閑話2
日本国が転移した星は地球に酷似していて、気候だけでなく大陸分布も似通ったものとなっている。これは極地にも言える事で、南極が大陸である一方、北極に陸地はない。
スーノルド国北方海域、冬
氷の海に北へ向かって一直線に伸びる線が引かれていた。この線は解氷結界によって海の凍っていない箇所であり、スーノルド国と大規模鉱山を結ぶ重要な航路となっている。
100年戦争時から稼働している第一鉱区では、古代文明の残した遺産「海中要塞」が今も海底鉱脈の開発に従事していた。東京ドーム3個以上の大きさを誇る海中要塞は、要塞と名がついているものの本質的には海底開発用の巨大施設であり、海中を自在に移動しながら第一線で資源開発を行っている。現在は4箇所の鉱区に海中要塞が配備されており、魔石産出量は世界屈指の規模である。
海中要塞「ニゲム」
要塞内に2箇所ある鉱石鑑定所に、神妙な面持ちの男達が集まっていた。
「どれも中級以下だ。こんなものを売っても赤字にしかならんぞ。」
採掘した鉱石を調べた鑑定士の言葉によって、その場の雰囲気が一気に悪くなる。
「あの鉱脈を掘り始めて僅か2年、もう掘り尽したっていうのか? 」
「明日はもっと北東へ掘ったらどうだ? あの魔石線は期待できる。」
鉱脈を見つけ出す「山師」と掘り進む「モグラ屋」達は魔石の採掘量が年々減少してきている現状に、危機感を持ちながら打開策を模索していた。
「採掘量は他の鉱区も軒並み減っている。鉱山そのものが寿命なのかもな・・・」第一鉱区の総責任者は、各地の責任者が集まっている場で重大事項を伝えようと考えていた。4日前、総責任者には国から重大な命令が下されていたからだ。
「全員聞いてくれ! これから重要事項を伝える・・・今月をもって第一鉱区を閉鎖する。」
一瞬理解が出来なかった各地の責任者達は理解が追いつくと同時に一斉に声を上げ、理由を問う。
「ニゲムが、徴用されたんだ・・・来月から我々は陸の鉱山へ配置換えになる。」
総責任者は力なく答える。
「ニゲムを戦場に? 」
「一体何に使うってんだ! 」
「魔石不足だってのに、国は何を考えていやがる。」
各責任者達は思い思いに不満を口に出す。それは総責任者も同じであり、4日前に国から徴用を伝えられた彼は、何とか徴用を回避できないかあらゆる場所へ手を回そうとしていた。だが、昨日の夜に国の担当官から手渡された書類を見てあきらめざるを得なくなった。
総責任者が担当官から渡された徴用の書類を広げ始め、その場にいた者達は最上級紙に描かれている幾何学的な紋章を見た瞬間に沈黙する。
「嘘だろ・・・」
「ニゲムが王家直轄に・・・」
その特殊な幾何学模様はスーノルド人なら誰でも即答できるアレクサンドラ家の紋章だった。ニゲムの徴用は国ではなく、女王の決定だったのだ。アレクサンドラ家は国民からの支持率が高く、この場にいる者で支持をしていない者はいない。そもそも、100年戦争時にまだ研究段階だった海底開発を戦後大々的に行ったのはアレクサンドラ家であり、スーノルド国が世界に名だたる魔石産地となったのは王家の力あっての事だった。
「やはり、ジアゾは簡単に勝たせてくれないってことですかね。」
「当り前だ。地上ではアーノルド人に毒された奴らが「楽勝」とかぬかしているが・・・」
ジアゾ合衆国は単一国家としては世界最大にして人口は世界第2位、魔石以外の戦略資源を自国で賄うことができるタフさを併せ持つ強国であり、兵器レベルで優位に立っているだけで勝てる相手でないことは歴史が物語っていた。ジアゾが転移して来た時、兵器レベルも物量も優っているロマ王国が宣戦布告し、逆に滅ぼされた事は義務教育で習う事である。今よりも兵器格差があったにも関わらず、当時の地域大国ロマは敗北し、滅びたのだ。格差の縮まった現在で「楽勝」と考えるスーノルド人は少ない。
「違ぇねぇ。それに、女王陛下の頼みとあっちゃぁ断れねぇな。」
「女王陛下は汚れる事も厭わずニゲムを視察したこともあった。あの方なら、ニゲムを悪いようには使わないだろう。」
「ジアゾ戦が終わるまでの辛抱さ。」
男たちの中にはニゲムを故郷と呼ぶ者もいる。だが、避けられない別れを前に残り僅かな期間を各々が過ごすのだった。
スーノルド国首都、オドレメジャー
