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とある転移国家日本国の決断  作者:
栄光と破滅への道
156/191

変態 その3

「あっ、起きた。」


 小百合は利子の覚醒を感じると同時に、しばらく感じなかった捕食される恐怖に支配される。


「これ、ヤバいやつ。」


「ドアを開けてみたが・・・何も起きないな。」


 小百合達は家畜のいる檻をモニターで監視しているが、何も起きないため担当職員の2人は利子が出てくるまで話はじめる。


「食事と言っても、生きた牛1頭とは何の冗談だか。」


「赤羽さんは結構な大食漢なんですよ、最近は生肉を好んで食べるようになったので問題は無いかと・・・ただ、牛1頭は食べきれないでしょうね。」


 国の職員は呑気に雑談しているが、小百合は利子の変化を手に取るように把握していたため、2人とは危機感が違っていた。


「私、車の外には絶対出ないから。」


 国と鴉天狗からは、利子が食事を終えて檻から出てきた際に彼女を間近で観察するよう言われていたが・・・小刻みに震える小百合は、家畜の映るモニターを見ながら利子の前には出ない事を宣言する。

 外には利子の妖気を感じ取った兵士と退魔士が集まってきたが、はっきり言って力不足だ。この場で利子を押さえられる頼みの綱は、外務局が派遣した妖狐しかいない。「鴉天狗の私が妖狐を頼りにするなんて・・・」


「触手は変態後も赤羽さんの性格が変わらないと言っていましたし、そんなに心配する事ではないでしょう。」


 国崎はうずくまる小百合に言葉をかけ、遠回しにその目で確認するように促す。彼もまた上から利子の観察を命じられており、その為には小百合に働いてもらわなければならなかった。利子の担当となり、彼女と何度も話をしたが、性格、人格共に問題が無いことを国崎は職員の中で1番よくわかっている・・・そう、モニターの画面が血に染まる瞬間まで思い込んでいた。


 一瞬の出来事だった。得体の知れない物体が現れたと同時に牛の頭部が消え去る。次に胴体の半分が千切れる様に消えたことで、巨大な口が家畜を嚙み千切った事を理解した。

 僅か3口か4口で家畜を平らげた物体は、触手を伸ばして周囲に飛び散った血を丹念に舐めあげていく・・・


「たりない・・・お腹すいた。」


 飛び散った血を全て舐めとった物体は急激に人の形に変わる。体の至る所に目と口が形成され、何本もの触手が生えているが、それは間違いなく彼女だった。


「これ、ダメなやつじゃないか? 」


「・・・」


 同僚の問いに、国崎は何も答えられない。「檻を開けても大丈夫なのだろうか?」国崎は答えが出せないが、外ではセシリアが触手の指示通りに手動で檻の鍵を解除してしまう。


「おーい、赤羽君。食事は足りたか? 」


 セシリアは少し離れた場所に移動して利子が出てくるのを待っていた。触手の不安が現実となった場合、いきなり襲われかねないからだ。檻の周囲は軍と退魔士が包囲しているが、内部から漂ってくる妖気に皆圧倒されているのが分かる。外務局から派遣された妖狐はテント内から監視しているだけであり、この場で彼女の暴走に対応できるのはセシリア以外にいない。


「たりません、お腹がすきました。」


 少しして、利子がゆっくりと姿を現す。その姿は強烈な見た目になっているが、触手を見慣れているセシリアは、彼女の理性が失われていない事に安堵する。


「ごはん・・・」


ドサッ


 利子はゆっくり歩きだすと、檻と地面の段差に足を取られて顔面から転んでしまう。どうも体を上手く使いこなせていないようだ。彼女は立ち上がるかと思いきや、そのままの姿勢でセシリアの所まで移動してから立ち上がる。


「不定形だ。」「こんな妖怪、見たことも聞いたことも無いぞ。」「結界が効かないかもしれない。」


 周囲では利子を見た退魔士や兵士達がじりじりと後ろに下がり始める。彼等が対応できる大妖怪はせいぜい一般人クラス、今の利子は静京でも幹部職級の大妖怪のため、力の差を感じて戦意を失いつつあった。


「君に追加の食事を用意した。あの山にある物は全て食べていいぞ。」


 セシリアは妖魔の発生地である山に利子を誘導する。



妖魔発生地の山


 その山中に広がる洞窟に、一人の青年が人面蜘蛛に引きつられて最奥へ向かって歩いていた。洞窟には多くの人面蜘蛛がいるものの、青年を襲う事は無い。


「広間の先に主様がいる。失礼の無いように。」


「はい・・・」


 青年は生贄だった。被害の止まない集落は、国から固く禁止されている生贄を出すことで、一時的にでも被害を減らそうとしていた。最初の生贄に選ばれた青年は狐人に見えるが、細部を見ると猫の亜人「猫人」の特徴を持っている。彼は狐人と猫人の間に生まれたのだが、狐人とも猫人ともいえる特徴を持つことで、身売りに出されていたところを集落が労働力として購入していた。

