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とある転移国家日本国の決断  作者:
ある日本人の遭難事件
111/191

まぬけな魔女

 大規模孤児院の近くには「裏山」と呼ばれる山がある。どちらかというと丘陵に近いのだが、山腹からはグレートカーレの街と海を見渡すことができ、地下には洞窟が広がっている。地下拠点としての立地に恵まれている事から、南海鼠人は100年以上前から裏山を非常時の拠点として整備していた。しかし、倭国との戦争で優勢となってからは西部の軍事拠点整備は優先度が低くなり、裏山の施設は洞窟に生息する危険生物の駆除拠点として転用されることとなる。この様な事が原因となり、日本の大攻勢が行われた時に素早く基地として機能させることができなかった。


南海大島、グレートカーレ地下司令部跡

 利用する者がいなくなった司令部跡で3人の人影が松明に照らされ動き回っていた。


「食べ物なんてどこにもないよ~。」


 赤羽利子は倉庫の探索を終え、何の成果も無く会議室に戻ってくる。会議室には鼠人のユースとキドの兄弟が使えそうな物を運び込んでいた。


「使っえねーなー。」


「うぅ、ゴメンね。」


「落ち込む事ではありませんよ。ここの区画では日用道具や小物を保管していたみたいです。食料庫は洞窟に落ちた時に崩れて行けなくなった反対側ですからね。」


 ユースは何も持ってこない利子を責めるが、キドは手に入れた地図を確認して、この付近には食料が無い事を伝える。そして、洞窟からの脱出計画を話すのだった。


「3人集まったことだし、これからの行動を説明するね。僕たちが今いるのはここ、付近には地上への出口が幾つもあるけど、一番近い所は梯子が崩れて出られなくなっていた。付近の出口は全部上へ抜けるものになっているから、直ぐに出れる期待はできないよ。」


 キドは脱出に必要な道具を集めて計画を考えていたのだが、付近の出口に期待が持てない事を伝える。


「近くがダメだったら、何処から出るんだ? 」


「勿論、近場の出口を全部確認してからだけど、全部ダメだった場合はここを抜けて行くしかない。」


 キドは地図を指でなぞって裏山の反対側にある出口を指す。直線にして3㎞ほどの距離だが、入り組んだ洞窟内では数倍の距離となる。そして、ルートの途中には蠍の記号が描かれていた。


「奴らのテリトリーを突っ切るのかよ! 冗談じゃない、俺はここに残って救助を待つぞ。」


「ユース、ここに残っても食料が無いんだ。僕たちが洞窟にいるなんて誰も知らないのに救助が来るはずが無いんだよ! 」


 キドは待つことも選択肢として考えていたが、外部への連絡手段がない状況では悪手と判断していた。キドは体が動く内に脱出しなければならないと考えているのである。

 兄弟で険悪なムードが漂う中、利子は何の提案も出来ないでいた。


「ねぇ触手、これからどうすればいいかな。」


 兄弟の口喧嘩が始まる中、利子は小声で触手に判断を仰ぐ。こんな時に1番頼りになるのは使い魔であった。


「私にできることは多くありません。」


 触手は先ず自分のできること出来ない事を話す。現状では壁を登る能力が低く、穴を登っての脱出はできない事、戦闘においても大蠍の攻撃は通用しないが、大蠍の動きを多少止めることくらいしかできない事、主の空腹度合いによって弱体化すること等、利子が思っていたほど触手は万能ではなかった。


「提案ですが、狩りをなされてはいかかでしょうか? 」


「狩り? そんな道具は無いし、使い方も分からないよ。」


「道具は必要ありません。以前使用した炎の術で蒸し焼きにすればよいのです。」


 触手の言葉に利子は魔法授業を思い出す。そういえば即席で電子レンジの魔法を使っていた。


「でも、何を狩るのよ。外には大きな蠍がいるんだよ。」


「何を仰るのですか、その大蠍を狩るのですよ。」


 何を言っているのか一瞬理解できなかったが、よくよく考えてみると南海大島に来てから利子は蠍をちょくちょく食べていた。作業現場や学校での昼食で、毎日出される弁当には駆除された大蠍を材料としたものがあり、蠍ステーキ、蠍クリームコロッケ、シュウマイの肉などとして使われ、海老と遜色ない味であった。

 ユースとキド兄弟があまりにも深刻に蠍を語っているので、利子は恐怖の対象と見ていたが、この瞬間に「大きくて平べったい黒い海老」へと認識が変わる。


ガタッ


「私、もう一度食料探してくる! 」


 勢いよく立ち上がった利子は触手の入ったバックを担いで部屋を出て行く。兄弟は「迷うなよ」「気を付けて」と返事して喧嘩を再開していた。




「いない・・・」


 気合を入れて基地区画の外に出た利子だったが、現実はそう上手くいかないものである。松明だけ持っていても地図を持っておらず、方向音痴の利子は洞窟の奥に行くわけにはいかない。基地周辺をかれこれ30分は探しているものの、大蠍は見つからなかった。決して蠍がいないわけではない、しかし、利子には小百合のように蠍を探知する能力をまだ持っていなかったのだ。


