閑話3
刻一刻と戦争の足音が迫る中、瘴気内連合はパンガイア大陸連合との決戦に向けて軍の近代化と増強を進めているのだが、現状でパンガイア軍を迎え撃てるだけの戦力を保有しているのは日本国のみであり、日本国は自衛隊の大規模な増強を行っているものの、深刻な兵士不足に陥っていた。
この問題は当初から指摘されていた事で、日本国は国単体での戦力強化ではなく、瘴気内連合軍全体での戦力強化に舵を切る。その主たるものが蜀への兵器供給で、無理をして自国民を兵士に割くのではなく、兵器生産に力を入れて兵士の供給を他国に負担させることで、生産設備と戦力の急拡大に対応していた。
現時点で日本国の兵器供給先は蜀のみだが、地理的にパンガイア軍の防波堤として機能する日本国と蜀に最優先で戦力を集中する必要がある事から、倭国とヴィクターランドへの兵器供給はしていない。
中世程度の文明に現代兵器を供給することで、蜀への兵器供給には多くの問題が指摘されているが、切羽詰まった状況を前に足踏みなど許されるはずもなく、兵器の供給と訓練が強行されるのだった。
蜀軍は農民などから動員した兵士が軍の大半を占めており、戦力の中枢は少数の職業軍人と最精鋭の白狼族で構成されている。教育も戦闘能力も低い動員兵は主に歩兵、職業軍人は各種兵器を運用、教育が行き届き、戦闘能力獲得に貪欲な白狼族は主に空軍に分けて教育と訓練が行われ、扱うだけの初期訓練は、小銃などの小型武器は半日、戦車は1ヶ月、戦闘機は1年とごく短期間に組まれていた。訓練は派遣されている第7師団や、日本本土から訓練生と共に派遣された空自が中心となって行われ、少なくない事故を経験しながらも蜀軍はどんどん近代化されていく。
蜀軍の近代化は順調だったが、地上防衛戦の要である東の森の精霊に関しては人間への教育方法が使えないため、全く異なる教育法がとられることとなる。
「これが地対艦誘導弾と注油装置の実物です。水平状態で注油すると溢れるので、確実に定められた角度まで起こしてから注油するように。さらに・・・」
スーノルド帝国大学教授のパラス・サイドは、自衛官から東の森へ配備される各種兵器の説明と取り扱いの訓練を受けていた。人間と同じ教育が出来ない精霊にはパラスを介して知識と技術を伝える必要があり、パラスは配備される全ての兵器の知識と運用法を覚えなければならなかった。
パラスは精霊学の教授であり軍人ではないが、後悔は先に立たず、東の森の精霊のため、実質人質に取られてしまった妻のためにも、人殺しの知識を覚え、精霊に伝えなければならない。全ては大切な者の命のため、約束を守るためである。
「これが03式地対空誘導弾で中SAM、配備先は鏡月湖周辺がいいかな・・・ん? 」
東の森の精霊を交えての実射訓練が1週間後に迫り、訓練候補地の絞り込みを行っていたところへ、ある人物がパラスを尋ねてきた。
「お久しぶりですパラス教授。お元気なようで何よりです。」
「草薙教授ではないですか。蜀へは何時戻られたのです? 」
パラスと草薙は木人殲滅戦で出会い、親交を深めていたのだが、パラスが国から脅迫を受けたことを知り、草薙は日本へ戻っていた。久しぶりの再会に2人は喜び、互いに近況を話し合う。
「誠に差し出がましい事ですが、教授にこれを持って参りました。」
ある程度話したところで、草薙はパラスの前に1着の服を広げる。
「これは、まさか・・・」
パラスの前の机に広げられた服は、古代の蜀で森と共に生きていた「森の民」が身にまとっていた民族衣装だった。
「そんな! これは魔法服、一体どこから・・・」
更に衣服が魔力を帯びている事からパラスは草薙に出所を問う。
「私達が日本で作りました。蜀の森に生息する鳥喰と呼ばれる蜘蛛の遺伝子を蚕に組み合わせることで作られた糸を使用しています。」
