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とある転移国家日本国の決断  作者:
ある日本人の遭難事件
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白石小百合の陰謀 その2

孤児院における児童労働について

 孤児達は初等部で日本の小学生に該当し、中等部は中学生、高等部が高校生にあたるため、初等部や中等部の孤児を働かせれば児童労働ともとられかねない。しかし、南海鼠人は12歳が成人であり、授業で行われる復興作業は就職プログラムやボランティアの一環として位置付けられている。

 当初は日本の義務教育制度を導入しようとしたが、寿命が異なるにも関わらず日本人の法律や習慣に合わせては逆に問題となってしまうため見送られることになった。




赤羽利子に護衛がついて2週間後

 明日からケア近郊の村に派遣される利子は自室で準備をしていた。

 利子は復興ボランティアとして南海大島に来ているのだが、派遣される先々で倭国の妖怪達からクレームがあり、現在は孤児院の菊池が担任をしているクラスに実習生兼生徒として組み込まれていた。


「これで良し。」

「主様、最後に入れたボールはどの様な用途があるのでしょうか? 」


 利子がバックにソフトボールを入れるのを見た触手が疑問に思って問いかける。


「これは今回の派遣で1番重要な物と言っても過言ではない・・・」


 利子は孤児院で野球とサッカーが流行っている事を触手に説明した。


「うちのクラスは野球が流行っていて、派遣先でも自由時間は野球をしているんだよ。そこで、私が実力の違いを見せつけるというわけ。」

「左様ですか。ところで、主様は野球が得意なのですか? 」

「野球よりソフトボールなんだけど、ピッチャーなら大得意。北関東の魔女(自称)と呼ばれた実力を見せてやるわ。特に、あの兄弟にね。」


 利子は昔から投げることは得意だった。少子化で遊び相手がいなかった利子は、実家の近くを流れる川で水切りや狙った場所に投げる遊びを繰り返し、休日には父と良くキャッチボールをしていた。

 独学でピッチングを学んだ利子は、中学生の段階で父をうならせるボールを投げられるようになり、全国を狙えたかもしれないポテンシャルを持っていたのだが、黒霧の影響で部活も父とのキャッチボールも出来なくなってしまった。

 好きな事、得意なことが満足に出来なくなった彼女は、次第に内向的になっていったのである。


「では、私も同行し・・・」

「却下、あなたの仕事は情報収集でしょ。それに、私には護衛がついているんだから、バレたらどうするのよ、もう。」


 過保護な触手を注意した利子は、ユースとキド兄弟をどう料理してやろうかワクワクしながら準備を進めるのであった。




西部大規模孤児院の裏山

 孤児院の近くには「裏山」と言われる丘陵がある。登れば海風が気持ちよく、グレートカーレを見渡せる絶景があるため、現在は訪れる者が多い。その裏山をボストンバックとダッフルバックを持ち、リュックサックを背負った作業服姿の怪しい女性が登っていた。


「よいしょっ。やっと来れたわ・・・」


 小百合は息を整え、バックを地面に降ろして中身を取り出し始める。彼女の足元には直径1m程の穴が開いていた。


3時間前、グレートカーレ港湾部の倉庫地帯、鴉天狗の倉庫

 ここには南海大島に自衛隊が上陸した初期に作られた倉庫群があり、小百合はその中の1つへ専用の鍵を使って入る。


「何の用だ? ん? 小百合か、お前に渡せる物は無いぞ。」


 小百合が入るなり、倉庫番はぶっきらぼうな対応をする。


「私はそんなに信用がないの? はぁ、上から依頼されていたフィールド調査に武器がいるのよ。」

「あの妖怪を狙うのだったら止めておけ。」


 倉庫番は小百合が利子を狙っている事を知っているため、彼女をたしなめる。


「あの子だったら今頃ケアに着いてる頃よ。調べればわかるでしょう? 」

「それにしても、だ。威力偵察じみた調査はナギのすることじゃない。」


 これである。「ナギは貴重だから戦闘には出せない」「非力なナギは後方支援に徹すればいい」。これが組織の考えであり、小百合の立場である。そして、彼女が最も嫌う考え方でもある。


