表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある転移国家日本国の決断  作者:
大陸間戦争勃発
142/191

閑話5

南海大島西部、グレートカーレ


 グレートカーレの中心地は夜になっても喧騒に包まれているほど大きく発展していた。

 港にはいくつもの簡易桟橋が設置された他、湾の浅い箇所は水深を確保するべく海底を掘る工事も行われ、規模は小さいが仮設ではない本格的な施設も稼働を始めており、町の発展に拍車をかけている。

 急速に発展したグレートカーレだが、郊外は商業施設の少ない閑静な住宅地区となっているため、休日には住人達がそれぞれの時間を過ごしていた。戦争、戦後の復興、新しい文化の流入、この地を故郷としている者、新しく住み着いた者にとっても今まで気の休まる時間が取れなかったが、一番忙しい時期を越えたことで人々はゆっくり休める余裕が出来ていたのだ。


郊外の自動車整備場


 今年最後の月、戦前から作業場として使われていた小屋を多少アップグレードした掘っ立て小屋で、菊池は自家用車の整備を行っていた。


「エンジンオイルの不純物を見ればエンジンの状態が分かる。」


「へぇ~」


「先生は車の整備を軍で習ったの? 」


 ユースとエンジンオイルの交換を手伝いながら、キドは車に詳しい理由を菊池に話しかける。


「いや、自衛隊は整備専門の人間がやる。俺は趣味で覚えたんだ。」


「日本は趣味でこんな高度な機械を持てるんだ・・・」


 菊池は兄弟に趣味の車いじりを話し始める。車を運転する爽快感、一体感、手をかければそれなりの性能を発揮する素直さ、旧式故の故障の多さ・・・兄弟に話をしていくうちに、菊池は愛車との出会いを思い出していた。

 最初、深く考えずに何処でも走れるジープタイプの中古車を購入したのだが、次々に部品が壊れ始め、交換していくうちに新車以上の出費となってしまい、手放すことを考えた時もあった。だが、少ない給料と時間をやりくりしながら整備していくにつれ、徐々に愛着が芽生え、売却を踏みとどまった。

 真面に使えるようになってからは車両のパーツ全てにこだわるようになり、特に排気系の配管は菊池自慢の一品である。この配管はオーストラリアへ行った際に地方の店で見かけて一目惚れしたもので、その芸術的なフォルムを店主と語り合う事で意気投合し、格安で購入していた。

 注文した数日後に黒霧の存在が公表され、国際的な混乱で配管は一向に届かなかったが、店主は最後の民間輸送便によって菊池に配管を送り届けてくれた。「霧が晴れたらまた来てくれ」配管に添えられた店主の手紙は今も実家に保管している。


 機械は使い方を熟知し、日々コンディションを維持していれば決して人を裏切らない、事故が起きるのは整備を怠ったか、人間の操作ミスによるものである。兄弟はこれから複雑な道具を扱う機会が多くなることから、菊池は自家用車の整備を通じて兄弟に整備の心構えを教えようとしていた。外人部隊志望の兄弟には戦闘組織関連の知識を教えた方が良いのだろうが、とても教える気になれない菊池が2人の生徒にできる精一杯である。



倭国、静京


 この日、魔法科学院静京第零出張所に重要な情報が送られてくる。

 出張所のリビング兼会議室に、日本側は利子と小百合の他、彼女達の担当者と大使館員、倭国側はセシリア他、魔法科学院と外務局の職員が一堂に会していた。


「急な会議を開いていただき、ありがとうございます。」


 重苦しい雰囲気の中、日本の大使館員が第一声を発することで会議が始まる。


「先週、外交団が瘴気を越えてパンガイア大陸の玄関口、サマサに到着したことはご存じかと思います。」


「外交団が現地を調査したところ、魔族の出入国に関してサマサと周辺国の法律が一堂に同じものを採用している事が判明しました。」


「現在、パンガイア大陸では魔族は入国出来るものの、出国に関しては帰国以外認められていません。」


 外務省と外務局職員の発表に、場は静まり返る。


「これは、問題ね・・・」


「対策くらいは考えてあるんでしょう? 」


 留学生の引率を任されているセシリアは問題を正確に捉え、小百合は両国の組織が雁首揃えて職員を派遣している事で、この会議はいくつかの対応策を検討する場だと察する。


「 ? 」


 そして、利子は何が問題なのかすら分かっていなかった。


「利子、これは貴女の問題よ。利子は魔族でしょ、サマサに到着しても帰国しか許されないんだから、大学へは行けないの。」


「え゛っ! 」


 小百合が小声で隣の利子に話しかけることで、利子はようやく事の重大性に気付く。小百合は前々から感じていた事だが、利子は自分が魔族である自覚をあまり持っていない、と言うか忘れているのだ。


