リュクスの回想
今回グロはありません
また、あの夢だ・・・
人々が寝静まっている刻、まだ夜は明けていないにもかかわらず、その地では赤い光が空を照らしていた・・・
何の前触れもなく家屋は燃え上がり、大半の住人は何が起きたか分からずに焼かれてしまう。異常事態に気付いた者は逃げ惑うが、集落の周囲には魔法壁が張られており、唯一の逃げ道には漆黒の装甲服を纏った兵士が1人、立ちはだかっていた。
兵士は住人を次々に殺害していく。その矛先に一切の迷いは無く、年齢も性別も関係なかった。
午前3時、あの時と同じ時間に俺は悪夢から目覚める。1年前から見始めた悪夢は、その頻度が増していた。
「俺に何をしろって言うんだ。」
殺した住人は俺に何かを言おうとしていたが、夢の中で伝わることは無い。そもそも、奴等は俺の作ったイメージでしかなく、俺自身が悪夢を自分に見せているだけだ。
服を着替えてバルコニーに出る。足元の満杯になった消壺を見て、年をとったと実感しつつタバコの火をつけてしまう。こんなものに依存するとは思わなかった。
ふぅー
今回の夢は人魔大戦時代のものだ。あの時の光景は今でも覚えている。
6時間後、アーノルド国、オースガーデン王城
この日、ロマに派遣された東部派遣軍団総司令官が世界に向けて会見を開くにあたり、俺は国王の警護についていた。大型モニターが設置された王族専用の部屋には、国内にいる全ての王族が集まり、会見が始まるのを待っている。
皆、ジアゾ戦へ赴くシルト王子の言葉を待っていた。
「事の発端はある部族の異変だった。」
ユグドラシルが転移して来た場所からさらに北、「世界の角」と呼ばれる山岳地帯にスノーエルフと呼ばれるハイエルフ達が住んでいた。
こいつらは人を寄せ付けない極寒の山岳に集落を形成して、外との交流を一切行わない典型的なハイエルフで、時の神竜「クロノ」の信徒だ。神竜の信徒の時点で神竜教団だが、ノルド人にとっては一族の祖先を救った種族として、神の次に神聖視される複雑な相手でもあった。
スノーエルフが神聖視されている理由はいくつかある。先祖を救ったこと、クロノが人間に危害を与えなかったこと、抵抗せずに滅ぼされたこと、信仰対象を滅ぼされてもスノーエルフのノルド人に対する接し方が変わらなかったこと・・・クロノ討伐時、ノルド王達は神竜討伐に歓喜することは無く、スノーエルフ達に許しを請うたという。しかし、彼等は王達を一切罰することも罵倒することもなかった。
それ以降、ノルドの王達は代が変わるごとにスノーエルフのもとへ行く事が慣習となり、帝国が滅びた現在も続いている。だが、50年前からスノーエルフの集落で原因不明の奇病が発生する。喘息に似た症状を発症し、次々に亡くなる者が現れたのだ。
ノルドの2大国は出せる限りの医療を提供しようとしたが彼等は拒否し、代わりに調査団が派遣された。しかし、世界でも名だたる専門家集団が調査したにもかかわらず、原因はわからなかった。集落の状況が日に日に悪化していく中、スーノルド帝国大学へ協力要請が来る。
転移以来、ユグドラシル人は余計ないざこざを避けるためスノーエルフとは距離をとっていたが、ここに来て本格的に交流が始まった。
大学の調査によって、細菌やウイルス、寄生虫は確認できず、彼等の魔力異常、土地の異常も確認できなかった。だが、継続的な調査によって決定的な原因を突き止める。
「白エルフ共は科学公害に無力だった・・・」
スノーエルフは魔法に関する環境変化にはユグドラシル人以上の耐性を持つ。しかし、「魔力の殆どない世界」で生成された化学物質に過剰反応を示すことが判明する。発生源はジアゾ合衆国以外に無い。これが10年前の出来事だ。
ジアゾ自体、国内で公害は問題になっていることから、ノルドの王族は何度もジアゾに働きかけ、帝大の調査資料を突きつけて公害の解決を迫っていた。
これは環境問題だ。だが、そう捉えられない者が現れるのが人間という生き物なのだろう。
ノルドの上層部は世界経済に大きな影響を与えているジアゾの科学(化学)産業を押さえつけようとした。そして、彼等は反発する。
「公害による被害の科学的根拠を示せ。」
国際的に非難されたジアゾは正確かつ詳細なデータを要求する。これはジアゾの時間稼ぎであり、その間に出来るだけの対策を済ませようとしたのだろう。だが、公害を完全に無くすなど不可能なことだ。
彼等が求めているのは長期的なデータであり、誰が考えても必要な結果が集まる頃にはスノーエルフは消滅することが予想できた。
両者は問題を解決することが出来ずに時間だけが流れてゆき、スノーエルフは消滅することとなる。これが3年前。
ロマ国、首都「ロマ」
厳重な警戒体制の元、王国ホテルに設置された会見場で1人の男が世界に向けて演説を行っていた。
「・・・戦争という愚かな行為を、私は認めていない! 」
戦争の正当性を語るのは、東部派遣軍団総司令官シルト・ガルマンである。シルトはジアゾとの対決を戦争という言葉を使わず、過ちを正すための武力行使にすぎないと訴え、戦闘が始まっても合衆国の考えを改められ、脅威を取り除ければ即刻軍を引く考えを示す。
「・・・毒の生産が止まるまで、世界、人類にとって安全な国となるまで介入せざるを得ない。」
まぁ、つまりは最後までするってことだ。王族となって以来、ガルマン家もずいぶん回りくどい話し方をするようになった。これも、アレクサンドラの施した教育の賜物だろうか?
