日本国の野望 その6
瘴気内を平定したことで、日本を取り巻く環境は更なる変化を遂げようとしていた。
蜀は戦争で消費されるはずだった人材を活用し、資源を日本へ輸出しつつ産業革命を行い、比較的科学寄りの発展をしていた南海大島では、精密機器メーカー等が工場を稼働させることで、まだまだ本格的ではないが日本を中心とした貿易圏が構築されつつあった。
国内工場は再稼働し、海外からまとまった資源が到着し始めたことで、日本は息を吹き返す所まで来ていたが、この流れは以前の生活を取り戻すものではなく、世界大戦に備えるために膨れ上がった防衛関連需要によるものである。
日本国某所
転移前、日本唯一といっても過言ではない兵器メーカーのビルにて、名も無き組織のメンバーと新興兵器メーカーの幹部達が一堂に会していた。会場を提供したメーカーは巨大なグループ企業であり、鉛筆から宇宙船まで何でも作れる企業である。今回は国と各兵器メーカーの橋渡し役として場を提供したのだが、この裏には声には出せない企業の悲痛な叫びがあった。
「この期日までに東日本で無人艦の追加発注を30出したいのですが・・・」
「その期限なら6隻、いえ、7隻はいけます。」
「うちは3隻」
防衛省で正式決定すらされていない追加発注に、企業から派遣された幹部達が次々に声を上げる。
会場のいたる所で商談や協定が結ばれていく中、その光景を眺める門倉は複雑な気持ちになっていた。転移後、自衛隊の装備は劇的に向上し、より実戦向きとなることで隊員の安全と負担軽減につながっていたのだが、今までの行いに自信が持てていなかった。
「大盛況ですね、門倉2佐。」
後ろから突然声をかけられた門倉は聞き覚えのある声の方向を向く。
「お久しぶりです、阿部さん。貴方のおかげで、蜀へ供給する戦闘機に目途がつきました。」
門倉は混乱期の急な発注に答えてくれた企業の幹部に感謝を述べる。
「これ程多くの企業が兵器産業に参入するとは、昔では考えられなかったことです。おかげで我が社の負担は大幅に軽減されました。」
阿部は多数の新興兵器メーカーに需要が奪われる状況を負担軽減と言い表す。
「できれば、あなたの所で作って欲しいのですが・・・」
「我々には集中しなければならない事業があります。これ以上裾野は広げられないのです。それに・・・」
阿部は門倉に国を代表する兵器メーカーの苦悩を話し始める。
阿部の勤める企業は古くから国防に関わってきた歴史ある老舗企業だが、日本という限られた市場、制約が多い中で商売を行っていたので、兵器事業は本業ではない。現在はかなり真面なモノ作りが出来るようになってきたが、昭和から平成中期まではノウハウも技術も足りない中で兵器開発を行っていた。
阿部は前任者から、その人物は前任者から代々申し送りを受けており、その内容は製品の欠陥と重大事故に関するもので、製品に欠陥が生まれる過程と、死亡事故を受けた自衛隊員の怒りが記載されていた。
「隊員が手榴弾もって乗り込んで来るぞ!」
この言葉は事故の原因調査において自衛隊側から聞き取りを行った第3者の調査員がメーカーの担当者に放った言葉であり、顧客(国)の要求に応えた製品を納入したものの、製品を使う人間(自衛隊員)を蔑ろにして殺意を向けられる程怒らせてしまった事件が教訓として申し送られていた。
当時は要求を満たすことを優先し、安全性、耐久性、使い易さの研究が疎かになっていた。しかし、問題点が発覚してからも企業における安全意識の欠如、欠陥に対する改善の取り組みは中々進まず、遂には自動車部門が世界を巻き込んだ大事件を起こしてしまう。
兵器に限らず、製品の欠陥を極力無くすにはメーカーの力を集中する必要があり、一企業が多くの兵器を一手に開発、製造するのは荷が重すぎるのだ。
