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とある転移国家日本国の決断  作者:
大陸間戦争勃発
139/191

表と裏

倭国首都「静京」


 静京に到着して2週間、白石小百合は国と鴉天狗へ報告する書類を作成していた。日本が転移してから5年経過したとはいえ、周辺国の表面上しか分かっておらず、深く知るためには多方面から長期的な交流と調査が必要であった。


 静京に来た当初、小百合は猛獣の檻の中に閉じ込められた感覚に襲われ、眠れない日々が続いていた。しかし、多くの住人と会っていくうちに考えが大きく変わっていく・・・


「静京の住人は思っていた以上に文化的で理性的・・・」


 小百合はナギの能力で住人を分析して、人食いの妖怪達が静京独自の法と秩序を頑なに守っている事を知る。最初は恐怖と不安で大した分析が出来ていなかったが、冷静に考えてみれば当然だ。人と妖怪が共存する上で最低限必要な事を守るだけでなく、数々の制約を設けて実践することで瘴気外の列強国に「友好的な魔族」とアピールしているのだ。

 内情が判明した今では必要以上に大妖怪達を警戒しなくても済むようになっていた。


「ナギ襲撃は静京の外で行われたもので、関わった者も下級妖怪のみ・・・」


 実質、大妖怪が関わっていない事になっているが、果たして真実はどうなっているのだろうか? 恐らく、国はその事情も把握しているのだろうが、私があれこれ出来る問題ではない。


「小百合さ~ん、ここ教えて~。」


 自分の後ろから利子の情けない声が聞こえてくる、彼女は工業高校卒故に猛勉強中であった。



 数日前、セシリア教授から静京について一通りの説明と案内が終わった後、研究所に来客があった。その人物は教授の知り合いで、留学生の噂をどこからか聞きつけたようで「学生の術力を確かめたい」と教授に話しかけていたのを覚えている。教授はその人物の元へ案内する予定があったようで、私達は近くの神社まで行く事となった。


「小百合さん、私、レンチンと障壁しか使えないんだけど・・・」


「はぁ、いいんじゃないの? はぁ、使える術を見せれば、はぁ。」


 「術力を確かめたい」その言葉を聞いて不安になりつつも、私達は山の上の神社に向かったのだが、山頂まで続く長い石段に私の体が音を上げていた。隣では汗1つかいていない利子が悩んでいて、大妖怪の子供達は騒ぎながら駆け足で石段を登っていく・・・私はつくづく人間であることを実感する。

 山頂の神社には教授の知り合いの他、数人の大妖怪が私達を持っていて、挨拶もそこそこに術の「お題」が書かれた木板を渡された。


「半梯の内に図の如く円を・・・術日大頭を置小頭を乗し大小頭の和を以って除き倍して円径を・・・この問題は数学? 」


 木板には文字と図面が書かれていて、古風な文から円の直径を求める問題と分かる。


「こっちの問題はサイクロイド弧長のヤツね。」


 ここで私達は「術力を確かめる」の意味と、この神社に集まる妖怪達を知ることになる。境内には複雑な図形の計算方法が記された石版や木版が置かれていて、妖怪達は自分が考えた問題と解答を神社に奉納していた。中には問題のみを置いていき、他人が回答を記入するといった物もあり、計算好きの憩いの場にもなっているようだ。


 私は問題を解いていったが、利子は「恐ろしい所に来てしまった」と呟くだけで終始固まっていた。この一件で彼女は数学を勉強し直し、数学Ⅲの世界へも本格的に足を踏み入れることになる。


「流石、科学文明国の学生です。簡単でしたか? 」


「かなり骨のある問題でした。ところで、何処で日本語を? 」


 私が問題文に日本語が使われている事を問うと、「新しい知識を得るため」と言って日本語、英語、ロシア語の本を取り出して見せる。教授の知り合いは学生の力量を判断すると同時に、自分達の日本語の出来具合も確認していたのだった。

 今回は事なきを得たが、利子だけだったら国の恥さらしになっていただろう。自分達は留学生とは言え、国の代表である。相応の自覚を持ってもらえただけでも利子には良い薬になったと思う。


「是非、日本国の術式も奉納してください。」


「とっておきの問題を用意しておきますね。」


 神社にたむろする妖怪達は問題に飢えていて、新しい刺激を常に求めていた。留学準備期間最終日、小百合は今回のお返しとばかりに神社の掲示板へ高難度の問題を残してから倭国を去るのだった。



 小百合が利子に数学Ⅲを教えている頃、静京の高級料亭「カワセミ」にて、日倭の関係者が宴会を開いていた。この宴会は倭国の家畜を日本へ輸出する第一陣を祝って開催されたものであり、高い安全性と高品質の食肉を毎年決まった量供給されるとあって宴会は大いに盛り上がっている。その喧騒から離れた場所にあるプライベートルームで、日本国の環境省職員と倭国の外務局員が話していることなど、誰も気にしていなかった。


「静京では法を守る限り自由ですが、多くの制約がある事で生き辛く感じている者もいます。彼等は静京の外を「真の自由」と呼んでいます。」


「法や制約は必要に狩られて作ったのでしょうが、我が国も制約を増やしたことで同じような状況です。」


 コクコと上杉は互いの国が抱える問題を話し合っていた。しかし、2人が話す内容は深く真実に近い。


「襲撃を指示した者は同心会に属する者です。誰よりも先に味を見たかったのでしょう。」


 コクコはナギ襲撃事件の真相を上杉に伝える。同心会は食人の習慣を捨てきれない大妖怪の集まりであり、新しい食材を知った大妖怪が部下に捕獲の命令を出したことが原因だった。


