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とある転移国家日本国の決断  作者:
ある日本人の遭難事件
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まぬけな魔女 その2

トラウマ回です! 虫が苦手な方は読まずに次話に飛んでください。

 4人が遭難して18時間後・・・白石零は裏山へ向け車を走らせていた。


 昨日、小百合はアパートに戻ってこなかった。彼女は日ごろの言動と行動から、組織内でも自由奔放な生活をしているように思われているが、妖怪や怪物が闊歩している南海大島では1日の行動計画を作成して帰宅時間を厳しく守っている。そんな彼女が戻ってこず、連絡もつかないとなれば、何らかの事件か事故に巻き込まれたと考えるのが通常だろう。

 零は上司であり、父役の涼と鴉天狗の情報網を使って手掛かりを集めていたのだが、これと言った情報は得られず、小百合を担当する国の職員が2人の元を訪れた事でようやく状況が判明する。


 南海大島では小百合ともう1人の日本人、零が護衛を務める赤羽利子が魔法の知識を得るべく学生として現地の学校に通っているのだが、国の職員から2人の学生が同時に行方不明になっていることが伝えられた。


零と涼は最悪の事態が頭に浮かび、口に出す。


「小百合があの妖怪を襲ったのか? 」

「小百合があの妖怪に襲われたのか? 」


「いえ、それは無いでしょう。他にも鼠人の孤児2人が同時に行方不明となっています。私は何かの事故に巻き込まれた可能性の方が高いと思っています。小百合さんは出かける前に何か言っていましたか? 」


 白石家の男2人はものの見事に考えが分かれたが、国の職員は異なる考えである。

 小百合は赤羽利子を監視と調査の対象として組織から新しい仕事を与えられていた。小百合の見立てでは、術の授業内容が合っていないらしく、行方不明になる前日の夜に「私独自の方法を試してみたい」と言っていたことを零は報告する。


「それですね。赤羽さんは授業以外での魔法使用を禁止されています。恐らく、4人は隠れて練習を行い、何らかの事故に巻き込まれたのでしょう。勿論、我々公安は事件の可能性も含めて動いています。あなた方は、小百合さんが行きそうな、魔法を使用しても周囲に気付かれない場所を探してください。」


 日本を取り巻く環境が劇的に変化するに伴い、日本に生きる組織も大きく変化していた。鴉天狗が公安と行動を共にするなど、10年前では考えられもしなかったことである。


「わかりました。幾つか行きそうな場所に心当たりがあるので探してみます。」

「組織への取り次ぎは私が担当するので、連絡は私へお願いします。」


 零は小百合の行きそうな場所の捜索を担当し、涼は組織間の連絡役として行動を始める。


「今、携帯会社が位置情報を確認しているところで、間もなく大まかな位置が分かるはずです。それと、ハンターと自衛隊が付近の森と山の捜索準備を進めています。学生の場所が絞り込めたら、お互い例の人物に情報を伝えてください。」


 3人は互いの役割を確認し、それぞれの仕事に取り掛かるのだった。



 零の運転する警備会社の軽トラは裏山の入り口に差し掛かる。

 零は小百合の行きそうな場所を縛りこむために鴉天狗の武器庫に立ち寄っていた。武器庫の番人から小百合が武装していない事を確認し、裏山に場所を絞り込んだ。

 以前、小百合は南海大島の生物調査として、洞窟の大蠍調査を単独で行った事があった。大蠍の生態調査は国も進めているが、ナギの能力を活用した小百合の調査によって「生物精製魔石が体内にある個体の発見」「尻尾が弱点である」等、新しい発見が幾つも発見されている。本人の報告では洞窟内に安全な拠点を見つけて調査したとあり、零はその拠点で術の練習をしていたのでは? と考えていた。


