閑話6
倭国静京、喫茶店「ナユタ」
倭国の茶屋にジアゾ文化を取り入れたナユタは、日本人でも落ち着いて飲み物を楽しめる雰囲気が好評となり、静京に勤務する日本人がよく利用する店となっている。
いつもは日本人が多くいる店内だが、今日は店内の一角を貸し切って大妖怪向けの新聞社「春夏秋冬新聞社」の記者が、ある日本人の取材を行っていた。
「先日、兎人と交流を行ったと耳にしましたが、出会うことすら難しい兎人とどの様に接触したのですか? 」
「ノーコメント」
白石小百合は質問する記者に対して冷淡に対応する。「なんで、私がこんなことを・・・」
本来、日本人学生への取材は許可されていないのだが、日本人の「大妖怪」と「大妖怪ですら見つけられない兎人と交流した」留学生の噂を静京のマスコミが黙って見過ごすはずもなく、圧力に折れる形で1度のみの取材が許可されていた。
取材を受けるにあたって、留学生は守秘義務を守りながら取材を受けなければならないため、うっかり口を滑らす可能性のある利子は除外され、小百合が受けることとなる。
「いったい、何をどう話せばいいのよ・・・」小百合は兎の亜人とは偶然知り合っただけで、コツなどは一切ない。強いて言えば「ナギ」の能力だが、これは記者に言って良いことではない。
小百合が兎人と接触したのは偶然であり、フィールドワークをしていた時に家出していた若い兎人を見かけて目線が会った事から始まる。
兎人は自身を他人から認識させない固有能力を持ち、長年に渡って人目に付かない暮らしをしているが、これは古くから「兎の手」が幸運の御守として珍重されていた事が原因であり、兎人への危害が禁止されてからも彼等は人前に出てくることは無かった。
私と目の合った兎人は、最初は見られている事を信じられない様子だったが、疑念が確信に変わった瞬間、私に向けてクナイを投げて来た。その後、なんやかんやあって家に帰るよう説得して送り届けたのだが、私の置かれている立場が近い事を知った兎人達は、家出人を送り届けたお礼として実力者を護衛につけて教授の研究所まで送り届けてくれたのである。
帰りが遅くなってしまい研究所で待つ2人に心配をかけてしまったが、教授は私をそっちのけで滅多に出会えない兎人と長話を始めてしまい、利子は「男と朝帰り・・・心配して損した。」とナニかを勘違いしていた。
「最初に出会った時にクナイを投げられたけど、ナギじゃなかったら死んでたから!」と、言いたいところだけど、兎人達との約束で話せない事になっているので利子の誤解を解くことはできなかった。
「う~ん、この話題もダメですか。すごく緊張されていますが、大丈夫ですか? 」
目の前の記者は丁寧な対応で私の心配をしているように見えるが、緊張の原因はお前自身だという実感はあるのだろうか? この記者は自己紹介でカツラギと名乗ったが、私は出会う前から嫌な予感がしていて、その予感は見事に的中する。私の前に現れた記者は大妖怪でも上位の実力を持ち、倭国に来てから出会った妖怪の中で一番強力な化け物だった。普通、取材に行くのは下っ端じゃないのだろうか?
「大丈夫です。この緊張は貴方が原因ですので。」
「外国の方によく言われます・・・」
記者は自覚があるようだが、私が言いたいのは魔力がバカでかいことじゃない。
「カツラギさん、貴方、人間を食べたことあるでしょ。」
「えっ、それは、どういう・・・」
「最近食べていないのはわかるけど、大昔は何のためらいもなく人間を襲っていたでしょ。」
あ~あ、言ってしまった。だけど、どうあがいても勝てる所がない化け物相手に、営業態度を取り続けることなんてできるわけがない。
「日本人の中には不思議な能力を持つ者がいると噂で聞いたことがありますが、貴女でしたか・・・」
場の雰囲気がガラリと変化したのが分かる・・・カツラギは小百合の警戒を解くため、自身の人生を人魔大戦から話し始める。
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「…ということです。安心してください、私は危険な組織とは関係ありません。」
カツラギの話は魔族と倭国が歩んだ歴史そのものであり、その中には日本政府も把握していないものもあった。小百合は丁寧に説明するカツラギに警戒心を緩めて対応できるようになり、無事に取材は終了する。と言っても、内容的にどっちの取材だかわからないが・・・
小百合が研究所に戻ると、そこに利子と教授の姿は無く、触手だけが留守番していた。
「ただいま。」
「お帰りなさいませ。」
利子は魔族の基礎訓練で教授と訓練場へ行ったきり帰っていないようだ。今日の訓練は魔力制御による人間への威圧感軽減といった内容で、大妖怪なら誰でも身につけている術である。利子がマスターしてくれれば彼女の魔力に悩まされることも無くなるのだが、この時間になっても帰っていないと言う事は、そう言う事だろう。
「小百合様、折り入ってお話ししたいことがございます。宜しいでしょうか? 」
神妙な面持ち? で触手が話しかけてくるが、大体内容は予想できるので部屋でゆっくり聞くとしよう。
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「へぇ~、そんな事になっていたんだ。」
案の定、触手の話は利子の事だった。触手曰く、利子の体は未だに人間のままであり、このまま成長を放置し続ければ肉体も精神も壊れてしまうそうだ。