パラスへの脅迫を知った草薙は国へ抗議するだけに本国へ帰ったわけではなかった。勿論抗議はしたが、それで物事が良くなる事などないのは分かっていたので、自分達にできる支援を探していたのだった。そして、草薙の行動を知った多くの人間が協力する事で、短期間に支援第1弾が形となる。
「我々の試験では飛竜の火炎弾、蜀軍配備の小銃に有効な防御性能を有しています。」
草薙は試験結果と修正するべき欠陥部分を話し、更に改良を続けている事をパラスに伝えた。
「草薙教授、お心は嬉しいのですが・・・」
せめてパラスに良い防具を、と考えて用意した草薙だったが、パラスの雰囲気に彼の気分を害してしまったのではないかと心配になってしまう。
「改良型を千着、いえ、3千着用意できますか? 」
「はぁ・・・はぇ!? 」
パラスの突然の要求に、草薙は変な声を出す。
「無理は承知しています。ですが・・・」
パラスにとって草薙の登場と、彼の持ち込んだ品は渡りに船だった。
半年前、パラスと劉の元にヴィクターランドから手紙が届いた。その差出人は神竜教団でも高位の人物であり、内容は「東の森防衛のために私兵の派遣を許可してもらいたい」といったものだった。当初は丁重に断ったのだが、直ぐに差出人本人がパラスの前に現れる。その人物は瘴気内でも数人しかいないハイエルフであり、「元森の民」だった。
そのハイエルフは戦が激しくなる前に現ヴィクターランドの諸島へ移民した第1陣で、移民先で生存圏の確保に翻弄しているうちに蜀の森の民が滅ぼされていた。当時は普通のエルフだった彼の耳に、森の民が滅ぼされた情報が入ったのは暫く経ってからで、彼にはどうしようもない事だった。しかし、悠久の時を生き、最後の森の民となってしまった現在では罪の意識に苛まれるようになっていたようだ。
ハイエルフは森の精霊を守るために、ヴィクターランドで繁栄したエルフ族の有志を集め、教団の地位と私財を投じて私兵を設立していた。この事実を知ったパラスはハイエルフに自身の地位を譲ろうと考えたのだが「森の精霊と最も心を通わせられるのは君だ」と諭されてしまう。
その後、ハイエルフは東の森の精霊に会いに行ったのだが、2者が会う事は無かった。ハイエルフはその時に自分がいなかった事、精霊は森の民を見殺しにしたことで、両者の間には時間ですら解決できない溝が出来ていた。
「現在、私には7百余名の部下がいます。彼等は森の民の子孫であり、「今度こそ森を守る」と志願して来た者達です。」
パラスに託された兵は200着の装甲服を保有する装甲歩兵部隊だが、装甲歩兵以外の人員は私服で参加しており、歩兵も装甲服を脱げば私服だった。
現状を聞いた草薙はパラスの考えている事が大体分かってしまう。
「教授は一時的にでも森の民を復活させようと? 森の精霊も森の民も、当時とは別物ですよ。」
「それは重々承知です。」
核心を突かれたパラスは怒りとも野心とも判別がつかない表情となる。そんなパラスを見た草薙は、彼の壮大な計画に協力することを伝え、2人で計画の詳細を詰めていく。
「私は直ぐ国に戻ります。これで、支援の第2弾も心置きなく用意できますよ。」
パラスと草薙は互いに連絡をとれる体制を整えつつ、民間主導で装備の調達を行うのだった。
蜀、東城
蜀最大の港湾施設は24時間体制での運用が始まっており、毎日多くの船が出入りする船の過密地帯となっていた。
「こんな所にもいるなんて、ひょっとしてゴキブリかしら? 」
数ある建物の一室で、名も無き組織はある人物を呼び出して重要事項を伝えようとしたが、その人物は明らかな不快感をぶつけてくる。
「面白い比喩ですね、蛍さん。」
「その名で呼ぶな・・・」
シーレーン警戒任務の際に寄港した東城で、楠木日夜野は世界の未来を変えうる重要な使命を与えられる事となる。