王城の一角に存在する王家直属護衛軍本部で、アレクサンドラは海底要塞徴用に関する報告を受けていた。
「・・・以上、ニゲム、ノゼローゼの徴用は順調に進みました。」
「大規模改装には最短で3年かかり、目的地までの移動を考えますと、開戦ギリギリとなります。」
「うむ、ご苦労。」
報告を聞いたアレクサンドラは立ち上がる。
「これから失敗は1度たりとも許されんぞ。皆、心してかかれ! 」
女王の指示によって護衛軍の幹部達は各々の持ち場へ戻り、部屋にはアレクサンドラと護衛のみが残される。静かになった部屋で女王は開戦時に行われる特殊作戦の変更箇所を見返しながら思考を張り巡らせていた。
預言の独自解釈によって、死者の国が相当厄介な存在だと予想したアレクサンドラは、不意打ちによる早期決着の準備を進めていた。
死者の国は問題全てを武力で解決するようなことをせず、高い倫理観を持つと仮定するなら・・・我々の100年戦争と同規模の破滅的な経験をしている可能性があり、相応の武力を保有しているはずである。
「死者の国相手では、空も海も真面に使えんだろう。じゃが、海中要塞なら大量の戦力を送り込める。」
アーノルド軍の精鋭を搭載した海中要塞で死者の国近海まで進出し、空軍が破壊の雨を降らせると同時に上陸、橋頭保を確保して上陸部隊本隊を支援する。
「死者の国に神機を使えればよいのだがな・・・」
神機は神竜を警戒させなければならないため、最初に投入することはできない。通常戦力で対応しなければならないのだが、最強の戦力を投入できない分、どの様な準備を進めても不安が残るのだった。
蜀、東城
急速な発展を見せる東城の中でも港は更に拡大を続け、自衛隊が最初に上陸した浜は今では即席の港湾施設が出来上がっていた。そして、今日も大型揚陸艦から多くの物資が運びこまれている。
東城の王、白刃は護衛を連れて蜀へ初めて配備される兵器を遠目から見に来ていた。
「爺よ、あれか? 」
「はい、あの大筒が200㎞離れた古代軍艦をも沈めることができる兵器です。」
蜀軍への配備が決まっている兵器なので後でも見れるのだが、白刃の配下に地対艦ミサイル部隊の配備は計画されておらず、何処に配備されるかも伝えられていなかったことから、引き渡し相手を直に見るために足を運んだのである。
白刃達の前で引き渡しが行われている12式地対艦誘導弾一式が何処へ配備されるのかだが、それは受け渡しに現れた全身ローブを被った怪しい人物達によって判断できた。
「奴等はヒトではありませんな。」
地対艦ミサイルは「担当する戦力の分散」の関係で東の森の精霊に供給されていた。
「森の南東に配備したら東城も射程に入るのか。」
「左様、協定によりあの大筒は北方へ向けられるため、南には置かれないでしょう。しかし、日本軍と木人共には監視が必要です。」
「ふふふ、日本国はただ兵器を供給しているわけではないということか。」
ここにきて白刃は日本国と皇帝の考えが見えてきた。白刃が強大な空軍戦力を保有する一方で、大した地上戦力を供給されていないのに対し、東の森には強力なミサイル部隊が配備される。そして、森を守るのは劉将軍率いる大機甲部隊・・・
東城や白城に空軍戦力を集中し、パンガイアの鳥機と海軍に対応させ、空軍を突破した鳥機や上陸部隊は城塞都市の前に立ちはだかる東の森が防壁として対処するという事だろう。そして、日本国から供給される全種の兵器が配備される白城。
「三すくみというやつか、森の精とも共闘しなければ勝ちはないな。」
今まで敵だった相手との共闘を数年で何とかできるだろうか? だが、異なる集団との狩りは魅力的でもある。白刃はまだ見ぬ獲物の山に心を踊らせるのだった。
突然出てきて「何だこれ!」ってならないように目玉兵器をどんどん出していきます。
もはや伏せる必要はありませんね。勘の良い人は作者が何の影響を受けて物語を書いているか分かるかと思います。ノゼローゼの元ネタはそのまま、ニゲムはニムゲです。黒霧はニムゲが登場する作品のピンクのモヤと「首都消失」から作りました。獣人や亜人が多く登場するのもファンタジー作品の影響と言うより、某ネコ型ロボットの映画(旧作)の影響が強いです。ここまでくると日本国を転移させた諸悪の根源、女神のキャラクター像も予想がつくのではないでしょうか?