影の鼠人王と新米竜騎士
2人の間に暫しの沈黙が訪れる。トライデントはコクコの明かした作戦を聞き、頭をフル回転させながら真意を読み取ろうとしていた。所属組織の壊滅、自国を混乱に陥れる策、南海鼠人が圧倒的に優位な提案、一体こいつに何の得がある?
「正気か? 組織を売ったところでお前の罪は許されるものではない、そんな事をしたらただでは済まないぞ・・・本当の目的は何だ。」
考えても答えが出てこないトライデントはコクコに真意を問う。南海鼠人に優位な提案だからと言って二つ返事をするのは愚の骨頂であり、自分が見落としている情報を少しでも引き出さなければならない。
「私は今まで好きに生きてきましたが、これから先はそうはいかない。真っ当な人生を歩むには、過去を清算しなければならないのですよ。」
過去を清算し、真っ当な人生を歩む? 笑えない冗談である。トライデントは一瞬で嘘だと判断するが、コクコの言葉が全て虚偽ではないことも感じていた。一体何を企んでいるのだろうか?
トライデントは何かしら裏があると踏んでいたが、予想とは異なりコクコの言葉に虚偽はなく、問題解決の方法として適材適所に駒を手配しているに過ぎなかった。コクコはトライデントを動かすべく、敢えて真実のみを話していた。
「良いだろう。俺の発言力は地に落ちているが、動かせる範囲で協力しよう。」
「ありがとうございます。その言葉だけで十分です。」
コクコは微かな笑みを浮かべながらトライデントに応え、2人は必要な情報交換を行い秘密の会談は終了する。最後に部屋を後にしようとするコクコへ、トライデントは途中から気付いた違和感を投げかけた。
「お前、女だったのか。」
「・・・ふふっ」
コクコは表情を一瞬変えたが、何も言わずに部屋を出て行った。
コクコが建物を去ってすぐにシヴァが執務室に入ってくる。
「入ります。」
「シヴァ・・・さっきは大声を出してすまなかった。」
シヴァが仕えてから初めて見る殺気立ったトライデントは、何時もの状態に戻っていた。
「何があったのですか? 」
「大きな仕事が入った、これから忙しくなるぞ。」
シヴァは隣の部屋から2人の会話を聞いていたものの、肝心なところを聞き取れずにいたため何があったのか分からなかった。だが、トライデントの反応でコクコから仕事の依頼を受けたことを悟る。
「最大の敵と取引をなされたのですか! 」
「戦争はもう終わったんだ。友人の真似事くらいしてもいいだろう? それに、奴の提案は南海鼠人にとって良い事尽くめだ。」
種の存続を賭けた戦いから戦争へと変化していった殺し合いは終わった。失ったモノは大きかったが、南海鼠人は劇的な発展を遂げようとしている。シヴァのように敵対心を捨てられない者は多いが、トライデントは対等な取引を続けることが出来れば関係は改善していくと考えていた。
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「奴は気が狂ったのでしょうか? ただの自殺行為です。」
コクコの計画を聞いたシヴァは率直な感想を述べる。
「気が狂っているかどうかは知った事ではないが、この計画は倭国政府と日本国の全面協力のもと行われる。」
南海鼠人が担当する目標は2つの孤島のみであり、輸送と支援は南海大島に駐留する自衛隊が担当し、本島は倭国政府軍と日本国が対応することから成功は約束されている。何より、実質最強と呼ばれる妖怪「アカギ」の討伐に関しても日倭共同で行うとされており、南海鼠人の出番がないことにトライデントは安堵していた。
人間と妖怪が争っていた時代、碧眼の鼠人とヒトの猛者達がアカギを誘き出すことに成功し、百人以上の大部隊で攻撃を行った討伐作戦の記録が第3軍団司令部に保管されており、トライデントは何度か読んでいた。「変異鼠人クラスの戦士百人以上が攻撃したにもかかわらず、掠り傷すら負わせることなく全滅」という内容は今まで信じられなかったが、唐突に訪れたコクコと会談したことで先祖の持ち帰った情報が正しかったと判明する。
アカギの実力はトライデントの予想を大きく超えるもので、コクコが束になっても触れる事すらできない怪物であった。そんな怪物をコクコは以前から葬るつもりでいたというのだから、トライデントは自身とコクコの実力差を痛感する。そして、アカギを葬れるだけの力を有している日本国の実力も垣間見てしまった。
