日本絶対防衛計画の片鱗
年月の経過と言うものは長いようで短い。激動の時代を歩む日本国は、この世界に転移して早くも5年が経過していた。
ここが平和な世界だったら、日本の外交団は瘴気内国家の外交団と共にパンガイア大陸へ渡り、世界の新顔として各国へ紹介され、その後は蜀の資源と圧倒的な生産力をもって、世界の工場として確固たる地位を手に入れるはずだった。
上陸する魔物に悩まされ続け、南海鼠人と想定外の戦闘もあったが、国内のインフラ復旧と生産拠点の整備を推し進め、日本国は黒霧が晴れるのを待ち望んでいた。転移後5年、それらの生産拠点は兵器生産拠点として稼働している・・・
都内某所
貸切ったオフィスの一室で、名も無き組織の会合が開かれていた。
「今更ですが、余計な知識を付けた先生方が防衛関連予算に口を出してきました。」
「またですか。」
転移直後の「怪物対策補正予算」も魔物の生態、発生地点が不明な状態で、予算の根拠をしつこく問う政治家グループがいた。防衛関連予算を最小限にしたい政治家がいるのは前からだが、今の時代は彼等を納得させる書類を作らなければならないのが辛い所である。転移直後の時は、適当に恐怖心を煽って最悪の事態を数パターン見せることで予算取りをしていたが、当時は恐怖心を煽る行為で迫真の演技を見せられるかどうかで予算取りの成否を決めたように思える。子供騙しだったら流れていたかもしれない。
「事前に資料を配布できなかったので今お渡しするのですが、終了後は全て回収します。」
配られた資料を見て、参加者達は眉をひそめる。
「蜀への旧式兵器供給? F-2戦闘機の無人機化と原子力空母の建造・・・何ですか? これは。」
「新型魚雷を8千本製造している事も知られましたか、厄介ですね。」
今回口を出してきたのは、軍事知識の乏しい右側の政治家達だった。何処からの入れ知恵なのか、旧式兵器の有効活用や強力な兵器の導入など、勇ましいことが色々書かれている。
「先生方の名前が公になると、現政権に影響が出るので内密にお願いします。」
名も無き組織の防衛分野を担当する者達は、国会議員に対していくつもの根拠と理由を説明し続けていた。だが、ここにきて国会の国防関連議論があらぬ方向へ進もうとしている事が判明する。
名も無き組織は省庁の枠を越えて日本を取り巻く環境に対応し、先手先手を討って来た。中でも国防分野は最重要との認識から、あらゆる手段をとっていた。蜀への兵器供給では、供給する主力兵器の種類を絞って大量生産する事で、国内向け兵器の価格低下も見込んでいたのである。
蜀に供給される兵器は陸軍に10式戦車、89式歩兵戦闘車、FH70りゅう弾砲、MLRS他、改良型89式指揮通信車などの支援車両。攻撃ヘリAH-3、輸送ヘリUH-60、観測ヘリとしてOH-6が主に供給されている。空軍はF-2に絞って供給する事で、現地の負担軽減もはかっているのに、旧式兵器まで押し付ければ、ただでさえオーバーワークの蜀軍が更に混乱するだけというのが分かっていないらしい。
旧式兵器の問題は組織内でも度々上がっていたが、敵として想定されるパンガイア連合軍が現代戦を行う以上、旧式兵器の供給は見送られていた。中には、蜀の国土環境から90式戦車の再生産などが話し合われた事もあったが、名前の通り1990年に配備され始めた90式戦車は、電子装備、装甲、砲撃能力、何処をとっても旧式化していたのだった。今更大昔の戦車を作る必要はなく、それだったら10式戦車を大量生産して、量産効果で価格を下げた方が良いとの結論が出ていた。
F-2の無人機化は、既に生産が進んでいるF-15GJを見た政治家が話しを出して来たのだが、前々から無人機化開発が進んでいたF-15と、全く考慮されていなかったF-2では無人機化へのステップに大きな差が出来ていた。無人機化することで人員の損失を避けることは必要だが、限られた期間内に出来ることと出来ない事があるのだ。また、航空戦力に関しては、無人給油機の生産とP-3Cの無人機化が行われているため、開発の余力も無かった。
「原子力空母は、説明いりますか? 」
「開発期間と建造期間、資材に建造費用、必要人員と年間運用に関しては既に出しています。建造のために造船所を占有する期間と、空母を作らない代わりに建造できる艦船の能力表も添付しておきます。」
「そもそも乗せる機体が無い・・・先生方はヘリでも乗せる気なのか? 」
