水棲魔物駆除作戦
水棲魔物駆除作戦、通称「半漁人殲滅作戦」は文科省と環境省、水産庁の共同プロジェクトである。
転移以降、次から次へ上陸してくる魔物達に、日本は悲鳴を上げつつあった。全国に上陸した魔物は北海道を除き駆除できているものの工業と農業の被害は深刻で、特に農業生産拠点である北海道の被害は大きく、ただでさえ低い食料生産に追い打ちをかけていた。日本国は外国との交易で食料と資源の輸入を開始しているが、その輸入量は限定的であり、事態の打開には程遠い状況である。
日本国は上陸してくる魔物の調査を行い、北海道の北方、黒霧が瘤のように発生していない海域に巨大な発生源があることを突き止める。この海域は遠浅の海が広がり、高濃度の魔石鉱床で形勢された海底に魔物達が集まり、無数の穴を掘り進めて巨大なコロニーを形成していた。調査初期段階では判明しなかったが、海底洞窟群は魔物達か作った巨大な家なのだ。
魔物達は複数の種が共生しており、巣穴拡大、食糧調達、子育てまで共同で行う独特の生態を持っていた。いつから、どの様にして異なる種が共生を始めたかは不明だが、専門家の中には「原始文明の誕生が見れる可能性」を提唱し、メインネストの破壊に反対する者もいる。無論、メインネストで繁殖しすぎた魔物達が黒霧に沿って日本へ移動してきているため、今の日本に文明誕生の瞬間を悠長に観察している余裕は無い。
メインネストの調査は黒霧調査で大量に導入した無人探査船や水中ドローンが活躍し、魔物の生態を調査する過程で開発された共生音波発生装置を組み合わせる事によって早期に完了しており、今は核を搭載した水中ドローンを各地に配置した所である。
「魔力嵐ですか・・・」
護衛艦「いずも」艦内の一室でコクコは環境省の職員、上杉健志郎とプライベートに会っていた。
「はい、核爆発を表面で起こした場合は発生しませんが、魔石鉱床内部で起爆した場合に発生する可能性があるそうです。」
「なるほど、神竜教団の古代艦が参加しているのは、オブザーバーも兼ねるわけですか・・・ひと月前に魔力嵐の注意を各国へ出していたのは、このためですね。」
日本国と神竜教団は技術協力を強めており、その中で両国は魔石加工技術、核分裂技術を互いに提供し、今日の作戦に至っていた。
日本は人為的な魔力嵐の発生に成功し、核爆発によって魔力嵐がどの規模で発生するのかを確認するため。教団は理論上人為的に起こすことが可能とされる核分裂反応と核融合反応を確認するために研究員を派遣していた。
「我が国の研究では小さな魔力嵐を発生させることが出来ました。その結果から、今回の核爆発で発生する魔力嵐が瘴気内に広く悪影響を与える可能性が高いと判断しました。」
「そうですか、早い段階から注意喚起して頂きありがとうございます。」
上杉の言う魔力嵐の危険性をコクコは何度か経験している。前回、瘴気が広がり始めた時、海外から帰る途中で遥か遠方で発生した魔力嵐によって空飛ぶ畳が墜落し、2ヶ月も漂流した事があった。
魔力嵐は魔力に依存している生物に大きな影響を与えるため、今回の作戦で魔力嵐が発生すればアカギの逆鱗に触れることは間違いなく、これを口実に同心会を日本国へ焚きつけることで一挙に殲滅する予定を立てていた。
メインネストに仕掛けられた核は敢えて小型の物を複数個所に分散して設置しているが、これは同じ威力の核爆弾でも大きなものを1つよりも、小型を複数個所で炸裂させた方が効果が高いからである。更に、今回は海底洞窟という特殊な環境も考慮に入れており、核の威力、洞窟の構造、海中での威力減衰等、綿密な計算によって決められていた。
「起爆10秒前・・・」
「いよいよですね。」
関係省庁の職員、自衛隊員、神竜教団員、各自がそれぞれの目的を持って今回の核爆発に臨んでいた・・・