「零、最新情報だ。携帯端末の位置情報だが、グレートカーレ郊外の森から孤児院までの範囲しか絞り込めなかったそうだ。」

「了解、俺は小百合が調査した洞窟を調べる。」


 通信網が整備途中の南海大島では、位置情報をピンポイントで把握することはできない。だが、そこまで絞り込めれば上出来だろう。

 零の運転する軽トラは裏山の山道に入っていた。しかし、洞窟の入り口まで後1㎞ほどの所で彼は車を止めることとなる。

 零は車を止め、道を塞ぐ人物、菊池に声をかけた。


「危ないですよ先生。・・・はぁ、何の用です? 」

「あんたが登ってくるのが分かったからな。個人的な頼みさ、俺も連れて行ってくれ。」


 零は鴉天狗以外、国の職員にすら自分の行き先を話していない。車から降りる前に菊池が携帯無線で誰かと話していた事を見ていた零は、他にも協力者がいる事を把握する。

 菊池の考えは大体予想がつく、彼は教師の中でも熱心に孤児達を見ていた。いや、何かに取り憑かれたように見守っていた。


「捜索でしたら、私に任せてください。はっきり言ってあなたは足手まといです。」


 相手に悟られないよう顔には出さず、零は率直な意見を述べて先を急ごうとする。1分、1秒の遅れで助けられるものが助けられない事もあるのだ。


「あんたも妹を助けたいのだろう? だったら「俺達」の力が必要なはずだ。」


 菊池がそう言うと、後ろの森から数人の人物が現れる。零の記憶によれば、元自衛官や警察官の教師達だ。


「洞窟に入っても入り口と無線交信ができる装備一式です。」

「不明者の痕跡が分かれば、我々は即座に陸自の部隊を呼べるだけの権限がある。」


 小百合が行方不明になって零が動き回っていた間に、教師達も同じく動いていたということである。零は外部に鴉天狗の情報が出ないように極力単独で動いていたが、ここまでされたら諦めるしかない。


「流石に武器は持っていないようだな。同行者は1人だけ。勿論、死んでも関知しない。」


 零は単独での捜索予定だったが、大人数での捜索となるのだった。




グレートカーレ地下司令部跡

 夜、利子は兄弟と共に司令部内で横になっていた。昼過ぎから続く緊張と喧嘩の影響で、夕食後の早い時間帯に兄弟は眠ってしまう。利子は戸締りを確認してから寝ようと思ったが、非日常の緊張感からか目が冴えて中々寝付けないでいた。


「明日も大変だし、寝ないと・・・」


 考えれば考えるほど目が冴えるのは何故だろう? いつもなら数分で寝付けるはずなのに・・・


スースースー


 すぐ隣には兄弟が寝息をたてている。


「そっか、2人を守らないと・・・。お兄ちゃん、私、がんばるから。」


 スマホを起ち上げ、アルバムに保存されている画像の男性に利子は決意を伝える。彼は利子の従兄であり、小中学生の時に利子をいじめから守り続けていた。今の自分があるのは従兄の存在が大きい。

 利子が高校に入ると頼れる従兄は遠くへ離れ、自分は自らの意志で海外へ行けるくらいの度胸がついていた。今の自分の立場は、いじめられていた頃の従兄に近い。どんな状況であれ、自分が兄弟を守らなければいけない。


「見ていて飽きないな~、先生になったらずっと見ていられるのに・・・」


 寝ている兄弟を見ながら、利子は独り言を呟くのだった。



ガサゴソ、ドンッ


「う、あれ? 寝てた? 」


 物音で目を覚ました利子は時刻を確認する。


「9時ごじゅっ! うわっ寝すぎた! 」

「やっと起きましたか。寝坊ですよ。」


 飛び起きた利子にキドは現状を伝える。彼女が寝坊している間に兄弟は手近な出入り口が使えるか確認に出かけていた。


「ユースと手分けして付近の出入り口を確認しましたよ。」

「ごめんなさい。で、どうだった? 」

「何処もダメでした。残りは司令部の反対側にある一番遠い所です。それを見てダメなら、洞窟内を抜けるしかありません。」


 兄弟は朝6時頃から出口の確認に行き、調査を終わらせていたようだ。頼れる兄弟である。


「で、ユース君は何処にいるの? 」

「えーっと。」


 利子が姿の見えないユースのことをキドに聞くと、何故だか気まずそうに視線を落とす。


「ユース出て来いよ。こういうのは面と向かって話すべきだよ。」


 キドに声をかけられ、真剣な表情のユースが物陰から出てくる。


「どうしたの? 」

「利子さん、ごめんなさい。利子さんが寝ている間に携帯端末を見てしまいました。」


 利子は洞窟に落ちてから直ぐに使えるようにスマホのロックを外していたのだが、ユースにあんな態度をさせるようなものは入っていなはずである。


「その男は誰だよ。」

「従兄だよ。」


 ユースは画像に映っていた利子の従兄について問う。映っているのが誰であっても、それ程気にはしない。ユースが気になったのは、利子の従兄が10式戦車をバックにして写真に写っている事である。

 開戦初期の電撃侵攻、終戦間際に行われた最後の突撃、10式戦車は南海鼠人にとって恐怖の対象だった。日本の戦車が西部出身の孤児達が孤児になった原因の1つと考えているユースは、利子の見方を大きく変えようとしていた。


「従兄は南海大島にいるのか。」

「来てないよ。その従兄はね、日本がこの世界に来てから北海道っていう所で、海から来る怪物とずっと戦っているんだよ。」


 ユースの考えがあまり分からない利子は、従兄の紹介をする。利子の従兄が南海大島で鼠人と戦っていない事を知ったユースは複雑な気持ちを押さえつつ、いつも通りに接するのだった。


