白石小百合の罠
アパートへの帰り道、利子は悩んでいた・・・魔法の授業が迫る中、未だに初級魔法や簡易な術を満足に使いこなせていなかったのだ。これは、シュウイチ達の魔法教師陣が安全性を優先して利子だけ授業以外での魔法の使用を禁止していたからである。南海鼠人の孤児や小百合は空いた時間に個人練習ができるので、利子との差が広がっていた。
流石に危機感を持った利子は、密かに魔法の練習をすべく頼れる人物へ電話をかけるのであった。
「・・・というわけ。こんな事頼めるのは小百合さんだけなの。お願い! 」
「今回だけだよ・・・」
「ありがと! やっぱり持つべきものは友達だね。」
小百合の協力を取り付けた利子はガッツポーズをとる。小百合は魔法の才能を持っているそうで、教えられた魔法や術をその日のうちに使えるようになっていた。1ランク上の術を教えられても何食わぬ顔で使用でき、今では教師から授業で孤児へのアドバイスを依頼されているほどであった。今の利子にとって小百合は最も頼れる存在なのだ。
アパートの自室に戻ると、留守番中の触手が難しい顔? をしてテレビを見ていた。
「どうしたの? 」
「主様、これをご覧ください。」
触手は有識者が集まって時事ネタを討論する番組を見ていた。内容は自衛隊がAI技術を活用した無人兵器を大量導入するというもので、人工知能に戦闘員、非戦闘員の区別を任せても良いのか? から始まり、誤射や事故が起きた場合は誰が責任をとるのか? 倫理観の無い兵士を大量生産するだけではないか? 等の話題や発言が上がり、激論がなされていた。
「兵器に自由意思を与えるとは、恐ろしい事です。」
触手は有識者とは異なる懸念を持っているようだが、利子にとっては何が問題で、何故討論が熱くなっているのかは理解できない。
「触手、明日は小百合さんと会う予定が入ったから、また留守番よろしく。」
「なりません! 」
利子が明日の予定を話すと触手はテレビを消して強く反発する。
「あの娘からは良からぬ雰囲気が漂っております。どうしても行くというのでしたら、私を同行させてください。」
「バレたらどうするのよ。」
利子は触手の存在を未だに隠している。触手は何処から見ても魔物であり、危険生物以外には見えない。使い魔とは言え、そんな怪生物と暮らしていることがバレたら小百合に何と思われるか不安でしかなかった。
「気配を消す術を身につけました故、気付かれる心配はありません。私をバックに入れ、傍らに放置しておくだけでよいのです。」
触手は主を守り、乱世を生き抜くために必要な情報を日々収集している。今まで多くの生物を調べてきたが利子の学友、小百合に関しては正体を掴み切れておらず、危険な存在なのか否か見極めなければならなかった。
日本人でありながら魔法が使え、利子のような妖怪ではない。触手は様々な文献を調べていくにつれ、ある仮説に辿り着く。「あの娘は古の時代に存在した対魔師の末裔なのでは? 」これ以上は調べようが無く、後は自分の目で確かめる以外ないのであった。
理論武装で固められた触手に利子が反論できるはずも無く、今回も触手の意見が通り、利子は触手に小百合を見せることとなる。
「今回だけだよ・・・」
利子のお願いを勿体ぶって承諾した小百合は、通話を切った途端に込み上げる笑いを抑えていた。
「なんて幸運! 相手から罠に掛かりに来るなんて。」
小百合は罠を完成させてからどうやって利子を誘き出すか考えていたのだが、人目に付かない場所で魔法の秘密特訓がしたいと言う利子の申し出は渡りに船であった。こんなお願いなら断る理由は無い。
小百合は今まで利子を見てきて腑に落ちない点があった。「何故人の形をしているのか? 」倭国の妖怪といい、強力な妖怪は相応の見た目をしている。だが、彼女は異質で強力な魔力を持っているにもかかわらず人間の形を保っていた。