「・・・3、2、1・・・」
そして、その時が訪れる
複雑に入り組み、魔物達で溢れかえっている海底洞窟内で複数の核が同時に起爆。核融合に伴う高熱で広範囲が一瞬にして蒸発し、爆発地点の海上に巨大な水柱が出現する。
神竜教僧兵団、古代艦「プラネート」
核爆発を観測するために派遣されたプラネートは、調査、研究に特化した古代艦であり、海上の研究所とも呼ばれる希少な古代艦である。爆心地から十分離れた位置にもかかわらず、艦橋から確認できる水柱に竜人族の主任研究員は驚嘆していた。
「なんとすさまじい・・・ん? 」
主任がふとした違和感を覚えた瞬間、それはやって来た。
それを一言で表すならば殺気、まるでこの世の終わりが始ったかのような強烈な不安感、直後に襲ってきた殺気によって艦内は騒然となり、そして・・・艦橋に備えられているモニター類が狂い出し、艦内照明が一斉に消える。
「システムダウン! 」
「再起動急げ! 」
プラネートの乗組員が必死でシステムの再起動を行っている傍らで、主任研究員は部下数名と共に原始的な魔力波測定器を甲板に準備していた。この測定器は繊細な測定はできないものの、構造が単純で強力な魔力嵐を受けても作動し続けられるため持ち込んでいたものである。
「あと少し、これで良し。魔力嵐のカテゴリーは・・・エンペラーだと!? 」
魔力波測定器が作動を始め、魔力波の簡単なレベルが表示された瞬間、主任の表情が曇る。
「本国へ緊急伝! エンペラークラスの魔力嵐が発生した! 」
「通信システムは完全に沈黙、何処にもつながりません。」
その頃、海上自衛隊の各護衛艦は核爆発の影響を事細かに調査していた。対象の兵器や機器類には想定内の影響が見受けられ、この情報を基に電磁パルスに対する防御手段強化につなげていくのだ。
護衛艦「いずも」でも艦載機への影響を調べていたのだが、F-35bは替えが効かないため、皆が肝を冷やしながら命がけの調査に臨んでいた。
「最後の機体を無事収容しました。」
部下からの報告を受けた艦長は安堵し、各機材の点検を重点的に行うよう指示する。本来、艦長はこの様な指示を中々出さないが、今回のような特殊な状況に、つい口を出してしまっていた。
「3時方向、プラネートから発光信号。これは・・・緊急信号です。」
「プラネートは止まっていないか? 」
「機関トラブルでしょうか? 」
「すぐに内容を確認・・・」
息つく暇もないとはこのことである。護衛艦「いずも」は、調査船「プラネート」から受けた緊急伝を瘴気内各国へ伝えるのだった。
メインネスト消滅から暫くして
蜀、劉将軍の館でパラスと東の精霊が森の防衛方法を話し合っていた。
「それは危険です。精霊と言えど、破壊の雨を浴びればひとたまりもありません。ここは・・・どうされました? 」
パラスは今まで会話していた精霊が、北東方向を向いたまま動かなくなっている事に気付く。
「終ワリガ始マッタ・・・」
同時刻、倭国
静京の霧雨連山にあるフタラの神殿は、蜂の巣をつついたように神官達が動き回っていた。
「フ、フタラ様! 一大事でございます! 」
フタラに仕える神官のクチナは、北西から押し寄せた強力な魔力嵐を報告するべく、フタラの部屋に駆け付けていた。
「落ち着きなさい、私達が慌ててはいけません。被害の確認を、この嵐では病院の機能も止まっているでしょう、直ぐに人を派遣しなさい。」
「はいっ! 」
落ち着き、的確に指示を出すフタラにクチナは冷静さを取り戻して神官達へ指示を出す。しかし、神殿内で一番慌てていたのはフタラ自身であり、他人に気付かれるわけにもいかなかった。
「なんてこと・・・アカギに相談しなくちゃ。」
同時刻、魔法科学院静京第零出張所