「貴方が融合したがっていたのは、そんな理由があったのね。それで、私にどうしろと? 」
触手は利子の不利になるような情報は出さない。こいつにも「焦り」といった感情があることに、私はつい感心してしまう。
「融合の後、主様が人の道を踏み外さぬよう支えてほしいのです。」
「嫌よ、それは貴方の役目でしょう。」
ナギに妖怪のお守りをしろなんて、何の冗談だろうか? 触手は頭の良い奴だと思っていたが、考えを改めないといけないようだ。
「それは不可能でございます。私の意思は融合により完全に消滅してしまうのです。」
「何それ、あの時言っていたことと話が違うじゃない。」
利子の出入国で国の職員と揉めていた時、触手の説明では融合したら一時的に意識は無くなるが「解除の魔法」で元に戻ると言っていたハズだ。
「あの説明は主様を不安にさせないための嘘でございます。解除の魔法などありません。」
はぁ、こういう奴なのは分かっていたのに、触手の話を鵜呑みにしていた自分は迂闊だった。
「全ては私の力不足故・・・」
触手は私に利子の教育と訓練が十分できなかったことを詫び、詳しく説明する。
本来、触手は幼少期に生まれ、主の教育と訓練、心構えを段階的に教えていくはずだった。日本が転移しなければ利子は人間として本来の人生を歩んだだろうが、魔法の世界に来てしまったことで全てが狂ってしまったのだ。触手は利子と接触してから彼女を全力でサポートしつつ教育と訓練を行ってきたが、如何に超生物「触手」と言えど、この短期間では無理があった・・・
利子へのあらゆる教育が不足している中、触手は日本国と倭国の協力を得ながら融合の準備を進めていた。日本は魔族の国民を有効に利用するため、倭国は人魔大戦時から魔族の難民や移民を受け入れている歴史を学んだ触手は、両国と交渉を行い、セシリア監修で安全に融合できる場を用意させる等、できうる限りの準備を整えていた。
触手に残された最後の懸念は、完全に人間ではなくなった主が、人の道を歩み続けられるかであり、小百合はその監視役に最適と判断したのだった。
「その事をずっと黙っているつもりなの? 私が言うのは何だけど、あの子は貴方の事をかなり気に入っているのよ。」
「よいのです。私のような小物、主様の人生における瞬きの1つに過ぎません。私よりも主様と多くの時を過ごす小百合様だからこそ、お願いしているのです。」
触手は私に利子の面倒を見るように言うが、はっきり言って荷が重すぎる。利子は今でさえ手が付けられなくなっているのに、完全体になった彼女が暴れ出したら、如何こう出来る自信は一切ない。触手と初めて会った時にライフルを撃ち込んだ事があったが、肉片が飛び散ったものの直ぐ元通りになり、銃撃の効果を実感できなかった。
そんな体になった利子を止めることは自衛隊の兵器でも使わない限り鴉天狗にも無理である。
「小百合様、今から話す事は他言無用に願います。我が主は魔法学に関して、年相応の知識を身につけていないが故に、南海大島では無自覚に他者と契約を結び、国際的に使用が禁止されている広域魔法を行使してしまいました。詳細はお伝えできませんが、小百合様も影響を受けているのです。」
「・・・」
私が利子の影響下にある? 確かに魔力波とやらの悪影響は受けているが、それ以外に自覚は無い。
この時、私は利子の影響によって妖怪と行動を共にしている事を全力で否定していた。自分が利子と行動を共にしている事も、倭国にいることも「任務のために仕方なく」している事であり、妖怪と仲良くなることなどあり得ない・・・はずだ。
「他のナギに見てもらうのがよさそう・・・日本に帰ったら紅葉に調べてもらおう。」
今までの経緯を振り返えり、触手の話を完全に否定できない私は幼馴染のナギに自分を調べてもらおうと考える。彼女はナギの中でも抜きん出た解析能力を持っているから、この世界の人間より確実だ。
私の反応が予想通りと見たのか、触手は利子にも伝えていない重要な秘密を話し始める。
「万が一の事態が起きた場合に備え、小百合様にお伝えしたいことがあります。私の体はあらゆる物理的攻撃、全ての魔法属性に高い耐性を有していますが・・・」
日本国、北海道の北方海域
遠浅の海が広がる穏やかな海域に、海上自衛隊の護衛艦隊が集結していた。この艦隊はメインネスト殲滅作戦に並行して行われる、核爆発の影響が既存兵器と無人機にどれだけ影響を与えるかを調べる実験のため、最新鋭の無人護衛艦の他、F-35bを搭載する「いずも級」、既存の陸上兵器を満載した「おおすみ級」護衛艦等、そうそうたるメンツが集結しており、上空には空自の無人機も展開しているため、とても賑やかな海域となっていた。
護衛艦「いずも」
見晴らしの良い艦橋では、自衛隊員に混ざって国の職員と倭国の外務局長がメインネストの殲滅を確認しに乗艦していた。
「素晴らしい席を用意していただき、ありがとうございます。」
「喜んでいただいて、何よりです。」
「起爆まで5分」
日本国環境省の上杉は、倭国外務局長のコクコに簡単な説明を行い、2人は核の起爆を待っていた。この核爆発の情報をコクコが倭国へ届けることで同心会への宣戦布告となるのだが、その事を知る者は少ない。
この章も後数話でお終いです
次の章から実戦が始まりますが、平和な話が長かった分、戦いも長く激烈なものとなります