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とある転移国家日本国の決断  作者:
ある日本人の遭難事件
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白石小百合の陰謀 その3

 数世紀に渡る南海鼠人と妖怪との戦争は南海鼠人の敗北で幕を閉じた。


 1年前、南海大島・・・南海大島に暮らす全ての鼠人は、西部の日本国管理地域にて日本の管理下に置かれることとなる。日本国は南海大島の機能を一早く回復させるため、一ヶ所に集められていた鼠人達をそれぞれの故郷へ戻し、北部出身者は新たな集落を作る等して各地で復興を加速させていた。


 復興は急速に進んでいたものの、全ての南海鼠人が日本の管理下にあった訳では無かった。南海鼠人の難民や取り調べが終わった捕虜は身分を証明するマイクロチップを埋め込まれて厳格に管理されていたのだが、戦争が終結するまで密林を逃げ回り、過酷なサバイバルを行いつつ復興が始まると町に入り込んで倉庫から物資を盗んで生活している孤児達が大勢いることが判明する。

 日本の管理下にない孤児達は不安定材料の1つだったが、復興していく町で周囲の大人が保護したり、自ら進んで保護を求める等して数を減らしていった。そして、倉庫を荒らす最後の孤児グループが警備会社によって一掃されることとなる。


グレートカーレ港湾、倉庫地帯


「くっそー! 離せ! 」


 推定10歳くらいだろうか? 孤児グループのリーダー格が警備員によって押さえつけられていた。


「零、でかした! 」


 リーダー格を捉えた警備員の元へ、次々に他の警備員が駆け寄ってくる。中には他の孤児を連行してくる者もいて、孤児の捕獲作戦は順調に進んでいた。





「アジトの場所を教えてもらおうか。」

「死んでも教えるもんか! 」


 1時間後、警備会社の事務所でリーダー格の孤児は取り調べを受けていた。


「俺は知っているんだ。お前達日本人は細い管を刺して、みんなの体に何かを送り込んで操っているんだろう! 」


 どうも、リーダー格の孤児はマイクロチップの埋め込みを目撃してしまったらしい。また、戦争に負けたと知っていても、停戦も無しに長年妖怪達と戦ってきた南海鼠人の大人達が、急に敵の言うことを聞くようになった事が子供達には理解できなかったようだ。


「どこをどうすればそんな考えに行き着くんだ? 」

「仕方ないっすよ。考え方によってはSFホラー染みた事をしていますから。」


 警備員達は次の準備を進めながら取り調べに耳を傾けていた。


「お前は死なないよ。だが、アジトにいる奴等は命の保証はできないな。もう直ぐ毒が回る頃だ。」

「な、に・・・」

「毒だよ、毒。お前らが食料を奪いに来ることは予想できていたから、あそこの倉庫には毒入りの食料を保管していたのさ・・・仲間の命はお前の行動次第だ。」


 白石零は自身が練った孤児の一網打尽作戦を実行に移していた。リーダー格の孤児は自分の命は無くなってもかまわないと思っていたが、仲間の命がかかっていると知って一気に表情が変わり、アジトまでの案内をすることとなる。


「さぁ、出動だ。」


 この日、グレートカーレのアスラ警備保障は警備員を総動員して未把握孤児の一斉捕獲作戦を決行した。


「ジャン! エレーナ! 」


 アジトに到着すると、リーダー格の孤児は床に倒れている仲間に駆け寄って体を揺する。


「うぁぁぁぁぁぁっ! 」


 全く動かなくなった仲間達にリーダー格の孤児、シャイアンは声をあげて泣き出した。


「おいっ零、あの子に何を言った。」

「何って、食べ物に毒を混ぜたと言っただけですよ。」


 睡眠薬で眠っているハズなのに、大げさな反応を見せる孤児を見て上司は零を問い詰めたのだが、案の定、零は睡眠薬を毒と言ってリーダー格の孤児を騙していた。

 この日を境に未把握孤児による倉庫荒らしは発生しなくなる。



ケア近郊の密林、連合軍宿営地跡

 ケアは密林に囲まれた鉱山の町である。戦時中は激戦区の1つとなり、大きな被害を被ったものの、現地の司令官が賢明な判断をしたため町の住人や軍人の多くが生き残り、早期の復興を遂げていた。

 孤児院の生徒達が派遣された先はケア郊外の連合軍宿営地跡である。連合軍によって密林が切り開かれて宿営地となっていたため広大な空き地となっており、現在は規模を拡大して大規模なゴム農園が計画されている。