「我が国の有力者の中には、戦争を回避するために瘴気内各国を大陸に売る考えを持っている者がいます。」


「ノルドとの戦争で勝利した国は存在しません。ノルドは神竜すら滅ぼす国家、無理も無い事です。」


 上杉の重大発言にもコクコは動じることなく受け応えする。彼女にとって、日本国内のいざこざは大した問題では無く、日本が必要なモノを用意してくれれば、それだけで良いのだ。


「反戦派の声は雑音程度なら気にならないのですが、今は国を動かしかねない程大きくなっています。我々が求める未来のためにも、コクコさんには防衛省の目を倭国へ釘付けにしていただきたい。」


「その点は問題ありません。次に貴国へ行った際に、全ての準備が整いますよ。ところで、お約束した私の席は用意出来ましたか? 」


 当初、2人は互いに警戒し合っていたが、交流が始まると目標、手段、思想で共通点が多く、直ぐに協力関係を築き上げていた。この関係は両国だけでなく、世界にとっても劇薬となるものだったが、悲劇的な事に2人を止められる者はこの世にいない。


「とっておきの席を用意してお待ちしております。」


「それは楽しみです。」


 今年中には北海道の北部にある魔物のコロニー「メインネスト」の爆破が予定されており、コクコには付近の護衛艦から見物できるように特等席が用意されているのだが、上杉の言う「とっておきの席」ではない。この意味が判明した時には全てが終わった後になるのだが、その瞬間になるまで誰にも気づかれることはなかった。

 コクコは上杉の杯に酒を注ぎ2人は今後の予定を確定させる。



後日、日本国某所


 要人専用の収監施設で、トライデントはシヴァと共に精力的に仕事をこなしていた。


「これでボルグ鉱山が本格稼働できました。」


 シヴァの報告にトライデントは頭をフル回転させて次の指示を出す。南海大島では東部の引き渡しが完了し、鉱山と工場が再開していた。日本の資本と技術が投入されたことで、その工業生産量は戦前の全盛期を超える規模となっており、建材から車の部品、外人部隊用の装備まで賄えるようになっていた。


「ラドム、鼠人用の戦闘服は届いたか? 」


「はっ、いくつか修正するべき点を見つけましたので、明日には修正案を送ります。」


 鼠人用戦闘服は迷彩服と防弾チョッキ、ヘルメットの一式であり、体の特徴に合わせた装備となっている。

 戦前にはなかった共通規格と大量生産の技術によって、南海大島では技術革新が大きく進んでいた。「この工業力があれば、戦争に勝っていたのにな・・・」トライデントは瘴気外の先進国にも匹敵する工業力を手に入れた南海大島に、小さな野望を抱くようになっていた。次の戦争にさえ勝てれば復権は夢ではない、それどころか世界での確固たる地位も手に入るのだから・・・

 南海鼠人達は戦争に敗れたものの、急速な復興と発展を遂げたように誰もが思っていた。しかし、突如訪問した人物によってトライデントは現実に戻されることとなる。


トントン


「入ります。」


 執務室に入ってきたのはトライデントを管轄する名も無き組織の構成員であった。


「貴方ですか、今度はどんな問題が? 」


 南海大島はかなり安定させたはずだが、また問題を持ってきたのだろうか? トライデントは組織への回答を頭の中でいくつか用意し始めたところで、組織の構成員から予想外の人物を紹介される。


「用と言うわけではありませんが、貴方に会いたがっている人物がいましたので、ここまで案内しました。直接会った事は無いでしょうが、貴方も良く知る人物ですよ・・・こちらですコクコさん。」


 その単語を聞いた瞬間、トライデントとシヴァは臨戦態勢に入る。


「失礼します。お初にお目にかかります、トライデントさん。」


 トライデントは全身の血管が収縮し、体に供給する血液を最低限に抑え、頭の能力を最大現に引き出す。戦争中に自身の作戦を幾度となく失敗に追い込み、何度もあった講和の機会を尽く潰し、幾度となく討伐の夢を見た存在が、目の前に現れる・・・


「シヴァ、席をはずせ。」


「私は最後まで・・」


「出て行けと言っている! 」


 シヴァは頭を下げ、コクコを横目に見つつ距離を取りながら部屋を後にする。


「隣の部屋にいるのは鼠人王の御子息ですか? 血筋が残っていたのですね。」


「用件は何だ。外務局長ともあろう人物が世間話でもしに来たのか? 」


 コクコのやり方は知っている。ヤツが姿を現すということは自分達を始末する気は無いのだろう。


「その通りです、南海大島の世間話をしようと思いまして。南海大島では外人部隊なるものが編成されていますね? それを貴方が裏から操っていると聞きました。機を見てクーデターを起こすとか・・・」


「買い被りも良い所だな。俺にそんな力は無いし、戦時中より発展した南海大島で、今更問題を起こすバカはいない。」


 トライデントが考えている計画にクーデターが無いわけではない。今後の世界情勢に対応した数々の計画の一部に過ぎないだけである。


「外人部隊は大陸との戦争に投入される予定との事ですが、その前に予行演習を兼ねて1戦して欲しいのです。」


「さっきも言ったが、俺にそんな権限はない。それに、1戦と言っても何処と戦うんだ? 」


 トライデントはコクコの意図に探りを入れる。外人部隊は既に日本軍の装備が供給されており、ヴィクターランドの僧兵団とも真面にやり合える戦力がある。そんな戦力を何処にぶつける気なのだろうか?


「自衛隊と共に倭国へ上陸戦を行ってもらいたいのです。」


「なっ・・・」


 トライデントは参加せざるを得ない、狂気の作戦を聞かされることとなる。

ガバガバ年表が変更となります

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