利子が洞窟に落ちたらどうなるだろうか? 蠍にやられることは無いだろうが、もしかしたら化けの皮がはがれるかもしれない。そんな淡い考えを抱きつつ小百合は明日の準備を進めるのであった。
翌日、小百合は裏山の入り口で利子を待っていた。
「遅い・・・道に迷った? いや、迷いようなんて無いでしょ。」
集合予定時間を過ぎても来ない利子に小百合はイライラがたまっていく。
「小百合さんお待たせ~、待った? 」
「気にしないでください。」
大幅に遅れてきた利子に小百合は営業スマイルで対応するが、想定外の事態が起きていた。
「利子ー、魔法だったら俺が教えてやるのに。」
「小百合さん申し訳ありません。僕たちも特訓に参加していいですか? 」
「言っても聞かなくて、この子達が付いてきちゃった。」
利子はユースとキド、2人生徒を連れて現れた。
「えぇ、構わないわ。」
どおりで集合時間に遅れたわけだ。察した小百合は断っても無駄だと感じ、予定通りに練習場所に向かうのであった。
練習場所は小百合が洞窟の調査で使った穴の場所である。周囲は崖と斜面で視界が悪く誰かに見られる心配はほぼ無い。そして、穴の上には空き地が広がっていた。
「すっごーい、こんな場所良く見つけたね。」
「本校へ報告する植物を調査していた時に見つけたの。」
「そういえば、小百合さんの高校は農業高校だっけ? 」
利子は「流石農業高校。」などと無防備に話しているが、小百合はまだ罠を作動させない。飽くまでも自然な流れで地面が崩れて洞窟へ落ちてくれなければ、自分が組織から疑われてしまうのである。
小百合の罠は単純な落とし穴で、今立っている場所は地上に開いた穴を土と石、木の枝や草でカムフラージュし、「糸」で補強して人が乗れる程の強度を持たせていた。小百合が糸を回収すれば地面が崩落するという感じである。
「ユース君は基礎練習。君はそれ以外に上達の道は無いわ。」
「えー! 今日は新しいの無しかよ。」
「キド君は無属性の伸びが大きいから、そろそろ絞って練習した方がいいわ。」
「わかりました! 」
練習が始まり、小百合は兄弟へ適切妥当なアドバイスをする。兄弟は南海鼠人であり、伸びしろは大きくないので、どの様な練習をすればいいかは容易にわかる。
「利子さん、初級魔法の練習はやめましょう。」
「えっ? 何で? 」
小百合の見立てでは学校での授業内容は利子に合っていない。この世界の住人は子供の頃に魔法を習い、段階を経て上級の魔法を使えるようになっていく。最初に習う初級魔法は出来立ての魔力回路を持つ子供には基礎として最適なのだが、強大な魔力を持つにもかかわらず魔力の微調整が出来ていない利子にとっては、出力を調整する過程が必要になる高等魔法という逆転現象が起きているのでは? と考えていた。
小百合は利子に魔力消費の大きい中級光魔法や無属性魔法を教えて使わせたところ、無難に使いこなせていたため自身の考えが当たっている事を確信する。後は彼女が魔法に馴れて繊細な調整が出来るようになれば、今後の授業にもついてこれるだろう。
休憩時間、4人は空き地の真ん中で話し合っていた。
「すごい、すごいよ小百合さん! こんなに上手くなるなんて思ってなかったよ。」
利子は自身の魔法技術の上達と、新しい魔法を存分に使えた事に自信と手ごたえを感じていた。
「私も驚いています、教えた甲斐がありました。」
小百合は営業スマイルで答えるが、利子の上達具合には本当に驚いていた。
「利子ばっかりずりぃ・・・」
「利子は妖怪だし、仕方ないよ。」
利子ばかり新しい魔法を覚えて上達していたからか、ユースが不満を漏らしてキドがなだめている。こればかりは生まれながらに決まっていることであり、世界の不条理の1つであった。
「そろそろかな・・・」良い具合に全員が穴の上にいる状態にある。小百合はおもむろに立ち上がり安全地帯へ移動した。