静京の雰囲気が一変した事を受けて、赤羽利子は急いで出張所まで戻ってきていた。利子はセシリアと訓練を行っていたのだが、魔力嵐を受けて教授は魔法科学院の本部へ召集となり、出張所へ戻ってきたのは利子のみである。
「小百合さん! 外の様子が変なの。小百合さん? 」
「利子、外で何が起きているの。」
利子は寝室でうずくまる小百合を見つけて駆け寄るが、彼女は真剣なまなざしで外の状況を尋ねてくる。
「分からないよ。でも、何かすごく嫌な感じがする。」
彼女は自分よりも遥かに魔力を感じることが出来るため、今回の異変を敏感に感じてしまったのだろう。今は馴れたが、静京に到着した時は大妖怪の魔力に当てられて体調を崩して今と同じ状態になり、かなり慌てたことを思い出す。
小百合さんにも分からないと言う事は、自分にはどうすることも出来ない。
「これは魔力嵐という現象です。通常ですと、普段の生活に影響はほぼありませんが、これ程の嵐は異常です。落ち着きましたら国に事態を確認すると良いでしょう。」
どこからともなく触手が現れて状況の説明をする。やはり、こんな時に役に立つのは触手だ、的確に指示してくれるのは有難い。
利子は小百合を介護しつつ、外の状況が落ち着くのを待つのであった。
ヴィクターランド、ピナド山山頂
神竜ヴィクターは大混乱に陥る国内を片目に、無言で北方を見つめていた。
この混乱は時間が経てば落ち着く、だが問題は・・・
日本国が行った水棲魔物駆除作戦は、メインネストを破壊する大きな成果を上げた。これで北海道へ上陸してくる魔物の総数は激減する事が確実となり、国家の不安要素を1つ減らすことに成功したのだ。しかし、直後に発生した最強クラスの魔力嵐によって、瘴気内では方位計の狂いによる遭難が多発、病院機能の停止によって百名以上の死者が発生するなど、瘴気内各国は大混乱に陥る。作戦を主導した日本国は外交上の窮地に立たされ、以降、瘴気内各国の了承を得ない核使用は実験を含めて禁止となるのだった。
数週間後・・・
魔力嵐の影響がまだ残る中、コクコは上杉の元を訪れていた。
「倭国内の準備が整いました。」
「そうですか、予定通りとは流石ですね。後は時が来るのみです。」
コクコは魔力嵐で軌道修正を行いながらも同心会の根絶作戦を整えており、上杉も日本国内の準備が最終段階に入ったことを伝える。
「ところで上杉さん、大陸との戦ではどの鉱山を使うのですか? 」
強力な魔力嵐を受けて、コクコは日本国の対パンガイア作戦が大きく変わった事を実感していた。瘴気が晴れた段階で侵攻して来る大陸軍に対し、魔力嵐をぶつければ大損害を与えられる事が判明したからだ。
瘴気内にはメインネスト級の鉱山を各国が保有しているが、どの鉱山を使うかは聞くまでもない、アカギの居城、霧氷連山以外に無いだろう。自分自身もその予定で事を進めているところである。
「全てです。」
「はい? 」
予想外の回答に、コクコは自分の耳を疑う。「全て」とは一体・・・
「蜀の白牙鉱山、ヴィクターランドのピナド山、そして倭国の霧氷連山、その全てを使います。神竜ヴィクターには総理が説得へ向かい、蜀皇帝へは我々が話を付けます。倭国ですが、申し訳ありませんがコクコさんのお力が必要です。」
コクコは上杉の話を聞きながら高揚している自分に気付く。内側から溢れるこの感覚は久しく感じた事が無かったのもだ。「面白い、実に面白い! 私が求めていたのはこれです。」
北海道の北方で発生した魔力嵐は瘴気によって外部には一切の影響はなかったが、被害が無かったゆえにパンガイア連合軍は無防備のまま瘴気内へ侵攻しようとしていた。
どちらが破滅するかは神でも予想できないが、その時は刻一刻と近づいている・・・
ここまで引っ張っておいて、最終決戦は爆破オチと物量戦の糞展開となります。