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とある転移国家日本国の決断  作者:
ある日本人の遭難事件
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瘴気内の静かな戦い

 この世界へ転移して4年、日本国は数々の問題を乗り越えながら辛うじて存続していた。転移当初の大問題である魔物の襲撃、食料と燃料の枯渇は、どれか一つでも崩れれば国が滅びかねない要素だったが、4年経った今では余裕も出きていた。しかし、目の前の問題が片付くと新たな問題が出てくるようで、現在は更に大きな「戦争の危機」に対応するためにもがいている。

 政治は相も変わらず混乱し、「戦争は回避できる」「戦争準備よりも配給の無い暮らしを実現する」と言う暴論を振りまく新政党が、疲弊した国民の支持を集めていた。解決しなければならない問題は転移前から引き継いだものも含めて山積みなのだ。

 そして、日本国の北には長い間解決できていない問題が今も残っていた。


日本国某所


「何度も言わせるな! クリル列島はロシア領であり、我が軍は他国の配下には入らない。」


「ヴァシリー大佐、我々は領土交渉をするために集まったわけではないのです。領土周辺の平和維持は共通の課題、戦争をどう生き残るかを話し合うための場なのです。」


 日本国が黒霧に囲まれた時、千島列島も黒霧に包囲されていた。ロシアは事前に住人を避難させたものの、代りに駐留軍を強化することで実効支配を更に強める結果となる。これは国内強硬派の支持固めという意味合いが強く、缶詰状態にも耐えられる兵士が選ばれて送り込まれていた。黒霧が島を飲み込まない事が分かっていて、霧に囲まれたとしても人員や物資を送り込める航空機の開発に目途が立っていたからできた荒業である。

 転移直後から日本国とロシア軍は連絡体制を整えており、日本側は弾薬と燃料、医療支援を行い、彼等は転移後4年間を難なく生き抜いてきた。北海道同様、半漁人達はロシア軍も繰り返し襲撃していたが、返り討ちに合ってボルシチの具材となっていた。


「この危機を利用し、我々を攻撃する準備を進めているのは分かっている。」


 駐留するロシア軍の全権を持つヴァシリーは日本を最大限警戒していた。歴史的にも場所的にも大佐が警戒するのは無理もない。実際、日本国は転移後に後顧の憂いを取り除くために千島列島の奪還を計画した時もあった。しかし、支援の過程で想定以上の戦力が配備されている事が判明して作戦は実行されてない。


「そのような事実はありません。我が国にとってあなた方は数少ない地球の同志なのです。」


 ロシア側は既に日本国が知りうる世界の事実を把握している。倭国のコクコ、ジアゾのオクタール、ヴィクターランドからの使者との会談も行っていた。このまま座して死を待つか、瘴気内連合に加わり周辺国と共に戦うか・・・連合に加わる場合、日本の影響を受けるのは確実である。ヴァシリー大佐はロシアの消滅がかかった重大な判断を迫られていた。



倭国、静京


 倭国の首都静京には数世紀の時を経て建設された巨大な城があり、霧雨連山と呼ばれる山脈の麓に建設された首都はもとより、遥か遠くからも山脈に建てられた巨大な城を見ることができる。

 この巨大な城こそ倭国における政治の中心地、静城である。


コツ、コツ、コツ


 倭国外務局長のコクコはフタラの起した不祥事の後始末を報告し終え、静城内の外務局区画へ移動していた。静城は無駄に広く、城に入れる者自体少ないため、すれ違う人物はほとんどいない。 

 外務局の区画まであと少しの所で、コクコは自分に向けられた視線に気づく。彼女の前からは銀髪の妖狐が向かってきていた。


「ギンコ様、この様な所でどうされたのですか? 」


「コクコ、話があります。」


 ギンコは名家の生まれであり、容姿端麗で正義感が強く倫理観も持ち合わせおり、外務局が発足されるにあたって初代外務局長に就任が予定されていた。だが、コクコの裏工作や名家の妖怪を未知の国であるジアゾ国へ派遣することが危惧され、ヴィクターランドの大使となっていた。


「貴女がフタラ様とアカギ様を会わせようとしていることは分かっています。この重要な時期に倭国を戦乱に陥れようとする意図は何なのです! 」


「戦乱に陥れるなど、そのような考えはありません。ただ、私は倭国の、妖怪の未来のために動いているのです。」


 何時ものようにコクコは話題をはぐらかす。


「アカギ様の害となる行為は同心会の制裁を受けるでしょう。」


「同心会? その様な組織に心当たりはありません。」


 コクコは見え透いた嘘を平然と口にする。何故この様な事を言えるのだろうか? 同心会の名を出しても動じないコクコから真意を聞くことはできそうにない。

 約300年前、ギンコは自身を差し置いて外務局長に就任した無名の妖狐の調査を始めた。そして、コクコを調べていく過程で同心会に行き着く。大妖怪として扱われているものの、混血で妖力も少ないコクコは同心会内で最下級の妖怪であり、当初は組織の意思どおりに動いている駒と思い込んでいた。だが、型にとらわれないコクコは多くの功績を上げ、現在でも下級扱いであるものの、組織内で確固たる地位を固めていた。今では同心会の重鎮達ですら「厄介な問題はコクコに任せればよい」と言わせるほどである。