「62式機関銃の「後継」ですが、M240のコピーが形になっています。社内の模擬トライアルにはクリアしているので、その後の助力をお願いします。」
門倉達の隣で、新興兵器メーカー「ゼログラビティ社」のCEOが米国製コピー機関銃の売り込みを行っていた。
「あの若さで、かなりのやり手です。今後はブレイクスルー社と共に防衛産業を牽引していくでしょう。」
ゼログラビティ社とブレイクスルー社は、大手各企業の兵器開発部門が足りないノウハウを補い合うために作った合弁会社である。企業の持つ開発設備と人員だけでなく、提携する大学も技術開発に参加しており、そこに名も無き組織が仲介役となって装備の発注を行っていた。
頼もしい企業の出現は嬉しい事なのだが、名も無き組織を使用したとはいえ、ここまでくる道のりは険しく、門倉は兵器を発注する側の構造的欠陥に苦労していた事を思い出す。門倉は名も無き組織を活用して多くの欠陥を組織から排除していたのだが、現実は非情であり、黒霧発生以前から判明していた欠陥の解消が実戦に間に合わなかった。
転移直後、日本各地に魔物が大挙して上陸した時、自衛隊は避難施設に極小量持ち込んだ武器を使用して基地を奪還し、反撃を開始する。組織的に動くことによって全国で魔物を駆逐していた自衛隊だが、北海道だけは魔物の数が桁違いだった。
大地を埋め尽くす魔物、後方には避難施設、航空支援がまだ行えない中、北海道の戦車部隊は魔物の群れと激戦を繰り広げていた。戦車は強力な兵器だが、主砲は群れに対して弾数が足らず、機関銃での攻撃を多用することになる。最新の10式戦車や90式戦車とは言われるものの、搭載している機関銃は悪名高い62式機関銃の車載型、74式車載機関銃であり、廃棄される74式戦車から取り外した物を装備している車両もあって不具合が発生する車両が出てしまっていた。こうなると、後は重機関銃の出番になるのだが、ここで日本の戦車が抱える構造的な欠陥が露呈してしまう。
重機関銃は車体の上部に搭載されているため、使用するには隊員が外に体を晒さなければならなかった。まだ魔物の生態情報が一切ない中、市街地や郊外で接近戦が発生し、半漁人の音波攻撃とクイーンの溶解液によって殉職者と重度の障害を負うものが多発してしまったのだ。
90式戦車は兎も角、10式戦車は重機関銃操作時の危険性は開発段階から指摘されていたことだが、開発予算、期間、製造費用削減によって対策されることなく完成となっていた。日本の戦車開発には省人化の思想が取り入れられており、自動装てん装置によって90式戦車から乗員を3名としているが、思想と現実の運用には乖離があり、魔物との戦闘で負傷者が出たことで部隊運用に大きな支障を出してしまった。長年戦闘の続くイスラエル、イラク戦争、戦車開発では世界情勢と各国の戦車を参考に開発を行っていたのだが、重機関銃操作時の狙撃、至近距離での爆発による負傷の危険性を把握していたのにもかかわらず、省人化に必須ともいえる「少ない乗員」を守るための装置を装備していなかったのである。
「車載機関銃のテストも良好ですし、戦車の機関銃は2年で全て更新の予定です。」
「流石門倉2佐、早いですね。」
この大きな問題に対して、防衛省は手をこまねいていたわけではなく、危機感を持つ者が集まって何とか出来ないか日夜協議を続けていたのだ。しかし、この手の問題は多くあり、予算請求、議員と国民を説得するだけの資料集めに多大な苦労をしていた。そこで出てきたのが応急対策案というもので、重機関銃のリモート化を研究して予めキットを開発しておき、非常時に直ぐ装備できるようにしていた。
ただ、最初からある物ではないため、リモート化キットが北海道の戦車に装備されるまでに隊員の被害を防ぐ事は出来なかった・・・
「貴社は機関銃開発に名乗りを上げると思っていました。」