原子力空母は海上自衛隊の悲願と言っても、先生方には現実を見てほしいものである。右側の政治家達が想定しているのはF-35Cだろうが、A型がやっとコピー出来る所に来たのが現状であり、日本の技術力でC型をコピーできるかわからなかった。
「いずも級に搭載されているB型の問題もありますので、C型の開発まで手は出せませんよ。」
急遽空母へ改装された「いずも」級用に少数のB型が導入されているのだが、担当するメーカーは交換部品の代用品開発に頭を悩ませていた。現在の日本国は国家総動員に近い形をとっているものの、転移前に島国であるにもかかわらず、自国でまともな兵器開発を行わず、性能が良くコストも安い海外兵器を導入していたツケが回って来ていた。
「魚雷の件は護衛艦と潜水艦の増強で片付ける方向で行きます。ちょうど無人護衛艦のフリゲート、コルベット級の量産が始まりましたし、先生方には将来魚雷を積むと説明します。」
「くれぐれも慎重に頼みます。海底設置型魚雷8千本の情報がパンガイア側に流れでもしたら、防衛計画そのものが狂ってしまう。」
情報は基本的に公開しなければならない。だが、出して良いモノと出してはならないモノがあり、それは公開の時期を見ることで判断できる。直ぐに公開できるものは、当たり障りのないのもで、関係者がこの世からいなくなるまで公開できないものだったら、そう言う事なのだ。名も無き組織の面々は情報を選別しカムフラージュを行っていく・・・
この世には様々な情報が溢れているが、真実が知られることは意外と少ない。それは、関係者が墓まで持っていく事が大半の原因であり、公開されたとしても誰も信じようとしない情報だからである。
ヴィクターランド、ピナド山山頂
毎日飽きもせず山頂から同じ風景を眺めているヴィクターだが、最近は良く訪れる人間の話し相手になる事が多くなっていた。
「総理、未だ開戦には乗り気でないな。」
「降伏し、国を捨てる選択も現実味を持ち始めました。世界を相手に、勝てるという確証がないのです。国民にどう説明すればいいのか・・・」
日本国総理大臣は長期休暇の際には、ヴィクターの元を訪れるようになっていた。
「勝つ必要があるのかね? 総理の勝つと、民の勝つとでは意味が異なるように聞こえる。」
ヴィクターに考えが見抜かれている総理は全てを話すしかない。
「防衛に徹すればパンガイア連合軍を退けることはできます。しかし、国民が思う勝つとは、大陸への侵略なのです。」
既に名も無き組織によって計画されている逆侵攻作戦は、大陸への足場を手に入れることで戦後の世界を日本有利に進めるためのものである。
「防衛に徹するとしても、最悪、大量破壊兵器を他文明に使う必要があります。」
超兵器の能力は圧倒的である。しかし、兵器である以上補給は必須であり、超兵器は専用の補給施設が必要になる事が判明してから、自衛隊では対策が進んでいた。それが、超兵器補給施設への核攻撃である。超兵器の前線拠点の他、本拠地への核攻撃を行い、補給を完全に断って超兵器の魔力切れを起こさせると言うものである。この作戦は核兵器の破壊力でなければ達成できないものであり、施設周辺に広がる市街地の被害を全く考慮しないものであった。そして、核のボタンを唯一持つ人物は総理である。歴史上の人物の中には数千万の人命を死に追いやった人物もいるが、数十万の民間人を殺害する判断は今の総理にはできなかった。あまりにも責任が重すぎるし、こんな事をするために政治家となった訳じゃない。しかし、やる時が来たら決断しなければならない立場なのだ。
大量破壊兵器が戦争に使われた場合、歯止めが効かなくなることをヴィクターは感じていた。日本国が必要以上に追い詰められないようにヴィクター自身、密かに対策を進めていたのだが、そろそろ話してもいい頃合いと判断する。
「前にも言った通り、神機2機は我が何とかする。総理は総理の理念を貫けばよかろう。」
ヴィクターの言葉に総理は「どうやって?」という顔になる。国の超兵器対策会議では神竜の死因が示されており、その大半が神機との相打ちであった。神竜と言えど、神機は1機しか相手にできないのである。
「神型戦闘機とは良く名付けたものだ。我が光翼人共と作っていた頃は「ビット」と呼ばれておった。」
「それは、一体・・・」
突然の昔話に総理は理解が中々追いつかない。
「ビットは女神を滅ぼすために古代文明と我が作り上げた、神竜のための兵器なのだ。」
神機は一般には神竜に対抗するために女神が遣わされた神の兵器とされる、その真実を開発者が語ろうとしていた。
そろそろタイトルの「日本国の決断」が何なのか察しが付くと思います。