 孤児院の生徒達は日本人監督のもと、道路の舗装や荷物運びを行っていた。勿論、重機や機械を使って密林を切り開いたり、ダンプを運転するなどはせず、後方での活動がメインである。この様な経験を積みながら将来の就職に向けて技術を学ぶことが重要な授業の一環だった。


 派遣先での生徒の活動時間は孤児院と同じであり、授業終了と同じ時間に仕事を切り上げて道具の確認と手入れ、体調確認を行い夕食まで自由時間となる。ユースとキドの兄弟は自由になったと同時に野球グローブとボールを持ち出してクラスの年長達へ駆け寄っていく。


「シャイアン、野球やろうよ! 」


「キドが良い場所見つけたんだ。」


 ユースとキドの兄弟は最年長のシャイアンを野球に誘う。兄弟は8歳でシャイアンは年齢が分からないものの11歳とされているクラスの年長である。同じクラスで年齢の異なる生徒が勉強しているのは孤児院ができて間もないからであり、一定の学力と共通の知識を年齢の近い孤児達に付けさせるためだ。シャイアンのような面倒見のいい年長者はクラスのまとめ役として抜擢されていた。


「菊池先生に言ってくるから、先に行っててくれ。」


 シャイアンは担任の菊池へ報告に行く。彼は捕まってから2ヶ月間は疑心暗鬼になっていたものの、周囲の雰囲気によって少しづつ警戒心は溶けていき、現在に至っている。

 長年の殺し合いは終わった、妖怪に食べられることも無い、多くの犠牲があったものの、今までとは比べ物にならない程安全が担保された南海鼠人達は、希望ある未来へ向けて歩み始めていたのである。


パーン!


 高速球がグローブに吸い込まれ、良い捕球音が響く・・・


「な、な、、、」

「そんなバカな・・・」


 今まで体験したことがない速さの球をとり、ユースは尻もちをつく。そして、周囲の孤児達も呆気にとられていた。


「あれれ~? どうしたのかなユース君、まだウォーミングアップだよ。」


 利子はキャッチボールが始まるのを見計らって加わっていた。参加したいと言った彼女に、ユース達は「運動神経が無い奴にできるスポーツじゃない」「逆に自分達が教えてやる」と言った感じでキャッチボールを始めたのだが、体が温まるにつれて利子の球速はどんどん上がってゆき、強烈な1球を投げ込まれたのである。


「野球は得意だって言ったでしょ。」


 前々から野球をしているユースたちを見て参加したくてウズウズしていた利子だったが、魔法の授業や予習などで今まで1度も参加できていなかった。今日はその鬱憤を晴らす絶好の日なのだ。


「ふっふっふ、私のボールを打てるかな? 」


 利子は年長の生徒にピッチャーをやらせてユース達を打ち取っていった。大人げない、全くもって大人げない限りである。


「そこまでだ! 」


 その惨状を見て、まるでヒーローの如く登場したのはシャイアンだった。ユース達とは違い、体が出来上がっているシャイアンは鼠人の動体視力と運動神経を以て利子と対峙する。


「今度の挑戦者はシャイアン君だね。私、ちょっと頑張っちゃうんだから。」


 今まで本気ではなかったと言わんばかりの利子を見て周囲は固唾をのむ。1球目ストライク、2球目はボール。


「早い、だけど打てないわけじゃない。」シャイアンは利子の球を見て目を慣らしていく、そして・・・利子の速球を木製バットの芯に捉えた。

 内野も外野もいないが、シャイアンの打ったボールは1、2塁の中間を抜くヒットとなり、生徒達から歓声が上がる。


「あちゃ~打たれちゃったかぁ。仕方ない、本気を出そうかな。」


 まるで待ってましたとばかりに利子は自身のバックの元へ行き、ソフトボールを取り出す。その光景に生徒達は緊張が走った。


「な、何だあの巨大なボールは! 」

「あれ、投げれるの? 」


 「あれが本気じゃないって、一体どんな球を投げられるんだ? まさか、あの球を投げるのか? 」シャイアンは利子がまだ本気を出していない事と、巨大なボールを投げようとしていることに不安になる。


「シャイアン君、投球練習するから相手して。」


 利子は本気を出す気はなかったが、シャイアンの体が思った以上に良くできていたので、本気の投球を問題なくとれると確信して指名する。

 利子は「運動神経が無い間抜けな魔術師見習い」としてクラスで共通の認識があった。孤児院での教師達の態度、妖術失敗で保健室に運ばれるなどを見れば当然の認識なのだが、今日の利子は負のイメージを払拭する程輝いている。「どんな落ちこぼれでも1つは芸があるんだな」そんな事を思いながらシャイアンはバットからグローブに変えて利子の投球を迎え撃とうとしていた。


「それじゃあ、いっくよ~、ちゃんととってね。」


「さぁ、ばっちこい! 」


 何時もの利子とは異なる、自信を持った声にシャイアンは準備万端と答える。


パーン!


