、これは重大インシデントだ。国の監査が入るのは間違いない。私は実験体に部屋へ戻るよう話そうとした時。


「きゃーーーー! 」


 私のすぐ後ろで悲鳴が上がる。鴉天狗の女性は何かが崩壊したかのように取り乱していた。


「ほぼ無害です。落ち着いてください。」

「赤羽利子です。よろしく・・・」

「いやーー! 」


 実験体が自己紹介をしようとしたところで、彼女は悲鳴を上げながら来た道を戻ろうとするが、緊急ロックによって隔壁は開かない。


「開けて! ここから出してっ、ください! 」


 ナギである彼女は利子を見た瞬間に本質を把握し、パニックを起こしていた。彼女からしてみれば、突然猛獣と一緒に檻の中に閉じ込められたのと同じ状況なのだ。


「あの~」

「来ないで! バケモノ! 」


バケモノ

バケモノ


 緊急ロックは2時間後に解除されたが、パニックを起こしたナギは歩けなくなるまで衰弱し、護衛の男性に抱えられながら運ばれていった。

 こうして、東北支部のナギが1人、病院送りとなっていたのである。

鴉天狗関係の不祥事です

後半は大学ですが…


この時点で犯罪者集団との戦いは終わっていますが、ノクターンで詳しく書く予定です

江崎のナギが病院送りになっている時点でネタバレですね

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