 通常、生まれる子はどちらかの種族になるのだが、稀に2種族の特徴を持って生まれる事がある。これは地球で言うライガーやレオポンと同じ交雑種であり、生殖器官はあるものの生殖能力は無く、先天的な疾患にかかりやすい生物的な欠陥を持つ。このことから交雑種が生まれた場合、倭国では直ぐに土へ返す事になっているが、貧困地域では使いつぶしてもいい労働力として認識され、一定の年齢まで育ててから身売りに出されていた。


 一方、人面蜘蛛達は生贄の提案を快く受け入れていた。彼等にとっては、ただの虫から生贄を捧げられるまでに「格」が上がったことを意味している。最初の生贄だけあって、下っ端の蜘蛛達は丁重に主の元へ連れていこうとしていた。


 生贄の青年が「主の間」に続く大きな空洞を移動していた頃、巣穴の入り口に招かざる客が到着する。


「何者だ? 」「とまれ」


 付近の蜘蛛達が集まって来たが、見たことの無い生物を前にして対応が出来ていない。この時の利子は獲物が逃げ出さないように自身の魔力波を極限まで押さえ込んでおり、人面蜘蛛達は自分達に迫る危機を全く理解していなかった。

 今の利子は感覚器官が鋭く研ぎ澄まされ、山のどこに「食事」があるか目星はついていた。彼女の目指す場所は「洞窟の主」と「孵化場」である。

 正体不明とは言え、巣に侵入されたからには人面蜘蛛達は黙っていない。利子を包囲すると、全方位から毒液を吐き出して足止めを行い、続いて強酸性の糸で全身の自由を奪う。そして、背後から鋭い牙で彼女の首筋に噛みつき、毒を直接流し込む・・・通常だったらオーバーキルと言っても良い攻撃だが、利子に噛みついていた人面蜘蛛は動かなくなり、少しして体の大部分が消滅する。



「名は何と申す? 」


「ムラスケと申します。どうか、私をお納めください。」


 青年が連れてこられた最奥には、10mを超す巨体の大蜘蛛が鎮座していた。その存在感に圧倒されつつも、青年は主に名前を告げて自らの責務を全うしようとする。

 この光景を見て主は付近の集落が自身の配下になった事を実感していた。生贄を出すと言う事は、それ以外に集落を守る方法が無い事を意味し、この関係はこれから先も続くことになるのだ。今回は1人だが、次は2人要求しよう。巣の規模も大きくなったことだし、他の集落を攻略することも視野に入る。集落を複数配下に治めれば、生贄の数も増える・・・主にとって今日は記念するべき日になるはずだった。


「主様、侵入者が「大広間」まで到達いたしました。」


「まだ倒せんのか。使えん奴らめ。」


 部下の報告を聞いた主は、その巨体をゆっくりと起こして移動を始める。


「あっ、あの。私は・・・」


「そこに居れ。」


 「主の間」は行き止まりの大空間であり、主はムラスケを残して大広間へ移動していく。


「貴様、大妖怪か。」


 侵入者に巣の深くまで侵入された事で、主は配下の蜘蛛を総動員して排除を命じていた。だが、あっけなく自身の前に現れた侵入者を見て、相手が大妖怪であることを悟る。


「そういうことだったか。だが、その程度の妖力では最早なにも出来んだろう。」


 主は侵入者の妖気が少ない事で、ここに来るまでに相当のダメージを受けたと判断する。大妖怪と言えど、「群れ」の総攻撃を受けたとあっては只では済まないはずだった。目の前にいるのは瀕死の大妖怪、喰らうのは容易い。そして、大妖怪は喰らうだけで「格」が上がり、より強力な妖怪となる事は確実である。


「我に出会った不運を呪うが良い! 喰ろうてやる! 」


 主は巨体に似合わない、目にもとまらぬ速度で侵入者に襲い掛かり、上半身を噛み千切って一飲みにしてしまう。


「フハハハハハ! 喰らうたぞ。」


10分後・・・

 待っても戻ってこない主を探しに、ムラスケは大広間に移動していた。そこで彼は息を呑む。広間には、あれだけの巨体を誇っていた主が、得体の知れない生き物に内部から食い破られ、貪り食われている異様な光景が広がっていた。そして、食事中の生物と目が合ってしまう。


「あなたは、何? 」


 その生物はヒトの形に変わり、自分へ向かってくる。恐らく大妖怪と言うことはわかるが、静京に住む者とは明らかに異なった存在を前に、緊張はピークに達していた。覚悟は決めていたが、想定外の事態にムラスケは呼吸を整えてから言葉を絞り出す。