「行くなら、せめてヘビーを護衛に付けて行きな。零はどうしたんだ? 」

「あんな奴、知ったことじゃないわ。」


 事情を知らない倉庫番に言われて小百合は不機嫌になる。そんな小百合を見ながらも倉庫番は重厚なドアを開け、彼女を武器庫に連れて行った。


「ただでさえ人手が足りないんだ、無理だけはするなよ。」

「当り前じゃない。装備はペツルで統一するわ。蹴爪2丁にマガジンはこれに入るだけ、消音器は長いの頂戴。暗視装置は軽いのを・・・」




 小百合は穴の前で武器を組み立てて、近くの木に支点をとっていた。穴には転落防止用に鉄骨が置かれているが、簡易な物なので端に穴を掘れば簡単に中へ入れてしまう。

 小百合がこの穴を見つけたのは数日前で、父の勤める会社からコピーしたデータに入っていた南海大島に無数点在する洞窟のデータであり、罠として使えそうな箇所をピックアップしていた。


「深さ8m、底の周囲に反応なし。」


 小百合はザイルを使って降りていき、底に降り立つと蹴爪を構えて周囲を警戒する。彼女の装備は復興作業で使う作業服にタクティカルベストを着て、サブマシンガンのMP5を改造した、組織内で蹴爪と呼ばれる武器を装備している。

 地上では魔物や危険な生物はほぼ駆逐されているが、地下に広がる洞窟は駆除しきれていないため、出入り口となる場所は封鎖されていた。危険地帯である洞窟を調査するには、強力な武器を待ちこまなければならないのである。


 小百合が降りて来た縦穴は良く小動物が落ちるため、穴の底は捕食者にとって良い狩場になっていた。捕食者は小百合の気配を感知してゆっくりと動き出す・・・

 獲物に気付かれないようにゆっくりと近づき、間合いに入ったところで一気に襲い掛かる。これが南海大島最悪の捕食者「大蠍」である。

 蠍は暗闇に潜みながらも特殊な器官で小百合を捉えていた。今日の獲物は小動物ではなく、妖怪や他の魔物のような強者ではない。これ程手頃な獲物は中々いないだろう。


 洞窟は自分のテリトリーであり、暗闇は自身を隠すには最適な環境である。蠍はゆっくりと近づいていき、不意打ちの一撃を行うはずだった・・・


 パパパパッ、と言う小さな音が聞こえた瞬間に蠍は意識を失っていた。


「残念でした♪ ん~、あなたじゃ利子の相手は無理ね。」


 さらに蠍へ3発撃ち込み、完全に機能が停止したことをナギの能力で確認する。

 小百合を襲おうとしていた蠍は軽自動車並みの大蠍だったが、10㎜鋼鉄貫通弾の前に硬い外骨格は意味をなさなかった。


「前に1匹、左に2匹か・・・」


 小百合は闇に閉ざされた洞窟の先まで危険生物の位置を把握していた。これは彼女の能力である「糸」の新しい使い方であり、糸を自身の周囲に蜘蛛の巣のように展開して高度な早期警戒網を構築していた。

 南海大島での魔法授業は彼女にとって思った以上に退屈だった。高難度の魔法や妖術も短時間で使えるようになったが、どれもこれも相応の魔力を必要とするものであり、魔力をほとんど持っていない小百合には実用性がなかったのだ。

 そんな事よりも自分の能力をもっと伸ばそうと糸の研究を続けた結果が今の小百合である。


 パパパパパ、洞窟内に消音機器独特の発砲音が響く・・・


「6匹目、そこにも! 」


 初めての狩りで、小百合はゲーム感覚で獲物を仕留めていく。闇に潜む蠍達は自分が攻撃される理由が分からないまま、次々に小百合の餌食にされていった。



 持ってきた弾の半数を撃ち終わった時、小百合は洞窟の奥に光があることを見つける。細心の注意を払って近づくと、光っていた物は魔石を利用した照明だった。


「魔法の松明だ。でも、周囲には何もいない・・・南海鼠人は洞窟を拠点にしていたはず。」


 小百合の周辺はいつの間にか人の手が加えられた通路になっていた。通路の先には何ヶ所かドアがあり、大小の部屋になっているが、糸で調べても生き物はいない。


「放置されて結構経つみたいね。」


 小百合が1つ1つの部屋を確認していくと、使っていた者達が慌てて出て行った形跡が幾つも見つかる。裏山は自衛隊の上陸地点から目と鼻の先にあり、あまりにも早い侵攻速度に南海鼠人達はここを拠点化する前に放棄していた。


