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とある転移国家日本国の決断  作者:
ある日本人の遭難事件
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閑話

日本国某所の寂れた田舎の工場跡

 田舎と言っても高速道路や鉄道、港が近くにある地域限定だが、国や自治体の政策によってこの様な田舎や郊外に中小規模の工場が大量に建ち始めていた。ちゃんとした仕事があるのとないのとでは配給券のランクに雲泥の差が出るため、まとまった求人が出来た自治体には職を求めて都市部から人が集まり、経済が活性化する光景が全国の至る所で見られるようになっている。

 人々は黒霧の発生と転移の混乱から脱しつつあることを実感し始め、同時に避けられない戦争が近づいている事も、ひしひしと感じとっていた。


 日本全国に建てられた工場の1つに、自衛隊の輸送トラックから大量の小銃が運び込まれていく。小銃は全て89式小銃で、経年劣化が見られるものばかりである。防衛省は20式小銃の量産を進めているが、89式小銃は未だ大量に配備されており、それらを有効活用するために改良する計画を立てていた。この計画によって改設計された89式小銃は既存の不具合を解消した物となり、89式改と呼ばれる。

 89式小銃の改良計画は当初賛否両論あったものの、防衛省の行った既存装備の見直しと再点検により予想以上の不良品が見つかったため、やらざるを得ない状態だったというのが実情である。この判断に一番驚いたのは現場の自衛官であり、今までなされなかった装備の改善に、彼等も戦争が近づいている事を実感するのであった。



北関東某所

 東京から高速道路で約2時間、ジアゾ合衆国外交団のオクタール議員と技官2人を乗せた車は、渋滞に捕まることなくスムーズに目的地まで到着する。

 ジアゾ外交団は瘴気内国家と接触してから精力的に活動していたため、当初の目的はほぼ達成されており、今は各国の細かな情報収集を行っていた。


「これは、何かのジョークかね? 」

「いえ、ここで間違いありません。」


 日本側に前々から申し込んでいた先進科学技術を製造する工場の視察がようやく叶ったのだが、案内された場所が田舎にある従業員50人程度の小さな工場だった事で、オクタールは部下に不安を漏らす。


「ここは飽くまでも宇宙ロケットの一部品を製造しているに過ぎません。」


 「地球では、民間企業が宇宙開発に参入している」「中小企業や大学も自前の衛星を保有している」部下から説明を受けていたものの、オクタールは未だに信じられなかった。

「やはり、重要なのは人か・・・」

「その様です、自動で動く機械を最初に見た時は驚きましたが、高度な機械と言えど人の子なのでしょう。」


 工場視察の終わりにオクタールは率直な感想を述べた。部品の生産は工場の設備による自動工作によるものだったが、工作機械への入力数値は製品が完成するまでの数えきれない試作から得られたものであり、堆く積み上げられた失敗作の山がその事を物語っていた。



午後 

 外交団は午前中に視察した工場から車で30分程離れた、各種ロケットを製造する大企業の工場に来ていた。


「お待ちしておりました。これより皆様の案内を担当する赤羽と申します。」


 視察の前に、参加メンバーは目的地周囲の地理を頭に入れており、視察場所の近くに火薬工場や自衛隊の大規模弾薬庫が存在することから、この地が日本国の重要拠点の1つであると認識していた。大工場は山に囲まれた場所にあり、宇宙ロケットだけでなく軍用ロケットも扱っていることから、適所に建てられていると納得する。

 自国には無い未来技術を製造する工場を視察できる滅多にない機会なのだが、オクタールには目的以上の気になる事ができていた。


「何故、大魔術師クラスの人間がいるのだ? 日本人は虚無の民族ではなかったのか? 」

「わかりません。」

「日本側からは、何も・・・」


 オクタールは赤羽と言う日本人が気になり、日本側に申し込んで視察後に話す場を急遽設けてもらう。話題は何故魔力を有しているのか? から始まり、留学を予定している娘の話に移る。


「ご息女がスーノルド帝国大学へ留学するのですか。」

「はい、誇らしい限りです。」


 赤羽は答えるが、オクタールには彼が父としての不安を隠し切れない事が伝わって来ていた。日本国の現状を考慮すれば当たり前だろうが、そんな赤羽へオクタールはある情報を伝える。


「実をいうと、私はスーノルド帝国大学を卒業しました。色々と心配かもしれませんが、帝大は良い所ですよ。」


 オクタールは在学時の事を思い出しながら赤羽に語る。帝大は昔から門戸が開かれた場所であり、学ぶ意欲さえあれば種族に関係なく受け入れていた。それこそ犯罪組織や魔族も関係なしにである。100年戦争時にはスーノルド帝国からの圧力にも屈せずアーノルド人学生を受け入れるなど、敵対国の学生であっても平等に学ぶ機会を与える・・・帝大はそれだけの権力と発言力を持つ組織なのだ。

 帝大にいる時は国同士のしがらみから解放され、共に学んだ学生とは「帝大同期」という独特な絆が結ばれていた。


「我が国とパンガイアは戦争に突入するでしょう。しかし、将校となった同期に、憎しみは抱けないのです。この様な事は個人的でも口に出して良いものではないですがね・・・」


 スーノルド帝国大学は来るもの拒まずの精神だが、希望者全てを受け入れることはできない。厳しい試験に合格しなければならないものの、各国には特別枠が数人分設けられており、その国が自信をもって送り出せる学生は、試験のハードルが低く設定されている。