「主様、私が探すコツを教えましょう。」


 触手は主の成長を陰から見守っているつもりだったが、あまりにも結果が出ないのを見かねて口を出す。大蠍は暗闇に潜んでいるため人間の目では中々見つけられない。だが、洞窟の内外において生態系の頂点に君臨する生物であるが故に、保有魔力は豊富で体外に発散される魔力を見つけることができれば容易に潜む場所を特定できるのだった。


「主様なら目を凝らせば見えるはずです。あの岩陰はどう見えますか? 」


 触手は腕を伸ばして暗い岩陰を指さす。


「えっと、、、何も見えないんだけど。」


「では、あの穴はどうでしょう? 」


「何も見えないって・・・あれ? 」


 目を凝らしても闇しか見えない利子は触手の言葉を疑い始めたが、暗い穴に何かの歪みを見つける。


「その歪みでございます。この世界では「魔力波」と呼ばれているものです。」


 触手の言葉を片耳に聞きながら、利子は歪みの中心を見続ける。視界に映る歪みはどんどん修正されていき、やがて蠍の形をくっきりと映し出していった。


「凄い、本当に見えた。」


「当人は隠れているつもりでしょうが、窪みごと蒸し焼きにするといいでしょう。」


 触手のアドバイスに利子は魔法の準備をする。当時の授業から日数が経過し、利子は効率的に魔法を出せるようになっており、洞窟に落ちる直前に受けた小百合の訓練で大幅なレベルアップをしていた。


「美味しくな~れっ! 」


 この呪文はどうかと思ったが、利子は即席の呪文を唱えて大蠍を調理するのであった。

 自分の体に合った程よい窪みで休憩していた蠍にとって、人生最大にして最後の災難である。


 闇に包まれている窪みから大蠍の悶える音が聞こえなくなって数分、ぽっかり空いた穴からは水蒸気が勢い良く出てくる。更に数分待って利子は穴に入っていくと、程よく茹った蠍が松明に照らし出された。


「やった、大成功! でも、蠍って赤くならないんだね。」


「蠍は海老や蟹とは違います。蠍の殻には・・・」


「よし、運ぼうか。」


「ムッ、お待ちください! 」


 捕れたての獲物を前に、利子は長くなりそうな触手の説明を最後まで聞く気はなかった。蠍の巨大な鋏を両手でつかんだ利子は・・・


「熱っつーーい! 」


 温度が下がるまで蠍の殻を説明しようとしていた触手の気遣いは無駄に終わる。




グレートカーレ地下貯蔵庫跡

 大蠍の群れを自身のスキルで命からがら抜け出した白石小百合は、以前来た時に拠点とした区画に到着していた。

 小百合は到着するなり武器ケースを隠した場所まで行き、ライフルと弾薬の封印を解除して武装する。そして、必要な物を持って水路の前に立つと服を脱ぎ始めた。


「最悪・・・」


 大蠍から逃げるため、彼女は人1人がやっと入れる岩の間や、狭い隙間を這いずり回っていた。一見、洞窟は生き物があまりいない様に見えるが、独自の生態系があり大小多くの生き物が暮らしている。

 生き物なので、当然出すモノは出す。そんな所を這っていた小百合は糞まみれになっていた。

 小百合の前にある水路は、鼠人達がきれいな水を手に入れたり、炊事に使うために作られたものである。この際贅沢は言えない、下着まで汚れていた彼女は「水路の冷水」であっても全身を洗いたかった。

 作業服を脱ぐと、中で30センチほどの百足が丸まっていたが、構わず水路に流して作業服を洗う。


「利~子~、みんな貴女のせいよ。」


 全て自分のせいだが、小百合は利子にヘイトを向けるのだった。



 地下司令部跡の会議室ではユースとキド兄弟の喧嘩は冷戦に突入し、互いにピリピリした雰囲気を出して一言も発さなくなっていた。


「2人共ごめんね~、食べ物見つけて来たよ! 」


「おせーよ、はぁ? 」「収穫は・・・!? 」


 利子の場違いな声に、一瞬和んだ2人は同時に声を出して、大蠍の鋏を持って現れた利子を見て同時に固まった。


「全部は持ってこれなかったから、ちょっと手伝って。」


「なっ、えっ? 」


「はぁ、そういえば利子さん妖怪でしたね。」


 未だに状況を理解できないユースとは違い、状況を理解したキドは蠍の解体道具を適当に持って利子の後に続くのだった。

数年前に殺し合いましたが、「ある日本人の遭難事件」は日本人と南海鼠人のハートフルな物語となりますよ。





ソ ン ナ ワ ケ ナ イ yo

おおっと、作者の暗黒面が少し出てしまった、気にしないでください。

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