「これは、鼠達の保管ボックスか、中身は・・・」


 品質維持の護符が施された箱を見つけた小百合は、護符が壊れないように糸で中身を確認する。


「ボルトアクションの銃ね。確か南鼠銃とかいうやつの新しいのだったはず。」


 小百合は銃を持って帰ることも考えたが、確実にバレるので箱を元の場所に戻した。

 一通りの調査を終えた小百合は、この洞窟を利子用の罠兼秘密の武器庫として使うべく準備を進めるのであった。




日本国、本州内陸部

 人里離れた山中に大きな屋敷がひっそりと建っていた。この屋敷を中心に広大な山が私有地となっており、見た目とは裏腹に厳重な警備が敷かれている。


 屋敷には美しい日本庭園があり、廊下を1人の男が足早に歩きながら目的の部屋へ到着する。


「報告致します。」

「話せ。」


 男は部屋に入らず、廊下に座ったまま中の人物へ報告する。


「妖怪の活動は5回目以降確認されていません。前回の戦闘で倭国の工作員は粗方片付いたようです。」


 報告に部屋の中にいる者はため息をついて喋り出す。


「本来、妖怪退治は我らの勤め。それが今では国頼りとはな・・・時代は大きく変わった。話しを続けろ。」

「大烏様! 5回全ての戦闘で死者が出なかったのは、国内に侵入した妖怪が低級の者達であり、高位の大妖怪が派遣されていなかった点にあります。大妖怪が相手の場合、我らの武器では太刀打ちできない可能性があります。」

「たわけが! 人間用の武器で妖怪と戦う馬鹿が何処にいる。妖怪退治はその妖怪に合った武器で戦うのが基本だ。」


 部屋の中から罵倒されているが、報告者は罵倒を物ともせず本題に入る。


「現在、国内には大妖怪級の妖狐が、我が物顔で歩き回っています。蜀からの情報によれば工作員を送りこんでいる元凶とのこと。直ぐにでも駆除すべきと声が出ております。」


 報告者が1番問題視しているのは倭国の外務局長が日本に居座っている事だった。倭国の工作は多岐にわたるが、国の情報機関と蜀からの情報提供によって未然に防がれているものの、大元が野放しの状態に組織内で不満が噴出していたのだ。


「2度は言わんぞ、早まった真似だけはするな。鴉天狗は今や国に生かされているのだ、あの妖狐は既に国賓として扱われている。手を出せば、我らは滅びるのだぞ。」


 魔素の殆ど無い日本国内では、大妖怪にとって害となるためトップの来日予定は組めていない。そんな過酷な状況でも、不満1つ言わずに職務を続けるコクコは倭国の代理を務めるまでになっていた。彼女に手を出すことは日本国への宣戦布告と同義である。


「肝に銘じておきます。あと1つ、気がかりなことがあります。月夜野のナギが我等の元を去ったのに破門されていないのは、どの様な経緯があるのでしょうか? 」


 報告者は次々に大鳥へ問題への対応を求めていく。彼等は組織化され、厳格な法もある。本来ならばこのようなことは起きないはずなのだが、あまりにも変わってしまった世界と組織に、下部の者達は大きな不満を抱えていた。


「月夜野のナギは組織を去ったが、信仰は変わってはいない。破門の理由がないのだ。そうそう、月夜野の娘はどうしている? 話を聞かせてくれ。」


 ふと思い出したかのように大烏は娘の報告を求める。組織内で好き勝手問題を起こしていた月夜野のナギは一際目立っていたが、彼が気にかけていた存在でもあった。


月夜野(つきよの) (かえで)は新たな能力を身につけたそうで、信じられませんが、戦闘を伴う調査活動を単身で終えたそうです。」


 月夜野家をあまり良く思っていない報告者だが、大烏へ月夜野(つきよの) (ほたる)の娘、楓の近況を伝えるのだった。

「鋼鉄貫通弾」いい響きです。

元ネタは某最終兵器に出てくる「コップキラー」。鴉天狗のは本家ほどの超兵器ではなく、貫通性能を上げた拳銃弾です。

元ネタと同じ性能だったら、拳銃で人機を倒せますね。

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