「リバース」誰にも聞こえない声で小百合は「糸」を回収し始め、罠が発動する。
「きゃ! 」 「うわ! 」 「 ?! 」
突如として地面が沈み、3人は小さな悲鳴を上げながら穴に飲まれていく。無関係なユースとキドが加わったからといって、小百合は計画を延期する気はなく、むしろ好都合と考えていた。自分が時間を考慮して助けを呼んでから、救助隊が到着するまで数日。空腹になった利子がユースとキド兄弟をどうするのか、とても興味深い。
「きゃーーー」
利子は悲鳴を上げながら手当たり次第に付近の物をつかもうとする。枝、蔓、小百合の糸・・・利子は小百合の糸を掴むが、それは想定内である。以前、利子に糸を見せた時、彼女は糸を触って吸収してしまった。「触れた瞬間に吸収されて消滅するから糸を掴んだところで意味は無い」と小百合は思っていたが、この時彼女の人生における「まさか」が起きてしまう。
「えっ! 」
穴に向かって体が急激に引き寄せられる。利子が糸を掴んだまま落下していたと気付いた時には既に遅く、小百合は穴に引きずり込まれてしまった。
・
・
・
「どうやら空洞に落ちてしまったようですね。」
「ようですねじゃねーよ。これからどうすんだよ! 」
少しずつ意識がはっきりしてくる。何やら自分の体が重くて騒がしい。
「いててて・・・怪我して、無い。」
「主様、気が付かれましたか。」
触手の声を受けて利子は今の状況を確認する。自分の下にはダッフルバックに入った触手、上にはユースとキド兄弟。「うん、把握した。」地面が崩れた時、触手が先に底へ落ち、次に自分、最後に兄弟がという具合で良い感じのクッションになったわけだ。
「ちょっとどいてくれるかな? 」
「あっ生きてた。」
利子はダッフルバックを持って立つと上を確認する。穴は遥か頭上にあり、壁はツルツルしていて登れそうになく、携帯端末は勿論圏外である。
「小百合さーん! 」
地上にいるはずの小百合に声をかけるが返事は無い。
「主様、ご学友でしたら共に落下いたしました。恐らく、この瓦礫の反対側にいると思われます。」
やってしまった・・・利子は自分で頼んだ魔法の練習で、みんなを事故に巻き込んでしまったと思い青ざめる。どうしよう、どうしよう、どうしよう!
「裏山って昔、秘密基地があったよな。そこで地図見つければ出口が分かるんじゃね? 」
「救助が来るまで時間がかかりそうですし、探しますか。利子さん行きましょう。」
利子が青ざめている中、兄弟は的確な判断を下して行動を始める。
「えっ、でも救助を待った方が・・・」
「何言ってんだよ! 大蠍に見つかる前に安全な場所を探すのが先だろ? 」
利子はあまり読んでいないが、南海大島でのサバイバル術の中には大蠍からの逃げ方が記載されており、大蠍の生息地に入ってしまった場合、大蠍が入ってこれない場所を見つけることが推奨されている。鼠人の地下拠点は一定の大きさの蠍が入れない構造となっているため、兄弟の行動は理にかなっていた。
「小百合さーん、私達は出口を探すね。聞こえてたら安全な場所で待ってて! 」
小百合からの返事は無いが、利子達は出口を探すべく洞窟内を探索するのであった。
「・・・安全な場所で待ってて・・・」
遠くから利子の声が聞こえるが小百合に答える余裕はない。彼女は人1人がやっと入れる岩の隙間に身を潜めていた。その前を大蠍が獲物を探して動き回る・・・
「周囲に5匹。」
小百合は糸で辺りを索敵し、絶体絶命の状態であることを確認する。
「何でこんなことに・・・」
蠍にとって武器を持たない彼女は只の肉でしかない。一変してしまった状況に小百合は過去を振り返るが、自業自得であった。
小百合は利子にも負けないドジっ娘です
外伝の更新が遅れまくってます! 今後は交互に更新していく予定です。
誤字報告ありがとうございました! 助かります。