観測される異常
その昔、古代人は神竜の襲撃から身を守るべく地下に広大な都市を建設し、その命を繋いでいた。彼等は生存のために来る日も来る日も都市を拡張し、力を取り戻していった。やがて、神竜と肩を並べる程の強大な文明となるのだが、高度文明を築いた彼等は忽然と姿を消してしまう・・・
古代人の遺した遺跡は世界中で見られるが、最大にして最も状態の良い遺跡がスノーノルド領内にあり、現在も稼働していた。
スーノルド国首都、オドレメジャー
オドレメジャーは高緯度の極地に近い都市であり、農業、畜産業には適さず、地形も険しいため食料の乏しい土地であるが、代わりに僅かな土地にはぎっしりと工場が建てられ、首都圏自体が広大な工業地帯を形成している。
不毛で険しい大地、過酷な自然環境。地表だけを見れば高度文明が栄えるには厳しい環境に見えるが、オドレメジャーの本体は地下50m地点に広がる古代文明の地下都市である。
温かい日差しと、心地良い風が吹く官公庁区画の一角に地質調査局がある。自国だけでなく、世界中の地質を調べ、資源開発を始めとした国土の開発に必要な情報を提供する重要な機関であり、神託以外で魔石の枯渇を最初に発見した機関でもある。そのため、地質調査局の重要性は年々増してゆき、予算と人員が優先的に配分されていた。
多くの部署で人と予算が増える中、少ない人員と予算で細々と活動している部署があった。
「え~と、過去300年の瘴気内データは・・・」
科学調査班班長のメイロンは、最近観測された地震波を調べるべく過去のデータを書庫で発掘していた。
「班長! 5年分のデータが見つかりました。」
「所々で年代データが見つかりません。」
「見つかった物だけで構わない、一つにまとめるんだ。」
書庫での発掘作業は難航していた。科学調査班自体、職員が6人しかいない事もあるが、先任の班長が変わり者の堅物で、局自体が紙ベースの書類からデータに移行しようとした時、「紙媒体は不滅である! 」と、訳の分からない事を主張して科学調査班だけデータ化が行われなかった。他の部署では最新の情報処理装置と記憶装置が配備され、書類のやり取りと書庫が大幅に減少したが、科学調査班はレトロな装置を使用し続け、大量の書類と戦い続けていた。
先任の班長は退職したものの、今更データ化をしたいと言っても、魔法万能の組織にあって科学調査班の活動は軽視されており、メイロンの予算請求は今まで認められていない。
今行っている仕事は、瘴気内における過去の地震データ解析である。瘴気内は瘴気によって魔力波が遮られ、地震で発生する魔力波も地下の岩盤によって観測不可能レベルまで減衰してしまう。そのため、本格的な調査が行えず、書庫に蓄積されている地震データも付近の古代遺跡が観測したものであり、遺跡の機能が衰えている関係で収集したデータは不完全であった。
地震研究が進まない中、状況を変えたのがジアゾ合衆国である。今から50年ほど前に各国は科学の共同研究協定を結び、その中で地震の科学的な調査も進められるようになり、地震研究は飛躍的に進んでいた。
「確認出来る限り、今回観測された波形はありません。」
「瘴気内なので何が起きてもおかしくはありませんが、確実なデータが50年程度しかないので何とも・・・」
「引き続き、過去のデータを遡って調査してください。」
メイロンは、部下に継続調査を指示して執務室へ向かう。
執務室に戻ったメイロンは、自身が作成した調査結果の最終確認と、追加調査の予算請求書を準備していた。そして、万年瘴気地帯で発生した地震波のデータを確認する。
「上は信じないだろうが、万年瘴気地帯で発生した地震波は自然のものではない・・・」
波形は魔虫戦役で使用され、魔虫の発生源である地下遺跡を破壊したフレアのものと余りにも似ていた。
「瘴気内の波形はフレアと酷似しているが、規模は・・・」
