接触
パンガイア大陸東部有数の都市国家「サマサ」
サマサ新市街地市長のグェンは、執務室で本国と貴族連合へ提出する極秘書類を作成していた。この書類は先日サマサを訪れた瘴気内国家の外交団に関する内容であり、公にできない部分の報告書である。
・預言にある死者の国と合致した国家が瘴気内に出現したこと
・死者の国と思しき国は日本と言う国名で、正確な地図を入手できたこと
・倭国と蜀の文明レベルは以前の記録と殆ど変わらないが、日本国は最低でも先進国並みと推測できること
・日本国の使者を調査したところ、魔法回路を持たず魔力を一切保有していないこと
・日本国内に魔族の存在は確認できていないこと
・予定通り挑発できたこと・・・
本国は死者の国の魔族に大きな関心を寄せているが、日本国の使者は「ヒトしか存在していない」との発言をしていることから、魔族は存在しないと報告書に記載したものの、魔法の存在しない世界から転移してきた影響を考慮する必要ありと捕捉する。
トントン
「入れ。」
「失礼します。」
神妙な面持ちで執務室に入ってきた秘書のノランドは、両手では抱えきれない書類の束をグェンの机に置く。
「旧サマサ市から瘴気内外交団を脅迫した事に関する質問書と抗議文です。」
「少しは世間の空気を察して欲しいのだが。」
旧サマサ市は瘴気が晴れれば交易等で古くから瘴気内と交流があり、今回も準備を進めていた。両ノルド国家が瘴気内への侵攻準備を進めていることは分かっていたが、武力をチラつかせて交渉を有利に運ばせるだけとばかり思いこんでいたサマサ人は、碌な交渉も行わず脅迫しただけのグェンに納得のいく回答を求めているのだ。
「そればかりは仕方ありません、先祖代々交流のある者もいるのです。今度の戦は今までの関係を全て壊すのですから・・・」
同じサマサ人であるノランドは思う所があるが、これは自分と新市街議会がサマサを分断する覚悟で決断した事である。
「瘴気内国家は神竜教に汚染されている事が判明し、俺は外交交渉でできうる限り教団の影響を排除するために外交団を返した。と、言う事で処理してくれ。」
グェンが瘴気内の外交団と交渉を任されたのは和平の為ではない。新サマサ市の市長となったのも、ノルド国家が巨額の支援を行ってきたのも瘴気内平定の為であり、グェンの仕事は瘴気内の情報を出来るだけ聞き出し、挑発を行い、相手に行動を起こさせることにある。
与えられた仕事内容を照らし合わせると、今回の会談は大成功と言えるだろう。
「わかりました。市長、後一点、私個人で懸念している所があるのですが、宜しいでしょうか? 」
「懸念? 」
「はい、表から見えないのは良いのですが、非正規鼠人を雇いすぎではないでしょうか? 」
秘書として、ノランドはグェンの立場をよく理解しているつもりだが、大国の後ろ盾があるにしても大量の非正規鼠人を違法に雇っていることに懸念を抱くようになっていた。
「そんな事か、奴等は手懐ければ良く働いてくれる。非正規なら安上がりだし、死んだところで騒ぎにはならない。」
死んで騒ぎにならない? どういうことだろうか。非正規鼠人を裏で活用していた組織は多く聞くが、大半は過酷な労働と非人道的な扱い、大量に雇用したことによる外部への露呈や内部告発などで内から崩壊していた。
「調べはついていると思ったが、意外だな。紐無し鼠人の活用方法は祖父が始めて父が確立させた・・・俺は、発展させただけだ。」
「私は何も聞かなかった事にします。」
グェンは成り上がった歴史を伝えるが、ノランドは平然と犯罪行為を話す市長に釘をさす。
「そう遠慮するな、お前も十分こちら側の人間だろ。鼠人共を手懐ける秘訣はヒトとして扱うことと、徹底した監視だ。」
グェンは机にボロボロの本を取り出してノランドに見せる。
「なるほど、市長は遠視の持ち主でしたね。その本は、鼠人が作ったものですか? 内容は盗賊騎士のようですが・・・」
盗賊騎士は大昔に存在したとされる剣奴の物語で、騎士となって城主にまで成り上がる物語であり、国中を旅しながら横暴な貴族や、私腹を肥やす女神教幹部を「決闘」によって懲らしめていく内容が受けて、世界中で出版されていた。盗賊騎士の活躍した時期が数百年に渡るため、物語の時期によって時代に合わせた主人公が描かれており、近年では女騎士バージョンが人気となっている。
ノランド自身もオリジナル版を読んでおり、市長が入手した本の内容はオリジナルに近いものと分かる。
「下水のガキ共が持っていた物を市販品と交換して手に入れた。奴らが作った物を見れば、何を考えているのか大体わかるからな。」
過去に多くの組織が失敗した原因は、紐無し鼠人を奴隷同然に扱った事で反発を受けたからに他ならない。
