とある護送任務
3年ぶりに会ったからだろうか、リュクスとロゼッタの会話ははずんでいた。町が発展していること、長年療養していた住民が「治って」町を去ったこと、困難を抱えた新しい住人を迎えたこと・・・話題は尽きない。
ロゼッタは俺が城を持つ前から自立できるようになっていた。最初に会った時は歩く事すらままならなかったロゼッタを、俺は何とか治療しようとした。だが、大学で医療を専攻していたとしても、専門の設備なしには彼女を元に戻すことなどできなかった。
俺は無防備なロゼッタを護衛しつつ、2人分の生活費を工面するため今以上に働かなければならず、出かける時は彼女の護衛を雇わなければならないなど、彼女は大きな負担となっていた。あの時の皇帝は、俺の性格を見抜いた上でエグデールに報酬を用意させたのだろう。
俺は鬱憤を敵にぶつける事で落ちぶれずに済んでいたが、時にはロゼッタにきつく当たってしまう時もあり、着実に限界が来ていた。あの時、フリーファイトに出会わなかったら今の俺は無かった・・・そして、ロゼッタの強さがあってこそ、物事が軌道に乗り始めた。
彼女は視力を失いながらも恋人を心の支えにリハビリを行い、今では他者をサポートするまでになっていた。まったく、フィロスといい、女ってやつは強い。俺なんかよりもずっとな・・・
100年戦争終結後、俺はロゼッタの光を取り戻すべく大学に彼女を連れて行ったのだが、「治療の必要はない」と追い返されてしまう。理由は彼女が自立できている事と、必要の無い真実を見せないためだった。確かに、ロゼッタは瓶に恋人の頭がそのまま入っていると思い込んでいるが、実際に瓶に入っているのは「脳」のみだ。ロゼッタは現実を見たらショックを受けるだろうが、俺は彼女が現実を受け入れて生きていけると思い込んでいた。だが・・・
ユグドラシルの女性陣からは「これ以上傷つける」のは止めろと言われ、フィロスに話したら平手ではなく拳で殴られ、ゼーリブからは「人の心を無くしたか」とまで言われてしまう。こればかりは俺のエゴであり、こんなものにロゼッタを付き合わせるわけにはいかなかった。
「時間が出来たらまた来る。何かあったらすぐに知らせろ。」
「リュクス様、ロゼッタは武運長久を祈っています。」
リトルビューを離れたリュクスは休暇の余りを利用してスーノルド帝国大学を目指す。彼には警戒すべき相手は多くいるが、その中の1人に「死者の国の魔女」が含まれていた。世界に害をもたらす存在が、もう直ぐ故郷に来てしまう。
「オヤジが魔女に後れをとるとは考えられないが、一応会っておくか。」
リュクスはスーノルド帝国大学学長の元へ向かうのだった。
北海道、釧路空港
現在の釧路空港は上陸してくる怪物に対処するため、陸空の自衛隊部隊が駐留していた。最近は怪物の上陸数が激減したこともあり、ピーク時のようなピリピリとした雰囲気は無くなっていたが、この日、戦車を中心とした機動打撃小隊と普通科の部隊から成る混成部隊が配置されていた。北海道大学向けに運ばれていた航空貨物が、悪天候によって急遽釧路空港へ来る事となったからである。
民間の航空機からコンテナが降ろされ、大型トレーラーへと積まれる。
「一体、何が入っているんですかね? 」
「隊長曰く、新種の怪物だそうだ。」
倉田、田中、ヨンの3人組はトレーラーに積まれた10式戦車内で、コンテナを見つつ雑談を交わしていた。
「じゃあ、自分達は怪物のお守をするためだけに集められたんですか? 」
田中は大名行列のように護衛されるコンテナを見ながら愚痴をこぼす。怪物と言っても半魚人や大きなカニしか見たことのない田中にとって、ここまでする意味を全く感じられなかった。
「魔物って言うんだろ? 確か、属性竜はミサイルも迎撃するとか。」
ヨンの言葉を田中は余り信じていない。海自の艦隊がヴィクターランドで害獣駆除を行っていた際、属性竜と呼ばれる魔物との戦闘でミサイルを迎撃された話しは聞いたことはあるが、実感が全くわかず信じられなかった。それに、目の前の護衛対象が属性竜クラスだったら俺達じゃ手に負えない相手だ。そんな無茶な命令は出ないハズである・・・
「隊長が何処まで聞いているか分からないが、人懐っこい魔物だそうだ。こちらから手を出さない限り危険はない。」
段々2人の話が大きくなるので倉田はガス抜きを行い、「「 人懐っこい魔物ってなんだよ! 」」と田中とヨンは突っ込みを入れようとして飲み込む。危うく上官に突っ込みを入れる所だった。ただ、3人は「人懐っこい魔物」とやらは既に見たことがある。
釧路空港の近くにある砂浜には北海道大学の試験場があり、半年前、そこを通りがかった時に怪物の研究をしている教授が半魚人にタックルをしている光景を目撃したことがあった。教授のタックルは直撃したものの、半魚人はびくともせずに彼をひっくり返してしまう・・・そんな現場に居合わせたら助けに行くのが普通だが、教授の周囲では研究者達が声援を送っていた。
「教授ー! ファイトー! 」
大王グソクムシみたいな怪物を抱えた女性研究員が教授を応援する。その声に息も絶え絶えな教授は立ち上がり、また半魚人へ向かってゆく。
「田中、ヨン、あれは幻だ。見るんじゃねぇ。」