 今回のコクコの問題行為発覚は同心会内でも問題として捉えられているようで、「何かしらの制裁を科す派」と「コクコの事だから何かしらの策の内だろう派」で分かれているとの情報を得ていた。コクコには敵が多く、ギンコは同心会の制裁をチラつかせてみたのだが、効果は無かった。


「貴女は敵を作りすぎました。いずれ八方ふさがりとなり自滅するでしょう。その時は私が引導を渡しに現れます、覚悟しておきなさい。」


 コクコが何を考えているのかは分からないが、ギンコは国が乱れることの無いよう監視していることを伝え、コクコに釘を刺すのだった。




 ギンコとすれ違いざまに行われた会話の後、コクコは小部屋で一息ついていた。大妖怪とはいえ、自分よりも上位の妖怪による恫喝に、精神、身体を大きく消耗していた。


「温室育ちも出張ってきたか・・・」


 先ほど行ったフタラへの報告では出していないが、コクコはフタラとアカギに話し合いの場を設けようとしていた。表向きにはフタラとアカギの相対する実力者が連携してパンガイアとの戦に備えるためとしているのだが、予想通り多方面で大きな波紋を呼んでいる。


「2者はいずれ会わざるを得なくなる。その時が・・・」


 同心会の最期であり、倭国が生まれ変わる日となるだろう。そして、自分が外務局長として倭国に仕える最後の日となる・・・



日本国某所


 特別に用意された留置施設の執務室で、トライデントは南海鼠人政府に対して数多くの指示を出していた。


「・・・今言った場所を探せばラザイエフの私財を見つけられるはずだ。それで奴は言う事を聞く。」


 囚われの身でありながら南海大島の新政府を陰で操り始めたトライデントは戦後の混乱を抑え込むことに成功する。そして、新たな目標に向かって密かに動き始めていた。


「ラドム、例の件はどこまで進んでいる? 」


「孤児院を出た者を受け入れる施設は6割完成しました。既に日本から届いた装備で訓練を始めています。」


 ラドムは自衛隊の外人部隊へ参加する者達用の訓練施設を作り、施設長となっていた。この訓練施設は現地の自衛隊と共同運用されることになっているのだが、派遣人数の少ない自衛隊は初期の訓練生を集中して指導し、教官として育成することを考えていたため数年後には鼠人主体の施設となる予定である。


「こちらの状況ですが、やっと芽が出始めたと言ったところです。」


「引き続き頼んだぞ。」


 元部下の報告に満足したトライデントはインターネットによる会話を終了する。


「芽が出たか、順調だな・・・」


 トライデントを監視している者からすれば彼は良く働いているように見える。当初の目的を達成し、今は自衛隊の強化にまで協力している。だが、彼の本心を知る者は誰もいない。

 トライデントは日本側に気付かれないように、南海鼠人独自の何気ない単語と隠語を用いて指示を出していた。彼の指示は大きく2つ。

 1つは日本国の知識と技術の吸収による国の復興と発展。南海鼠人は開戦当時からある程度の科学力と技術力を有していた。これは優秀な科学者や技術者の育つ土壌が出来ていたからであり、戦後は復興の名のもとに日本国へ全面協力していた。建設、農業、医療、情報通信、あらゆる分野で人手不足だった日本側は南海鼠人達の協力を受け入れる。戦後僅か2年しか経っていないが、今では車や重機等の高度な機械をエンジン含めて全てばらして組み立てなおせる者も出てきていた。

 2つ目は戦力強化と再武装。現在の南海鼠人は限定的な武装しか許されていないが、独立を見据えて準備を進めていた。戦中に自衛隊の装備をいくつか鹵獲でき、武装解除をすり抜けた物のコピーが試みられている。そして、自衛隊外人部隊への大々的な派遣により戦力を一気に近代化させる計画が進んでいた。

 ラドムの報告に合った「芽が出始めた」とは、この2つの進捗を伝えていたのだった。


「鼠人部隊への指示の出し方をもっと詰めなければな・・・」数年後に起こる世界の変革へ向けてトライデントはできうる限り自前のカードを増やさなければならなかった。


 各国の重要人物達は今までにない危機を前にして独自の備えを行い、それらは複雑に絡み合って歴史の偶然を必然に変えていく・・・

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