相手を調べ、使えるギリギリのラインを見出して有効に活用する。不法滞在、不法就労を黙認し、最低限のフォローを行うことで主従関係に近い存在となり、裏切り等の行為はコミュニティ内部で処理される。グェンは内部情報を独自に入手しつつ必要な指示を出すことで、鼠人コミュニティを掌握していた。
「人心掌握とは、恐れ入りました。貴方は本当に貴族なのですか? 」
「本物の貴族は大昔に絶滅している。俺達は貴族の真似事をしているだけだ。」
新市長がゴリ押しともいえる強引な市政を行い続けられる秘密はこれだろう。ノランドは経済マフィアと呼ばれるグェンの評価を見直す必要があると実感する。だが、
「貴方がいれば市政は盤石でしょう。ですが、外交団への仕打ちはいただけません、相手は国家ですよ。」
「俺は飽くまでも噛ませ犬だ。命じられた仕事を忠実にこなしているだけさ。」
グェンに与えられた真の任務は戦争の火種となる事であり、次の段階は瘴気内国家をできうる限り挑発して、なるべく相手から宣戦布告を促す難しい任務も控えている。
瘴気内国家の外交官には共通して、神竜教汚染が無くなるまでの間、パンガイア連合国による監視を受け入れ、国政の受け渡しを要求し、各国に住む神竜教信者と魔族の身柄を無条件で引き渡すこと等、到底受け入れることが出来ない要求を叩きつけた。
個別の国家毎にも要求を出しており、蜀の外交官には魔石の交渉権が国にしか無い事を伝え、ただ同然の指定価格以外での買取を拒否。倭国には全ての魔族を無条件でパンガイア連合国に引渡す事を要求し、拒否した場合は人類への攻撃の意志ありとみなす事を伝える。日本国には全ての科学技術を大陸へ移転させることを要求し、日本人が死者でない事を証明できなければアンデッドとして扱うことを伝えた。
「日本国への仕打ちは後々問題になりませんか? 」
「死者と呼ばれる者達だ。詳しく調べるのは当たり前だし、俺の仕事の1つでもある。問題などあるものか。」
市長は仕事だと話すが、ノランドは検疫を理由に日本の使者を隔離して行った精密検査を問題視していた。
「本国へサンプルを送るにしても、血を抜きすぎです。」
「あぁ、あれのことか。まさか魔法もポーションも効果が無いとは想定外だった。」
検査の後、日本の使者には回復魔法がかけられ、回復ポーションも使ったのだが効果は無く、蜀と倭国の使者から猛烈な批判を受けていたのだ。
そもそも、瘴気内の外交団には全員に魔力抑制機能付きの首輪を付けさせる等、外交の場として礼儀も常識も無い仕打ちを行っており、特に白狼族の外交官は嫌悪感を露わにしていた。
「心配するな。使者が死んだわけではない、必要な検疫だったのだ。」
そう、これは必要な調査であり、使者を殺害した訳でもないので攻撃には当たらない。挑発の範囲内ギリギリを攻められたのだ。
日本国、首相官邸
総理は初となる大陸国家とのコンタクトを受けて、前総理と会談していた。
「関係各所へは指示を出しましたが、ここまで酷いとは予想していませんでした。」
「相手が戦争する気満々だと言う事が証明され、予想通りともいえる。ここからが正念場だ。」
総理は戦争回避へ向け、話し合いの余地が無い事を悟り、前総理は今後の交渉でいかに相手の真意を探れるかが勝負になると話す。
「こんな出鱈目な要求を出してくれたおかげで、戦争否定派が急速に萎んだからやり易くなったのではないか? 」
「審議では的確な指摘をしてくれましたし、彼等は大きな問題ではなかったのですよ。問題は・・・」
「あぁ、奴らが今まで以上に勢いづくな。」
戦争ありきで物事を進めて来た名も無き組織は、サマサでの会談後に絶大な発言力を持つようになっていた。本来は会談で相手側が戦争の準備を進めている事実を確認してから戦争準備に取り掛かるものだが、組織はジアゾ外交団来日を切っ掛けとして、一気に戦争準備を加速させていたからである。
各省庁の職員が参加し、大物政治家とも連携している名も無き組織は、今回の会談を最大限利用することで思い切った行動に移ろうとしていた。
日本海、海上
任務を終えた潜水艦が母港に向かって移動を続けていた。
「Dデイは5月の国会か・・・」艦長室にて艦長のウルフウッドは、名も無き組織から届いた極秘文章を処分する。
原子力潜水艦「シャーロット」は大いなる目的を与えられ、多くの者の運命を背負いながら母港に向かう・・・
少し前の話でコクコのお遣いをしていたシャーロットですが、この話で正体が判明しました
ネタバレになりますが、名有りキャラは意外な所で接点があります
盗賊騎士の物語ですが、外伝で少しずつ書いています