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とある転移国家日本国の決断  作者:
ある日本人の遭難事件
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裏話「魔抜けな魔女」 その2

 倭国の最高権力者が南海大島を電撃的に訪問していた頃、赤羽利子は日本本土へ戻っていた。学生の彼女には、南海大島での活動レポートを提出しなければならない他、卒業式という高校最後の一大行事が待っていたのである。


 心配をかけてしまった家族、久しぶりに会う友人、何もかもが懐かしい。利子は出発の地である学校へ戻り、レポートの入った記憶媒体を提出する。


「ただ今戻りました。」


 担任の教師からは「おつかれ、随分と成長したな。」と言われ、利子が遭難したと学校へ連絡があった時には肝を冷やしたと、学校での出来事を話す。そして、両親が学校まで迎えに来ることを伝えるのだった。


「出発の時に預かったスマホを返すぞ。お前はトラブルに会いやすいから言っておくが、家に帰るまでが派遣だからな。気を抜くなよ。」

「はい、わかりました! 」


 職員室での報告を終えた利子は、親が来るまで学校で暇つぶしをしていた。部活動が終わった時間に学校へ着いたため学生はほとんどいなかったが、偶然にもクラスメイトに出会って質問攻めにあったり再会を喜んだりした。そんな事をしている間に両親の乗った車が到着し、利子は家に戻ることになる。

 車の中で利子は両親に南海大島での出来事を話していく。復興作業の苦労、鼠人の子供とのふれあい、同年代の友人ができた事、そして、自分が魔法を使えること・・・久しぶりに会う家族の会話は大いに盛り上がるが、両親は「家に着いたら聞きたいことがある。」と言って会話は不自然に終わってしまう。


 赤羽家の面々は自宅に着いて早々に家族会議が開催された。議題は利子の今後についてである。南海大島で利子に魔法の才能があると判明してから、国の職員が何度か両親のもとへ訪れ、利子の海外留学を勧めていたのだった。


「利子、あなた何か隠してない? 」

「母さん、それは直球直ぎるよ、もっと良い聞き方をしないと。利子、お前はこれから何がしたいんだい? 」


 両親は国の職員が何度も赤羽家を訪れて来た事を不審に感じていた。家に来た国の職員は幹部であり、国の置かれている状況を説明してから「新しい状況に対応できる人材を育てるため」と言って娘の海外留学を勧めたのだが、留学の詳細を話さずに利子の「安全、健康、将来の就職先は国が保証する。」と言う言葉に不信感が爆発していた。


「何がしたいって、メールで送ったじゃない。私は南海大島にやり残したことが沢山あるの。魔法はかなり危ないものだって分かったから、もっと勉強しなくちゃならないんだよ。」


 既に利子は自分を担当する国の職員との間で、何度も話し合いを行って進路を決めていた。両親は娘が国策に巻き込まれたのでは? と考えていたのだが、自信に満ちた返答によって杞憂であることを実感する。


「ほら、心配はいらなかっただろ? 母さんは考えすぎなんだよ。」

「そ、そうよね。でも、大変になった時には何時でも戻ってきていいのよ。」


 父は「戻ってきたばかりなのに、それは無いだろう」と突っ込みを入れる。親離れしていく子供に子離れが中々できない親の心配事は尽きないのであった。



 それから数日後、利子は卒業式を迎える。高校生最後の大イベントを終えた彼女は教室に戻ってクラスメイトと高校生活の思い出に耽っていた。今は卒業生最後の自由時間であり、3年間の思い出で飾りつけされた廊下や教室を各々が自由にすごしていた。

 利子の通う工業高校は国策によって実践的な授業が行われていて、国の管理地となった空き家や耕作放棄地を建築・土木コースのクラスが撤去、造成し、電気・電子コースのクラスが太陽光発電装置一式を自作して設置し、学校で発電所を運営したり電力会社に設備を納入していた。

 廊下には各クラスが3年間行った活動報告のブースがあり、太陽光やミニ水力発電所の建設、道路や水道管の工事作業、企業への製品納入、様々な思い出が貼ってあるが、南海大島での復興作業を伝えるブースには人集りができていた。