「日本国が先進国だったら俺達に勝機は無い。日本国単体を相手にしたとしても変わらないだろう。」
以前、鼠人王に話した内容をトライデントは思い出すが、日本国の実力も想像を大きく超えていた。必死に戦った南海鼠人とは裏腹に、南海大島への攻撃で日本国は全力を出していなかったのだから・・・
「しかし、同胞の救出作戦を我々に依頼して来た点は評価できます。この作戦が成功すれば、瘴気内で食い物にされる鼠人は存在しなくなります・・・直ぐにでも行動を起こしましょう。」
「成功は担保されている。奴の依頼も、そんなに悪いものじゃないだろ? 」
鼠人の悲願とも言える目標が達成できる千載一遇のチャンスに、シヴァは今まで以上にやる気を出していた。そんな彼女にトライデントは以前の敵と悪くない関係を築けることを遠巻きに話しかける。
人魔戦争時から食人妖怪達が作り上げ、長く秘匿されていた養殖島と屠殺島。養殖島には鼠人を中心に大勢の人間が妖怪の家畜として囚われている。この2島を開放するのが南海鼠人とは、話として出来すぎだ。トライデントは「良い事尽くめではない」事は分かっていても、コクコの真の目的に気づくことはなかった。
日本国、沖縄県
転移前、黒霧の発生により全住人が避難して無人島となっていた島は、住人が少人数ながら戻りつつあった。しかし、本格的な帰還は全国の離島で遅々として進んでいない。
住人が本格的に島へ戻らないのはいくつもの理由があるが、一言で言えば「生活が出来ない」である。少子高齢化、働くとしても燃料、食料、電気、生活物資等あらゆる物が足らず、医療も受け辛くなっていた。島民の多くは生活と安全が保障されている本島や県外に生活の基盤を移してしまったのだ。
こうした離島は全国にあり、名も無き組織は転出先での生活を保障する代わりに住民の土地を国有地とし、有効活用していた。
県内の某離島
青い空に透き通った海、そして綺麗な砂浜。ほぼプライベートビーチと言ってもいい砂浜で安室隼人はビーチパラソルの影で転寝していた。強くない日差しに心地よい風によって隼人はいつの間にか眠ってしまったのだが、肌にあたる風が少し変化したことで目を覚ます。
「・・・寝すぎた。」
今日は休日とはいえ仕事場で確認しなければならない事があったのだが、昼寝のつもりが長く寝てしまった。最近時間の流れが速くなったように感じる・・・
隼人は片付けた荷物を持って「晴嵐エアドック」と書かれた建物に入ると、テーブルや壁に置かれた花瓶の水を入れ替え、しおれた花を取り除く。その後、シャワーを浴びて作業服に着替えると、電子ロックのかかったドアにパスワードを入力してマイクロチップを埋め込んだ手の甲をスキャナーに近づける。
「爺ちゃん居たの? 昨日言ってた部品はどう? 」
厳重な警備のドアを抜けた先は格納庫であり、シートに包まれた巨大な機械の傍で小さな部品を整備している祖父に、隼人は進捗を尋ねた。
「整備で何とかなる。」
「よかった、部品の到着まで1年以上とかやってられないもんね。」
自分の仕事は国策の中でも重要な位置にあり、胸を張って誇りに出来ると隼人は思っているのだが、国や実質的な親企業の支援は悪くなる一方である。会社の実態を知らない隼人は、国内工場が再開して外国から資源も入って来ているのにも関わらず支援が少ない事情が分からなかった。
「次の飛行試験は3日後だよね? 台風が近づいているし、間に合わせないと・・・」
隼人はタブレットを特殊な装置に繋げて精密部品の検査を始める。
晴嵐エアドックは国が全国に建設した小規模飛行場の維持管理、利用する航空機の補給と整備を行う会社の1つである。この離島にある施設が会社の全てなのだが、この企業は同業他社にはない特徴があった。元は巨大企業のとある開発部門だったのだが、業務見直しによって開発プロジェクトは中止となって強制的に独立することとなり、開発に長年携わっていた少数の社員が会社を経営することになったのだ。
会社の経営は自衛隊の規模拡大に伴って良好であり、この離島を所属とする訓練部隊がお得意様である。最近は無人機も配備され始め、本土から人を雇うまでになっていた。会社は忙しい日々が続いているのだが、社員達はそんな中でも中止された開発プロジェクトを独自に続けていた。
