悪意を持つ稲妻
試作機を追い回していた部隊は隊形を整えて空域を離れて行き、その様子を1機の航空機が蜀軍に見つかることなく監視していた。
「・・・こちら夕立。蜀軍機の離脱を確認した。対象は空自にエスコートされている。任務終了、帰投する。」
F-2と比べても、それ程大きさが変わらない小柄の機体は、付近を飛行する蜀中央軍の早期警戒機に注意しつつ旋回し、母艦へ進路変更する。
F-35B
F-35の短距離、垂直離着陸型である。この特殊な機能を導入する事で、航続距離の減少、兵装制限、整備性悪化、短い飛行寿命の更なる悪化を招いているが、場所を選ばずに離着陸ができる能力は、洋上のみならず日本本土において第5世代機を運用できる幅を大きく広げていた。
戦時体制に移行した現在、信頼性は低いもののスペアパーツが供給され始め、頻繁に部品交換を行いながら運用されている。
護衛艦「かが」、艦長室
井艸竜司は艦長に呼び出され、艦長室で報告を行っていた。
「・・・以上が先ほどの任務報告となります。」
竜司は明瞭簡潔に報告したつもりだが、艦長の表情は曇っている。
簡単な任務を遂行しただけで、何故艦長に呼ばれたんだ? 艦長に呼ばれるようなことは「蜀軍機をロックオン」したくらいだ。これは攻撃の意図有りと解釈されるが、いくら当たらないように機銃を発射していたとはいえ、蜀軍機が試作機を追い回していた事実を踏まえれば妥当と判断される。
今の艦長は昔の考えを引きずっている。
目の前で緊急事態が発生しているのに、現場の人間が上司を通して国のトップに一々判断を仰ぐか? 回答が来る頃には新しい緊急事態が起きているか、手遅れになっているだけだ。これから戦争が起きるっていうのに、全ての戦線で一々トップに判断を仰ぐ? シュールな光景で笑いが出てくるぜ。
「判断が出るまで、井艸一尉は当分の間、飛行を禁止する。」
「了解いたしました。艦長、1つよろしいでしょうか? 」
「何かね? 」
「蜀軍の無線を傍受したところ、訓練中隊総出で試作機のパイロットを地上でもてなす準備を進めているようです。飛行禁止期間中に自分も参加してよろしいでしょうか。」
「君は何を言っているのだね? 」
井艸は飛行禁止以外に謹慎を命じられたが、処分としては痛くもかゆくもない。
今回の任務後、井艸の乗る機体は長期間の整備を行わなければならなかった。そして、F-35Bを乗りこなせるパイロットは自衛隊内でも極僅かしかいない。
更に言えば、井艸の能力は自衛隊随一であった。
自衛隊の戦闘機乗り達に大きなトラウマを植え付けたグールイーグルとの模擬戦闘において、井艸はA型を押さえて最大の撃墜数を叩き出していた。これは只のまぐれで出せるような成果ではなく、井艸の能力を物語るものであり、空自からは「かがの至宝」とまで呼ばれている。
「俺も参加したかったな。後で空自の連中に聞いてみるか・・・」
同時刻、北部軍区総司令部
蜀の北部と東部を管轄する総司令部では、抗議に訪れた晴嵐エアドックの重役と日本政府関係者に対して、東城側から一つの提案が出されていた。
「気にすることは無い。付き合ってもらった礼だ。後は、日本政府の見解をお聞きしたい。」
白刃は晴嵐エアドックに対して迷惑料を支払うと共に、「試作機の自由な飛行」のためにも自分達に情報公開する事を確約させる。
「私どもとしては、指定された兵器以外の輸出を認めるわけにはいきません。」
「そうか? 日本国のとある兵器企業は、新兵器を開発したにもかかわらず軍が導入しない事で大きな損出を被っていると聞いたぞ。貴国は我が国に旧式兵器をわざわざ生産して供給しているにもかかわらず、最新鋭兵器はロクに作らず企業の首を絞めるとは、いかがなものか。」
「それは我が国の問題です。」
