新米竜騎士の受難
蜀、西部空域
雲一つない青空を、赤と白でカラーリングされた航空機が最高速度で飛びぬけていく。
「安定している、次は・・・」
安室隼人は改修による機体の飛行安定性能が向上している事を確認し、操縦桿の急操作を行う。最高速度で飛行していた機体が一気に機首を上げ、一回転してから元の飛行位置に戻る。
「・・・ふぅ。」
この速度でのインサイドループはパイロットにかかる負担が大きく、普段から体を動かしている隼人でもキツイ。
速度を落として安定飛行に入ると、会社の保有する支援機から無線が入ってくる。
「こちらタイフーン。データ取りは順調だ、体調は大丈夫か? 」
「機体ともに良好です。ただ、何時もの所で燃焼不良が起きています。」
「こっちも確認した。気にせず次のテストにいってくれ。」
安室の乗る試作戦闘機は蜀でテストと改良を繰り返していた。
国家プロジェクトから外され、今まで細々と自社開発を続けて来た機体だが、国は大規模な支援を再開したことで、開発スタッフが増えて2機プラス作りかけ1機の体制から、3機と作りかけ2機となり、テストパイロットも1人増えていた。
「さて、次も大技だ。頼むぜ相棒。」
隼人は機体を加速させつつ、操縦桿を操作する。
SMF-1「ワイバーン」
ワイバーンは黒霧発生前から国家プロジェクトとして開発が行われていた機体を、晴嵐エアドックが引き継いで開発を行っていた機体である。正式名称が決まる前にプロジェクトが放棄されてしまい、長期間名無しだったため転移後の新世界に合わせて社員全員でこの名が付けられた。
現在は国の方針転換によって莫大な援助を受けているが、会社は援助を受けるにあたって開発方針の変更を指示されていた。
「性能を維持しつつ、魔法戦能力の保有」
国から求められた性能は未知の技術を導入することであり、1メーカーでしかない晴嵐エアドックには荷が重い要求である。しかし、開発が遅れたことで、完成したとしても既存の機体と比べてセールスポイントが少なく、そもそも解決するべき重大な欠陥が幾つもあり、会社は要求をのまないわけにはいかなかった。
国は大企業や大学からの技術支援を行う事で重大欠陥の早期解消が可能と判断し、晴嵐エアドックは魔法戦能力獲得のために、ヴィクターランドへ支社を作って作りかけの機体を送っていた。
1メーカーが細々と続けていた戦闘機開発は、再度国際協調による国を挙げた開発プロジェクトとなったのである。
テストを終えた隼人は基地への帰路についていた。
今回のテストは良好で、乗っている隼人自身、ここまで急速に改善するとは思ってもいなかった。
「この調子なら空中給油とウェポンベイの問題も直ぐ解決できそうだ。」
隼人は機体に不具合が出ていないか確認しながら、明るい未来を描いていた。そこへ、支援機から無線が入ってくる。
「こちらタイフーン。空域に蜀空軍機が進入した。六時方向、注意されたい。」
「了解。」
蜀? 彼等の訓練空域はもっと西なのに・・・
安室は「まだまともに飛べないのか」と思ったが、試製レーダーしか搭載されていない機体に乗る彼は、まだ知らなかった。
「こちらタイフーン! 6時方向から蜀軍機接近! 注意しろ! 」
蜀軍機が後方から迫っている事を伝えられ、隼人に緊張が走る。
「前を飛行するパイロットよ、聞こえるか? 東城訓練中隊所属の白刃だ。久しぶりだな。」
自分に向けて突然送られてきた無線に隼人は慌てて返事をしようとするが、無線を入れてきた人物の声に聞き覚えがあった。
パイレン? あっ・・・隼人は無線の主を思い出す。まさか、あの時の・・・
支援機が対応を協議し、安室が考え込んでいる隙に、白刃は機体をワイバーンの横に付ける。
F-2
米国からの技術供与を受けて共同開発した機体で、日本の主力支援戦闘機である。しかし、砂漠迷彩を施されたF-2Cは、自衛隊機とは全く異なった印象を受ける。
肉眼でもパイロットが確認できるほど接近された安室は、危機感を覚えて無線を入れてしまった。
「貴機は当初の飛行ルートを逸脱しています。予期せぬ事故を・・・」
「予定は変更だ! 日本の魔導士よ、狩りの練習相手になってくれ。勿論、お前が獲物役だ。」
「 っ! 」
隼人はフルスロットルで加速して引き離しにかかる。だが・・・
「各機、行動開始! 狩りの時間だ。」
ワイバーンがF-2に狙われたころ、支援機内は混乱していた。
「自衛隊への救難要請は出しました! 」
「こちらタイフーン! 安室、そのまま飛び続けろ! F-2じゃワイバーンには追い付けない。」
「レーダーに新手! これは・・・ワイバーン進路上を塞ぐ形で両サイドから4機、8機接近! 」