次期戦闘機開発プロジェクト
転移前から進められていた大型プロジェクトは、黒霧の発生に伴って消滅することとなる。
政府は黒霧への対応に全力を注ぎ、新兵器開発のほぼ全てが見直されていた。プロジェクトの担当者は国際協調による無人観測機のベースに開発中の機体を売り込んだものの、ステルス戦闘機の高度な無人機化を周辺国と共に行うわけにはいかず、旧式のF-15が選ばれたことで開発予算が激減してしまう。転移後は新状況に対応するべく、国は自衛隊の装備調達を根本的に見直し、次期戦闘機開発は凍結されるのであった。
晴嵐エアドックは開発中の機体を早期に完成させることで売り込みをかける予定なのだが、完成させたとしても機体の採用は絶望的である。有人機であるが故に無人戦闘機のF-15GJには空戦能力で敵わず人的被害が出るデメリットが大きい。ステルス性能でもF-35と比べて突出するところが無く、逆に高度なアビオニクスを搭載しているわけでもない。無人機運用能力は既存の機体に搭載され始めており、今更無人機化するだけの資本もノウハウも無かった。
開発は遅れれば遅れるだけ採用の可能性は低くなり、完成間近の機体は致命的な欠陥以外で設計の大幅な変更は行えない状況にある。何より、自衛隊から派遣さていたテストパイロットを国が止めてしまったため、試験飛行を社員で行わなければならず、会社は兼任整備士である安室隼人を含めて2人のパイロットでテスト飛行を行うしかない状況にあり、早期完成の目標も達成は難しかった。
3日後・・・
安室隼人は単座型の機体を操りながら台風に向かって飛行を続けていた。
「凄い雲・・・」
今まで見たことが無い巨大な積乱雲の集合体に隼人は圧倒される。
全天候戦闘機としての能力試験である今回の飛行では、積乱雲に入ることで機体の強度と機器が正常に作動するかの確認を行う予定となっていた。
「くれぐれも無茶はするなよ。少しでも異常が出たら試験は中止だ。」
遥か後方を飛行している航空自衛隊の早期警戒機から上司の無線が送られてくる。今回発生した台風は機体開発におけるデータ取りには打って付けの自然現象であり、無人機からコピー機体の性能評価が同時に行われる予定が組まれていた関係で、晴嵐エアドックはコネ参加していた。
「何処も気流が荒い。」
巨大積乱雲は雲以外にも乱気流が発生しており、雲に近づくだけで機体が影響を受ける。隼人は早くなる鼓動と呼吸を押さえながら機体を慎重に操作していたのだが、ある事に気付く。
「空の道だ・・・ここなら行ける。」
積乱雲の中で視界が全く無く、どこが上なのかすら分からない中、隼人は計器を見ることなく機体を操りながら台風の中心へ向かって飛行を続けていた。そして、一瞬にして視界が開けた時、隼人の目には遠方の巨大な雲の壁と、白銀に輝く竜の姿が入るのだった。
竜は雲を渦状に従えており、その神々しさに心を奪われてしまう。
「すげぇ、って、報告・・・! 」
隼人は早期警戒機に報告しようとしたが、無線が不通になっていることに気づく。「異常が出たら試験は中止」そのまま積乱雲の上を越えて帰投する決まりなのだが、隼人は抑えきれない好奇心に負けてしまい、竜の近くまで飛行してしまった。
こんな経験一生できない!
あの竜は台風に棲んでいるのか? または台風そのものを発生させたのだろうか? 隼人は嵐のヌシに最大の敬意をこめて挨拶しようとしていた。
勿論、竜は突然現れた異物を排除するべく飛行物体の進路上に乱流と空気の壁を発生させる。
「おっと、怒らせたか? でも、嫌な感じはしない。」
レーダーには何も映らないが、隼人は竜が発生させた乱流を最小限の操作で受け流し、空気の壁の隙間を抜けて行く。術を避けられた竜は更に強力な術を発動し、隼人はその都度回避していった。
いつの間にか巨大台風の目の中にもう一つの台風が出来上がった頃、試験終了時間が迫ったことで両者の交流は終わりを迎えるのだった。
隼人は無線と計器異常の中でも帰還したとで開発中の機体と共に大きな注目を浴びることとなり、台風の目での出来事は神竜教団の関心をも引くこととなる。
新キャラの安室隼人ですが、自然と生き物を愛する草食系です
肉食の赤羽利子よりはヤバさ控え目となっています
次回は欠陥兵器問題の話しになりますが、その前に外伝を1話進めたいと思っています