国交樹立記念行事
日本国東京都、港区元赤坂
この地には日本国の中枢に近いため様々な建物が立っているが、その中でも異彩を放つ迎賓館赤坂離宮には多くの人間が集まっていた。この集まりは日本国が国交樹立を記念して各国に打診していたもので、蜀と倭国の外交関係者とヴィクターランドからは大使代理など2名が参加していた。
「あまり雰囲気は良くありませんね。」
「事前情報の通り蜀とコクコ局長には因縁があるようで、蜀側は相当ピリピリしています。」
このイベントは日本国外務省が音頭をとって開催しており、名も無き組織は瘴気内連合の連携強化と、各国が戦争に向けた決意表明を行うことで国民に危機感を持ってもらおうと予定を組んでいた。しかし、各国には確執があり、蜀へ配慮して倭国には外務局長以外が参加するように働きかけていたのだが、外務省の重鎮である福島の一言で全ての準備が水泡に帰してしまう。
「まぁ何だ、ヴィクターランド側が参加してくれただけでも成功だよ。」
外務省の構成員は苦笑いしながら喋っているが、両国は一時期国交断絶の危機があった。ヴィクターランドは宗教国家という関係上、神竜教が布教されていない日本国を最初から警戒しており、接触当初は情報公開をほとんどしていなかった。総理とヴィクターの会談後は両国に大使館が開設されるなどして国交が始まるのだが、言論の自由が保障されている日本国内で神竜教への批判ともとられる報道がなされ、国交開始早々にヴィクターランドの大使を激怒させていた。
「そうですね、あの時ばかりは戦争になるかと思いました。」
日本側の失敗はまだまだ続く。駐日大使がクセの強い気難しい人物だったというのもあるが、国会の害獣駆除関連法案審議で害獣にワイバーンが追加された際に、一部の議員がワイバーンを竜と発言し「竜どもの駆除」「失業者対策に竜革でバックを作る」等の発言を連発したため、亜竜人族である大使が怒鳴り込んできていた。外務省は火消しに専念していたのだが、止めとばかりに両国の関係を根本的に変える大事件、水産庁の大失態が発生する。
「水産庁は知らなかったとはいえ、俺も戦争を覚悟した。」
「教団が素早い対応をしてくれたおかげで事なきを得ましたが、ゲール神官長には大きな借りが出来てしまいました。」
水産庁の件はこの世界を知らない日本国が精力的に行動した事と、よそ者を警戒する教団が情報提供を渋った結果発生した悲劇である。一戦覚悟のヴィクターランドは教団のトップであるゲール神官長が「必要な情報を提供しなかったこちら側にも非はある。」と国中に発表する事で事態の収拾に動き出し「これ以上の悲劇を繰り返さないためにも日本側と連携を強化してゆかなければならない!」と日本側との連携強化を打ち出した。
この結果、両国は軍事技術の共同研究を行うまでに連携を深められたのである。国内の怒りを一身に受けた上で未来志向の対応をとったゲール神官長には、名も無き組織ですら敬意を払うようになっていた。しかし、日・ヴィ両国の関係が破綻しなかっただけでヴィクターランド側は日本国への警戒感や不信感が無くなったわけではなく、今回の式典には大使すら参加していない。だが、代理が参加しただけでも大きな前進であった。
式典は何事もなく進んでゆき、ヴィクターランドを除く各国大使は国交5周年を記念した贈り物を手渡している。その光景を迎賓館の一室から見ながら、福島とコクコは2人きりで記念品の交換を行っていた。
コクコが福島に送ったものは倭国産の靈酒であり、飲めば妖怪としての格が上がると言われ、国外への持ち出しが禁止されている最高級品であった。魔術回路の無い福島に格が上がるというような効果は無いが、人間にとっては薬酒としても優秀な飲み物でもある。
「これは、鉄扇ですか・・・」
コクコは福島から送られた扇子を広げる。それは扇子と言うには余りにも重厚な造りでありながら、繊細な技術が光る金属塊の芸術品であった。
福島はコクコと会談を行っていくうちに、彼女の性格と利用価値を見抜き、この日のために特注品の鉄扇を用意させていた。
「この先、我々にとって苦難の道が続きます。生き残るには戦争の回避以外に無いのですよ。」
福島は立ち上がって窓の外を見る。外では白狼族が記念の品を日本側に渡している所であり、丁寧に梱包された箱から出てきたラグビーボールほどの宝石に、日本側は戸惑っていた。
この宝石は魔石の一種なのだが、元は木人殲滅戦で破壊した大母樹が長年魔力をため込んでいた器官であり、蜀の職人が数年かけて加工したものである。白狼族は共同で狩りを成功させた者に獲物を分配する慣習があり、皇帝は日本国に相応しい贈り物と判断して届けさせていた。
「倭国としても破滅的な戦争を避けたいのが本音です。しかし、私共はパンガイア側を踏みとどまらせるだけのカードを持ち合わせていません。福島閣下の案を、お聞かせ願いますか。」
「日本国が元居た世界では相互確証破壊と言われる外交が行われていました。この世界における超兵器を各国が保有し、互いに牽制し合うようなものと考えてください。」
福島は日本の持つ切り札を出すつもりのようだ。核の威力は日本国の文献を確認しているが、果たしてノルド相手に有効なカードとなるだろうか?
「我が国の持つカードは機会があればコクコ局長にお見せできるかと思います。」
「是非・・・ところで、例の件は何処まで進んでいますか? 」
福島の案がある程度わかったところで、コクコは以前から依頼していた件の進捗を尋ねる。
「関係機関との調整が済んだところです。近いうちに総理の承認も降りるでしょう。」
福島とコクコは持ちつ持たれつの関係を築いていた。互いが協力することで実現不可能な事を実現させていたのである。
「それは有難い、アカギは世界的に見ても最も危険な魔族故、討伐には日本国の協力が不可欠です。実現できれば、倭国は生まれ変わることができるでしょう。」
コクコは最大の障害であるアカギの始末を日本国へ依頼しており、今日、福島から鉄扇を受け取っていた。鉄扇を受け取るという行為は福島からの依頼を受けるということであり、コクコがパンガイア連合との外交交渉で矢面に立つことを意味している。
戦争回避策を見いだせない外務省は、交渉能力の高い倭国を外交団の長とすることで、責任を押し付けたのだった。
式典の帰り道、車の中でコクコはある人物と共に次の一手を出す準備に取り掛かっていた。
「同心会を潰すには本島の拠点他、養殖島と屠殺島の制圧も同時に行わなければなりません。本島はこちらで処理しますが、離島攻略の戦力は日本国頼みとなります。」
「問題ありません。自衛隊から十分な戦力を派遣しましょう。」
コクコはこの人物と秘密裏に接触し、互いの立場と目的から取引を行っていた。全ては理想の舞台を完成させるためである。
「依頼された品ですが、横須賀を出発して大陸を目指しています。成功の暁には・・・」
「確実に戦争となります。特に、ノルド人は無条件降伏すら許さないでしょうね。」
戦争の回避はしなければならないが、1、2年で終わってしまう平和では意味がない。上杉健志郎は名も無き組織を動かし、真の平和な世界を目指して戦争の種を蒔くのだった。
水産庁の失態は長くなるので省きました。内容は察してください。
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