「南海大島かなりいい所じゃね? 」

「蚊がいないってマジ? 」

「妖怪って本当にいるんだな。」


 ブースには利子の作成したレポートを紹介する形で南海大島の各種説明が書かれている。海外旅行が無縁の存在となってしまった日本人にとって、このレポートはとても新鮮に映っていた。しかし、この後に続く南海大島の要注意危険生物を見て、ほとんどの学生がふるいにかけられる。


「オレ、ダメだ。ここには行けない。」

「これダメな奴じゃん。」


 彼等の目の前には大蠍と巨大Gの紹介があった。駆除した人間と共に写真に撮られているため、その大きさが分かり、説明文には年間を通して犠牲者が出ていることが書かれていることで、海外への熱が一気に下がってしまう。そして、次のページにはシュウマイに加工されて、弁当として出された蠍の成れの果てが紹介されていた。


「うえ~、これ食うのかよ。」

「でも、ほぼ海老って書いてあるな。」

「日本人の口にも合って人気だってよ。」


 一見、蠍はゲテモノ食に感じられるが、国が異なればちゃんとした御馳走である。利子の海外レポートは、その地の文化も記載されていて価値観の違いなども感じられるものとなっていた。そもそも、半魚人の肉が流通する日本人が言えたことではないが・・・

 ちなみに、巨大Gが食べられるかについても説明があり、「どんな調理をしてもシケた味」と実際に食べた人物の感想が書かれており、昆虫食の南海鼠人でさえ戦争時にナバホ要塞に立てこもった人々が空腹に耐えかねてやっと口にするものと紹介されている。

 何はともあれ、利子のレポートブースは人気だった。ブースは卒業式に間に合わせるように完成させたのだが、戦争の爪痕や巨大Gなど、紹介して良いのか判断に迷うところが幾つもあって前日の完成になってしまった。結局、「南海大島に派遣されれば同じこと」と言う教師達の判断によって全てを紹介したことが功を奏した形だ。


 クラスメイトは今までの思い出を見ながら高校生活最後の時をそれぞれが過ごしていた。だが、そこへ冷や水をかける不届き者が現れる。


「どうした? オラァ。 手ぇ出してみろよ。」


 利子が南海大島へ行く前、手当たり次第に因縁をつけてまっていた不良達である。


「お前等いい加減にしろよ。」


 気の弱いクラスメイトが纏わりつかれ、耐えかねた委員長が不良達を止めに掛かる。


「こいつ、生意気じゃね? 」

「やっちゃうか。」


 不良達は素早く標的を変え、委員長を囲んで1人が後ろから羽交い絞めにして、もう1人が正面から殴り掛かる。その光景を前に誰も止める者はいない。不良達を前に畏縮している事もあるが、この場にいる卒業生は全員就職先が決まっていて、問題を起こせない状態にあった。問題を起こせば、今の時世で無職となりかねず、不良達の悪行を止める者は誰もいない。結果として将来のことなど微塵も考えていない不良達に好き勝手され放題だ。


「こんな時に何してるの! やめてよ! 」


 あまりにも酷い光景に、利子は止めに掛かる。


「あぁ~」

「こいつの女か? 」


 不良達は委員長を離さずに利子へ視線を向け、標的の品定めをするように見る。


「卒業した所で遊びに行けねぇし、タバコも酒も無い。俺達欲求不満なんだよ。」

「彼氏にするように、俺達のも抜いてくれよ。」


「う、うぅ・・・」


 あまりにもゲスな発言に怯む利子だったが、不良達が委員長から離れた今がチャンスである。


「手なんかあげてどうした、うぶっ! 」

「何やって、えっ? 」


 利子に近づいてきた不良が見えない何かに当たって後ろに倒れ、それを見たもう1人の不良が言葉を出そうとして自身の置かれている状況に気付く。不良達は見えない壁に囲まれていた。