白刃は日本による兵器供給体制の見直しを提案していた。
当初、日本側はモンキーモデルを蜀に供給していたが、過酷な環境、想定される敵の兵器レベルが判明してからは、実戦配備モデルに近い兵器を供給し始めている。今回、白刃が求めている兵器は攻撃ヘリAH-3と輸送ヘリ「オスプレイ」であり、日本側の供給リストにはない機種だった。
「これは瘴気内全体の問題だ。性能が足りずに我らが敗れた場合、日本国も共倒れになろう。供給リストに無い機種は企業と交渉して購入すると言っているのだ。日本国、兵器企業、我が国、どちらにも利のある方法ではないか。」
そもそも交渉する場ではないため、日本側は「検討する」と言い残して退室する。
日本との交渉は中央の白城が主に行っている関係で、東城における軍備の近代化は遅れている。皇帝は戦時に東城を壁として利用し、中央が良い所を全て持っていく考えだろうが、そうはいかない。攻め込んだ敵を東城で殲滅し、中央の出る幕を作らせない事が重要だ。
中央の言いなりになっていては国が滅ぶ、日本に任せっきりでは何も変わらない。王である白刃自身が積極的に動かなければならなかった。
「ジィよ。あの機体は完成すれば魔法戦も出来るようだな。」
「そのように伺っております。」
「魔力無しが大半の日本人には過ぎた機体だ。東城に優先して販売するよう、あの者達に根回ししておくのだ。」
「仰せのままに・・・」
白刃は既に日本の兵器メーカーと頻繁に接触して水面下で交渉を進めていた。日本国の判断後にメーカーと交渉を始めるのでは遅すぎるのだ。東城は日本の兵器メーカーと極秘裏に交渉を進め、AH-3とオスプレイの大量発注を行っており、日本国の許可直後から導入が出来るように体制を整えていた。
「若、1つ気がかりな事がございます。訓練中に我等を狙った正体不明機の搭乗員にお気を付けください。奴は只の日本軍人ではありません。」
「どうした? 」
白刃は取次役の真剣な言葉に理由を問う。
「あの者の声は「トウテツ」に近いものでした。」
「ほぅ、日本にもいるのだな、人の形をした鬼が。」
護衛艦「かが」
井艸は空いた時間を利用して報告書の作成と機体の時期アップデート情報を確認していた。そこへ、僚機のパイロットが訪ねてくる。
「井艸1尉、次のアップデートは巡航ミサイルの搭載です。」
「そうかい。まぁ、テスト頑張ってくれや。」
「っ! 1尉は何のために自衛隊に入ったのですか! 」
行動が不良そのものの井艸に対して、同僚は怒りをぶつけてくる。
「何のためって、そりゃお国のため、国民のためだろう? 俺達にそれ以外の理由はないはずだが? 」
「では、もっと・・・」
井艸は同僚の話を聞き流しながらタブレットを確認する。
何のため? そんな事「合法的に人を殺せる」からに決まってんだろ。圧倒的な実力差で相手を蹂躙するためだろうが・・・この感覚を不快に感じる人間はいないと思うが、いるとしたら、そいつは頭がイカれてやがるぜ。
日本は2度の戦闘を経験しておきながら、井艸は今までハグレ飛竜の駆除しかしたことが無く、人間に向かってトリガーを引くことを待ちに待っていた。勿論、相手が人間なら誰でもいいわけではなく、文明を知らない蛮族など害獣と変わらない。そんなもを何匹殺したところで何も感じないだろう。
次の相手であるパンガイア連合軍は井艸にとって格好のターゲットとなる。なにせ、各国の精鋭が投入されるのだ、神竜教団との合同調査で大陸側のレーダーではステルス機を探知できない事が判明していることから、F-35Bに乗る井艸が圧倒するのは確実・・・
「早く攻めて来いよ。皆殺しにしてやる・・・」
「 ? 1尉、何か言いましたか? 」
「いや、何も。戦争が起きないと良いな。」
井艸は笑顔で同僚に応えて格納庫へ向かうのだった。