「わ、私はムラスケと申します。この地には生贄としてきました。どうか私をお納めください。」


 ムラスケの前に来た大妖怪は、いくつもの目と触手でムラスケを確認し始める。


「あなたは食べ物じゃない・・・」


 一通りムラスケの体を確認した大妖怪は、主の残骸を丸呑みにしてから狭い隙間に消えてゆく。


「待ってください! 私はこのまま帰る訳にはいかないんです。」


 生贄としてこの地に来たからには、生きて帰るわけにはいかなかった・・・ムラスケは名も知らない大妖怪の後を追う。



 利子が山に入って数時間後、夕日は沈み、妖魔が活発に動く時間帯となる。セシリアと小百合は国崎が運転する装甲車で妖魔の発生している山まで来ていた。


「もう妖魔はいないみたい。多分、利子が全部食べたんだと思う。」


「さて、これでも足りなかったらどうしようか・・・」


 魔法科学院は追加の家畜を準備したが、到着は日付が変わる頃になるためセシリアの不安は大きくなる。


「利子は正気に戻っているわ。その辺の草でも食べさせればいいのよ。」


「ん、そうなのか? 」


 今まで震えていた小百合は、利子の魔力波が落ち着いたことを確認しており、「彼女に問題なし」と答える。


「しかし、そうだとしたら何故出てこない。」


「さぁ? 食べ過ぎて動けなくなっているとか? 」


 セシリアと小百合は緊張感から解き放たれたことで雑談しているが、利子にとっては大きな問題が起きていた。


「こんなの私じゃない・・・」


 空腹が満たされた利子は正気に戻ったのだが、今までの記憶がよみがえる事で自身の変化に苛まれていた。


「でも、おいしいよ~」


 利子は自分の変化に大きなショックを受けたが、美味しいものを食べた時の感動は変わらなかったため、蜘蛛の卵を泣きながら食べ続ける。



「どうしよう・・・」


 卵を食べつくした利子は入り口に戻っていた。外には小百合達が待っているのが確認できるが、外に出ることは出来ない。


カツンッ


「誰! 」


 突然の物音に、利子は音源に視線を移す。そこには、あの時出会った青年がいた。


「ど、どうか、私を・・・」


「ちょうど良かった。あの、一つ頼んでもいいかな? 」




余りにも利子が出てこない事で、セシリアと小百合は山中へ捜索の準備を進めていた。


「明るくなってからの方が良いのでは? 」


「何かあって、出てきたくても出て来れなくなっているかもしれない。ちょっと見てくるだけだから心配いらないわ。今の利子は何時もの彼女よ。」


 小百合は装備を整えつつ、国崎に応える。国崎は昼間の光景が頭から離れないが、あれだけ恐れていた彼女が前向きに捜索準備を進めている事に違和感を覚える。

 国崎は感じられないが、小百合は対象の状態を魔力波で感じ取っていて、普段の状態に落ち着いている現在なら襲われる心配は無い事を把握していた。


「おい、誰か出て来たぞ。」


 入り口を監視していた職員の声が聞こえ、小百合達は外に出て確認する。妖魔の巣穴からは事前情報に無い人物が出てきて、小百合の元へ向かってきていた。


「とまれ! お前は誰だ! 」


「わ、私は生贄のムラスケと言います。大妖怪様から伝言を預かってきました。」


 ムラスケは兵士に止められていたが、問題無い事を確認されてから小百合の元へ案内される。


「・・・とのことで、小百合様にのみ伝えて欲しいとの事でした。」


「あ~、なるほど、それは動けないわ。」




 利子は洞窟内の窪みにうずくまって小百合の到着を待っていた。今の体制は体育座りだが、触手を伸ばすことで周辺の状態を確認できる。利子は触手の一本を目の前に伸ばして動かしてみる。自在に動かせる触手、背中の目からは後ろの景色が見えるが、頭がまだ慣れないようだ。


「はぁ。」


 完全に怪物となった体は、本当に戻せるのだろうか? 利子はため息しか出ない。


「利子ー、出てきなさい。」


「さゆりさ~ん。」


 聞きなれた声が聞こえたことで、利子は情けない声を出しながら暗闇から出てくる。


「持って来たよ。服。」


「小百合さ~ん、ありがと~。」


 利子は小百合が持ってきた、ゆったり目の服を着る。彼女が外に出て来れなかったのは、服を着ていなかったからだった。利子は小百合に連れられて、セシリアと国崎の元へ向かいはじめる。


「う~、みんなに見られた。」


「誰も気にしていないわ。」


 そう、誰もそんなことは気にしていない。利子の変態に携わったほぼ全ての人間と妖怪は、彼女に恐怖以外の感情を抱いていなかった。

魔物化利子はこんな感じです。これ以降は急激に成長することはありません。

実は家畜の中にノロが潜んでいて、九死に一生を得る裏話を書く予定です。

外伝では「死者の国の魔女」としてリュクスに尋問される予定ですが、何時書けるのやら・・・

今でこそ小百合は利子に手も足も出ない状態になっていますが、外伝の物語後半に小百合の戦闘力がインフレを起こします。


新キャラのムラスケですが、ツヨシと組ませて活躍させるキャラとして初期から考えていました。

影の薄い2人ですが・・・ツヨシ×ムラスケの濃厚な話を用意してあるとかないとか?

ちなみに、交雑種のムラスケは狐人が強く出ているので「狐猫キツネコ」に分類されます。


次話はリュクスの回想です。ここまできてやっとアーノルド王家の説明になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 短時間での二話更新ご苦労さまです。 ノロって多分ノロウイルスですよね。 牛を食べた利子が食中毒になるということかな。 外伝が読めるのはだいぶ先でしょうけど待ってます。
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