「んだこれ。」

「何した! ここから出せ! 」


 不良達の言葉を無視して利子は委員長に駆け寄る。委員長は結構殴られたようで、うずくまって立てないでいたが、利子と他のクラスメイトの助けによって立ち上がる。


「委員長大丈夫? 」

「大丈夫だが奴らは、って何してるんだ? 」


 顔をあげて利子を見る委員長だったが、利子の後ろで暴れまわっている不良達を見て訳が分からなかった。


「心配いらないよ。当分出てこられないから。」


 利子は魔法で不良を閉じ込めた事を自信たっぷりに委員長へ伝えるのだが、設置はできても解除ができない不慣れな設置型障壁を全力に近い形で張ってしまった事は伏せていた。


「もしかして、これ魔法か! 」

「南海大島のレポートに書いてあった通りだ。」


 初めて見る魔法に周囲の学生が集まってくる。障壁に囲われて叫びながら暴れる不良達、魔法を一目見ようと集まる学生によって、教室は初めてパンダが来た動物園のような混沌とした状態になるのだった。




「わりぃ、かっこ悪い所見せちまった。」

「かっこよかったよ、委員長。」

「すいません、委員長のおかげで助かりました。」


 殴られた委員長は保健室のベットで横になっていた。すぐ隣には絡まれていたクラスメイトと利子と一緒に委員長を運んだ女子がいる。


「赤羽さんは? 」

「利子だったら先生と話しているよ。」


 あの後、委員長はクラスメイト達によって保健室に運ばれたのだが、かなりひどく殴られていたためか警察が介入することとなり、利子は教師に呼ばれて警察が到着する前に事情の説明をしていた。


「事情聴取されるかな。それにしても、赤羽さんは変わったよな。」

「そうだねぇ、南海大島に行ってから活発になったよね。以前の彼女じゃ、あんな行動できなかったもん。」

「あいつら、まだ閉じ込められているみたいですよ。ざまぁですよ。」


 彼等は思い思いの事を話しながら利子を待っていたのだが、委員長の様子を見に来た教師によって事態があらぬ方向へ進んでいる事を知ることとなる。



「だから、私は解除できないの! 」

「君は、彼等を閉じ込めたままにするつもりだと? 」

「そ、そんな気は、襲われそうになったから・・・せ、正当防衛です。」


 利子は警察の事情聴取を受けていた。現在は消防の救助隊が到着して不良達の救出作業を行っているが、エンジンカッター、削岩機、チェーンソーなどを使っても文字通り障壁には歯が立たず、業を煮やした警察は利子に見えない壁を解除させるか解除方法を聞き出そうとしていた。


「彼等はもう反省している。本当は解除できるんじゃないのかい? あえて閉じ込めていた場合、監禁罪だよ。」


 魔法の知識がない警察官は利子に圧力をかけていくが、利子の方も知識がないので話は平行線のままである。


「あっ、そうだ。私を担当する国の職員がいるんですけど、その人と連絡を取っていいですか? 」

「良いですが、電話は私達の目の前で行ってください。」


 ここで、不良達にとって最悪の事態が起きる。

 利子は担当職員へ電話をかけたものの繋がらず、慌てている利子に不信感を持った警察が事実確認のため担当する省庁へ連絡を入れ、多くの部署をたらい回しにされながら、ようやく利子の担当職員へ連絡がつくのだった。警察は利子の担当職員から事実確認を行い、消防との協議で床を破壊して救出する方法に切り替えることで不良達は救出されたのだが、閉じ込めから救出まで40時間以上かかる結果となった。

 今回の事件は多方面に大きな問題を投げかけることとなる。省庁の限られた部署でしか情報を共有されていなかったために、利子からの緊急電話を24時間対応できていなかった事や、地元警察への情報提供にも問題があった。警察は警察で、魔法の存在する世界に来たというのに、専門知識のある職員がほとんどおらず、治安維持や上陸してくる怪物対策を理由に魔法の犯罪対策を怠っていた。その他にも多くの問題が浮き彫りとなり、国も慌てて法整備を行うのだった。


 赤羽利子は自身の行動によって、自分自身の将来を作り上げていく。そこには、以前のように何事に対しても自信が無い内気な少女の姿は微塵も感じられない。彼女は明確な目標を見出し、人生という長い道を走り出すのだった。

民間人である赤羽利子の話はこれで終わります。

次話は「新戦力投入」です。

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[一言] 面白かったです。新戦力とは何でしょうか。楽しみに待ってます。
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