「そこの事情はご存じでしょう。」
門倉は阿部に大きな信頼を置いており、転移前から携わっていた機関銃問題を幾度となく持ち込んでいたが断られている。
日本の機関銃は大きな転換期を迎えており、国産の機関銃を調達するより確かな品質で遥かに安い海外製に切り替えていた。結果として機関銃を生産する技術継承が危機に陥り、黒霧の発生によって日本が戦争に巻き込まれる危険性自体も激減したため兵器自体の必要性が問われていた事が拍車をかけていた。
海外から調達できなくなるものは国産に切り替える必要があることから、防衛省は技術の消滅を危惧して密かにコピーを進めており、その過程で得られた情報を名も無き組織が信頼に足る新興兵器メーカーに流していたのだ。
門倉が名も無き組織の能力を限界まで酷使して装備調達を行っているのは、防衛省の危機感からである。自衛隊は今まで平時の体制を続けており、人員は不足し、装備は実戦向きでないものが配備され、訓練は国内法で縛られ、国民はこの状態で自衛隊が機能すると思い込んでいた。そんな状況で起きたのが第二次イラク戦争である。
防衛省は現地に派遣される部隊には実戦を想定して出来る限り装備の改造を行って送り出したが、軽装甲機動車に搭載された機関銃はミニミ軽機関銃であった。ミニミは飽くまでも分隊支援火気であり、射程威力共に現地の小銃に劣るため、後方から支援する機関銃が必要となる。しかし、当時の装備に7.62㎜弾を使用する機関銃で、戦地の使用にも耐えられる信頼性の高い機関銃は保有していなかった。
「高い士気を維持し、相手にハードターゲットだと認識してもらいます。」
派遣された隊員がマスコミの取材で語った言葉である。当時の門倉は、派遣隊員にこんな言葉を言わせてしまった組織の不甲斐なさを痛感し、装備の不備をマスコミも国民も指摘しない事に怒りがこみあげてきていた。
「何時も何時も現場の人間にしわ寄せがくる・・・」
今は山を越えたが、今後は転移初期を遥かに超える巨大な山が迫りつつある。国民生活は困窮しているとはいえ防衛力を疎かにすることはできず、国防に無関心な国民も、親しい者が自衛隊へ就職する状況に国防意識が高まりつつあった。
この機を最大限活かすべく、門倉は防衛省の懐刀として名も無き組織と国を動かしていくのだった。
門倉と別れた阿部は会場の一角で見つけた人だかりまで来ていた。
「遺伝子組み換え蚕は直ぐには用意できません。あと2年は必要となります。」
「あの人はどこかで・・・思い出した。兵器開発には協力しないと言っていたはず・・・」
そこには大学教授を中心として人が集まっており、商品発注や提携の相談で賑わっていた。
「養蚕施設は用意できます。我社と提携を・・・」
「草薙教授、雷の魔法耐性を持つ繊維の共同開発ですが・・・」
「魔法耐性繊維は開発段階であり・・・」
どういった風の吹き回しか分からないが、教授はたどたどしく対応している。兵器開発に関して国内の企業と研究機関が連携するのは良い兆しであり、それだけ阿部の勤める会社の負担軽減となるだろう。
「我々は目の前の需要に応えなければなりませんからね・・・」
世界大戦の危機を知って以来、国から戦車と戦闘機の大量発注に応えているが、最初の受注は目途が立っており、今は追加発注に備えている状態である。国と名も無き組織からは具体的な数が示されているが、相変わらず企業の限界を責める数字となっていた。そして、企業は更に先を見越して行動している。
「蜀の潜在需要はこんなものではない・・・霧が晴れたらジアゾか・・・現地の政府は戦車3千両、戦闘機1千機以上を発注予定・・・」
阿部は独り言をいいつつ会場を後にする。彼は頭痛の種となっている「海外需要」に応える生産ライン確保のために奔走していた。
次は異文化交流会です