「両国で協議し、3つの対応策をまとめました。」


1、利子の留学を中止し、代わりに他のナギを派遣する。

2、利子だけ不法入国させ、不法出国させる。

3、利子の留学は中止、派遣は小百合のみとする。


 出された対応策で3は最終手段だと分かる。しかし・・・


「他のナギって簡単に言うけど、私が妖怪に馴れるのにどれだけ苦労したか分かっているでしょう。今から訓練なんて無理もいい所よ。」


「白石君と赤羽君は倭国に来る前から専門教育を受けていたと聞くが、他にもそんな学生がいるのですか? 」


「留学の準備を進めていた学生は白石さんと赤羽さんだけです。また、鴉天狗に打診しましたが、派遣できるナギは白石さん以外いないと断られました。」


 後数カ月しかない期間で追加の留学生を準備できるわけもなく、1の案は流れる。

 小百合とセシリアは話しの流れから嫌な雰囲気を察し、両国の職員が本命としているのが2の案だと感づく。


「2の案ですが、教授にお聞きしたいことがあります。」


「サマサで人一人を気付かれることなく出国させることは可能でしょうか? 」


「無茶を言うな! 300年前ならともかく、戦争が迫っている中での密航は不可能だ。危険すぎる。」


 話を振られたセシリアは両国の職員に声をあげて拒否する。


「規制の緩い第三国経由でも構いません。」


「キレナ国周辺は最近発生した戦闘で混乱が続いています。キレナ周辺国で合流し、帝大を目指すのは如何でしょうか? 」


 外務局の職員は世界地図を開いて場所を指さす。


「こんな所まで赤羽君をどう運ぶんだ! 瘴気を抜けても沿岸各国の警戒網があるんだぞ。」


「そこは心配ありません。赤羽さんは米軍の原子力潜水艦にて・・・」


 両国の職員はいくつもの代替案を提示してセシリアに了承を迫るが、密航等の法律違反や戦闘で混乱している地域での活動は、ただの教授に過ぎない彼女には余りにも荷が重い行為を迫るものであり、次第にセシリア達は両国の職員に恐怖を感じるようになってくる。


「皆様! 少々宜しいでしょうか? 」


 両者のせめぎ合いが続き、両国の職員が最終手段を取ろうとした所で、触手がダッフルバックから這い出てきた。

「うっ」

 触手の存在は既に伝えているが、そのおぞましさは人間、妖怪問わず初めて見る者に衝撃を与える。


「現地の法を破って無理に入国するのは余りにも危険で、セシリア教授に過度の負担を強いるものです。ここは、合法的に主様を移動させるのが最良と判断します。」


「それができないから揉めているのです。何か良案があるのですか? 」


 ピリピリした雰囲気の中、正論で事を進めようとした触手に両国の職員は厳しい視線を向ける。


「主様を魔族ではなく、魔物として運べばよいのです。」


「触手! それって・・・」


 利子が慌てて立ち上がるが、触手は構わず説明を続ける。

 触手の説明は「融合」に関する話であり、利子と触手のみの秘密としていたもので、秘密を暴露された利子はどんどん顔が青ざめる。

「では、融合すれば見た目は魔物以外に見えないという事ですか? 」


「研究用の魔物とすれば税関を抜けることは可能だ。しかし、それが赤羽君本来の姿とは興味深い・・・それに、何処かで聞いたことがあるな。」


「利子、何で今まで黙っていたの! 」


 触手の説明を受け、両国の職員は直ぐに修正案を議論し始め、セシリアは記憶に微かに残る種族を思い出そうとし、自分に隠し事は一切していないと思い込んでいた小百合は、利子の隠し事に驚いていた。


「触手、何で・・・」


「これも主様の為です、主様には必ず叶えたい夢がおありでしょう。融合には相応の準備期間を要し、融合後はリハビリが必要となります故、もう時間はありません。この場でご決断下さい。」


 魔法を習うために大学へ行くか、諦めて残るか、触手は主に時間が残されていない事を伝え、決断を迫る。


「わ、私は・・・」


 大学へは絶対に行きたい。だけど、このままではセシリア教授に大きな負担をさせてしまうし、小百合さんも危険に晒してしまう、戦争が始まるまで時間も無い。利子は魔族となってからも見た目に変化が無いから普通に暮らせていたが、触手と同じ体になったら、もう人前には出られないだろう。


「心配は無用でございます。解除の術は大学で習得すればよいのです。融合の術は全て私にお任せ下さい。」


 既に自分の中では答えは出ているが、人の体を捨てる決断を口に出す勇気が無い・・・


「まったく、そう言うことは予め教えてよね。」


「大学へ行けば君の種族が確定できるでしょう。何も心配することはない、大学生活は私に任せなさい。」


「ご両親には私共から説明を行いますので心配はりませんよ。」


 会議に参加する全ての人が利子のサポートを口にする。「本来の姿」になる事に抵抗を感じ、人の反応を気にして他人に相談できなかった彼女だが、周囲の理解とサポートによってその不安は消えていく・・・。