「何処から湧いて来たんだ! さっきまで・・・まさか、渓谷内を超低空飛行していたのか? 」
安室は基地を飛び立つ前から白刃に狙われていた。
ワイバーンはステルス機であり、発見は容易ではない。しかし、支援機が近くにいれば居場所をある程度絞れるし、帰投中を狙う事で更に絞り込めた。肉眼に捉えられれば、ステルス機といえども意味は無い。そして、ワイバーンは支援機のP-3Cからレーダー情報を共有しているものの、これは試作機用であり、軍用機であるF-2Cとは比べることも出来ない差がある。
「何でこんな事に! 接近して来た時点で逃げれば良かった。」
完全な判断ミスである。後悔してももう遅いが・・・
隼人は機体をどんどん加速させて引き離しにかかるが、突然視界に光の筋が入ってくる。
「えっ、曳光弾!? 」
「獲物が真っ直ぐ逃げてどうする? 簡単に当ててしまうぞ。」
白刃からの無線が入ってくるが、真面に聞くことはできない。「冗談じゃない!」安室は機体を急降下させつつ回避行動に移る。
F-2C各機は目標を目視して情報を共有しつつ、ワイバーンを追い立てていく。
安室の行動は白刃の思惑どおりであった。
「全然引き離せない。」
急降下とジグザグ飛行で白刃の視界から逃れようとした安室だが、白刃の機体はピッタリと後ろをついてきていた。あれで自分よりも飛行時間が少ないだって? とんでもない操縦技術だ。
白刃を振り切れずに時間が過ぎたことで、ワイバーンはF-2Cに囲まれつつあった。
「こちらは日本国、海上自衛隊機である。貴訓練中隊は当初の飛行予定を逸脱している。直ちに、予定空域へ移動せよ。繰り返す・・・」
ここに来て、やっと安室に救いの手が差し伸べられる。だが、これこそ白刃の望んだ状況だった。
訓練機から実機による訓練が始まった頃、白刃は日本側が公開していない機体の情報を収集していた。その機体は第5世代と呼ばれるもので、白刃の乗るF-2Cよりも1世代先の機体である。日本へ派遣した調査団が収集した資料を読んで、レーダーに映りにくいステルス性能、相手よりも早く攻撃を行う能力に特化した機体と言うことが分かったが、実際に体感してみなければわかるものではなかった。
白刃は日本側へ何度も掛け合い、第5世代機の情報提供及び共同訓練を依頼していたが実現せず、ただ、蜀の空を飛行している事だけが判明したため、実力を知るチャンスをうかがっていた。
「各機散開! 最優先で奴を探し出せ! 」
この空域には、既に16機ものF-2Cが集結している。白狼族の目と機体に搭載されているレーダーを結集することで見つけ出そうとしていた。
「まだ狩りの練習は終わっていないぞ。」
「 !! 」
白刃は安室の動きが悪くなったため、獲物役が見えるところに機銃を撃つ。
必死に逃げてもらわなければ、奴が出てこないだろうが。
「これ以上の威嚇は攻撃の意志ありとみなす。繰り返す・・・」
「こちら林、発見できず! 」
「周だ、奴は何処にもいない。」
15機の戦闘機が広範囲に展開して索敵しているにもかかわらず、目標は見つけられない。白刃は付近を飛行している中央軍の警戒機にも応援を要請したが、E-2Cの能力をもってしても捉える事は出来なかった。
「奴はいないのか?」そう思った瞬間、けたたましい警戒音が響き渡り、白刃はワイバーンの追尾を直ぐに止めて回避運動に入る。鳴り響く音は、ロックオンされた時の音だった。
「どこだ! 何処から狙われた! 」
「不明です! こちらも狙われています! 」
「回避運動に入る! 」
「渓谷に入っても消えないぞ! 」
先ほどまで息の合った連携を見せていた訓練中隊は、蜘蛛の子を散らすように動き回り、その様は混乱と言ってもいいだろう。
「訓練終了! 各機、基地へ帰投せよ。」
白刃の指示によって、F-2C各機は編隊を組みなおして東へ進んで行く・・・ある程度離れた所で警告音が消えたため、自分達の目標があの空域の何処かに潜んでいる事実だけが分かった。
白刃は戦闘機を受け取った時、部下と共に喜んでいた。強力な兵器を保有することで大陸軍と渡り合えるのだ。喜ばない方がおかしい。
兵器を大量に供給する日本国に、白刃は軍事力でも肩を並べられると考えていたのだが・・・
「確かに、戦いにならないな・・・ジィよ! 帰ったらあの者に会いに行くぞ。訓練に付き合ってもらった礼をしたい。」
「かしこまりました。」
安室の乗るワイバーンは燃料不足によって帰る基地の変更はできず、白刃の所属する基地へと着陸するのだが、そこで白狼族の熱烈な歓迎を受けるのであった。
この空域にはF-35Bがいましたが、次回で登場します
パイロットは前回初登場?した稲飯聖那とはベクトルの異なった危険人物となります