メイロンはフレアで観測された波形と、その数十倍はある瘴気内の波形を見比べて、今までにない胸騒ぎを感じるのであった。
スーノルド帝国大学、古代遺跡研究棟、通信科
帝国大学にて、古代遺跡の通信技術を研究している通信科は、古代人の高度な通信技術を解析して実用的な通信装置の開発を進めていた。大学の一研究室にも関わらず、通信科の功績は目に見える形で実用化されており、大きなものでは大陸各地の遺跡を解析し、復旧、遺跡を中心とした通信網を構築することで、現在では固定通信機器を一般家庭にまで普及させている。近年では遺跡の周囲に小規模の中継局を構築することで、携帯可能な通信機器を実用化していた。
大学は教育と研究機関だけでなく、新技術を売ることで外貨を獲得しており、それで得られた資金と権利によって「ユグドラシル」の住人達はスーノルド国内で自治を勝ち取っている。
「パントゥーチ、ログの出所は分かったか? 」
「全然。だけど、ここ1年で月の通信からも頻繁に出るようになっているってことは判明した。」
主任研究員のパントゥーチは、同じくユグドラシル出身の同僚と共に、数年前から古代遺跡の通信で見られるようになった、正体不明のログについて調べていた。このログが最初に確認された時、初めは何かのエラーと考えられていたが、各地の遺跡で確認されるようになった事で調査が行われるようになる。
「最近、月との通信量が激減しているから、重要施設が壊れて何かのバックアップが働いているとかじゃないか? わからんけど・・・」
ログの調査から、不明な通信は遺跡から発信されている事は分かっているが、ログが確認され始めてからも遺跡等に異常は見られなかったため、何が作動しているのか皆目見当がつかないでいた。
「まぁここにいても分からんわな。そういう事で、俺達に派遣依頼が来た。ログが一番多く確認されているサマサ近郊の遺跡を調査だと。」
「うへっ! 外に行くなんて嫌なこった。トラブルに巻き込まれたらどうするんだよ。」
パントゥーチは嫌がるが、大学の派遣依頼は実質強制なので選択肢はない。
「3食昼寝付きで、警備のしっかりしているホテルに滞在するんだから、別にいいだろ。」
引きこもりのパントゥーチを同僚が何とか説得するが、ユグドラシルの住人にとって大学外へ行くことは大変気を遣うことだった。
ユグドラシル人はエルフに酷似した人種である。しかし、その実態は大学ごとこの世界に転移して来た者達であり、生物的にはハイエルフに匹敵する。原住民であるエルフはハイエルフを崇拝しており、不要な問題をさけるためにもユグドラシル人は魔力をエルフ並みに抑えて行動しなければならなかった。
「だけどよ。外には俺達を狙っている奴等もいるんだろ? やべーよ。」
乗り気でないパントゥーチは気怠そうに椅子に座りながら仰向けになるが、そう言うと思っていた同僚は更なる好条件を伝える。
「大学が護衛を付けてくれるそうだ。アーノルドの首都防衛隊は知っているだろ? 」
首都防衛隊と聞いてパントゥーチは起き上がり、同僚に顔を向ける。
「おいおい、リュクスの奴が来るんじゃないだろうな。」
戦エルフ「リュクス」。大学の外ではアーノルド伝説の戦士として名が知られているが、同族のユグドラシル人コミュニティでは真逆の評価をされていた。特技「恐喝、略奪、誘拐」、ある時は国を滅ぼしかけ、気まぐれで原住民のエルフを強姦、アーノルド人の汚れ仕事も引き受け敵対する住民を虐殺、etc・・・定命の者達は情報統制と時が経つことで彼の悪行を忘れてしまうが、同族はそうはいかなかった。
「そんなわけあるか! 腕は確かな精鋭が来るから、安心しろ。」
あんな極悪人の犯罪者が護衛にいたら仕事どころじゃないため、同僚の言葉にパントゥーチは安堵する。
数日後、2人は大学のスタッフ数人と共にサマサへ出発するのだが、そこで彼等は見たことも無い高度な暗号と出会うこととなる。