現実離れした光景を前にして、3人はその場からそっと離れる。あの教授が率いるグループは「上陸してくる怪物たちを傷つけずに回収しろ」などとクレームをつけて、以前から自衛隊と揉め事を起こしていた。本人たち曰く、半魚人たちとは「共存できる」そうで、自衛隊員に理解を求めていたが、そんな事を理解できる隊員はいないため、険悪な関係が続いていた。
あの時見た光景は理解しがたいが、彼等は「怪物との共存」に一定の成果を出していたのだ。「自衛隊は怪物を駆除しかできないが、あんな奴等が意外な答えを見つけてくれる。」そう実感する出来事であった。
魔物を運ぶトレーラーは悪天候の中を目的地目指して進んでいた。戦闘と重量物が頻繁に通る道路は至る所で酷く痛んでおり、道にできた穴や段差を越えるために何度も止まっては進むを繰り返す。
道路に大きな水たまりが出来ている個所は先行した隊が通れるか確認し、通れなかったら迂回路を準備していた。だが、通れると判断した水たまりをトレーラーが通過しようとした時、突如としてカニ型の怪物が水たまりから出現する。あまりに突然の出現だったため、運転手はハンドルを切り過ぎてしまい、トレーラーは横転してしまった。
「おいっ! 大丈夫か? 」
「カニはコンテナで潰れてます! 」
護衛の隊員達は直ぐに運転手を救出し、怪物の確認を行う。
「コンテナに近づくな! すぐ離れろ! 」
全てではないにしろ、中身を見たことがある部隊長が血相を変えて指示を出す。隊長の後ろからは小銃と火炎放射器で武装した防護服姿の隊員がやってきて、コンテナを取り囲み始めた。
「俺達の出番みたいだな。」
その光景を見ていた倉田は10式戦車を下ろす指示を出す。
「田中、早く手伝え! 田中! 」
「・・・」
倉田の言葉に、田中は応えず、彼は一点を凝視していた。
「目です・・・倉田さん、コンテナの中から巨大な目がこっちを見ています・・・」
コンテナは横転の衝撃で一部が裂けていた。田中の言葉に倉田もコンテナの裂け目を見ると、巨大な目が自分達を見つめていた・・・
「コンテナの破損部分に気を付けろ! これ以上は絶対に近づくな! 」
部隊長が指示を飛ばしていると、突然コンテナ内から何本もの触手のような物体が這い出てきて、鋼製コンテナの破損部分を紙でも扱うかのように折り曲げて塞いでいく・・・
「うわ! 」
「何だあれっ! 」
周りを取り囲んでいる隊員は、突然の出来事に後ずさってしまう。
「撃つな! 下がれ! 」
部隊長は上からの命令と、部下の生命を第一に考えて後退を指示する。こうして普通科の連中が下がって来た所は倉田達の10式戦車であり、3人は意図せずに魔物入りコンテナと対峙することとなる。
30分後
倉田達とコンテナは対峙を続けていた。
「専門家が来るまで1時間だとよ。気を抜くなよ。」
「気を抜くなっていわれても・・・出てきたら撃って良いんですよね? 」
「それは指示待ちだ。勝手に撃つんじゃねーぞ。」
部隊長から先制攻撃の禁止をきつく言われていた倉田は田中に指示を出す。
「そもそもあれ、攻撃が効くんですか? 」
「知るか! ヨン! 何時でも下がれるようにしておけ。」
「了解。」
ヨンは怪物が出てきた場合に「体当たりしろ」と言わない倉田の命令に全力で応える。
1時間後、専門家がようやく到着する。待っている途中、怪物は腹をすかせたのかコンテナに押しつぶされているカニをコンテナ内に引きずり込んでいたが、倉田達は怪物入りコンテナとの対峙を何とか乗り越えたのだった。
「おいっ、まじか。」
専門家は軽トラを改造したキャンピングカーで現れ、横転したコンテナに横付けする。
「出てきたのは女2人? 」
驚くことに、車から出て来た専門家は女性だった。1人は褐色のエルフで、もう1人は服装と見た目から日本人に見えるが、倭国人の妖怪だろう。
エルフの女性は部隊長に状況を聞いているようだが、もう一人の方はコンテナの裂け目から何やら中に指示を出し、そして、軽トラを運転してコンテナの破損部分に移動させる。
「おいおい、大丈夫なのか? 」
「これが魔獣遣いってやつじゃないか? 倭国には魔獣のブリーダーがいるくらいだし・・・」
心配する田中をよそに、ヨンは冷静に考察していた。
専門家の2人が周りから見えないようにシートを広げると、コンテナから触手の生えた不気味な影がキャンピングカーへ移動していく。怪物が中に入ったのを確認した専門家は、軽トラに乗って北海道大学を目指すのだった。
「俺達、必要あったか? 」
「さぁ? 」
北海道大学まで護衛を行った田中はヨンに問いかけるが、答えなど帰ってこない。そんな2人とは正反対に、倉田は国に対する不信感を募らせていた。「俺達にすら詳細を話せない怪物」を国民の同意なしで秘密の研究所に運び込む・・・どう考えてもロクな研究をしていないだろう。だが、自分にはどうすることも出来ないし、魔物の研究を続ける事に理解もある。国民のための善意に満ちた研究をするように願うしかなかった。
この護衛任務の後、北海道大学には得体の知れない怪物がいるとのうわさが立つこととなる。しかし、的を得ない噂は所詮噂でしかなく、倉田達は大きな勘違いもしていた。
大学に運び込まれたのは、怪物ではなく日本人であり、精密検査と観察のために大学内で一時暮らしてもらうだけだったのだ。そして、田中の従妹であることに気付く者はいなかった。