 今日1番の捕球音が響く・・・「あんなに大きなボールではそんなに速度は出ないだろう。」そう思っていたシャイアンは利子の投げた速球に驚愕する。「なんて速さだ! それに、あの投げ方は何だ? 流石に、手に響くぜ。」日本人教師からソフトボールの投げ方を教えられていないシャイアンは、大きなボールが有り得ない速度で投げられたことに驚き、ボールの重さを感じつつ暫し佇んでいた。


「何アレ? 」

「すっげー」


 利子の投球を見た周囲のクラスメイト達の状況もシャイアンと同じであり、特にユースとキド兄弟は普段と異なる利子を見て純粋に驚いていた。そんな雰囲気の場に、ある人物が飛び入り参加する。


「俺も混ぜてもらおうかな・・・」


 菊池は遠目から見ていたのだが、利子の投げるボールを見て何かを感じ取ったのか、バット片手にシャイアンの前に立つのだった。


「シャイアン、あの球をまだ受けられるか? 」

「? 全く問題ありません! 」


 菊池の問いに、シャイアンは力強く答える。


「先生も野球してたんですか? ソフトの距離だと近いので、ちょっと下がりましょうか? 」

「そこからでいいよ、1番早いのを頼む。」


 「随分と舐められているな」利子の発言は挑戦状のようなものであり、菊池は気合を入れてバットを構えた。


 1球目、ど真ん中ストライク・・・2球目もストライクゾーンに入る。

 「本当に早いな。90以上出てるんじゃないか? だが! 」想像以上の球を投げる利子に菊池は追い込まれるものの「打てる」という確信があった。


 利子の投げる3球目は更に早い球だった。誰もが打ち取られると思う中、クリーンヒットの快音が響き渡る。


「へっ? あれ・・・」


 最高の投球ができたと思っていた利子だったが、ボールは彼女の頭上を飛び越えて遥か彼方へ飛んでいった。


「利子さん良い球投げるね、インターハイでも通用するよ。だけど、どの球を投げるか顔に書いてあるんじゃ勝てないな。」


 菊池は褒めてから問題点を指摘し、生徒向けには練習を重ねれば性別関係なく早い球や変化球を投げられること、その打ち方があることを教えるのだった。この日を境に菊池と利子にバッティングやピッチングを教わりにくる生徒が増え、クラス外からも押し寄せることとなる。


 最高の球は打たれてしまったが、今日の結果に利子は満足していた。ユースとキド兄弟に年上の威厳を見せつける目標は達成したし、何より好きな事を思いっきりできたのだ。この日の夜は利子や菊池、クラスの全員がこの話で盛り上がるのだった。




深夜・・・


 孤児院に宛がわれた簡易のプレハブ宿舎で皆が寝静まった頃、利子は個室のある日本人用の建物で眠りについていた。派遣先での作業と自由時間の心地よい疲労は彼女を深い眠りに引き込む。


「やっぱり肉はレアが一番ね! 小百合さんもそう思うでしょ。」


 夢の中で利子は小百合と共に焼き肉を食べていた。いや、この表現には語弊がある・・・

 利子は自分が手に入れた肉を小百合に自慢していた・・・


「ロースはヘルシーで良いよね。でも、ホルモンが1番飽きが来ないかな。 」


 利子は肉の食べ方に強いこだわりがあり、部位ごとに小百合に力説する・・・


「良い焼け具合だよ。小百合さんも食べなよ。」

「・・・」

「あっ無理かぁ。小百合さん頭しか残ってないもんね。」




ガバッ


 起床時間と同時に利子は飛び起きた。


「良く寝た・・・かな? 」


 夢の内容は詳しく覚えていないが、小百合と何かを食べる幸せな夢で、とてもよく眠れた事だけはわかる。だが、胸にモヤモヤしたものが残り続けて何だかもどかしい気持ちになっていた。


「お腹すいた、朝食は何だっけ? たまにはお腹一杯肉が食べたいなぁ・・・配給券も溜まってきたし、小百合さんを誘って食べに行こう。うん、きっと喜ぶはず・・・」


 利子は小百合とは悪くない関係を築けていると考えていた。南海大島に来てから小百合は利子の心を満たせる大切な人間であり、妖怪とも亜人とも異なる希少な存在である。

 利子は小百合の喜ぶ姿を想像しながら、次の休日の予定を考えるのだった。

利子からだんだん危険な雰囲気が漂い始めました。まぁ、小百合とだったら釣り合いが取れて仲良くなれそうです。

では、よいお年を・・・

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