「まったく、いつまで気にしているんだい? 」

「うるせぇ! 」


 キドに声をかけられ、ユースは足早に去っていく。南海大島全域で行われた戦闘は多くの人々に心の傷を残していた。ユースのように、「侵略者」を恨む者は少なくないし、かく言うキドもその1人である。しかし、キドは孤児院での教育以外に侵略者達を調べて考えを変えていた。

 南海鼠人の多くにとって日本の兵器は恐怖の対象だが、現在はその矛先を向けられていない。むしろ南海鼠人を狙う魔物や外敵に向けられている。他人には言えないが、キドは見方を変え、駐留する自衛隊を頼もしく思うようになっていた。


「あれ? こんなので良かったのかな? 」

「えぇ、ユースの奴、利子さんに男がいると勘違いしたみたいなんですよ。」

「ち、違うって、田中のお兄ちゃんは従兄であってそんな・・・」


 キドは利子に適当な話題を振ってその場を収めるのだった。



 昼過ぎ、3人は司令部区画の端にある最後の出入り口を確認するために出かけていた。この出入り口までは、地図無しで行くには迷うほど入り組んでいるため、一人一人が必要な装備を手分けして持ってきている。


「あの部屋の先が目的地です。」


 出発して2時間、3人は目的地一歩手前の部屋に到着した。


「行き止まりじゃねーか。キド! どういうことだ。」

「そんな・・・もしかして道を間違ったの? 」


 3人の入った部屋には入り口以外にドアは見当たらなかった。キドは案内役のユースを責め、利子は疲れがどっと出て近くの椅子に腰かける。


「ユース落ち着いて! 地図ではあの戸棚にドアマークがある。きっと隠し扉だよ。」


 キドの指さす戸棚からは少し風が漏れていた。どうやら戸棚の先に空間があるようだ。利子が気を取り直して立ち上がった時、彼女は気付いてはいけないものに気付いてしまう・・・


 戸棚の上、まるで置物のように動かないソレは、日本人なら一度は台所で見かけて悲鳴を上げた経験がある存在。日本国では「G」或いは「黒い稲妻」の異名で知られた害虫だが、南海大島のモノは小さくても小型犬、最大のモノは3メートルを超す巨体となる。戸棚の上にはダックスフンド並みの奴がいた・・・


「でたー!」


 利子は悲鳴を上げて、その場で腰を抜かす。


「何だ、ただのローチじゃないか。1匹だけなら俺でも楽勝だぜ。」

「利子さんは大蠍を倒せるのにローチを怖がるなんて、意外です。」


 利子の反応とは逆に、兄弟は何食わぬ顔で対処しようとする。ユースは杖代わりにしていた長めの棒で撲殺する気満々だが、ここで利子と兄弟の人生経験の差が出ることになる。

 ローチは見た目に反して戦闘力は低く、子供でも1匹程度だったら駆除できる。大蠍などの魔物に比べれば南海鼠人にとって脅威度の低い存在だ。しかし、「1匹いたら100匹いる」との認識がある利子は、兄弟とは異なる見方をしていた。


 ユースは戸棚の上にいるローチにゆっくりと近づいてゆく。利子には助けられ、キドには知識で足元にも及ばない彼は、ここが自分の見せ場と考えていた。しかし・・・


 ローチは部屋にいる3人を感知して触覚を激しく動かす。その瞬間、戸棚と壁の間から無数の触覚と手足が出現した。


「「「 !? 」」」


 地図どおり、戸棚の後ろは出入り口となる竪穴に続いていた。その空間は広大であり、進めば食料庫に繋がっている。ここは最近まで大蠍の群れで賑わっていたのだが、小百合によって駆逐されていた。蠍の餌に過ぎないローチは、捕食者のいなくなった場所で大量の食料にありつき、爆発的に数を増やしていたのだった。


 ローチの圧力によって、戸棚はあっけなく倒される。

 この世に地獄と言うものが存在するのなら、それは3人の前に広がる光景を言うのだろう。様々な種類、大きさのローチが2段3段重ねになって部屋へなだれ込んでくる。その奥にはローチの海が広がっていた。


「「ギャー」」 「キャー」


 3人は今まで発したことのない悲鳴を上げながら部屋から脱出し、ドアを押さえつける。


「キド! つっかえ棒になる物を早く! 」


 誰に指示されることも無く、3人は連携してローチの封じ込めを行う。体重のある利子がドアを押さえ、兄弟はつっかえ棒と重量物でドアを押さえつけた。


「あっ! バック忘れた! 」

「何言ってるんだよ利子、そんなの諦めろ。」


 余りの出来事に3人は装備の全てを置いて出てきてしまっていた。兄弟の荷物はいいのだが、触手を持ってきた利子はローチの海と化した部屋へ触手を置き去りにしたことを心底後悔する。


「フォォォォォォォォォォォ!! 」


 部屋の中からは触手の悲鳴が聞こえたが、やがてローチたちの足音にかき消されるのだった。

遂に犠牲者が出てしまいました。遭難回は次で終わりになります。

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