「まさか、この世界に自由な大学があるなんて・・・」


 赤羽は驚くが、それは無理もない事、自分ですら最初は信じられなかったのだ。


「私も、入学して数日は信じられなかった。知っての通り、ジアゾ人は魔力を殆ど持ちませんから。パンガイアでの差別は酷いものでしたが、あの地だけは違った。もちろん、多少の差別はありましたが気にならないものでした。」


 ジアゾ外交団にとって、日本国は未だに信用のできない国である。オクタールは戦争が始まった時に日本国が突然不参加とならないように裏工作も進めていた。笑顔で握手し、片方の手で爆弾のスイッチを握りながら外交を続けているのだ。行動原理以外に信用出来るものがないオクタールだが、帝大の後輩となる人物には純粋に頑張って欲しいと思ってしまう。

 オクタールと赤羽の会話は、互いに腹を割った珍しいものとなるのだった。



南海大島、西部「ポロ村」

 戦火に晒されず、住人の被害も少なかったポロ村は軍から戻ってきた若者達によって復興を終え、今では賑やかな村となっていた。

 年少部隊に所属していながら戦争を生き残ったポールは、自室で自分の書いた日記を読み返しながら地図に印をつけていく・・・


「ポール、あの子達が来たわよ。」

「今行く。」

 

 カタリナが呼ぶ声に、ポールは日記を片付けて何時も自分を訪ねて来る兄弟の元へ向かった。


「もう大丈夫なのかい? 」

「大丈夫です! 」

「えっと、そもそも怪我していませんから・・・」


 ポールの問いにユースとキドの兄弟が元気よく答える。兄弟はポールの元へ武器の扱い方を学ぶために通っていたが、先週遭難して行方不明となっていた。兄弟はポールが警戒していた日本人と行動していて行方不明になった事から最悪の事態を考えていたのだが、彼等が崩落した洞窟から協力して脱出したことで、自分の考えが杞憂だたっと胸をなでおろしていた。

 この事件は南海大島で大きく取り上げられることになり、後に倭国のフタラが孤児院へ電撃訪問し、日本人教師が孤児とフタラの間に割って入ったニュースも報じられた事で、日本人への警戒心が大きく和らぐことになる一種の転換期となった。


 3人は自警団の訓練場に到着し、兄弟は手慣れた手つきで準備を済ませる。銃の取り扱い、分解整備、射撃、若い兄弟が貪欲に知識と技術を吸収していくのを見て、ポールは軍にいた頃の自分と重ね合わせていた。

 訓練はきつかったけど、仲間達と過ごした時間は楽しかった。かけがえのない時間は一瞬にして終わってしまったが、生き残った第55部隊の面々は戦後に集まって、死んだ皆の分まで生き抜こうと誓っていた。


「利子、何時戻ってくるかな。」

「さぁ? でも、近いうちに戻ってくるみたいだし、ひょっこり現れるんじゃないかな。」


 兄弟は赤羽利子という日本人について話していた。ポールが初めて彼女を見た時は恐怖で体調を崩しかけたのだが、今となっては恥ずかしい限りである。彼女に悪意は無く、ボランティア活動と魔法の知識を身につけるために南海大島へ来ただけだったのだから・・・

 倭国の最高権力者フタラが孤児院に来た時、規格外の妖気を感じ取ったポールは、赤羽利子を兄弟の命を救った恩人として見れるようになっていた。


 ポールにとって、戦争が終わるまでは南海鼠人のコミュニティが世界の全てであった。戦後は自分達がいかに孤立した存在かが分かり、天敵である倭国の実力が想像を絶するものであることを嫌というほど実感していた。南海鼠人は日本国が転移してくる前に戦争を止めることができなかった時点で負けていたのだ。しかし、今は倭国や日本国、神竜ですら滅びの危機に瀕しているというのだから、世界の広さに圧倒されてしまう。

 世界の広さを最初から知った状態で戦争に行ける兄弟をポールは羨ましく思いながらも、生き残って欲しいと願っていた。ユースとキド兄弟は妹のサラにとっても大切な存在になっていたからだ。兄弟が少しでも生き残るためにも、訓練は妥協のないメニューになるのだった。





 「世界の大きな流れの前に、今の平和は長く持たないだろう。非力な個人がどうあがいても流れは変えられない。せめて、身近にいる大切な人だけでも救えるようにしなければ・・・」


 廃墟から見つけた古い日記を、青い瞳を持つ2人の青年が食い入るように読んでいた。


「やっぱり。おじいさんは、あの2人と会っていた。でも、何でその事を隠していたんだろう? 」

「姉ちゃん! これ見て、このページ。」

「○○年〇月×日、日本国、新潟県・・・えっ? 激戦地だった所じゃない! 」

「ポール爺ちゃんは戦争に参加してないって言ってたけど、実際には行ってたんだよ。」


 姉弟は祖父の住んでいた家の廃墟から日記を全て回収する。

 ポールがユースとキド兄弟の訓練を初めてから40数年後、彼の書いた日記は孫らによって発見され、表に出ることのない歴史の真実を紐解くこととなる。

利子父登場! 利子は父方の血が色濃く出ている設定ですが、利子父は妖怪ではなく人間となっています。現実の地理を見て書いているので、赤羽家が何処にあるのか特定されそうで怖いです。

あと2~4話で新章に突入予定で、外伝も進めたいと思っていますが、全ては仕事の進捗次第となります。

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