あの小娘がガルマン家をここまで変えるとは、正直思ってもいなかった。
「たまには、ロゼッタの様子を見に行くか・・・」
任務が終わり、他のケルベロスに護衛を引き継いだ後、俺は「反乱分子の内部調査」名目に数日間の休暇を取る。種族の特性で、悪夢を見た場合、夢の内容にゆかりのある人物と会い、何かしらの問題を解決しない限り悪夢は続くからだ。最近は悪夢ばかり見るようになっていた・・・
アーノルド国東部の小さな町「リトルビュー」
森林に囲まれた平野に佇む長閑な田舎町であるリトルビューは、福祉の町として長寿種に知れ渡っている。ここは長寿種の町であり、心身に障害を持つ者、終の棲家を探している者にとって、定命種の理に左右されずに療養を行い、「答え」を探せる場所となっていた。
「お帰りなさいませ。本日はどの様なご用件で? 」
「ロゼッタの様子を見に来た。半日で帰る。」
町の入り口には検問があり、滞在許可証か通行証が無ければ入れないようになっているが、獣人の衛兵は俺の顔を見ただけで手続き無しで通してしまう。元領主とは言え、これは問題があるな。
リュクスは町の東部に建つ城に向かっていた。この城は小さいながらも築城から最近まで城としての機能を果たしていて、町の中心に役場が出来てからもランドマークとして大きな存在感を放っていた。
城の歴史は古く、帝国初期にまでさかのぼる。築城当時は戦乱の時代であり、城には金と血に飢えた盗賊まがいの兵士で賑わっていたが、今となっては規律正しい衛兵と完璧超人の使用人達が城の住人となっている。城で働く大半の者が当時活躍していた兵士達の子孫であり、衛兵の敬礼は盗賊の名残があったり、使用人の中には暗殺教団の秘術を身につけている者もいるなど、中々独自色の強い城である。
一般開放されている庭園で、赤い髪をなびかせたエルフが散策していた。城で働く者の多くが定命種であり、彼女が何時から城の住人になったかは謎に包まれているが、町に住む者からは深窓の令嬢と呼ばれている。
「失礼いたします。リュクス様が戻られました。」
検問から連絡を受けた衛兵が赤髪のエルフ「ロゼッタ」に報告する。
「リュクス様が? 何かあったのでしょうか。」
連絡もなしに戻ってきたリュクスに、ロゼッタは一抹の不安を抱く。
「ロゼッタ様の様子を見に来られたとか・・・」
「私の? 」
自室までの道をリュクスと歩きながらロゼッタは町の近況を話し、理想の町に近づいている事を伝える。ロゼッタがリュクスを応接室ではなく自室に案内するのは、リュクス以外には知られたくない秘密があるからだ。
「町は順調か、お前は何か変わり無いか? 」
「私ですか? 私は何も・・・ハイラはどうです? 」
ロゼッタは隣の席にいるハイラに問う。
彼女は変わっていない。あの時から全く・・・
昨日の悪夢の原因。人魔大戦時、俺は魔族相手では無くエルフを専門に駆除していた。
あの時、密使から皇帝直々に特務があると聞かされた俺は待ち合わせ場所に到着したが、そこに皇帝の姿は無く、代わりにとある貴族が待っていた。
放置中の外伝も書き始めたので、更新速度が落ちます