日本国沖縄県


 とある離島にて、晴嵐エアドックの代表取締役社長は2ヶ月前に行われた飛行試験の結果を見ながら、国から派遣された職員と会談を行っていた。


「素晴らしい機体ではありませんか。あの状態からよくここまで整備出来ましたね。」


「今更何の用です? 機体はまだ完成していませんよ。」


 次期戦闘機開発を「無駄」の一言で切り捨てた国の職員に対して、社長は冷淡な態度をとる。


「これは失礼、本題に入ります。先の試験で、貴方の息子さんが積乱雲の中を無計器飛行で抜けたことに我々は大きな関心を持ちました。」


「それは何かの間違いです。」


 晴嵐エアドックはデータ解析を行ったのだが、帰還後の検査で計器に異常が見られず、問題なく作動していたことから「計器は正常に動いていたが、それを記録する機械が短時間故障していた」と判断していた。


「転移してから息子さんに変化はありましたか? 」


「それはどういう・・・」


「いや失礼、ここは魔法が存在する世界です。息子さんも特殊な力が備わっているのではないかと思いましてね。」


 国の職員が突拍子も無い事を話し始めたことで「そんなわけないだろう」と言いそうになり、社長は苦笑いする。

 息子は虫も殺せない小心者であり、34にもなって彼女の一人も作れない、今で言う所の「草食系」である。しかし、霧に囲まれた時の避難生活がよほど堪えたのか、ストレスを溜め込みすぎたのか分からないが、会社設立時に発狂したことがあった。

「俺は両手に花の生活がしたいんだ! 」

 あの時は父と共に息子が女性に目覚めたと喜んだのだが・・・

 社長は目線を部屋にうつして、息子が飾った花々を見る。誰に教わったでも無く、息子は花を購入しては各部屋に飾りまくっていた。そればかりか社内の空きスペースで栽培まで始める始末である。

 本当に花のある生活を望んでいたとは思ってもいなかった社長達は、次々に届く花や観葉植物を前に、息子(孫)の結婚が絶望的であることを実感するのであった。


「最近、北海道に専門の研究施設が出来まして、息子さんに精密検査を勧めに来たのです。」


「それは安全な検査ですか? 」


「人間ドックと変わりません。結果は本人にすべて伝えられますし、会社で申し込むのでしたら、結果を会社にも送ります。」


「ドックですか、年齢的に受けさせようとしていたところです。ついでに脳に異常が無いかも見てやってください。」


 社長は余りにも異性に興味が無い息子の異常が「精密検査で見つかるのでは」と考えるまでに至っていた。


「そうですか、後は本人の了承ですが、隼人さんは今どこに居られるのでしょうか? 」


「息子でしたら、この世界の航空事情を学ぶために蜀へ出かけました。」


 蜀では蜀空軍編成に伴う人員の大規模な育成と航空自衛隊のパイロット教育が同時に行われており、仮想敵国としてヴィクターランドの鳥機部隊が派遣されている。晴嵐エアドックは次期戦闘機開発に活かすべく、新世界での航空事情を学ばせるために職員と開発中の機体を蜀へ派遣していた。


「私の到着が少し遅れてしまったようですね。この件は現地の職員から息子さんにお伝えしたいと思います。」


 国の職員は社長と会談後、整備中の機体を確認し、開発の進捗状況を確かめてから「手土産」を置いて晴嵐エアドックを後にした。



「えぇ、そちらで対応をお願いします。はい、教団には事前連絡を入れておいてください。」


 帰りの機内で、国の職員はタブレットで安室隼人の国民情報を確認しながら蜀にいる名も無き組織のメンバーに指示を出していた。


「計器に頼らず巨大台風の中を正確に飛行できるパイロットは地球に存在しない・・・地球には、ね。」


 この世界においても積乱雲の中を計器無しに飛行することは自殺行為だが、そんな危険な行為を「訓練」として行う鳥機乗り達が存在する。

「スペルアンカー戦闘航空隊」

 スペルアンカーのパイロットとなるには、飛行空域の魔素や魔力波を読み、野生動物以上に気流を予測して風を捉えることが必須となる。人の域を超える超人達を世界の鳥機乗りは畏怖と敬意を込めてバトルシルフと呼ぶ・・・。

F-3の名称を夏から考えていたのですが、良い愛称が浮かびませんでした

ここまで来たら諦めて募集します、いい案があれば感想にお願いします

因みに、作中では「令和のゼロ戦」と呼ばれるのですが、隼人をはじめ開発チームはその名を快く思っていない設定です、命名権は晴嵐エアドックが持っています


今年の投稿はこれで最後となります

良いお年を

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ᖴ-3の名称ワイバーンはどうでしょ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